魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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80話

 頬に痛みが走る。

 何度も何度も右から左からとしつこく。

 

「ちょ、ちょっと五発は多すぎだってばぁ……」

 

 目を開けると、そこには不機嫌そうな顔。そして、降りあげられた腕。

 

「数えてる暇があるなら、さっさと起きなさいよ」

 

 適当に言ったんだけど、当たってたんだ。

 

「いたい……。もう、起きたってば」

「……寝過ぎよ。この一撃は罰だとでも思いなさい」

 

 暴力的な目覚めの一発をもらって気分爽快にはならないよ。起こしてもらったから文句は言わないけど。

 

「ごめんなさい。彩葉ちゃんを起こすのは私の役目なのに……」

「だよね。なんで、蘭がその役目を奪っているの?」

「うっさいわね。茜が身体をゆすったり、語り掛けたりしてるだけだから。じれったくなったのよ」

 

 そうそう。茜ちゃんはそんな感じの優しい目覚ましを提供してくれるの。だけど、蘭ときたらとりあえず暴力に出てくる。もう、やだ怖いし。痛い。でも、愛の鞭なんてこともあるかもしれないし、そういうことにしとこ。

 

「これで目が覚めたでしょ。さっさと着替えなさい」

「そんなに急かしてどうしたの? もしかして、今からどっか行くの?」

 

 いつになく積極的な蘭。私と友好の距離が縮まった証拠だね。

 

「無駄口叩いてないでさっさとしなさい」

「分かったよぅ……。それよりも、あんまり見られていると着替えづらいんだけど」

「見張っていた方が彩葉はすぐに着替えるでしょ」

 

 デジャブだ。母さんみたいなことを言っている。意外と子育てとか出来るタイプ?

 

「囚人みたいな扱いですね。でも、彩葉ちゃんはやれば出来る子ですから、外で待っていてあげましょうよ」

「そうだよ。人ってね、急いでいるときはびっくりするぐらいテキパキ動けるんだよ」

 

 私の経験則からなる人の心理。これがあるから、やろうとすれば大抵のことはやれるんだよね。

 

「もう分かったわ。先に下に行っているからすぐに降りてくるのよ」

「みんな揃っているから、私も先に行ってますね」

 

 なんだろう。なんだか知らないけど、急がないといけないなと思った。

 

 

 一階のバーに降りると、茜ちゃんと蘭。あと篝さんと纏もいた。

 みんな私の登場を待っていたようで、最後に来てしまったことにちょっぴり罪悪感があった。

 

「揃ったな……」

 

 纏が重い口を開く。

 悪い何かがあったってことは口ぶりから分かった。

 

「どしたの? そんなに怖い顔して。あと、覇人もいないみたいだけど」

「覇人が来る前に、彩葉には話しておくことがある」

 

 周りの反応をみた感じ、状況を理解していないの私だけなんだ。一体寝ている間にどんな深刻なことがあったのかな。

 

「昨日の夜。正確には今日の夜ですね。そのころから、篝さんのグループに所属していた魔法使いが数名行方不明になっているらしいのです」

「なにそれ……どういうこと? なんでそんなことになってるの」

「昨日――殊羅さんと月ちゃんが帰った後のことなのですけど、篝さんたちの隠れ家がアンチマジックに知られたことに警戒して、数名がかりで二人を追っていったそうなんです」

「でも、月ちゃんたちはこのことは話さないって約束してくれたよ。みんなだって、大丈夫だって言って、納得してたじゃん」

「それは、あの子たちのことを理解していた私たちだけよ」

 

 蘭が話に加わる。言われてみれば、月ちゃんたちの経歴を知っているのは私たち。特に蘭と覇人はよく分かっているはず。

 だからこそ、気にも掛けていなかったし、私もそのことは実際に会って人柄を知っていたから別にいいかな。と思ったんだ。

 でも、二人と初対面で経歴とか知らなければ、驚異的な存在であることに間違いはない。だから、不安で先走った行動に出たことも理解は出来なくはないね。

 

「ったく。俺が止めてやったのに聞きもしないで勝手なことしやがって。……若造と子供が相手とはいえ、さすがに生きて戻って来るとは思えないな」

「ま、まだ分からないよ。遠くに行き過ぎて道に迷っただけかもしれないし」

「はぁ……そんなわけないでしょう」

「地元で迷子になんてなるようなガキが追いかけたわけじゃねぇぞ。いい年して迷子になんてなってやがったら、俺はもう面倒も見切れねえよ。勝手に野たれ死んでも責任は取ってやらないし、こんなにも心配なんてしてやるか」

 

 なんだかんだとグループのリーダーなだけあって、所属の魔法使いのことは心配しているみたいだけど、勝手な行動を取ったことに対しては苛立ちがあるんだね。

 しばらくしてると、ドアが開く音がする。

 

「帰ってきたんじゃない?」

「おう、帰ったぜ」

 

 遠慮なく、開かれたドアから姿を出したのは覇人だった。

 朝から見なかったけど、また夜の内に抜け出して何かやっていたのかな。

 

「灰色か……。あいつらと一緒じゃあないようだな」

「……ま、一応は見つけたっていやぁ、見つけたんだけどな」

 

 歯切れ悪く答える覇人。そっか、この区画に詳しい覇人が探しに行ってあげてたんだ。

 

「その様子だと、悪い報せを持ってきているようだな。聞かせてくれないか」

「連中とやり合った痕跡が残ってる場所は割り当てたんだけどよ。そこには、死体なんて残っちゃいねぇみたいだ。たぶん、連中に捕まったか運が良ければ逃げ出せたかのどっちかだろうよ」

「そうか。教えてくれて助かった」

「わりぃな。何も出来なくてよ」

「いや、いい。元はといえば、あいつらが勝手な行動を取ったことが原因だ。今頃、死んで悔やんでるところだろうよ」

 

 淡々と死んだということに決着つけさせた篝さん。あれだけ、心配していた様子をみせていたのに、覇人の報告を聞いた途端に祈りを捧げるように黙祷をした。

 

「ひょっこり帰って来るかもしれないのに、そんな決めつけてしまっていいの? あの二人はとてもいい戦闘員だよ、私が保証するよ。だから、死んだなんて決めつけたらダメだよ」

「お嬢さん。戦闘員に良い奴も悪い奴もないんだよ。一度、奴らと戦闘を起こせばどっちかが死ぬ。特に今回の場合は、戦力差が開き過ぎている。逃げ出すことなんざ、奇跡でも起こせねえよ。

 そこの灰色ぐらい強ければ別だろうけどな」

「ま、そいつは否定しねえよ」

 

 実際、覇人は月ちゃんと殊羅から逃げ切っているしね。自信満々に言わないのは、組織の一員だから目立たないように抑えているんだね。

 

「てな具合なんだが。纏」

「なんだ」

「せっかく場所が分かってるんだしよ。ちょっとそこまで見に行ってみねえか」

「……そうだな。このまま何もしないでおくわけにはいかないし。行ってみようか。現場状況を確認次第、そのまま本来の目的地にも向かえることだから、丁度よさそうだな」

「いいんじゃない? どうせ、今日こそ行くつもりだったんだし、それぐらいやってあげようよ」

「ですね。もしかしたら、グループの魔法使いも発見できるかもしれませんね。バーに連絡を入れてあげれば、篝さんも安心しますし。私はそれでいいと思います」

 

 全員、異論はないみたい。

 

「悪いな、世話になる」

「いえ、こっちこそ私が倒れている間にお世話になったのですから、恩返しです」

「礼なんざ、この若造に十分に支払ってもらった。貸し借りは俺たちはもうねえよ。借り一つってことにさせてもらうぜ」

「そんなのいいのに。私たちが勝手にやったってことにしとけば、貸し借りなんてないよ」

「お嬢さん方にタダで世話になるわけにはいかないな。そいつが言えるのは大人になってからだ、子供は素直に大人に借りを作らせておけ」

 

 大人のプライドってやつなのかな。意地なんて張らなくてもいいのに、そういうところはお子様な私にはちょっと分かんないや。

 

「その借り。あとで後悔しなければいいわね」

「無茶な言い分でも大抵のことは返してやるよ。それが、出来る大人の例だ」

 

 朝から、店の酒を空けて飲んで、タバコ吸ってる大人に言われてもあまり説得力がないけど、まあいいや。

 お子様には分からない優雅な朝なんだね。出来る大人は身体に悪そうな朝を迎えていた。

 

「じゃあな。悪い報告でも、お前らが気に病むことはない。いつでも連絡してくるといい」

 

 私たちのことを気遣って言ってくれているんだと思うけど、やっぱり悪い報告になったら後味が悪くなりそうだから、良い連絡を入れて上げられたらいいな。

 


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