魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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89話

天童守人がアンチマジックの新局長の座に就いてから数日。

 これまでの間に毎日のように裏社会では争いが絶えることはなかった。その日ごとに魔法使いや戦闘員たちが次々と亡くなっていき、表の社会を守っている警察は隠蔽活動に勤しんでいるようだった。

 こんな状況を招いてしまったのは、研究所襲撃事件がきっかけで、私たちがこの事態を作り上げてしまった。

 もちろんアンチマジックの狙いは発端である私たちであり、それ以外の魔法使いは全員、巻き込まれているだけ。だから、私たちさえ死んでしまえば賑やかな裏社会は、元の静けさに戻るはずだ。

 だけども、私たちは死にたくない。

 魔法使いなんて忌み嫌われて、蔑まされようとも生きたいと願ってしまうのはしょうがないこと。

 だって、それこそが人間である所以なのだから。人間として当然の権利を使うことは悪いことじゃない。

 誰だって生きることを放棄したくないし、積極的に死んでやろうとなんて思わない。人生諦めてしまった人や自殺志願者ぐらいしかいない。

 私、いや他の人たちも死を渇望しているわけじゃないから、生き抜いてみせる姿勢をしている。

 だから、それ以外の方法で事態を収拾させるためにある結論を私たちは出した。

 これ以上の被害の拡大を防ぐためには、私たちがアンチマジックの前に姿を現すこと。そして、無事に逃げ切ってやること。

 自分たちで招いた種は自分たちで解決する方向性で決まった。

 そこまで決めたとき、緋真さんからの連絡が入った。

 内容をまとめるとこんな感じ。

 

 今日の深夜に何をするかは知らないけど、緋真さんたちは派手な陽動を仕掛けてくれる。狙い通りなら、それで戦闘員たちの大多数を引き付けることができるらしい。その間に私たちも行動を開始し、残った戦闘員たちを蹴散らしながらキャパシティへと向かう。――以上。

 

 なんだか物凄い雑な作戦のような気がするけど、まあ任せておこう。

 というわけで、時間が来るまで逃走ルートを打ち合わせすることになった。

 

「いまさらだけどさ、キャパシティってどうやっていけばいいの?」

 

 一番、肝心な部分が実はまだ何も分かっていなかったりするんだよね。

 

「二十九区に存在するとは聞いていますけど、具体的な場所までは把握していませんね」

「そうだな。出来れば、俺たちも経路ぐらいは把握しておきたいところだな」

「隠していたって仕方ないのだから、さっさと教えなさいよ」

 

 唯一、知っているのは覇人だけなので、自然と質問の集中攻めにあうことになっている。

 

「なんだ? お前ら、気づいていなかったのかよ」

「気づく? 一体、何のことだ?」

 

 もしかして、すでにキャパシティに関連した場所に近かったりするのかな。

 たしか、父さんは医療研究機関だとかなんとか言っていたような気がするけど……。詳しい事業内容とかもあんまり聞いていないし、そもそも親の仕事なんてはっきりと分かっている子供なんて少数派だよね。

 父さんの業務内容って何だっけ? ぼんやりとしか覚えてないけど死者を扱った新しい医療に関するなんとかって感じだった。

 うーん。医療……医療……ねぇ? そういえば、父さんの部屋には胡散臭そうな薬品があったっけ……。あれ? キャパシティ、薬品。医療。なにか、引っかかるような。

 

「ねえ、キャパシティ……てさ、確か薬のラベルにそんな名前のメーカー名が書かれてなかったっけ?」

 

 何気ない一言のつもりだったのだけど、思いのほかみんなのリアクションが大きかった。私の疑問は間違ってなかったっていう証拠かな。

 

「そういえば、私が倒れたときに彩葉ちゃんが買ってきた薬にも書いてあったような気がします」

「秘密犯罪結社を名乗っている割には、随分と分かりやす過ぎないか?」

「そうは言うけど、普段はあまり目にしない部分なのだし、逆に分かりにくいような気もしなくもないと思うのだけど」

「さすがに彩葉は気づいちまうか」

「うん、いま思えばサンプルみたいなのが父さんの部屋にあったなぁって思って」

 

 それと、父さんと母さんが私の元から去っていったときに、お茶に混ぜていた睡眠薬も多分、父さんが調合したやつなんだろうね。

 

「待って! それはおかしいわよ。そのキャパシティならアンチマジックがすでに内部にまで潜り込んで調べたはずよ」

「ああ、何十年か前に捜索があったって聞いてるぜ。ま、裏の事情ってこともあって秘密裏に行われたらしいけどな」

「らしいわね。あたしもその調査結果を読んだことがあるのだけど、キャパシティは医療研究機関と病院が併設されているそうね」

「そうだが? んなもん、ちょっと調べりゃ誰だって分かることだぜ」

 

 そうなの? まったく興味なかったから、病院が併設されていたのは初耳だ。これ口にしたら馬鹿にされそうだし、黙っとこ。

 一応、親が関わっている場所でもあるしね。

 

「確認の意味も込めて聞いてみただけよ。それとあんたの言う通り、裏の事情だから大々的には捜査していないわ。ただ、研究員や従業員のプロフィール。事業内容ぐらいは調べ上げていたわ」

「何か、分かったことでもあったのですか?」

 

 茜ちゃんに対して一拍の間をおいた蘭は、困った風にして言った。

 

「それが……何一つ違法性のない極めて合法的な事業を行っていたのよ。むしろ、余計に謎が深まっただけだったわ」

「秘密犯罪結社キャパシティは、薬品メーカーでもあり、病院業もやっているキャパシティとは無関係だった。ということなのか」

「無関係かどうかはまだ確証はないわ。だからこそ、存在が謎めいていたのよ」

 

 たまたま、父さんがキャパシティ製の薬品を愛用していただけってことで、私の思い過ごしってことになるのかな?

 考えてもしょうがないし、とりあえず目の前に関係者に直接聞けば分かるよね。

 

「実際のところはどうなの? 覇人」

 

 みんなが覇人に注目して、答えを待つ姿勢になった。

 

「あと一歩踏み込めていりゃあ正解だったのにな」

「それでは……」

「例の組織とその病院の名は同じだ。つまり、お探しのキャパシティは……とっくの前に見つけていたんだよ」

 

 じゃあ、最初からすべてさらけ出していたってことなんだ。名前も判明していたし、住所も何もかもラベルに書いてあった。

 でも、だったらなんでアンチマジックは気づかなかったんだろう。

 

「デタラメなこと言ってるんじゃないでしょうね」

「アンチマジックが調べた物はすべて事実だ」

「事実なら、違法性のない組織ということになっていますけど……」

「表向きはな」

 

 いろいろと手の込んだことをしている以上、さすがは秘密犯罪結社ってところだね。

 

「組織の正式名称は“白聖教団”(はくせいきょうだん)。キャパシティはただの目的遂行のための手段ってところだ」

「教団……ですか」

「怪しい宗教団体みたい」

「そんな話なんて聞いたことがないわよ」

 

 蘭が知らないってことは、アンチマジックですら把握していない新事実なのかな。確かに、キャパシティのことですら、あまり詳しいことは分かっていないらしいし、知らなくてもおかしくはないのかもしれないけど。

 

「だろうな。ここまでのことを知っている奴らなんて、ほんの一握りしかいねえだろうしな。全容を把握している連中なんて、組織のトップクラスだろうぜ」

「内部にまで秘密主義なのか。情報規制は徹底されていそうだな」

「まあな。幹部級の俺ですら、外部のことは詳しく知らねえしな」

「外部……? なにそれ?」

「ああ、こっちの話しだ。到着したら親父か、先導者(マスター)にでも教えてもらえ」

 

 うちの父さんも結構秘密主義なところがあるし、あまり期待できなさそう。

 

「話を聞く限りですと、相当大きい組織なのようですね……」

「“白聖教団”は世界最大級の秘密犯罪結社だ。その構成員は全土に散らばり、数に任せた独自の情報網によって、正体を隠し続けてきている組織だ」

 

 口で言われても想像もつかない規模だけど、実際いままで存在が見つかっていないことを考えると、とんでもなく統率の取れた組織なんだってことが分かる。

 

「そんなお前たちには、一体何の目的があってこれまで活動をし続けて来てるんだ?」

「それはいずれ分かるだろうよ。……いずれな」

「――」

 

 何かを言い返そうとした纏だったけど、結局は言い返せずに黙ってしまった。たぶん、私たち……ううん。アンチマジックですら予想にもつかせない大掛かりなことを仕掛けるんだと思う。

 覇人の思わせぶりな言い方に室内が静寂に包まれたが、それとは対照的に外では騒がしくなってきた。

 

「――時間か」

 

 時刻も深い夜に包まれた頃。

 夜に飲み込まれた町が炎に焼かれている光景が見え、赤々と照らされていた。それはまるで、町が血を流しているようで、傷跡として残りそうなほどの激しい痛みを見せていた。

 やがて静かに、静かに眠りについていた町は、駆け回る緊急車両のサイレンと人々の困惑で目を覚ます。

 

「……これは」

「この炎……緋真さんですか?」

 

 大規模な火災。かつて、私たちの町を焼き尽した勢いに勝るとも劣らない炎。

 だけど、燃え移っていく様子は見られず、町の至るところに点々と炎が上がっていくだけだった。

 偶然にも同時に火事が起きるなんてことはあり得る筈がないだろうし、間違いなく人為的に行われている。

 そんなことが出来る魔法使いといえば、私たちの中で知っているのは緋真さんだけだ。

 

「これが合図だというのか?」

「そうらしいわね。お姉ちゃんの姿が見えるわ」

 

 魔眼でこの光景を眺めている蘭が確認してくれた。

 

「それじゃあ、私たちもそろそろ行こっか?」

「緋真さんたちが陽動をしてくれている間の今しかありませんからね」

「ま、待って! これって……」

 

 外へと出ようと歩こうとしたら、蘭が動揺しながら呼び止めた。

 

「どうかしましたか?」

「もしかしたら、これだけじゃないのかもしれないわ」

「十分やってくれちゃいると思うが」

 

 こうしている間にも、また一つ火の手が上がっていく。あれら一か所一か所にアンチマジックが向かっているはずだ。

 

「確かに各所に戦闘員が向かい始めているけど、それよりもこの炎の並び順。変と思わないかしら」

「並び順? 普通に真っ直ぐに伸びてると思うけど」

「そうね。真っ直ぐね。じゃあ、どこに真っ直ぐなのかしらね?」

 

 私たちが居るホテルからどんどんと炎は遠ざかっている。それはここからもよく見える高層ビルを目指して突き進む。

 深夜でもそこだけはずっと光が灯り、まるで鷹の目のように町並みを見下ろしている建物。

 緋真さんたちの目的地――それは、アンチマジック二十九区支部。

 

「まさか……」

「嘘……ですよね」

 

 二十九区支部に近づくにつれ、舞い上がる炎の数は減り、やがて不気味に静まり返っていく。

 さながら、花火大会の最後の打ち上げを今か今かと待ち構えるような――そんな静けさ。

 そして――。

 

 今日一番の炎上が始まった。

 

 煌々と火の手が上がり、二十九区を守護する支部は巨大な松明へと早変わりした。

 瞬く間に闇夜を斬り裂いたその光景は、どこか幻想的で夢幻のよう。いまこの瞬間を目撃した人たちはきっと、誰もが現実感を味わうことなく、呆気に取られていることだろう。

 

「お姉ちゃん……。一体何をしてるのよ」

「ある意味でこの区画の支部に宣戦布告を仕掛けたようなものだぞ」

「陽動としては効果てきめんかもしれませんけど、こんなことをして平気なのでしょうか」

 

 緋真さんのことだから、私たちが安全に逃げられるようにしてくれたつもりだと思うけど、さすがにやり過ぎているような気がする。

 

「その心配は必要ねえよ。なにせ、向こうには幹部級が三人もいるんだぜ。支部一つ落とすぐらいならやりかねえよ」

「――! たった数人程度で支部が落とせるわけないじゃない! 戦闘員がどれだけいると思ってるのよ! あんたは」

 

 正確な数は知らないけど、ざっと数千人はいるはず。そのうち現在、支部にどれだけの戦闘員が待機しているかは分からないけど、それでも数百人とこの場で争うことになるはずだよね。

 四人対数百人。あまりにも無謀過ぎるよ。

 

「どれだけ束になってこようが、幹部相手だと手も足も出ねえよ。それはお前も知ってるはずだろ」

「……」

 

 幹部と互角に戦えるとしたら、少なくともA級戦闘員以上でないと話にならない。つまり、A級戦闘員が三人は滞在していないと、守りきることは難しいってことになるね。そんな上級は数えるほどに人数しかいないから、一人居るか、最悪誰もいないかのどちらかになるはず。

 

「確かに……あんたの言う通りかもしれないわね。でも、この区画にはまだ月と殊羅がいることを忘れていないでしょうね」

「あの二人なら、俺を探して移動しまくってるらしいから、すぐには駆け付けてこねえよ」

 

 覇人。改めて“回収屋”を見つけて殺すことが目的だから、支部に待機してるわけないよね。

 いまごろは、この空の下で同じ光景をどこかで見ているのかもしれない。だとしたら、そのうち戻ってきてもおかしくないね。

 

「だったら今がチャンスだね。緋真さんたちと無事に再会するためにも、さっさとキャパシティに行こうよ」

「ですね。場所はその病院と同じなのですよね?」

 

 薬品のラベルに住所も載っていたから、それを頼れば大体の場所まで行ける。残念ながら、私は忘れたけど。ここは頼りになる仲間たちについていくしかない。

 

「ああ。ここから北の方の田舎に建てられている」

「歩いていくとなると、結構距離があるな。どこかでバスか電車にでも乗っていくしかないか」

 

 全土に戦闘員が配備されている現状では、あまりゆっくりとする時間もなさそう。

 

「どっちにしろ、駅まで行ってみるしかねえな」

「幸いにも、戦闘員の大半は各地で起きている火災の方に躍起になっているわ」

 

 蘭が魔眼で確認してくれたけど、それは私たちにも簡単に想像できることだった。

 誘蛾灯に群がる虫たちのように集結していく戦闘員たちの絵面。一人残らず駆逐されていく予定になっている戦闘員たちの対処は、緋真さんたちの手で行われているはずだ。

 さっきからうるさく鳴り響くサイレンと肌に感じる濃密な魔力がその証拠と言える。

 

「緋真さんたちが抑えてくれている間に脱出しないとね。とりあえずは、駅に向かうってことでいいよね」

「ですが、公共交通機関はアンチマジックの監視が入っているかもしれませんよ」

「その時はその時だよ。どうせ見つかったら向こうから襲ってくるんだし、返り討ちにすればいいだけだよ」

 

 魔法使いらしくね。

 

「仕方ないな。止むを得ない場合は強行突破と行こう」

「賛成!」


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