魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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47話

「これで買う物は全部かな」

 

 晴れ渡る蒼穹のキャンパス。

 雲一つ残ってない快晴は、私の疲労が抜けきった姿の様。

 そんな私はというと、一枚のメモを手に取って上から順に眺めていく。

 

「薬も買ったし、飲み物も買ったし、あとは……お昼ご飯を用意して完璧かな」

 

 慣れない町をあっちこっちとうろつきながら、目当てのお店を探しだすには苦労した。ついでにちょっと観光もできたからこれはこれで良かったかな。

 ともかく思った以上に時間がかかってしまっが、それも次で終わり。

 町中に我こそはと構えている大きいデパートに入れば一括で済んだんだろうけど、普段から商店街を利用していただけあって、デパートに入って買い物をするには抵抗があった。

 慣れ親しんだというわけではないけど、近所の商店街のような感覚で買い物をしたかったから、わざわざめんどくさいけど、地理も分からない町を散策しながら、いくつものお店に入って物色していくことにしたのだ。

 手には数種類の袋を引っ提げながら、入っていくことになったけどあんまり気にしない。ただ、両手が塞がってしまう状態になってしまったから、カバンを持って来たらよかったなと。只今、大絶賛後悔中である。

 

「さて、そろそろ帰ろっかな。茜ちゃんと緋真さんも待っていると思うし」

 

 今日の朝、茜ちゃんの熱を測ると昨日ほどではなかったけど、まだ熱が残っていた。

 顔色はゆっくり休んだこともあって、大分よくなっていたからそこは安心した。

 ということで、緋真さんは茜ちゃんの看病をして、私は昨日立てた予定通り、必要な物の買い出しへと繰り出すことになった。二人で買い出しをするという案もあったけど、誰か一人は茜ちゃんの傍にいてあげないと何かと不便なこともある。

 本当は私が残りたかったのだけど、もし茜ちゃんの容態が悪化した時はどうしようもなかったから、必然的に私が出かけるしかなかったのだけど――。

 

「にしても、重い……。特に飲み物が。女の腕力でこの量はちょっと無理があるかも……。いやいや、この程度で弱気になってられないよね。茜ちゃんはもっと大変だし、緋真さんも苦労しているんだから。頑張りますかっ!」

 

 地べたに置いて、手を休めて気合を入れ直してもう一度持ち上げる。

 平日から人通りが多い大通りの人波をかいくぐりながら、ホテルへの道を辿ろうとしたとき――。

 

 不意に背後から服を引っ張られた。

 

「――? どこかに引っかかったかな」

 

 危うく荷物を落としそうにながら後ろを振り向く。

 

 すると、なぜかそこには――。

 

「久しぶりだね! お姉ちゃんっ!」

「えっ! つ、月ちゃん」

 

 太陽の輝きに負けないぐらいの笑顔を私に向ける少女。

 

 見覚えがある。はっきりと。確かに。

 

 時計塔前で一回。区画管理者の自宅前で二回目。そして、三回目の出会いが町の中心部だなんて思ってもみなかった。 

 

 即座に思考を切り替える。

 月ちゃんは戦闘員。つまり、私たちの敵。

 あの日、森の中で襲った名前の知らない魔法使いを斃したのは月ちゃんなのかもしれない。

 警戒心を高め、月ちゃんへと攻寄る。

 

「もう追いついてきたんだ。けど、月ちゃんが私よりも強いからって黙ってやられると思わないでよ」

「え、えっと……お姉ちゃん? 月。お姉ちゃんと争うつもりはないよ」

「嘘でしょ。月ちゃんが戦闘員なんだから、私たちを無視するわけがないよね。油断させてから襲うつもりでしょ」

 

 そんな子供にしか騙されないような嘘を吐かれても、困る。吐くならもっとマシな嘘じゃないと。

 

「もうっ! そんな卑怯なことはしないよ。それに、お姉ちゃんと戦う理由なんてないもん」

「なっ! 理由がないなんてそんなことは――」

 

 言ってからハッとする。

 緋真さんから聞いたことだけど、月は自分の目で見て、有害だと判断した魔法使いしか狙わないらしい。

 ということは、月ちゃんにとって私たちは有害でもなんでもない、一人の人間だと見られているということになるのかな。

 

「じゃあ、え!? ほんとに私とは戦わないの? 見逃してくれるの?」

「うん。もちろん。月は戦闘員だけど、今日はお姉ちゃんたちとは関係ないの。だから安心しちゃっていいんだよ」

 

 邪気のない言葉。むしろ、親しみのあるような、馴れ馴れしさすらもある。

 そんなのを前にしたら、自然と警戒心を緩んでしまう。

 この女の子は、戦闘員なんて肩書がなければ、一人の可愛い少女であることは間違いない。

 今日は女の子として会っているのだから、私もそれ相応の態度で迎えるとしよう。

 

「ねぇねぇ。そんなことよりも一杯袋を抱えて、お買い物でもしてたの? 月も一緒にいきたーい」

 

 買い物袋に目をつけて興味津々といった様子で提案してくる。――けど、残念。

 

「ごめんね。もう終わってこれから帰るところだったから、また今度ね」

「えぇー。つまんなーい。せっかくお姉ちゃんとショッピングが出来ると思ったのに……」

 

 すごく残念そう。誘われたのは嬉しいんだけど、戦闘員と魔法使いが買い物なんて絵面的にどうなんだろうって気もしなくはない。

 別に私としては気にはしないんだけど、もし誰かに見つかったらと思うと止めておいた方が無難かもしれない。

 

「うーん。それじゃあね。お話ししようよ? 丁度、お姉ちゃんにも聞きたいことがあるの」

「はなし? それぐらいならいいけど」

 

 敵なのか味方なのか。どちらか見当はてんでつかないけど、その話しの内容次第で決まるかもしれない。

 それなりの覚悟を持って臨むべきかと悩んでいると、クーっと可愛らしいお腹の音が聞こえた。

 それは私からではなく、きょとんとした顔の月ちゃんだった。

 

「お姉ちゃんっ! 月ね。お腹空いちゃったっ」

「私に言うの?! どうしよっかなー? 何かあったっけ」

 

 時間としてはもうすぐお昼。

 これから昼食を買って帰ろうとしていたところだから、いまは食べ物なんてない。あるとすれば薬ぐらいだ。

 

「あっ! あれ! あれが食べたい」

 月ちゃんがはしゃぐように指を差す。

 その先に視線を這わせると、たい焼きの屋台があった。

 

「……」

 

 目をきらきらとさせて、私を見てくる。

 たい焼きが食べたいらしい。

 月ちゃんはいいかもしれないけど、私たちはこれからお昼。さて、どうするべきか。

 買ってあげるのはいいんだけど、私はどうするかという問題だ。

 月ちゃん一人分だけ買ってしまうと、多分――乙女特有の甘味センサーが反応することは間違いなし。つい、私も食べてしまうことだろう。

 けど、年下の女の子が食べたいというのだから、付き合ってあげるのが出来る女。と、過ちは正当化しておこう。

 

「食べよっか? たい焼き」

「わーい!」

 

 バンザーイして喜びの表現。つい数日前まで緋真さんと殺し合いをしていた姿は似ても似つかない。 

 そんな姿と反したこのはしゃぎっぷりをみていると、そんなことはどうでもいいことなんだと思えてくる。

 帰りが遅くなってしまうけど、緋真さんと茜ちゃんにはお昼を豪勢にしておけば、なんとか言い訳にはなるよね?


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