魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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73話

 付いていった先は、ネオンが怪しく光るいかにも大人の雰囲気が出てるバーだった。その二階は経営者の住居にもなっているらしく、そこを案内してくれた。

 真っ白のシートが敷かれたベッドの上に瀕死の茜ちゃんを横にして、蘭と一緒にいた女性魔法使いたちで簡単な治療をしてくれる。

 その間に私たちも手当てをしてもらう。

 擦り切れた足首の生々しい傷。腹部を襲ったレーザー光線の焼け跡。こんなものを見たら、緋真さんなら何て言うのだろう。きっと軽く叱りつけた後に丁寧に手当てをしてくれるんだろうな。

 幸いにも傷跡は残りそうもなく、完全に消えるということらしいから良かった。それよりも、重体に陥っている茜ちゃんの方も命に別状はないけど、しばらくは目を覚まさすことはないんだって。

 なにはともあれ、生きている。ただ、それだけの現実を受け止める。

 私たちの手当が終わったころには、空は明かりを取り戻し始めていた。

 

「全員、命はあるようだな」

 

 片手にお盆を乗せたリーダーの魔法使いがやってきた。

 

「私たちは無事だけど、……あの後、あなたの仲間はどうなったの?」

 

 結局、逃げることでしか被害を抑えることのできなかった私たち。厄介ごとを押し付けるような最後だっただけに、先の顛末は気になるところ。

 

「何人かは死んだよ」

「――! その、ごめん。私たちが原因だよね……」

「別にお前らが気にするようなことじゃない。俺たちが勝手にしたことだ」

「いや、それでも俺たちにも非はあるはずだ」

 

 私と纏が落ち込んでいく中、リーダー魔法使いは煙草をくわえて火を点けた。

 

「お前らにはまだ分からないかもしれないがな。若造守って死ねるんなら、良い死にざまと言える方だ。

 それに、この世界で死人はよくある話だ」

 

 たくさんの死を見てきたからなのかな。慣れているようにすら見えた。

 

「ま、確かにな。このおっさんの言う通り、よくある話だぜ。裏社会では毎日のようにどこかで死んでまた誰かが魔法使いになっちまう。その繰り返しだ」

 

 そうかもしれない。けど、そう簡単に割り切れるものなのかな。私にはまだよく分からないや。

 

「死んだ魔法使いはどうなるのかしら。一般には公に出来ないんじゃないの?」

「それぞれ家庭持ちだったんでな、事実だけ伏せて、あとはその家庭ごとに済ませてもらう手筈になっている」

「そう……なんにせよ、魔法使いだとばれない限り、その家庭には危害が及ぶことはないものね」

 

 身内が魔法使いだと知ったら、当然殺されたってことに気づかれるかもしれない。そうなったら、犯人は自然とアンチマジックだとばれる。最悪の場合、怒りに身も心も任せて、アンチマジックにやり返しにいくようなことにもなるし、魔法使いに堕ちることだってあり得る。

 それはアンチマジックにとっては都合がよくないし、魔法使いにとってもよくない。

 人知れずところで、争いが起きることは誰も望んでいないんだから。

 

「そっちのお嬢さんはあまり顔色が優れ無いようだな。

 ――水でも入れて来てやったから、これでも飲んで楽になったらどうだい」

 

 さっき、持ってきていたお盆から水をコップで手渡してくれた。

 

「ありがとう」

「下はバーになっていてな。あいにくと酒しか持ち合わせは無いもんで、これで我慢してくれ」

 

 受け取った水を飲んで生きている心地を感じた。

 

「場所も含めてだが、何から何まですまない。おかげで仲間の命も取り留めることが出来た」

「気にするなよ。たまたま、両端《ターミナル》で騒動が起きているという情報が入ってきたから、様子を見に行ったついでに若い連中が死にかけてたから、手を貸しただけだ」

「たまたまでもなんでもいいよ。とにかくありがとね。助けてくれて」

「礼はもう聞き飽きた。何回言えば気が済むんだお前らは」

 

 そうは言っても、それだけの感謝の気持ちがあるんだし、何回言っても足りないぐらい。だって、命を助けてくれたんだから。

 世の中にはいい魔法使いはやっぱりたくさんいるんだということを改めて実感した瞬間だったよ。あのときは。

 

「そういや、自己紹介がまだだったな。俺は近衛覇人」

「俺は天童纏だ」

「あ、私は雨宮彩葉です」

「……御影蘭よ」

 

 それぞれ自己紹介を済ます。助けてもらっておいて、名前も名乗らないのは失礼だったね。

 

「バーかがり火を経営している篝竜童《かがりりゅうどう》だ。この辺りを縄張りにしているグループのリーダーをやっている」

 

 目に縦線の傷痕が入った男の人は篝竜童と名乗った。バーテンダーが本職らしい。それにしても、かなり体格がいいし、一見するとヤクザみたいな柄の悪さを感じさせる。とてもじゃないけど、バーテンダーだと言われても、そうなんだとはならない雰囲気が出てる。身なりはそれなりにしっかりしてるのに、なんだか残念感ただよっている。

 

「覇人も言っていたが、グループってどういった集団なんだ?」

「あ、それ私も気になった」

「あんたは嘘でしょ。思いっきりべつのことを考えてそうな顔してたじゃない」

「ばれた……?」

 

 完全に見透かされていた。

 

「簡単に言えば、日々変わり続ける裏社会に適応していくために、魔法使い同士が情報の共有やアンチマジックから逃れるという共通の目的で協力関係を結んだ集団のことだ」

「そんな集団がいるのね。初めて聞いたわ」

 

 蘭でも知らなかったんだ。じゃあ、それなりに上手く姿を隠してこれているんだねどれほどの規模なのかは知らないけど、チームワークが取れているんだ。

 

「勝手に生きて、勝手に野たれ死ぬような魔法使いもいるが、大体の連中は集団で生きている奴らがほとんどだろうよ」

「裏社会で生きていく知恵ってことか」

「ふーん。なんか、草食動物みたいな生き方だね」

 

 魔法使いは敵が山ほどいるし、一人では生きていくことも結構難しそう。それは緋真さんと一緒に過ごした時間で感じたこと。誰かと一緒にいる方が心強い。

 ん? でもそういう意味では私たちもグループを作っているってことにもなるのかな。

 

「俺のことはもういいだろ。そんなことよりも、お前らの方こそ、なんで両端《ターミナル》を抜けてこようとしていたんだ? そっちの方がよっぽど気になるんだがな」

 

 それを聞かれると、どうしようってなる。キャパシティに行きたくてこっちに来た。なんて正直に言ってもいいのかな? 一応、秘密犯罪結社ってことになっているし……。魔法使いの間でもあまりいい印象には無い様子。

 

「三十区の方で騒動を起こしてしまってたんだ。そのせいで、アンチマジックの狩りが始まってしまってから、抜け出してきたところだ」

 

 うん。まあ、一応事実だね。上手くキャパシティのことは逸らせているし、中々機転がいいじゃん。

 納得はしてくれているみたいで、篝さんは黙って何かを考え込んだ後に言葉を発した。

 

「連日、話題を呼んでいた魔法使い騒動のことか」

「知っているのか?」

「あっちで起きた事件に関してはある程度は知っている。中心人物となっている穂高緋真の死で表向きには解決ってことになった事件のことだったか」

「……」

 

 その名前を聞いて、もう一度つらい現実を突きつけられた。

 胸が締め付けられるような痛み。

 傷跡を抉り返す様に想い出の端々が溢れ出す。

 蘭なんか、悟られない様に目を伏せている。

 いままで、必死で頑張って目の前のことを片付けていくうちに忘れてしまえたらと記憶に鍵をかけていたけれど、やっぱり無理みたい。

 忘れられないものは忘れられない。

 この苦しみは生涯一生忘れることは出来っこないんだ。

 

「……なるほどな。その様子だと穂高緋真はお前らと関係しているってことか。たしか、その事件の関わっているという魔法使いは、いまもまだ捕まっていないようだしな」

「そうよ。……その、悪かったわね。あたしたちの都合でこっち側にも迷惑かけてしまったわよね?」

「いや、お前らが気にすることじゃねえよ。それよりも、その若さで魔法使いになっているってことは、相当苦労してきたんじゃねえのか」

「色々あったよ。大切な人を亡くして、さらにはこんな過酷な世界に生きることになって――」

「あー……語らなくていい」

 

 溜めこんできた感情をさらけ出すように熱くなり始めたところを止められた。

 良かった。たぶん、止めてくれなかったら、いらないことまで喋ってしまっていたかもしれない。

 

「裏社会に属している奴らは大体、なにか抱え込んでいる奴がほとんどなんだよ。そんなもん、いちいち語られても同情してやることなんて出来やしないんだよ」

 

 そういえば、前に殊羅も言っていた気がする。他人の過去は詮索するのはよくないって。

 

「おっさん。あんた、長くこの世界に居座ってるみてえだな」

「おっさんはよせよ。まだ二十代だ」

「まじかよ! そうは見えねえよ」

「失礼な若造だな」

「いや、わりぃ。なんかつい口にでちまった」

「いいさ。俺は若い連中には優しいし、歓迎の態度で迎えてやるぐらいの懐の深さはあるつもりだ。……だが、いまはちょっと、間が悪かったな」

「なにかあったのか?」

 

 えー……またなのかな。いつまでたっても安心してゆっくりとすることが出来ない。

 篝さんの苦い表情からすると、都合が悪いことなんだということぐらいはなんとなく分かるけど。

 

「最近、どこぞの魔法使いがお仲間を探して妙な動きをしているらしくてな。……と言っても、ただの噂として流れているだけだがな」

「噂程度なら、そんなに気にすることないんじゃないの?」

「いや、それが誰もソイツを見たことがないらしい」

「なによ。それ。信憑性に欠けるわね。やっぱりただの噂じゃないのよ」

 

 もっと悪い話かと思いきや、そうでもなさそう。心配して損した。

 

「姿かたちは見せやしないが、現に戦闘員が何名かぶちのめされている。戦闘員が密かに探しているらしいが、続報がないところをみると、手掛かりの一つもつかめていないんだろうよ。だが、被害がある以上、ソイツは亡霊のように存在していることは間違いないと見ていいだろうよ」

「きゅ、急に怖いこと言わないでよ」

 

 ゾッとする。もしかしたら、この場にもいるのかもしれないってことでしょ。もしかしたら、呪い殺しているんじゃ……。亡霊なんてたとえするから、そんな感じの悪い魔法使いを想像してしまう。

 

「――気になる話だな。……よし! 茜が目覚めるまで特にやることもねえし、ソイツの捜索。俺が引き受けてやるぜ」

「え、えー! 何言ってるの覇人? 私たちに害があるわけでもないし、放っておこうよ」

「これから、害があるかもしれないでしょ。気になることがあるなら、時間があるうちに解決してしまったほうがいいわよ」

「賛成だな。覇人なら、この辺りの地形も把握してだろうから、任せても大丈夫なはずだ」

 

 覇人はキャパシティの魔法使いだし、たぶんここにいる誰よりも強いし、地形にも詳しいんだ。

 

「気にはなっていたが……お前……名前忘れたが、灰色」

「色で呼ぶなよ」

「お前もおっさん呼ばわりだろ。――ともかく灰色。お前だけあの窮地を無傷で乗り切ってやがったよな」

「ま、これでも戦闘に関する経験なら人一倍あると思っちゃいるけどよ」

 

 そうだよね。なんて言ったってキャパシティの幹部やっているんだし。魔法使いには言えないような境地に達しているはずだよね。

 

「えらく自信があるようだな。……いいだろう、お前に任せてみようか」

「そうしてくれると助かるぜ」

 

 なーんか考えてそうな顔をする覇人。

 

「……一応、言っておくけど、誰もいないからってサボるんじゃないぞ」

「俺、そんなに信用ねえの?」

 

 とりあえず無言で返事して置く。

 何も知らない篝さんだけ、よく呑み込めていない様子でいる。せっかく任せてもらえたんだから、余計なことは言わないでおこっと。

 

「それじゃあ、あたしはここの負傷者の手当でもしてるわ」

「私も……上手く出来るかどうかは分からないけど、足を引っ張らないから手伝ってもいいかな?」

「いいわよ。あたしだって、見様見真似でしか出来ないし、そんなに大きなことは出来ないわ」

「ありがと。私もやれるだけのことはやるつもりだよ」

 

 何もやらずにただ、うずくまっているだけなんて嫌だ。

 それに何かしらやっておかないと、気分も晴れない。

 茜ちゃんが起きたとき、こんなことも出来るようになったんだよって自慢しよう。そうだ、いつまでも暗くなっていても仕方ないし前向きにやろう。それが私らしい。

 

「そうだな。ただ、世話になりっぱなしというのも悪いな。たしか、バーをやっているんでしたよね。それ、俺にも手伝わせてくれませんか」

「あいにくと未成年にやってもらう仕事はねえよ」

「いや、でも、それだと俺の気が晴れないんだ。雑用でもなんでもやらせてくれませんか」

 

 相変わらずの真面目っぷり。いくらなんでもバーで高校生なんて雇ってくれないよね。あ、でも戦闘員は歳関係ない職業か……。そう考えると、別にバーで働く分もそんなに悪いことじゃないような気がしてきた。

 

「はは、いいんじゃねえか。この際、いっちょ大人にしてもらってこいよ。なぁ、おっさん。コイツにも色々仕込んでやってくれよ」

 

 すごい必死の説得だ。

 もしかして、そうやって纏に酒やたばこなんかを合法的に許してもらおうとか考えてるんじゃないかな。

 

「……まあ、それぐらいは構わないが、こっちだって一応大人の商売やっているんだよ。若造を働かせるとなったら、問題があるだろ」

「いいじゃない? どうせ裏社会の関係者なんだし。今さら問題とかそういう話しはどうでもよさそうだけど。ねぇ、蘭?」

「なんであたしに振るのよ」

「蘭はどっちがいいと思う?」

「どっちでもいいわよ。好きにしたらいいんじゃないの。彩葉の言う通り、あたしたちは裏社会に属しているのだから」

 

 賛成2、やや反対1、曖昧な答え1.これは可決だね。

 

「……仕方がないか。今日はお前らのせいで休業になってしまった分、その借りを返してもらうことにさせてもらおうか」

「ああ。遠慮なく、こき使ってくれて構わないよ」

 

 纏がバーテンダー……か。なんだか想像つかないね。

 

「よし、そんなら俺はちょくちょく疲れを癒しに客として出入りさせもらうとすっか。纏のおごりでな」

「あのなぁ……俺がそれを許すと思っているのか」

「いいじゃねえか。一番安い奴でもいいんだぜ」

 

 覇人の狙いって分かりやすすぎるね。横では、蘭も「あきれた……」とか呟いてる。

 

「アホ言え。うちは若造が飲めるような酒なんざ置いていねえよ」

 

 去り際に覇人の方に手を置いて、つぶやくように喋った。

 

「もう少しでかくなってから来な。その時は、俺がおごってやるよ

 ――おい小僧! 今日からやってもらうことにするから、お嬢さん方らとちょっと休んでいることだな」

 

 言われてから、急に眠気と疲れが襲ってくる。

 そうなんだ、もう朝を迎えるんだった。

 深夜に命からがら逃げて来たとは思えないほどの濃密な時間だったから、感覚がおかしくなっている。

 仕事の準備なのか知らないけど、篝さんが部屋を出てから、ベッドは茜ちゃんが使っているのでソファに座り込んだ。

 

「やれやれ、見かけによらず意外と硬いところがあるおっさんだな」

 

 たばこの火を点けて、手近にある椅子に座る覇人。そんなに飲みたかったのかな。でも、ここがダメなら結局、違う店で飲むんだろうな。

 

「あんたたちは夜からやることがあるんだから、今の内にゆっくりと休んでおきなさいよ」

 

 ソファを背もたれを倒して、ベッドのような形にする。

 二人分が寝るぐらいなら十分なスペースが空いた。

 そこを私と蘭で使わせてもらう。

 

「俺たちは床か適当に空いているところを使うか」

「そうすっか」

 

 そんなやり取りが最後に聞きながら、眠りに落ちた。

 


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