魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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41話

 落ち葉を踏みしめるリズムが響き、木々の中を突き進む影二つ。

 一方は全身に擦り傷を負いながら。

 

 

  ――駆《はし》る。

  ――――奔《はし》る。 

  ―――――疾走《はし》る。

 

 

 時折なる銃声が男の動悸をさらに揺るがし、傷を残す。

 そして、もう一方はぴったりと後をつけながら。

 

  ――駆《はし》る。

  ――――奔《はし》る。

  ――――――疾走《はし》る。

 

 

 時折なる銃声を味方につけて。 

 

 後ろに纏わりつく少年に到達されぬように――男に減速は許されない。

 先を行く男に至れるように――少年には加速を可能な限り。

 

 男は息を切らして追っ手との距離を測る。

 大丈夫。追いつかれることはない。明らかに少年の方が遅かった。

 だが、問題は別にあった。それは先ほどから恐ろしく正確に命中させていく狙撃手の存在であった。

 その姿は目視では捉えられず、ただ音の流れる方向に当たりをつけるしか手段がなかった。

 後ろを振り返り、追って来ている少年の姿を視界に入れては気配を探る。

 

 淡々とした作業の合間におまけの魔力弾を叩きこむ――ッ!

 

 追う少年との距離を稼ぎ、速度を速める。そこに、未確認の存在の追撃。

 

 

 ”どうしてこんなことになっているんだ”

 

 

 先日から続いている魔法使い騒動。

 逃げた魔法使いの行方を探るべく、戦闘員が闊歩していることを知った男は、身を隠すために枯れた木々に潜めた。

 それがこのような結果だ。

 どうやら目当ての魔法使いを追っている最中、偶然にも見つけた獲物についでと言わんばかりに処理されそうになっているということらしい。

 こんなバカなことがあってたまるかと男は憤慨し、騒動の中心となった魔法使いを恨まずにはいられない。

 巻き込まれただけに過ぎない男は不憫としか言いようがなかった。

 しつこく背後に迫る戦闘員《きょうい》。一人ならば立ち止まって抵抗も可能だが、二人も相手となると、男には対処のしようがなかった。

 早く諦めてくれと再度、魔力弾を装填。

 魔力が凝固され、明るい球体が浮かぶ。

 だが、これが命取りとなっていることに男は、いまだ気づけずにいなかった。

 追う者と見えざる存在からしては、闇を照らして迷子を導く灯台のように――恰好の的である。

 

 

 銃声が轟く。

 それまで速度を保っていた男の動きが鈍る。

 足を撃ち抜かれ、もたついて地に這いつくばる姿が滑稽だ。

 

「やっと……追いついた」

 

 生死の伴うチェイスバトルはこれにて閉幕する。

 互いに顔を認識できるほどに迫り、少年――天童纏は追っていた魔法使いに黒く発光した剣を突きつける。

 闇に溶け込みそうな漆黒の刀身は、そこに在るということをおぼろげにに証明していた。

 

「なぜ、俺を殺そうとする? 俺が何をしたっていうんだっ!」

 

 魔法使いは先端に迫る押し殺されそうな重圧に怯むことはなく、ただことの理不尽さに怒りと反感を持って押し返す。

 

「すまない……。君に怨みがあるわけではないが、俺が戦闘員である以上、魔法使いを無視するわけにはいかなかったんだ」

「それだけの理由で俺を殺すのか?」

「抵抗さえしないでいてくれたら殺す必要はないさ。だから君は黙って拘束されて欲しい。俺だって無意味に殺したくはない」

 

 それは本心だ。

 纏は殺人を犯したことはない。こうして剣を突きつけているのも相手に抵抗の意志を失わせる様に抑圧する行為だ。

 だが、それは無意味な行為であることも分かっていた。

 命の瀬戸際に追い込まれた生命《どうぶつ》が大人しくしている道理なんてない。

 纏が戦闘員になって最初に教わったことだ。

 

 ――殺られるまえに前に殺ってしまえ。

 

 ――魔法使い相手に油断はするな。

 

 ――感情も躊躇いも捨てて、それが人々の社会を護るためだと割り切って――殺せと。

 

 しかし、いざその場になってみたら、怖気が出てきたのだ。たとえ相手が人の敵であろうと、簡単には躊躇いを捨てることは出来なかった。

 故に、最後通牒とばかりにこういう形をとった。

 

「勝手に襲撃しておいて、黙っていられるわけがねぇだろーーーー!!」

 

 瞬間――魔法使いは切っ先を掴み取る。血が滝のように流れ出すが、気が動転しているこの状況では痛みすら感じない。

 すかさず開いた手で魔力弾を構える。

 その本能による感情的な行動に、纏はどうすることもなく形勢をひっくり返される。

 こうなることは予想していた。動けば即座に首を刎ね飛ばす覚悟はしていたつもりだったが、剣を掴まれてしまってはそれも叶わぬこと。

 

 しまったと反応したところで遅い――。

 すでに魔力弾の砲口は纏に向いていた。

 絶体絶命の刹那――狙撃手《ほけん》が働いた。

 宙を舞い散る鮮血は脳天から吹き荒れ、展開されていた魔力弾は撃ちはなたれることもなく霧散した。

 発する言葉もなく、魔法使いは呆気なく事切れた。


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