枕元から同じリズムでけたたましい音が鳴り響く。
いつまでも、いつまでも。いい加減飽きて黙ってくれたらいいのに。
もうかれこれ一分ぐらいは続いていてさすがに我慢の限界が来た。
「……うるさい」
朝に弱い私は、開ききらない目をこすりながらアラームを止める。
大きな欠伸を一つ残す。
昨日の晩に魔法使い出現の報を聞き、眠れぬ夜を過ごしてしまうかと思われたが、存外ぐっすりと眠れたようだ。
意外にも図太い自分の体質に驚きながらも、昨日の二の舞にならないようにのそのそとベッドから体を起こす。
制服に着替え、朝ご飯を食べる。至ってシンプルな朝。昨日のことは夢だったよと言われたら。あ! やっぱりそうだよね。と頷くと思う。
思うのだが――リビングに流れていたテレビには、昨日のニュースを繰り返し報道していた。
なんか実感がないなあとを眺めていると、昨日と同じ時間にチャイムがなる。
この時間にやってくるのは、茜ちゃんだけだ。
私は鞄を持って玄関へと向かう。すると、そこには予想通りの人物が待っており、挨拶をお互いに交わして、通学を始めた。
昨日の件で町中は騒がしいことになっているのかとも思われたが、特にこれといった変わり映えしなかった。
隣の区で起きた火災だし、他人事ようにしか感じられない事件ということもあって、そこまで騒ぎ立てることでもないのかもしれない。
だけど、私と茜ちゃんからしたら、ある噂が流れ込んできていたからこの町の雰囲気には飲み込まれなかった。
「昨日は無事に帰れたみたいで良かったです。何かあったらどうしようと心配だったんですよ」
「大丈夫って言ったじゃん! 心配しすぎだよ~茜ちゃんは」
少し心細かったことは話さず、何もなかったと平常運転で答えた。正直な気持ちを言ってしまえば、茜ちゃんがより過剰に反応してしまうと思ったからだ。
そのままいつものように他愛のない話しで笑い飛ばしながら、歩行を進めていくと時計塔のある公園にたどり着く。
そこで、黒いスーツを身に付けた四十代くらいに見える男性が、ラフな格好をした十代の少女を連れ立った二人組がいた。
傍から見たら親子のようにもみえたが、顔は全然似ていない。養子っていうのともなんか違うような。かといって誘拐されているようにも見えないし。ちょっと怪しいから視線がついそっちに向いてしまう。
二人は時計塔を眺め、周辺をしきりに見回していた。何やら一言、二言会話した後、私たちの方へと歩いてくる。
一瞬目があったようにも感じられたが、そのまますれ違う。
「今の人たちって……」
「多分、アンチマジックの人だと思いますよ。二人とも胸にバッジを身に付けていたから間違いないです」
私が疑問を差し挟む前に、茜ちゃんが答える。
「あっ! 確かに。そんなのがついていたような……てことは、私たちと同じ年くらいに見える女の子もそうなのかな?」
「そのはずですけど……でも、もう一人の男の人はどこかで見かけたような」
記憶を探りながら答える茜ちゃん。
「うーん、確かに聞いたことがあるような……ないような」
「何度かニュースでも取り上げられることがあったはずなんですけど……誰でしたっけ」
なんとか思い出そうとしていくうちに、しきりに頭をひねり出す茜ちゃん。
「そのうち思い出すよ! というか、思い出せないのなら実はそんなに大した人じゃないんだって」
「待って! もう少しで思い出せそうなのです。えーと、まりと? でしたか」
「なんか外国人みたいな名前だね」
「いやっ……ちがいます! えーと、まりお? まりも? いや、こんなおもしろい名前じゃなかったはず」
「それでもいいんじゃない? 可愛いし」
「確かに可愛らしいですけど……男の人の名前ですよ。彩葉ちゃん」
「それもそっか」っと次の名前を考えてみる。
その後も色々な名前を出してみるが、結局、学校につくまで思い出すことはなかった。
教室に着くと、隅の方で男子生徒が二名陣取っていた。
一人は、百七十を超えた高身長で華奢な体型をしており、もう一人は高校生らしい体格に灰色の髪をした人物だ。その正反対な体型で遠くからでも目立つ二人組は、私たちの中学時代からの友達である天童纏《てんどうまとい》と近衛覇人《このえはると》だ。
二人は朝早くから通学しており、いつも端っこの方で固まって楽しそうに会話をしている。
邪魔をするのも悪いけど、せっかくだから挨拶ぐらいはしとかないと。
「纏くんにしては、珍しく眠たそうですね」
「今日は、纏が夜更かしでもしていたのかな」
「いや、そういうわけではないんだ」
ここぞとばかりに昨日の仕返しをしようと突っかかってみたけど、纏がそれを否定して話しを続ける。
「親父が朝早くに急に帰ってきたから、出迎えであまり目が早く冷めただけさ」
「朝早くって……夜の仕事でもしているの?」
真面目な纏と違って、お父さんはいかがわしい仕事にでも手を出しているのかな。
「纏の親父さんは、アンチマジックの人間だ」
「えっ!? そうだったんですか」
纏、覇人と出会って四年になるが、纏の父親が謎多い組織の一人だったとは初耳だった。
「別に黙っていたわけではないんだ、親父もそこそこ有名人だから喋って騒ぎにしたくなかったんだよ」
「ふーん、そうだったんだ。って、そういえば朝、時計塔前でアンチマジックの人とすれ違ったけどあの人がそうだったのかな」
「確か私たちと年の差がなさそうな女性を連れてましたけど」
時計塔前で出会った二人組の容貌を詳しく説明して纏に問いかける。
「それは間違いなく俺の親父だな。女の人の方はC級戦闘員の御影蘭って名乗っていたな。確か、俺たちとそう年が離れていなかったはずだ」
「その年でもアンチマジックに入れるんだ」
「アンチマジックに入るのに年齢制限はないからな。しかし、それにしてもあの若さでC級ってことは、ワケありってことっぽいな」
覇人が彩葉の疑問に答える。
C級とは階級でいうとちょうど真ん中に位置している。その階級にあの若さでたどり着いているといことは、戦闘能力が高く早い段階でC級に昇格したか、幼いころから魔法使いと戦い続けてきたかのどちらかだ。
「私たちの一個上ですか……大人びていて、それでいて少し怖い印象がありましたね」
「俺もあの人のことは詳しくは知らないよ。というより今日初めて会った人だしな」
「あ、そうなんだ。でも、お父さんの方は有名なんだよね。確か名前は「もりる」だったけ?」
「一体誰と勘違いしているんだか……守人だよ。天童守人。どう覚えたらそんなに可愛らしい名前になるんだ」
通学途中、茜ちゃんとともに必死で思い出そうとした結果、一番しっくりきた名前だったがどうやら間違えていたみたいだ。
纏が盛大なツッコミを入れている横で、覇人はあごに手を当てて、
「はは、マスコットキャラクターみたいな名前でいいじゃねえか」
「全然よくないから」
「ごめんなさい。男の人の名前なんてよくわからなくて」
「ねー」
茜と彩葉はお互いに顔を見合わせて、うなづきあう。
「二人共、ネーミングセンス無さすぎだろ」
やり取りを見て、短い嘆息とともに吐き捨てるように纏は言った。
下校時間になる。
今日は、魔法使いの出現という噂もありバイトは休みとなった。
朝はいつもと変わらぬ光景だったが、帰り道ではあちらこちらから天童守人の姿が発見されているからか、話題がアンチマジックのモノになっていた。
アンチマジックが野原町にやってきていることによって、何事かと反応しているんだろう。
基本的にアンチマジックが動くときは、魔法使いが現れたときくらいなものだ。普段は支部に詰めて、緊急時にいつでも出動できるように体制を整えている状態である。
しかし、今回はそのアンチマジックが動いているのだ。C級戦闘員とA級戦闘員という高ランクの二人が来ているという時点で、魔法使いの危険度もかなり高いということがうかがえる。そのうち、A級戦闘員である天童守人は、よくニュースサイトのマイナーなジャンルのところに載っている凄腕の戦闘員だ。
つまり、魔法使いに関わる何かが起きようとしている、あるいはすでに起きていると町の人たちは捕えていることだろう。
もしかしたら、先日の三十一区全焼のような災害が降り注ぐかも知れないという不安と、それを未然に阻止できるかも知れないという二つの感情が芽生える。
高ランク戦闘員の介入はそれだけの影響を与えるのだ。
「纏のお父さんの影響力ってすごいんだね。どこもお父さんの話しばかりだよ」
「最近では結構な有名人だからな」
さして、自分の親を自慢することもなく淡々と話す纏。
「この状況だと悪い意味でしか感じねえな」
「そんなこと言ったら纏くんのお父さんに失礼ですよ」
「悪い意味……ね。実際こうしてみると事実だしな。A級の戦闘員がきたからと言って、周りが全部安心するかと言ったら、そういうわけでもない。むしろ、敵の強大さをアピールしているようなものでもあるのか」
纏が親の仕事を間近でみるのは、これが初めてらしい。今まで数々の魔法使いを殲滅し、大勢の人々を救ってきた父親の背中をみて育ってきた纏にとっては、信じられない光景なのかもしれない。
もっと、周りから称えられ、期待の眼差しを向けられていると思っていたが、現実はそうでもなかった。
「なんか、あんまり報われないんだね。アンチマジックって」
「……そうだな」
周りの緊迫した雰囲気に飲み込まれそうになるも、家路についた。
私が家の前までたどり着くと、いつもと違う印象があった。
普段は空いているリビングのカーテンが閉じられていたのだ。それだけではない、家中の窓にカーテンがかけられており外からの光を遮断していた。まるで、外敵から身を守るように、静かに、人の気配を感じさせないような趣があった。
誰もいないのかな?
しかし、玄関に入ると人の話し声が聞こえてきた。
「ただいまー」
おそるおそる声をかけてみる。
靴があるので、両親がいることは間違いないはずなのだが、反応がなかった。
靴を脱ぎ、声の発生源であるリビングへと近づいていく。
次第にはっきりと聞こえるようになっていく話し声。
雰囲気からいって大事な話をしていることは感じられる。
このまま引き返して自室に戻ってからもう一度来ようかとも考えたが、今までに感じたことがない異常な気配に好奇心が抑えられない。
一体何を話しているのだろう。リビング前に立ち、ドアを開いた瞬間だった。耳を疑う衝撃の事実が両親の口から放たれた。