魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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8話

 目が覚めると、激しい虚脱感に襲われた。体がだるい。意識はしっかりとあるが、眠りに就く前の記憶があやふやになっていた。

 部屋に明かりが灯っているところをみると、外はすでに暗くなっているのだろうと推測する。

 あれ、そういえば電気は元々ついていたような。だとすると眠る前から暗くなっていたのだったっけ?

 そもそもどうしてこんなところで寝ていたのだろう。普段ならこんなことは絶対にしないのに。それに父さんと母さんはどこにいったんだろう。父さんはともかく、母さんなら怒って叩き起こしそうなものなんだけども。

 色々腑に落ちないことがあるが、寝起きで喉も渇いてきたところなので、手元のコタツに置かれていた湯呑に入ったお茶を飲もうとする。

 そこで、ふと手が止まった。

 湯呑が三つ。二つは母さんと父さんのものだ。ここには三人いた。

 瞬間、記憶がよみがえる。

 母さんと父さんはここで自らの正体を明かした。そして、危険から遠ざけるため私を置いていった。だけど本当に危険なのは母さんと父さんだ。なぜなら、二人は魔法使いなのだから。

 そう考えたときには、体は動いていた。家を飛び出し、外に出る。

 無我夢中に――それは考える間もないと勝手に判断したから。

 目的地はキャパシティ。どこにあるかは知らないけどなるようになる。それに時間もまだそう経っていない。運がよければどこかで会えるかもしれない。

 正直言って意味が分からなかった。

 突然魔法使いだと告白し、家を任したと言って出ていった。私が聞き入れられないことを見越して睡眠薬を飲ませるというオマケつきだ。

 何もかも納得出来なかった。もう一度会って詳しく問い詰めてやりたい。そんな想いが私を突き動かした原動力としてあるのかも知れなかった。

 それを止めるのは上書きできるほどの上位の原動力。

 

 ――激しい地響きが鳴る。

 

 

「な? なにが起きたの」

 

 止まる体。何事かと震源を探る。同時にあの時の会話を思い出す。

 戦闘が起きる可能性がある。

 もし、この地響きの原因が戦闘なのだとしたら戦っているのは母さんと父さんしかいない。

 

「急がないと――」

 

 二人の無事を祈り、再び駆け出した。

 

 

 源十郎と奏は路地裏を歩いていた。

 ここならば、人の目に付かないので堂々としていられ、仮に戦闘になったとしても周囲に人がいなければ心置きなく戦える。そう判断してのことだった。

 

「だれかいるわね」

「……もう気づかれたか。慎重に行動していたつもりだったが、流石はA級といったところか」

 

 歩みを止め、正面から迫りくる人物と対峙する。

 

「魔法使い、雨宮奏。そして、キャパシティ所属の魔法使い、雨宮源十郎だな」

 

 二人の魔法使いを見据え、天童守人は静かに告げた。

 

「もう源十郎さんのことまで知っているなんて……」

 

 完全に偽装していたプロフィールを解き明かしてしまった、アンチマジックの情報解析力に驚きと感嘆の声が奏から漏れる。

 キャパシティに所属している魔法使いメンバーは、全員戸籍上に登録されている内容は偽装している。普通はばれる筈がないのだが、今回に限ってはばれてしまった。それは、背後に優秀な監視官がいることを意味している。

 先日からまだ二十四時間足らずで所在を的確に割り当て、正体を暴いてしまったのがその証拠だ。

 

「……」

「どうしたの? 源十郎さん」

 

 険しい面持ちで辺りを視索している源十郎。

 右、左、上、視界に映るすべてに警戒を張り巡らしているのが伝わってくる。その様子に奏は気づいた。

 

「おかしい。敵は二人のはずだ。もう一人はどこにいった」

 

 言われて奏は気づく。この場には、奏、源十郎、守人の三人しかいないことに。

 

「本当ね。どこにいったのかしら」

「これを好機と取るのか、罠とみるべきか、いずれにせよ今は目の前に集中するべきだ。一瞬の気の緩みが命取りになる」

 

 そう言いつつも源十郎は見えない敵への警戒は緩めない。奏は目の前に敵意を強めた。

 

 

「一応聞かせてもらうが、生きていることに対しての罪悪感は持ち合わせているのか?」

「……何の話だ」

「魔法使いとしての自覚の話しだよ」

 

 意味することに気づいた源十郎は渋い顔つきになる。

 予感する残酷な真実だと分かったからだ。

 

「人は誰しも欠陥を抱いている。それがないものなど存在しない。いや、それを失くした時点で人間ですらないのだよ。

 欠陥――それは人間に備わる負の側面。

 完全でないからこそ、人は人でいられるのだよ。だが、それを罪悪で塞ぎ、魔力を生み出しては隙を失くす。

 最早、堕ちるところまで堕ちきり、欠陥を魔法という名の力で代替して振りかざす。

 ほら、人間ではないだろう。

 魔法――それは罪悪感と同義の意味を持つと言えるだろう。

 魔法使いは生きていることこそが罪悪なのだ」

 

 悪や善に振り回される不安定な存在こそが人間。  

 そう捉えている守人からすれば、なるほど魔法使いは人間とは別種の存在と呼べるだろう。

 あるいは化け物という代名詞すら与えたとしても当てはまるだろう。

 

「あなたの哲学的な意見には興味はないわよ。たとえ、私たちがどんな存在であったとしても、一児の母親と父親であることに変わりはないもの。

 私たちはそれだけで十分なの」

「同意だな」

 

 二人の化け物《まほうつかい》の気持ちは一つだった。

 親という称号こそがすべて。

 たとえどのような存在であったとしても、変えようがない生涯付き纏う不滅にして、最高の呼び名だった。

 

「生きていることに対して罪悪感はあるか? て聞いたわよね。もちろんないわ。

 あるのは、ただ――可愛い可愛い彩葉への愛情だけよ。 

 いちいち罪悪感なんて感じていたら、楽しく生きていけないわ」

 

 幸せで塗り替えた奏には喜びしかなかった。何が楽しくてそんなにも根暗に生きていかないといけないのか。

 たった一度きりの人生を。奏はこれでもかというほどに、充実させていた。

 だが、守人にはそれが理解できるはずがなかった。

 黒い感情に身を任せて、人間をやめた分際で。なぜそこまでらしく振舞おうとするのか?

 

「ならば、それを摘み取ってやろう。魔法使いに幸福は不似合いだ」

 

 締めくくると、刹那の内に奏の懐へと詰め寄った。

 想像を絶する奏と源十郎をよそに、守人は拳を繰り出した。

 反応しきれずに大きく吹き飛ばされる奏。

 

「奏っ!!」

 

 叫ぶ源十郎。

 守人は続けざまに源十郎へと肘打ちを仕掛ける。

 すさまじい速度での連撃。それを寸でのところで、手のひらで受け止めた源十郎に衝撃が痺れとなって襲った。

 そして、反撃が始まる。

 距離を空け、なりふり構わず空いているもう片方の手から、ぼんやりと白くひかる光球が生まれる。

 魔力弾――魔法使いが魔法を使う際に使用する魔力を固めたモノ。その一撃は込めた魔力量によって威力は大きく変わる。

 

「外したか…」

 

 魔力弾は守人がいた地面を砕いた。

 戦い慣れている。源十郎はそう思った。決して速い弾ではなかったが、魔力弾を正確に見切って避けた。その一連の動作には淀みがなく、身体能力はかなりのものだと推測できる。

 

「さすがはA級ね……」

 

 大地に平行して浮遊しながら源十郎のそばにやってくる奏。

 

「よかった。無事だったか」

「無事なわけないじゃないのよ! あばらが何本か折れて、内臓のほうにもダメージがきてるのよ……私じゃなかったらあの一撃で身動き取れずに終わってたわ……――っ!」

「大丈夫か!? 奏!」

 

 突然吐血する奏に寄り添おうとする源十郎に「平気」と手で制する。

 

「一撃でしとめたつもりだったが、まだ動けるとはな。魔法に助けられたな。だが、次で終わらせる」

 

 丈夫な布地で作られた籠手を着用し、闘志を漲らせる。

 守人は思考する。魔法使いが二人。男の方は秘密犯罪結社の一員、間違いなく女の方よりも危険度は高いと即座に判断した。まずは使い物にならなそうな女の方を手早く沈め、一対一の状況を作り出す。いや、この場にはいないバックアップを含めれば二対一になる。

 数々の魔法使いと戦闘してきた守人は事務的に考えをまとめた。

 

「来るわね」

「そうだな……奏、今度はこちらから仕掛ける。それと、無茶はするな」

「分かったわ」

 

 奏は先ほどの魔力弾で破砕したアスファルトの欠片を宙に浮かせ、守人へとぶつける。守人は事もなげに拳で欠片を砕く。そして、一気に駆け出す。

 猪突猛進で向かってくる守人に源十郎は魔力弾を放つ。しかし、魔力弾を守人は手で掴んだ。

 

「返すぞ」

「……!?」

 

 キャッチボールでもするかのように投げ返す。源十郎は魔力弾をもう一発撃ち、相殺する。二つの魔力がぶつかり合い、小規模の爆風が起きる。それに紛れ、奏は浮遊した状態で風のように守人へ接近し、跳び蹴りの要領で蹴り飛ばした。

 

「まさか魔力弾をつかむとはな。やはりあの手袋は魔具だったか」

「魔法が通用しない魔具なんて! これじゃあ、まともに戦うこともできないんじゃあ……」

 

 魔具――アンチマジックが開発した魔力が込められている武具の総称――を装着した今の守人には魔力弾は通用しない。それどころか、逆に利用されてしまっている現状だ。

 

「だったら戦い方を変えるまで」

 

 今度は球状から光線のような魔力弾を放つ源十郎。蹴りの衝撃から立ち上がった守人は初めてみる戦闘法に驚嘆し、器用な奴だと思った。得体の知れない魔力弾に対し、まずは回避する。続けざまに放たれる光線状の魔力弾。さらに回避。二発目を避けたところで守人は理解した。球状で放たれていたモノが光線状に形が変わっただけであるということに。

 来る三発目に備える守人。だが、直前であるもう一つの脅威に気づく。奏は避けられた二発目の光線状の魔力弾を操っていた。前方から源十郎が放ったモノと後方から奏が操作しているモノに挟み撃ちにあう守人。

 

「コンビネーションは抜群だな。だが――」

 

 先に前方から迫る魔力弾をつかむ。そのまま後方から舞うように迫る魔力弾に当て、相殺した。

 

「甘い」

「それはどう――か・し・ら……っ!」

 

 いつの間にか上空にいた奏は重力に任せ、守人へと落下する。――が、頭部で腕をクロスして防がれる。

 源十郎はその一瞬を狙った。両腕が使えなくなる瞬間を待っていたとばかりだ。 おかげで守人は前方からの放たれた魔力弾を無防備な状態で受けることとなった。

 

「やったの!?」

「いや。A級がこの程度でやられるはずがない」

 

 果たして、源十郎の予想どうりダメージこそは負ったが、まるでピンピンしていた。

 息も乱れていなけば、体力が落ちているようにも感じられない。悠然と立ち尽くしていた。

 

「まずいな。今のであれだけしか効いていないとなると、一度引いた方がいいかもしれないな」

「……そうしてくれると……ありがたいわ」

 

 源十郎のそばで魔法を解除し、悲痛の表情で答える奏。

 

「大丈夫か!? 奏」

「やっぱり……さっきのは無茶だったかな」

 

 あばらが折れ、内臓が破裂した状態で重力に任せての急降下は、奏の体に大きく負担をかけた。吐血し、その場でへたり込んでしまう。

 

「だから無茶はするなと言ったのに……これ以上の戦闘は無理だな」

「でも、そう簡単に逃げられるかしら。あの男……どこまでも追いかけてきそうよ。仕事一筋って感じだもの。私の苦手なタイプだわ」

「それは……好みの問題じゃないのか?」

「違うわよ! 女の感ってやつよ」

 

 自身満々で答える奏に苦笑交じりで源十郎は「そうか」と返した。

 

「さて、どう逃げるべきか」

 

 前方には手負いの猟犬。だが、正面突破しようにも奏が内面に傷を負っている以上、容易ではない。なれば、後方に逃げようにも、守人の身体能力では奏と源十郎にすぐ追いつくだろう。

 

「上はどう?」

 

 考えを張り巡らす源十郎に提案する奏。押しても引いても駄目なら空へ行く。

 奏の魔法は自身、そして生物以外の物質を浮かすことができる。

 源十郎は上をみて、頷きで返答した。それしかないといった様子だ。

 奏は魔法をかけ、源十郎は魔力弾を構えた。

 

「何とか隙を作ってみせるから、その瞬間に逃げろ。ぼくも後で追いつく」

「分かったわ」

 

 魔力弾を守人に向けて撃つ。案の定それは受け止められてしまう。その瞬間源十郎は駆け出した。すかさず守人は魔力弾を返す。それを避けさらに守人へと肉薄する源十郎。

 

「近接戦でもするつもりか」

「君の得意分野じゃないのか」

 

 守人は困惑する。今まで遠距離攻撃のみだった源十郎が近接戦に持ち掛けてきたことに。

 奏の動きにも注目するが、その場から動いた様子がない。

 目的が今一つ分からないまま守人は源十郎を迎え撃つ。近距離での魔力弾と攻防を繰り広げる。守人は避けながら拳を繰り出す。だが、それが仇となった。魔力弾によってアスファルトが砕け、足場が悪くなってきた。守人は魔力弾に集中するあまり足を取られてしまい、バランスを崩す。

 

「……!? く、しまった!」

 

 その瞬間を逃さず、魔力弾を撃ち込み、追い打ちをかけた。守人が身動きが取れなくなったところを確認し、奏は空へ舞った。

 

「まさか!? 逃げるつもりか」

「悪いけどそうさせてもらうよ」

「……果たしてそう上手くだろうか。――蘭」

 

 守人が名前を口に出した瞬間だった。

大きく飛翔した奏の肉体から、赤い雫を溢しながら。無気力なまま、重力による落下を始める。

 

「奏!?」

 

 遠目からでも分かる。今のは銃による狙撃だった。奏は魔法でゆっくりと地面に着き、胸を抑える。

 

「もう一人の子は狙撃兵だったか。一体どこにいる」

 

 周囲に立ち並ぶ高い建物に目を張り巡らせる源十郎。ふと、そびえ立つ野原町のシンボル、時計塔が目に入る。

 

「まさか……あそこから」

「断罪の時だ――」

 

 一瞬、頂上が光った。

 

「奏! 逃げ――」

 

 源十郎が言い切る前に奏の額から血しぶきが上がった。そして、そのまま大地に倒れ伏し赤い絨毯が沁み渡る。

 奏はピクリとも反応せず、物言わぬ骸と化した。


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