魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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5話

 退魔力殲滅委員会(アンチマジック)

 

 人類に害を為し、未知なる力を使う超常の存在――魔法使い。彼らは社会の裏側に潜み、人知れず人間社会に溶け込んでいる。

連中を捜索し殲滅することによって、社会に平和と安全を確立するために組織されたアンチマジックは、世界の中心地である二十三区に本部を置いている。そこから全四十六区画に支部を置き、それぞれの区を守っている裏の防衛組織である。

 

 

 三十区支部。人通りの多い繁華街で灰色に塗られた外装に三階建てのビル。一見すると事務所のようにも感じられる建物だが、玄関前の札には退魔力殲滅委員会の文字が彫られてる。

 そこに、一人の男が入っていく。

 男は着慣れた黒スーツをしっかりと着こなし、決して隙の無い立ち振る舞いから相当な実力者だと窺がえた。

 一階はオフィスビルの受付のようになっており、一般市民による情報提供、魔法使いによる被害の援助を求める人が集まっていた。

普段であれば、閑散とした殺風景な空間と化しているのだが、今日はわずかだが人が入っている。

隣接されている警察署から警官が訪ねていた。

表の治安維持組織と行動している警察とはお互いに協力関係の立場にある。

裏で起きた騒動は表にも影響を与えるため、今後の展開について語りに来たようだ。

男は警察の会話に耳をたて、行方不明となっている魔法使いの情報がないか盗み聞きしながら二階のフロアに続く階段を目指した。

 二階は関係者用フロアとなっており、膨大な量の資料が貯蔵されている資料室などいくつもの個室が並んでいる。

 男はすれ違う同僚に挨拶を交わしながら、目的地である監視室とかかれている部屋へと入る。

 そこは薄暗い部屋だった。

 部屋中に小難しい機材が敷き詰められ、正方形のモニターが壁一面に何十個も並んでいる。

 モニター画面には、三十区の監視カメラの映像が写っていた。

 部屋の光源はといえば、そこからあふれ出る光がこの部屋を照らしているだけだ。

 

「いい加減、ちゃんとした照明設備を設置したらどうだ。こうも暗いと気分が滅入らないか? 鎗真」

「それができたら今すぐにでもしたいんですけどね。ここの責任者が照明に使う資金をケチって全部武装に充ててるんですから、こっちには予算が回って来やしないのですよ」

 

 来訪者に背を向け、モニター画面を眺めながら鎗真と呼ばれた男――樹神鎗真《こだまそうま》が答えた。

 二十代くらいの年齢で顔つきも悪くない。短くカットされた髪に黒縁のメガネがよく似合い、知的な雰囲気が感じられる。

 

「おかげで、ここに配属されてから一気に視力が落ちて嫌になってしまいますよ」

 

 男の方に振り返り、恨みがましさが全開の声音でつぶやく鎗真。

 

「似合っているではないか、メガネ。お前のイメージに嵌まっていると思うがな」

「嫌味ですか。毎日レンズを拭く苦労が貴方にわかりますか」

 

 そういってメガネをはずし、ズボンのポケットからクリーナーを取り出し、レンズを拭き始める。

 メガネを装着し始めたのはここ最近のことだった。

 

「こんなものをかけるよりも、やっぱりコンタクトにしておいた方がよかったですかね」

「やめておけ、もう見慣れているんだ。今さら外されると違和感を感じてしまいそうだ」

 

 鎗真は「そうですかね」といい、メガネをかけ直す。

 

「やはり、そっちの方が似合っている」

「もういいですよ。これからもこれでやっていきますよ」

 

 ふてくされた態度で言い放ち、再びモニターの方へ顔を向ける鎗真。

 依然として変わらない映像を右へ左へ視線を動かし、様子を見ていく。

 そこで、ふと男が何をしに来たのか気になり尋ねる。

 

「そういや、こちらへはどんな用事で?」

「あれから何か変わったことはないか気になってな。様子を見に来ただけだ」

「今のところは変わったことはなしですかね」

「……そうか。なら、しばらくはここで待機しているとしよう」

 

 ただ、ボーっと立っていることに疲れ、光源がなければ部屋と同化しているんじゃないかと思われるほどの黒いソファーに腰掛ける。

 

「A級の称号を持つ貴方がこんなところで油を売っていているとはね。ずいぶんと暇なようですね」

「いくら全七段階中、上から二番目の称号だからといっても敵がいなければ、やることもないのでな」

 

 男は眼前のソファーと同じく黒い長机の上に置かれているコーヒーメーカーに手を伸ばし、二人分注ぐ。

 それを鎗真に手渡すと自分はソファに戻り、鎗真は煙草に火を点けた。

 吹かされた煙が充満し、コーヒーを啜る音がしてから男が口を開いた。

 

「この業界に入ってからもう五年か……」

「たった五年でA級までいったら大したもんですよ」

「そう褒められるものではないのだがな。私はただ、為すべきことがあって、ここまでがむしゃらにやってきたに過ぎないのだよ」

「いえ、貴方は確固とした信念をもってやってきていると思いますよ」

「信念……か」

「その証拠として、胸にA級のバッジをつけているじゃないですか。わずか五年でここまでの魔法使いを殲滅し、多大な功績を残してきたわけですし」

 

 鎗真がアンチマジックに入ってから、二年は経つ。

 戦闘力があまり高くなかった為、戦闘員である男とは違う部署への配属となったが、男の成し遂げてきた功績は部署を隔てて広まっている。

 それを知っている鎗真は、男が考えなしでやってきたとは思えなかったのだ。

 しばらくの沈黙のあと、男が昔を思い出すようにゆっくりと語り始めた。

 

「私は五年前に魔法使いに妻を殺されている」

「……それは初めて聞きましたね」

 

 魔法使いに身内を殺され、アンチマジックに入るものはたくさんいる。というよりは、三分の一はこういった理由でやってくる者が多い。

 男もそんな一人だった。

 

「それ以来、私はそいつを探しているが、一向に見つからない。ただ、ひたすらに目当ての人物に当たるまでここまでやってきた結果、こんな称号をもらうまでになってしまっただけに過ぎなかったのだよ」

「復讐ですか……」

 

 同情の意を込め、うなずく。

 

「復讐……か。もうそういった感情は湧かなくなってしまったよ。ただ、許せないだけだ。あれが私たちの前に現れてからすべてが変わってしまった。息子は、亡くなった妻に変わって家事全般を引き受けてくれている。私も職業柄なかなか家に帰れなくてな、つらい思いもさせてきた……だからだろうか、もう私たちと同じ境遇になる人がいなくなるように、そう願ってアンチマジックに入った」

 

 語り終えた男は、渇いたのどをぬるくなったコーヒーで潤す。

 魔法使いという悪を滅ぼし、人類を救う。男の野望は、五年前の悲劇が元となって、生まれたものだった。

 数々の魔法使いを退け、幾多の人たちを救ってきた原動力はここにあった。

 

「たしか、息子はもう十七でしたか」

「そうだ。卒業したら私と同じ道をいくつもりのようだが、できれば違う道を歩んでほしいものだ」

 

 普段は仕事のことで一杯になり、魔法使い出現となれば、真っ先に出撃していき結果を残して帰ってくる仕事の鬼のような男だ。だが、たった一人の息子の将来を想う考えは、一人の父親のものだった。

 

「そうでしょうね。この仕事は常に死が付きまとっていますからね。相応の覚悟がないと厳しいでしょうね」

「……親の仇を打ちたいんだって言って聞かなくて困りのだよ」

 

 鎗真は、もう一本タバコに火をつけ煙を吐き出して答えた。

 

「さすがは親子ですね。考えることが同じとは」

「ああいうところは妻にそっくりだ」

 

 男は妻のことを思い出し、微笑しながら答えた。

 

「愛されていますね、奥さん。その、奥さんを殺害した魔法使いには、特徴などはなかったのですか? 俺も監視官になって二年です。これでも様々な魔法使いをみてきたつもりなんでね。なにか協力できることもあるかも知れませんし、教えてもらえないもんですか」

 

 監視官とは、監視室にてその区画内に設置されている魔力検知器――魔力の熱源を感知する装置――から得た情報の解析や監視カメラからの映像を基に戦闘員に指示を出したりする。いわば、オペレーターのような活動をする役職だ。

 

「そうだな。わかっていることと言えば、ブロンズ色の髪をした女性だということぐらいか」

「……それだけだとなんともいえませんね」

 

 あごに手を添えながら、過去二年間の記憶をさかのぼる。数えられるほどだが、何回か現れた例はあった。しかし、いずれもすでに殲滅済みであったのであえてそのことは口にしなかった。というよりも殲滅したのは、この目の前にいる男だった。

 それ以外にもなかったか、しばし黙考していた鎗真だったが、不意にバイブ設定になっている携帯の振動で考えを遮られてしまう。

 

「失礼」

 

 机に置いてあった携帯を手に取り、電話にでる。

 何度かのやり取りのあと、急に鎗真の顔つきが変わる。よほどのことがあったのか、険しいものになっており、声にも緊迫感が包まれていた。

 緊急性の高い連絡だろうことは容易にうかがえた。自然と高まる緊張感。男は表情を崩さず、黙って会話が終わるまで待っていた。

 通話時間はそれほど長くはなかった。要件だけを手短に話し、相手から電話を切られたようだ。

 

「何があった」

「三十一区支部からの連絡ですよ。先ほどまで例の魔法使いと交戦していた戦闘員との連絡が途絶えたらしいです」

「よくない報告だな」

「皮肉にもそのおかげで現在の所在地が判明したようですけどね」

「ほう?! 聞かせてもらおうか。――どこに現れた」

「場所は――」

 

 鎗真が言いかけたところで、今まで変わることのなかったモニター画面の一つが赤く発光し始めた。

 監視カメラとセットで設置されている魔力検知器に反応があった証拠だ。

 

「ああ、こちらの検知器にも引っかかったようですね」

「あのモニターに映っている場所は――」

「はい、三十区の両端《ターミナル》付近。そこに、います」

 

 最大の災害を起こした人物が三十区にやってきた。

 交戦した戦闘員はC級が三名だったようだ。その全員と連絡が途絶えたということは、まずやられたとみて間違いないだろう。

 これで、相手の実力はわかった。C級、いや少なくともB級以上の力を持った戦闘員でなければ、太刀打できない相手ということだ。

 

「すぐに責任者に報告としよう。行くぞ、鎗真」

「あら、ちょうどよかったわね」

 

 いつの間にそこにいたのか。

 振り向けば肩下まで伸びているきれいな金髪を携え、サイズの合っていない服が短パンを隠し、腰辺りにスカートのように上着を巻いた少女がいた。

 

「蘭。きていたのか」

 

 蘭と呼ばれた女性は、内側に開いていたドアにもたれていた体を離し、鎗真たちのほうへと歩いてくる。

 

「いつもおもうんだけど、気配を殺して背後にくるのはやめてくれよ」

「悪かったわね。あたしの戦闘スタイル上、くせになっているの。頑張って慣れればいいでしょ」

「俺は戦闘の適性がないから、監視官に配属されているんだよ。慣れるとかの問題にすらなりゃしないよ」

「監視官でも戦闘員の人数が減れば、そっちへ移動になることもあるわ。だから、もしものときの為にも最低限の力は身に付けておきなさいよ」

 

 厳しいことを言っているようだが、蘭は五年前から戦闘員として戦ってきている。そのなかで、何度か転属になった者と手を組んだこともあるが、ほとんどが早死にしている。その経験から鎗真へのアドバイスのつもりで言ったのだ。

 戦闘員は監視官と違い、常に戦場に身を置き、そのせいで死者も山ほどでる。ゆえに、人事不足になることも多々あるのだ。そうなれば、必然的に非戦闘員である監視官を戦闘員に回し、人数のバランスをとることになる。

 

「じゃれあうのはそこまでにしろ。それと、ちょうどよかったとはどういう意味だ」

「誰がこんなガキとじゃれ合っているというのです?」

 

 ぶつくさと鎗真が何か言っているが、蘭は一瞥しただけで男の質問に答えた。

 

「責任者が呼んでるわ。あたしたち三人が」

 

 

 一行は三十区のアンチマジックを統括している責任者が在籍している三階へと続く階段をのぼる。

 三階はコの字型になっており、左右に休憩フロア、トレーニングルームなどが入っている。

 目的の責任者が居座っている部屋は中央にあり、漆黒に塗られた扉が特徴だ。

 なかは無骨な装飾と家具で揃えられており、重々しい印象だ。

 部屋に入って真正面の椅子に初老の男性が鎮座していた。

 

「連れてきたわ。それで、要件って何?」

 

 最初に言葉を発したのは蘭だった。

 

「今から話す……そうだな、まず始めに三十一区を全焼させた魔法使いの居場所が分かった」

「それは三十一区支部の連絡ですでに知っている」

 

 男が答える。

 

「もう知っていたか! ならば、説明は不要だな」

 

 耳の速さに驚きを含めた語気で話す責任者。

 

「現在、三十区に二人の魔法使いが潜んでいる。内一名は野原町のシンボルでもある時計塔付近で観測された。こいつを仮に識別名をAとする」

「Aって言うのは、今朝の野原町全土の魔力感知器が一斉に反応した際の魔法使いの事でいいんですよね」

 

 監視室に数十台あるモニターが不可解なことに一斉に赤く発光し、全土に魔法使い反応が出ていた。初めは故障か何かかと疑っていたが、夕方ぐらいになって時計塔付近に現れた反応によって、一人の魔法使いによる。全域に魔力を流したのではないかという結論に至っていた。

 

「そうだ」

 

 責任者は一度言葉を切ったあと、男を見据えた。 

 

「そこでだ、天童君には地元である野原町の魔法使いの殲滅に向かってもらいたい。そして、御影蘭C級戦闘員、樹神鎗真監視官、両名は天童守人A級戦闘員の補佐にまわってもらう」

 

 それは、現在三十区支部にて最も戦闘力の高い人物を筆頭とした編成だ。

 

「それだともう片方の魔法使いはどうするんで? これだけの戦力をぶつけると手薄になると思いますが?」

 

 鎗真が怪訝な顔になって即座に疑問を尋ねる。

 

「分かっている。しかし現状明確な所在が割れているのはAだけだ。だから、逃げられる前にこちらを総力を上げてつぶし、そのあとにもう片方の捜索に全力に取り掛かることにした」

「なるほどな。そういうことなら話しは早い。さっさと片付けてしまうか」

「そうしてくれるとありがたい。天童君ももう片方の魔法使いには興味もあると思うからね」

 

 もったいぶった物言いで守人を煽る責任者。

 

「……というと」

「識別名B。ブロンズ色の髪をした女性だという報告だ」

「ほほう。いい報告だな」

「よかったわね。前回から半年ぶりくらいだったかしら。今度こそ当たりだといいわね」

 

 衝動的に鼓動が高まっていく気持ちを押さえつけながら、守人は久しぶりの目当ての魔法使いの発見に闘志を燃やす。

 

「本来なら天童君にはBの捜索にまわってもらうんだが、状況が悪い。BとA、二人もいる現状ではどちらかは先につぶしておかねば、結託されても困るからな。今回は我慢してもらうぞ」

「さすがに一身上の都合で同僚に迷惑をかけるつもりは毛頭ない」

「悪いな。では、早速Aの方に取り掛かってくれ。相手は戦闘力が未知数な存在だ。くれぐれも無茶だけはしないように」

「了解です」

 

 三人は威風堂々と声高らかに返事をし、その場を去った。

 

 

「それで、どう動くの?」

 

 肌寒い夜の中、三人は屋上に出て、今後の方針を練っていた。

 わざわざ、屋上にまででたのは、三人にしか知らされていない情報でもあるので、誰かに聞こえるような場所ではできなかったからだ。

 時刻はすでに日付が変わろうとしていた。

 どう動くにせよ、今からでは動きようがないことは明白だった。だからこれは明日以降の行動方針の作戦会議だ。

 

「まずは、時計塔付近の捜索からだな。敵の姿が分からない以上、鎗真は監視室でそれらしい人物をマークしておくべきだろう」

「了解。しばらくは徹夜作業になりそうですね」

 

 守人は鬱屈な表情になっている鎗真の肩をたたき、励ましの言葉をかけた。

 

「蘭は私と一緒に時計塔付近で徒歩での捜索と狙撃ポイントの確保だ」

「分かったわ」

 

 蘭は軽く頷いて答えた。

 

「ほかに何か聞きたいことはないか?」

 

 守人の問いに二人は無言の返事を返す。

 

「……それでは今日のところは解散としよう」

 

 それを合図に蘭と鎗真は屋上から出ていった。

 一人取り残された守人はフェンスから三十区の風景を眺める。

 繁華街の夜はいまだライトが灯り、十二月の夜景に相応しい、美しいイルミネーションに彩られていた。

 

「明日からは、忙しくなりそうだな」

 

 誰に聞こえることもなく、小さくつぶやいた。


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