魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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63話

 緋真の死が魔法使いを、災害が人々を騒がした日々も過去のものになってしまった。悲しい事件ではあったけど、いつまでも後ろ向きでいられるわけではない。裏の世界はどこまでも非情だった。

 いつ、どこでまたアンチマジックと鉢合わせるかも分からないから、私たちはすぐに移動を始めた。

 

 次々と繰り返される朝と夜。

 

 慎重に行動して――ついには三十区最東端の両端《ターミナル》に繋がる高架下まで逃げてこられた。

 周りには特に施設のような類なんてなくて、さすがに誰かと会うこともなかった。絶好の隠れ場とも言える場所で、数日はこうして近辺の様子をうかがいながら生活をしていた。

 頭上では今日も今日とて、二十九区に渡る電車と車が出入り口になっている両端《ターミナル》に吸い込まれていく。あれにも魔法使いが乗っているのだろうかと思案してみたりする。

 

「彩葉ちゃん。二人が帰ってきたみたいですよ」

 

 お、どうやら戻ったみたい。

 二人。というのは、纏と覇人のことだ。

 蘭の便利な魔眼で姿を捉えたみたいで、茜ちゃんが代弁して教えてくれた。

 

「すっかりその眼の使い方に慣れたみたいだね。蘭ちゃん」

「そのちゃんを付けて呼ばないでって言ったわよね」

「似合ってるのに……?」

「そういう呼ばれ方をするのがあたしは嫌だっているのよ」

 

 通常の眼に戻して、ちょっと怒りっぽくなってしまっている。

 嫌っていうよりは、なんだか恥ずかしいから止めてって言っているような感じがした。だけど、これ以上この言い方をすると本当に怒ってしまって、口を聞いてくれなさそうだから止めとこ。

 

「蘭さんが嫌がることをしちゃダメですよ」

「あんたもそんな呼び方じゃなくて、呼び捨てで良いって言ったわよね? それと、敬語も止めてって。なんか、慣れないのよ」

「茜ちゃんの場合はこれが素だから困らせたらかわいそうだよ」

「ごめんなさい。私、家が接客業をしていて、常にお客さんの相手をしていると、これが普通になってしまったので……。タメ口は……その、私が慣れないのです」

 

 うん。そうだと思う。茜ちゃんが敬語じゃなくなる相手と言えば、お母さんと話している時ぐらいしか知らないし。

 前に一度、私と話す時に普通にしてみて! て頼んだことがあるけど、違和感がありすぎて、すぐにいつも通りに戻してもらったことがある。

 

「ああ、もう……っ! 分かったわよ! 好きにしなさいよ。あたしの降参よ」

「ちゃんもオッケー?」

「それは嫌だって言ってるわよね」

 

 降参したのに。これだけは譲れないみたい。仕方ないから諦めるよ。

 連日、降り注いだ雪は何層にも積み重なって、雑草で広がっていた足元を白い道に作り替えていた。

 緑と花で豊かな三十区も雪景色となっているけど、微妙に隠れ切れていない雑草が生命の力強さを訴えているみたい。まるで私たちと同じだ。決して裏の世界に負けたくない。

 重みに耐えきれなくなった木から雪が暴力的に落ちてきた。当たったら痛そうとか思っていたら、ひょっこりと人影が見えた。

 地表に生まれた白い天然物の大地を踏みしめる足音のリズムを伴って、纏と覇人が帰ってきたところだった。

 

「おっと、雪に殺されるかと思ったぜ」

「大げさだな。でも、気を付けてくれよ。さすがに殺されるまではいかなくても、怪我ぐらいはするかもしれないからな」

 

 この区画は木が多いから、降り積もった雪の下敷きになってしまう事故がたまに起きるのである。

 笑いごとで済んで良かった良かった。

 

「おかえりなさい。関所の様子はどうですか?」

 

 出迎えるのは茜ちゃん。もう、これはお約束のようなものになった。

 

「そのことはとりあえず、小屋に戻ってからにしようぜ」

「そうだな。こんなところで話すこともないだろう。彩葉たちも外で待っていて寒かっただろ。一度、暖を取ってからゆっくりと話し合うとしよう」

「賛成」

 

 雪が降り始める。早く帰れと言わんばかりに神様が告げている。

 では、お言葉に甘えて戻らせてもらおうっと。

 

 

 ジャングルと見間違いそうな木々を歩き始める。

 しばらく行けば、途端に広い場所に出てきて。もう随分と古めかしさを感じさせる木造の小屋が建っていた。お洒落な花壇は白い化粧を被ってしまって埋もれてしまっている。それ以外に外を飾る物はなく、寂しげな感じ。

 開けた空を暗い表情をした雲が覆い、綿毛のようにフワフワした雪がゆっくりと舞い落ちる。

 

 息を飲んでしまいそうな――鮮やかで儚い光景。

 

 まるで童話の建物をそっくりそのまま再現したような建物。

 周りがこんな環境じゃなかったら最高にいい物件なのに。欠陥があるからこそ、この建物が映えるんだろうけど、ちょっと残念。

 中に入ってまずは何を置いても暖炉。ここに逃げ込んだ当初に、集めておいた木をくべる。火は覇人がタバコを吸うために持っているライターでつけた。

 凍えた体に温もりが染みてくる。

 

「ここって年数回しか使われていないんだよね。せっかくいい物件なのにもったいなくない?」

「三か月に一回のペースだな。アンチマジックが魔障壁の補修、点検の時に利用するために設立したらしい」

 

 生活感が一切漂っていない部屋には机と台所、あとはベッドぐらいしかない。部屋も二部屋と少ない。少人数の規模でやっているんだね。

 

「区画の外周を防護している壁よ。等間隔にここと似たような小屋が建っているわ」

「大変そうですね。それじゃあ、ここは休憩も兼ねて建てられたということですね」

「にしても、敵の基地みたいなもんだろ。監視とかされてんじゃねえの?」

「雨風しのげたら細かいことはいいじゃん」

「いいのか……それで」

 

 あれ? 不安をさせた? 見つかったらその時はその時で対処したらいいと思うけど。元々私たちは魔法使いという名の悪人に認められているんだし。開き直ってそれっぽく振舞えばいいんじゃない。

 

「それほど重要な施設でもないからしてないわね。魔障壁の調査に日数がかかるから建てたらしいわよ」

 

 魔障壁――見上げてもてっぺんがよく見えないぐらいの高さで、横にも長い。長いと言うより一つになっている。等間隔に小屋が建っているということは、そこまでが調査範囲なんだろう。どのぐらいの距離があるかは分からないけど、ご苦労様。

 役目としては、魔法使いが簡単には区画から逃げ出せない様にしていること。魔法使いを見つけた場合、その区画内だけを探すだけで十分になるからだとか。

 私たちにとっては最大にして難関の障害。

 

 

 そして、もう一つの役目。

 これこそが――数多の魔法使いの逃亡を放棄させた最たる所以。

 

 

「魔障壁ってさ、魔法で壊せないんだよね。それができたらすぐにでも二十九区に渡れるのに」

「さすがに無理だろうな。

 歴史上――ただ一人の魔法使いを除いてな……」

「――! そんな魔法使いがいるのですか? 聞いたこともありませんよ」

 

 茜ちゃんが驚くのも分かる。私だってそんな話を聞いたことがない。壁が壊されるようでは、自由に魔法使いが行き来できてしまうことになる。今の私たちの状況からすればいい話だけど。そうじゃなかったら、最悪な話だ。

 なのに、纏と蘭が平静でいることが気になった。

 

「俺たちを変えたあの日の前日。三十一区と三十区の壁を突破してきた魔法使いがいたらしい」

 

 バイトをしていた時に、商店街で聞いた三十一区の全焼事件を思い出す。

 

 

 炎が町という町を――

 残骸が人という人を――

 

 

 苦しめて、悲しませて、泣かせて、殺して――

 

 

 ただただ、何かを失くしただけの災厄で最悪の紅く燃え尽きた日。

 

 

 その原因は魔法使いの炎の魔法。――次の日も野原町で同じような事件が起きた。どうやら同一人物がやったということだけど。

 そういえば、野原町のことは緋真さんがやったって白状してくれていたっけ。

 

「……あれ? じゃあ、その事件を起こした魔法使いが犯人ってこと? それって――!」

 

 一人、思いつく人がいた――!

 

「キャパシティ一の破壊力を持つ魔法使い。緋真の仕業だ。元々、あいつが小細工使って壁を壊せるかどうかのテストの為だったんだよ。彩葉と茜も一回みたはずだぜ。ほら、管理者の屋敷で緋真が使ったマグマ。あれだな」

「む、無茶苦茶やる人だね……。普段は優しい人なのに。怒らせたら怖いタイプだ」

「確かにあれなら壊せそうですけど、やることが派手すぎますよ……!」

 

 緋真さんの魔法は炎。どんな時に使ってもかなり目立つ。ましてやマグマだなんて自然に発生するもんじゃないし。屋敷で覇人と汐遠さんもあれが目印で助けに来れたって言ってたっけ。

 

「お姉ちゃんは相変わらず大胆なことをやるわね。でも、大体分かったわ。全焼事件はお姉ちゃんを追ってきた戦闘員との戦いで巻き添えを喰らっただけのようね」

「まあ、そうなるわな。あいつ、見境ねえし」

 

 満場一致の納得。ただし、面識のない纏を除く。

 

「その魔法使いがどういう人なのかは知らないけど、俺たちでは真似できそうにないな。となると、俺たちがこの区画の終点から出発地点に立つには、両端《ターミナル》を乗り越えるしか方法はなさそうだ」

「そうね……まさか、キャパシティが隣の区にあったなんてね」

「目的地が近くていいじゃん」

「ですね。

 ――でも、そういうことになりますと、正面突破をするということですか」

 

 壁をよじ登っていくなんてことは当然できないし、やれることなんて一つしかないよね。

 

「あそこを守っているのは二十人ほどの警備兵だったはずよ。あんな騒動のあとだから、戦闘員がいるかもしれないけれどね」

「いや、それらしいやつはいなかったぜ。平常運転って感じだ」

 覇人と纏は両端《ターミナル》の近くまで寄って調査してきてくれた。初めの頃は頻繁に両端《ターミナル》に警備兵や戦闘員が行き来していたけど、それはないらしい。

 結果としてはいつも通り。

 両端《ターミナル》前に二人。残りは中で雑用か事務的な何か。あとは両端《ターミナル》に寄った一般人の応対ってところかな。業務内容なんて知らないけど、そんなところだと思う。

 

「でも、反対側にもいるのですよね。合わせると総勢四十人もいるのですから、無策に行ってしまえば、返り討ちに合いますよ」

 

 茜ちゃんの言うことももっとも。人数的には向こうの方が多い。確実に攻略するには厳しいかもしれない。

 

「その通りだ。正攻法で落とすには無理があり過ぎる。そこでだ――

 両端《ターミナル》には毎日、最終便に貨物列車が通ることになっている」

「毎日ですか? それほど物資が不足しているのですか」

「一般人の滞在スペースもあるのよ。こんな端っこの方だと、簡単には食材なんかを揃えづらいのよ」

 

 あー、なるほど。ここからだと隣町までも結構な距離があるしね。夜に一気に運んでもらう方が楽ってことなんだね。

 

「作戦としては、その貨物列車に密航して直接内部まで運んで行ってもらうってわけだ。あとは最小限の戦闘に抑えて制圧。“接続の道”から先は出たとこ勝負になっちまうが。ま、一番安全なやり方だろうぜ」

 

 接続の道は各区画間を繋げる長い渡り廊下。当然、一本道なのでそこから先は運しだいになるかもしれない。

 

「警備兵とも戦わないといけなさそうだね」

「魔法使いとの戦闘を想定されていない警備兵でも戦闘の訓練は受けている。油断はできる相手じゃない」

 

 警備兵は戦闘員とは違う。一般人が利用する施設なだけあって、警備兵は警察の組織の一部になっている。

 

「私はそのやり方に賛成です。争いはやっぱり……いやです」

 

 茜ちゃんは辛そうに目を伏せた。野原町や咲畑町のことも含めて、争えばロクなことにはならない。茜ちゃんはきっとそれがいやなんだろう。

 

「とりあえずは、攻略できそうね。それじゃあ、あとはあんたたちで頑張りなさいよ。あたしは抜けさせてもらうわ」

 

 話しが纏まってきたところで蘭が一抜けを提案してきた。

 

「抜けるって。どこに行くの? 私たちと付いてくるんじゃないの?」

「いつそんなこと言ったのよ。大体、あたしがあんたたちとなれ合う理由なんてないわ。特に――あんたとはね」

 

 私にするどい眼光を向けてくる。ここ数日で少しは距離が縮まっていると、少なくとも私は思っていたけど、蘭にとっては全然そんなことはなかったっていうの。

 

「蘭さん。彩葉ちゃんは楽天的で適当なところもあるかもしれませんが、私はそんな彩葉ちゃんが好きで、とても頼りになる優しい人なんです。だから仲良くやっていきましょうよ」

「こいつが悪い奴じゃないなんてことぐらい分かっているわよ。……けど、あたしは一緒にいるなんてことはこれ以上は無理よ。あたしが耐えられないわ――っ……!」

 

 ――! 心が締め付けられるように痛む。蘭の本音を聞けた様な気がしたから。

 

「ごめん。……もしかして、わたし……ウザかった?」

「――っ!」

「蘭はいつもわたしのこと遠ざけるけど。でもそれって、恥ずかしいだけなのかなって。

 緋真さんが言ってたんだよ。蘭は「すっごく世話に焼ける子だから迷惑かけるかも」って。そしたらほら! いつも寂しそうにして、元気もなさそうだったから。ここは少しだけお姉さんである私が人肌脱ぐしかないかなって思ってしまって」

 

 流れるように言葉が出た。だってこれが私の本心。

 一緒に眠ったあの夜明け前。蘭は意識していなかっただろうけど、私の手をぎゅっと握って放そうとはしなかった。それどころか暑苦しいほどにくっ付いてきたり。

 頼りになるように振舞っているけど、じつはとっても寂しがり屋で優しい女の子。

 

「あたしだって、あんたのことは嫌いじゃないわよ。――けど、あたしは出来るだけあんたとは関わりたくないのよ」

 

 はっきりと言い切ってそのまま一人でどっかにいってしまった。なにか気の利いたことで呼び止めれたら良かったんだけど、何も思い浮かばなかった。

 

「蘭は優しい女の子だから仕方ないか。本当のことを言ってしまえば、彩葉を傷つけると気遣ったんだろう」

「……え?」

 

 私が傷つく? なんで? どうして? 蘭は私に何かを隠していた?

 

「纏くんは事情を知っているのですね」

「……」

 

 沈黙。それが答え。

 

「ま、だいたい察しはつくっちゃあ付くけどよ。……あの日のことだな」

「同じ魔法使いの覇人なら知っていてもおかしくはないか。

 ああ、そうだよ――あの事件に関わっている」

「ねえ、それって何のことなの? 教えてよ」

 

 蘭との関係を一歩踏み込むためには、何としてでも聞き出さないと。

 

「茜と彩葉。とくに、彩葉にはこの事実を受け止めておかないといけないだろう。多分、彩葉にとっては辛いことだとは思うけど……。

 ――覚悟はしていてくれ」

 

 言葉を切って意思表示の眼差しを向ける。

 大丈夫、覚悟は出来てる。どんな話が出ようとも、ギクシャクした関係のままでいたくない。

 

「野原町の災害時、親父と彩葉の両親が戦い、命を落としたことは知っているとは思うが。

 あの日――彩葉の母親を殺したのは蘭の狙撃だ」

 

 絶句した。てっきり殺したのは天童守人だと思っていたのに。

 私の――勘違い……?

 

「私といるのが辛いってそういうことだったの……。言ってくれれば良かったのに。わたしだけ何も知らずに蘭と一緒にいて、これじゃあ辛かったのは蘭の方だったってこと?!」

「……彩葉ちゃん」

 

 馬鹿じゃないの。

 耐えられないって言ったくせに……私が辛いからって自分はどうでもいいってことなの。あんなにも壊れそうになっていたのに。

 ほんと、緋真さんの言っていた通り、世話の焼ける女の子だ。

 

「人や物、時間に命。この世にある大抵の事柄は自動的に終わっていってくれるものだ。

 だが、そうじゃないこともある」

 

 うん。何となく言いたいことが分かってきたような気がする。

 

「分かるだろう――縁だよ。

 継続させるも、終わらせてしまうことも。これは当事者たちが自発的に解決しないといけないことなんだ。

 彩葉。――君はどうしたい?」

 

 どういう経緯であっても、一度繋がってしまった以上は簡単には切り離したくない。

 蘭がどう思ってくれていようとも、まだ繋がっている。

 終わらない。逃がさない。

 私が認めない限り――。

 

「ちょっと様子を見てくるよ」


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