魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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50話

 消費された今日が終わりを告げ、新たな今日を迎えた直前のホテルの一室。

 散りばめられた星が彩る暗闇の空。その中でも大きい光源を放つ月を一身に浸らせながら、緋真は窓から覗ける眠らずの町を一望する。

 いま、緋真は景色を楽しんでいるのではなく、携帯を片手にして通話相手に事のあらましを話し終えたところだ。

 

『なるほどね。そっちも色々苦労したみたいだな』

「多少のトラブルはあったけど、なんとか茜ちゃんも体調の回復に向かっているみたいで安心したわ」

『いや……、それはお前がこの真冬の中で露天風呂なんか用意したのが悪いだろ』

「仕方ないじゃない。あの子たちには無理をさせてしまったのだから、お風呂ぐらい入らせてあげたかったんだもの」

『だからって露天風呂って……。相変わらず大胆っつーか。誰かに襲われても知らねえぞ。ったく、羨ましいことこの上ないな』

「あなたは相変わらずねー。けど、安心していていいわよ。あの子たちに指一本でも触れたら、即焼き尽くしてあげるわよ。もちろん、あなたもよ」

『冗談だ。勘弁しろって。……にしても、だいぶあの二人に情が湧いているみたいだな』

「そうね。あの子と年も近いってこともあって、放っておけないのよ」

『あれから三年……か。運命ってやつは残酷なもんだな』

「そのことはいまはいいわ。私にも心の準備が欲しいのよ」

『へー、お前にしては随分女々しいことを言うのな。てっきり、飛びついていくもんかと思ったんだが』

「そうしたいのだけれどね。やっぱり緊張はするわ」

『普段からそのくらい淑やかにしてくれているといいんだけどな。俺に対する扱い方ももう少し優しくしてくれたっていいんじゃね?』

「もう、あなたは男の子でしょ。甘えてばかりだと、女の子を守れないわよ」

 

人に焼き尽くす宣言をしておいて、甘えなどあったものかと言いたくもなる覇人。この扱いの差を何とかしてほしいものである。

 

「それはそうと、単刀直入に聞きたいのだけれど、

 ――一体、茜ちゃんは何者なの?」

 

 声音の変化から、覇人は訝しみながら先を促す。

 

「左手に受けた傷といい、風邪の早期回復といい。尋常じゃないほどの回復力よ。まあ、茜ちゃんの体質、と言ってしまったらそれまでかもしれないけど……。少し気になるのよね」

 

 違和感を感じ始めたのは一番初めからだった。

 初め――茜が殊羅から受けた傷のことだ。決して浅くはない傷であり、数日中の内に完全完治にまで至るとは考えにくいほどであった。

 

 二つ目は今回だ。緋真はただの風邪と称したが、あれは嘘だ。

 緋真とて数々の経験をこなしてきたが、あれはただの風邪というには、高熱過ぎた。インフルエンザか、もっと性質の悪い病であったはずだ。それは、茜が高熱で倒れたことから想像がつく。

 彩葉や茜に真実を告げないのは、体力も精神も摩耗していた状態に、追い込むかのように起きた事態の所為で不安を煽りたくなかったからだ。

 

『いや。そいつは俺も知らねえな。彩葉なら知っているんじゃねえか? あの二人は妬けるぐらいに仲いいからな』

「さりげなく彩葉ちゃんの様子を探ってみたけど、多分何も知らないと思うわ。それどころか、疑ってすらいないようだったし、やっぱりそういう体質なのかしら?」

『俺に聞かれてもなあ……彩葉で知らねえなら、気にしすぎなんじゃね』

「そう……かしら。私の思い過ごしだといいのだけれど、何か茜ちゃんの体内でよくないことが起きているんじゃないかと思うと心配だわ」

 

 心当たりなら一つ。殊羅が付けた切り傷。あの時に使われたのが魔具の一種であり、傷口から何らかの奇怪なものでも流し込まれた。ということぐらいである。

 だが、そんな荒唐無稽な性能を持った魔具など聞いたことがなかった。ゆえに、自分で思い至った結論に即座に否定を入れた。

 

『ま、そいつは考えてもどうにもならねえだろ。それに心配つったら、自分の心配の方が先じゃねえか?』

「そうね。天童親子に御影蘭。明らかに何か思惑があるとしか思えない二人を送ってくれたものだわ」

『纏は彩葉たちに。残りの二人はお前に向けてか……。アンチマジックの連中もえげつないことをするようになったもんだな』

「ええ、本当に。確実に私を殺すつもりでいるわね。それと、あの件に関わることも狙いかしら」

『……それ以上は止めとけって。嫌な予感ほど当たるもんなんだよ』

「あなたがそれを言うと、説得力があるわね。キャパシティを支える柱の第四番さん?」

『当たっても嬉しくねえよ』

 

 クスクスと失笑を零す緋真。

 

「纏くんは彩葉ちゃんたちが自分たちの力で解決するとは言っていたけど、あなたはどうするつもりなの? お友達……なんでしょう。もう、隠す必要はないはずよ」

『そうだな。仲間外れにされるのも寂しいし、片方の顔ぐらいはばれちまってもいいかもしれねえな』

「それは――どちらの顔のことを言っているのかしら?」

『組織の方だよ。遅かれ早かれ教えることになるだろうしな、頃合いを見て話しておくよ』

 

 覇人の顔を伺い知ることは緋真には不可能だが、秘め事を露わにすることに、踏ん切りがついたであろうことは言葉から伝わった。

 

「そう。なら、私は私で自分の過去と向き合うわ。だから、あなたもこちらのことは気にしないでいいわよ」

『そうかい。だったらそうさせてもらうとすっかな。

 ――連中の方も到着しているみたいだし、動き始める頃だろう』

 

 そう。アンチマジックの送り出した三人の戦闘員はすでに咲畑町に巣食っている。

 緋真は眼下に広がる町並みを見下ろす。

 まばらに明かりの灯る町角に、赤く明滅するランプが夜を走り抜けていく様相が際立った。

 あれは、パトカーだろうか。もしくは救急車かもしれない。いずれにせよ、緊急の事態がこの町で起きたことは分かる。

 

「いえ、もう遅いぐらいかもしれないわ」

 

 深夜に事件性の含まれるような事態が起こる。それは魔法使いにとっては放置できない事態である。

 戦闘員が狩りを始めるのは、人気の少ない深夜である。ゆえに魔法使いが最も警戒をしなければならない時間帯でもある。

 緊急車両の出動は、魔法使いが殺された後だという可能性の一つとして浮かび上がらせる。

 おそらくは、表の治安維持組織に死体を拾わせ、あとからアンチマジックが引き取るという算段だろう。こういった手段を取る場合、その魔法使いは無名であることの方が多い。

 アンチマジックにとって危険極まる高名な魔法使い――雨宮源十郎のような魔法使いのような、要注意しなければならない手合いは、戦闘員がそのまま回収していくことになっている。

 

『そうみたいだな』

 

 通話先から、サイレンの音が緋真の鼓膜に流れ込む。現場付近にいることは明白だ。

 

『さて、忙しくなってきそうだ』

「ええ、本当に。気の早い人たちだわ」

 

 静寂に満ちた一室の中で緋真は迫りくる運命の予兆に心をざわつかせる。視界に映る彩葉たちは寝息を立てて、眠りについている。何も知らない二人が先に襲われる事態だけは避けねばならない。

 

 

 サイレンの音が止んだ付近にて、覇人は予感した。この地に血の雨と因果が結ぶ凄惨な結末が来ることを。

 

 

 魔法使いと戦闘員の沈黙の争いが始まろうとしていた。


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