魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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45話

急いだ甲斐もあってか、予定よりも一日早い四日目で木々を抜けると、のどかな田園広がる田舎が見えてくる。

 なーんにもないところだったけど、私たちの魔法使いという騒動は広がっていないようだ。

 緋真さん曰く、西部で起きた事件のため、東部にまで大事にしたくないだろうからと話は広まっていないとのことだった。なんでも魔法使いが現れた場所でのみ住警戒態勢を布くようにしているだけで、それ以外の場所ではそれすらないらしい。 つまり、熱心に捜索をしているのは野原町だけということになる。ま、そのおかげで束の間の安堵を手に入れることができたから良かったけど。

 安心という名の薬に漬かりきってしまう前に、公共交通機関を使って三十区東部に到着することになった。

 

「ここが三十区東部、咲畑町かー……」

 

 バスから降りると、広がるのは大型のデパートや忙しそうに行き交う人々に自動車の軍勢が大通りを占めていた。そして、シクラメンやらスイセンやらと多種多様な花弁が町を一層色濃く、飾っている。それもそのはず、ここは咲畑町の中心部。一番活気のある場所だ。

 三十区そのものは、緑が多く、花きらびやかな区として他の区にも有名である。

 中でも西部はどちらかというと緑のほうが多い。対してこちらは花の方が多い印象だ。

 私たちの野原町が季節によって緑や茶色と色合いのいい落ち着く町だとしたら、咲畑町は時期によって化粧を塗り替えてバリエーションに富んだ優雅でおしゃれな町だ。春になると一面花吹雪となって、おとぎの国のような景色になるのかもしれない。

 

「何度か来たことはあるのですけど、この風景はやっぱり癒されますね」

「あ、確か店の手伝いかなんかだったよね。言ってくれれば私もついていったのに、こんなにいいところなら喜んでいくよ」

「……お店の事情だったので、連れていけなかったんですよ」

 

 そりゃ仕方ないか。バイトをしていたとはいえ、そういうところは部外者である私がどうにかできることでもないよね。

 

「確かにいいところね。三十区って住み心地が良さそうだわ」

「じゃあもういっそのこと、ここに住んじゃう? ある意味でばれないかもよ」

「こらこら、そうもいかないでしょう。私だっていつまでも彩葉ちゃんたちの面倒を見てあげられないんだから。源十郎さんの指示通り、キャパシティまで連れていくわよ」

 

 ここまでごちゃごちゃあって生き残ることだけで精一杯になりながらも東部までやってきた。だけど、目的はキャパシティ。隣の二十九区だ。ここは通過点であって、さきは長い。

 

「とりあえずどうしたらいいの? さすがにすぐに三十区に行くってことはないよね?」

「そんなことはしないわよ。森の中でも言ったけど、彩葉ちゃんの要望通りにフカフカのベッドで一旦休憩を取りましょう。休むことも大切よ」

「やったっ! あ、でもあまりゆっくりはしていられないよね。アンチマジックに追いつかれる危険性もあるわけだし……」

 

 予定よりも一日早い到着だったけど、危険なことに変わりはないはずだ。

 名も知らない魔法使いが襲撃されてから二日。まだ追いつかれることはないとは思うけど、やっぱり不安だ。

 ここまで来てまた戦闘員との闘いなんて、疲れている状態では勘弁してほしいものである。

 

「焦っても仕方がないわ。魔法使いだって、しっかりとした休養が必要なのよ。それは相手も同じこと。慎重な行動を心がけておけば十分持つわ」

「そういうことなら大丈夫そう……かな。――よし、善は急げって言うし、さっさと休めるところを探そうよ。もう、疲れたよ私」

「……」

 

 茜ちゃんもそうとう疲れているようで首を縦に振って反応してくれた。

 

 早速行動開始。ということで、ブラブラ歩きながら辺りをきょろきょろ。

 別段珍しいものがあるわけでもないが、あまり行ったことのない土地ということもあって、目移りしてしまう。

 

「よそ見しているとぶつかるわよ」

「大丈夫だってば。ちょっといつもと違う風景だから何かないかなーと思ってさ」

 

 私たちが住んでいたのは野原町最西端。そこで一番大きくて人が集まる場所と言えば、茜ちゃんが住んでいた商店街ぐらいだ。もう少し行ったところには、アンチマジック三十区支部がある中心部。

 私は遊びに行く程度でたまにしか行かなかったけど、ここはそこと同じぐらいの賑わいがあって、中心部はどこも同じような雰囲気なんだなと違いの差のなさに驚くぐらいだ。

 

「変わった物でもあるのかと思ったけど、そうでもないんだね」

「同じ区画内だから、違いはそうないと思うわよ。別の区と比べたら大きな違いも出てくるわ」

「そうなんだ。……言われてみれば、テレビなどではここよりもっと都会な感じなところとか、華やかさの無い区画だったような」

「ここ以上に緑があって、華やかな区なんてないわよ。よそから見たら、この区は驚くような美しさよ。お姉ちゃんもビックリしたぐらいなのよ」

 

 私たちにとっては当たり前のような光景でも、外からと内からでは見方が変わるんだなと思った。ここに来るまでの間に色々な区を回ったであろう緋真さんが驚くぐらいだからちょっぴり誇らしげにもなったり……。

 それにしても、同じ区画内といっても少しぐらい違う部分があってもよかったのに。華やかか、落ち着けるかの違いぐらいである。

 中心地らしく、一般家屋なんてものは見当たらず、大型の書店買い物目当ての人しかうろついていない。なんて変わり映えしない平和な光景。

 そこに溶け込んで、目当ての場所を探して散策すること二十分。

 

「泊まれるところってこの辺にあるのかなぁ? 家電やデパートばかりでどっちかというと買い物客ばかりじゃない?」

「そうねぇ……この区にきたこと自体が初めてだし、何がどこにあるのかもよく分からないわねぇ」

 

 二人揃って田舎者のような発言。

 

「茜ちゃんはこの町にきたことがあるんだよね? どこかに泊まれるところって知らない?」

「えっと……ごめんなさい。私、日帰りだったから、よく分からないですけど……たしか、あっちの方に見える高いビルの周辺に宿泊施設があったはずです」

 茜ちゃんが指を差した方角を見ると、一際高い雑居ビルが群がってそびえているのが見える。私たちの近くにあった時計塔もう一個分ぐらいの高さでよく目立つ。

 

「あそこかぁ……そんなに遠くなさそうだね」

「まずは部屋を確保するわよ。それから十分な休憩を取ったら、今後の動きについて少し話したほうがいいわね」

「はぁぁぁ。やっと休憩できるよ。とりあえずぐっすり眠りたい気分」

 

 ここ数日、見張りの交代で二時間おきに起きての繰り返しだったからほとんど十分な睡眠が取れていなかった。辛かったけど、おかげで少しは寝起きがよくなったと思う。そうでも思っておかないと、あんなの絶対に耐えられない。

 

「さすがにホテルのなかにまで襲撃してくることはないと思うから、存分に羽を伸ばしておくといいわよ」

 

 途端に気を張っていた集中力が切れ始めて、大きなあくびが出てしまう。同時に引きずり回してきた肉体が悲鳴を上げる。それだけ私は限界を迎えつつある身体が休眠と癒しを求めていると気づく。

 

「ここまでよく頑張ったわ。もう少しの辛抱だから、それまでは耐えてちょうだい」

「……ん。ちょっと緩んだだけだから、大丈夫」

 

 一生懸命に体を奮い立たせて、気を張り直す。こんなところで油断して、水の泡になってしまったら台無しだもんね。

 

「……よしっ! 茜ちゃん。あともう少し頑張ろう――って……茜ちゃん?」

 妙に静かにしている茜ちゃんの顔を見ると、心ここにあらずといった様子で私たちの後ろにいた。

 

「どうしたの? 疲れた? あ、それとも何か気になる物でも見つけたの?」

「無理してはダメよ。お姉ちゃんにとってはあなた達の方が心配なんだから」

 

 ボーっとしていて、まるで魂が抜けきった様相で私たちを見つめ返す。

 言葉は届いているようで、明らかに無理をしていることが伺える笑みを零す。

 

「……へいき、です。このぐらいは……」

「平気なはずはないわよ。辛そうじゃない茜ちゃん――ってどうしたの!? 顔が赤いわよっ」

 

 夕日が傾いてきて、そのせいで赤くなっているようにも一瞬思ったが、表情からしてただ事ではないと感じ取れる。

 念のため確認しようと茜ちゃんの顔をのぞき込んで、その真っ赤な頬に手を触れてみる。

 

「あつっ! えっ?! ちょ、ちょっとどうしたの? こんなの普通じゃないよっ!」

 

 触れた手からはっきりと伝わる熱さ。尋常じゃない温度を保っている茜ちゃんに混乱してしまう。

 緋真さんにどうするべきか視線で訴えかけようとしたところ、不意に私に温かい体が預けられる。

 

「――あ、茜ちゃんっ! しっかりしてっ!」

 

 糸が切れたようなぐったりとした茜ちゃん。耳元から伝わる荒い吐息が限界を告げている。

 茜ちゃんが私の身を焦がすような体温を保って、ごめんなさいとつぶやく声が聞こえた。

 緋真さんが駆け寄ってきたころには、私は呆然と茜ちゃんの熱を吸収するために抱えることで精一杯だった。


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