魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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67話

 夜が深まっていくにつれて、少しづつ緊張感が表面化し始めてきた。

 昼間に咲畑町で買ってきた、新しい服に着替えていつでも出る準備は整っている。だけど、まだ時間はこない。

 高架下で待ち続けているのも落ち着かないので、散歩がてら茜ちゃんと辺りを歩いてみる。

 ふと見上げた黒い景色には、大小さまざまな光が散らばっている。

 あれはなんていう名前の星なんだろう。

 天体には詳しくないから、ただただ綺麗だなぁと眺めた。どこまでも広がる光たちはあの壁の向こう側にまで続いている。

 

 あっちの方もこんな綺麗な空をしてるのかな?

 

 そんなことを言いながら歩いていたら、上着のフードを被って、高架の柱を背もたれにしながら空を見上げている蘭を見つけた。

 新しい服装をしてる。いままでは戦闘員としての名残で喪服みたいな黒を基調としていたけど――今日からは違う。

 

 魔法使いとして、これから旅立つ服装だ。

 

 だけども上半身は一回りサイズが大きいというところは変わってない。

 

「こんなところで何してるの?」

「別に何も。ただ、綺麗な空だと思っていただけよ」

 

 なんだ、私と同じことを考えていたんだ。

 

「あ、それ着けてるんだ」

「あんたたちが似合ってるっていうからよ。せっかくだし、あたしも年頃らしくしてみようと思っただけ」

 

 首には茜ちゃんと選んだ星が吊ってあるシルバーのネックレス

 記念にということで色違いで買ったブラウンの星が吊ったネックレスを私も首にしている。茜ちゃんは薄い赤。

 

「気に入ってもらえているみたいで良かったです」

「あたしにはこういうのはよく分からないけど、悪くはないと思ってるわ」

「おしゃれなんてノリだよ。ノリ。似合っていればそれでいいんだよ」

 

 私と茜ちゃんもコンクリートでできた柱に背中を預けてくつろぐ。

 そのまま、何を話すでもなく緩やかに過ぎていく時間。

 高架下に漂ってくる満ち満ちた静謐が妙に居心地がいい。

 わたしは頭の中を空っぽにしてこのひと時を味わう。

 満天の空に何を想うわけでもなく、感慨に耽るわけでもなく。

 

 ――ただ、空を見上げる。

 

 心を奪われているかのように――ただ、無心になっていた。

 

 二人はこの瞬間に何を考えているんだろう。

 両隣にいる茜ちゃんと蘭もまた、私と同じように無心になっているのかな。

 

 どう思っているのかは知らないけど――

        共有しているこの空間に――

          奇妙な一体感を覚える時――

 

 まるで、この世にはびこる生命を一切なくして、私たちだけの世界を造っているみたいで。

 世界は三人しかいないんじゃないかと思えるほど。

 

 奪われた心が取り戻されたきっかけは、静寂を壊す音。

 蘭が首にしているネックレスをいじった時に響いたものだった。

 

「あんたたちに聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」

 

 ぽつり、と零れる声。

 たったそれだけの声音でもこの場所ではよく通る。

 

「蘭からなんて珍しいね。なに? なんでも聞いていいよ。なんでも答えるよ」

 

 少しの間が空いたあとに蘭は話し出す。

 

「お姉ちゃんとあの咲畑町まで一緒にいたのよね。よかったら、一緒にいたときの話を聞かせてもらえないかしら。

 あんたたちとどんなことをして。

 なにを見て。

 なにを話して。

 あの日、お姉ちゃんとあたしが再会するまでのあんたたちの物語を聞かせてほしいのよ」

 

 私は茜ちゃんと顔を合わす。

 

 私たちと緋真さんの物語。

 

 長いようで短かった日々。

 

 そう錯覚させたのは、一日一日が充実していた何よりの証拠となっている。

 あまりにも多すぎて、何から話せばいいのか選ぶことなんて出来ない。

 

「長くなってしまうと思いますけど、それでもいいですか?」

「いいわよ。時間が来るまでやることがないもの。あんたたちと過ごしたお姉ちゃんの最期まで聞かせて欲しいわ」

「じゃあ――そうだね。何から話そうかな」

 

 ゆっくりと、紐解いていく記憶の一ページ。

 思い返してみれば、本当に沢山のことがあった。

 出会いは、魔法使いになった時だから、この人生が始まったスタートラインからになる。

 

 一緒に料理をして、ご飯を食べたり。

 

 魔法の練習をした時に、勢い余って屋根を焦がしたことがあったり。

 

 病気や怪我を医者のように面倒みてくれたり。

 

 戦闘時には、身を挺して庇ってくれたり。

 

 自然を使った露天風呂なんかを作ってくれたこともあった。

 

 大切で――貴重な体験の数々は、決して忘れるなんて出来ない一生の想い出をくれた。

 溢れ出してくるだけ、茜ちゃんと一緒に語り続けた。

 

 時には羨ましそうにして――

 時には微笑んで――

 時には呆れたり――

 

 私たちなんかよりも、はるかに緋真さんのことを知っている蘭は、実にいろんな反応を見せてくれた。

 

「やっぱり、お姉ちゃんはお姉ちゃんのままね。五年前とまったく変わってないわ」

「四十二区で暮らしてたんだよね。緋真さんから聞いたよ」

「その時から、面倒見が良かったんですね」

 

 蘭を含めて、何人かの世話をしていたって言ってた。だとしたら、今と変わっている部分なんて見つける方が難しいかもね。

 

「なんでも出来る人なのよ。だから、お姉ちゃんは常に誰かと一緒にいたがるのよ。一人だと、いつも寂しがるのよ、あの人は」

「そんなところも含めて、素敵ないいお姉ちゃんじゃないですか。私もあんな世話ができる素敵な人になりたいなと、目標に出来る人です」

「そう言ってもらえると、嬉しいわね」

 

 誇らしげにする蘭。その気持ちは分かるような気がする。あれだけ何でもこなせたら自慢できるような姉だと思う。

 

「それはそうと、あんたたちに迷惑をかける様なことなんてほとんどなかったと思うけど、一応、お姉ちゃんの身内として礼は言わしてもらうわ。

 ――最期までお姉ちゃんと一緒にいてくれてありがとうね」

「礼ならこっちが言いたいぐらいだよ。私たちが魔法使いになって、途方に暮れていたところを拾ってくれたんだから」

「そうらしいわね」

 

 助けて、助けられる関係。

 魔法使いの中でも良い魔法使いと悪い魔法使いがいる。

 それは、人の世界でも言えることなんじゃないかと思う。

 

「今度は、私たちが蘭さんを助けてあげる番ですね」

「なんであんたたちはあたしのことをそんなにも気に掛けるのよ」

「世話の焼ける人だからですよ」

「なによそれ」

「緋真さんの言葉だよ」

「それと、もし会うことがあれば仲良くしてあげてとも言ってましたよ」

「そう……お姉ちゃんがそんなことを……」

 

 緋真さんはいつだって、従妹である蘭のことを気にかけていたのかもしれない。こうして、私たちにお願いをするぐらいだし。

 思い出話に華を咲かせていたら、私たちの頭上の闇を斬り裂くように電車が走って、華が散る。

 流れゆく光を伴って電車は、この先の終点である両端《ターミナル》がある夜へと溶け込んでいった。

 入れ違いに、纏と覇人がやって来る。

 

「やれやれこんなところにいたのかよ。探したぜ」

 

 呆れ気味に言う覇人。どうやら私たちを一生懸命に探してくれていたみたい。息が上がっているようにも見えたことが証明してくれる。もしかしたら、冬によくあるただの白い息かもしれないけど

 どっちでもいっか……でも、勝手に行動して迷惑――かけたかな。

 

「さっきので通常運行の便は終わりだ。そろそろ両端《ターミナル》攻略の準備を始めよう」

「うん。分かった」

 

 次は貨物列車が通る番。これに乗り込んで内部から攻め落とす。

 仮に戦闘が起きたとしても、乗客がいなければ心置きなく戦えるというものだ。

 

 いよいよ、三十区を離れる時が来た――


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