魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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2章の始まりです。

繋がる世界。
見える先は幸か不幸か。
どっちでもいい。
ありもしない未来へ向けて、走り出す。



16話

 澄み渡った空。前日の大雨がなかったかのように感じられる。

 耳を澄ませば小鳥のさえずりが聞こえてきて、気分的には平和そのもの。

 だが、この町は魔法使いによる戦闘の被害によって町並みは荒れていた。燃え焦げた家屋が立ち並び、ひどいところでは瓦礫と化している家もあった。幸いにも大雨のおかげで鎮火は素早く済んだのか、広い範囲での被害ではなかった。

 

「ひ、ひどい。私たちの町が滅茶苦茶になっている」

「あ、ごめんなさい。こんなことになったのは半分ぐらいはわたし……かも」

「え!? うそ!」

 

 この惨状をみて、そして穂高さんの柔らくふんわりとした雰囲気からして、ちょっと信じられないかも。

 

「ごめんね。あの真面目そうな男の人に付きまとわれて、逃げる時についやっちゃった」

 

 えへっと舌を出して、お茶目にしてみせる穂高さん。

 

「そんな軽いノリで壊されるとなんかショック」

「そんなにしょげないで欲しいわ。あれは正当防衛だったのよ。彩葉ちゃんを守った代償だと思って欲しいわね」

 

 そういわれると、反論できないから言葉に詰まる。そのまま、会話のない時間が過ぎる。

 散乱した瓦礫やら地盤の割れた道路を歩きながら、ぼんやりと今後のことを考えてみる。

 みんないなくなって、私と穂高さんの二人だけ。

 茜ちゃん、纏、覇人。みんなどうしてるんだろう。

 あと家。あれから家を飛び出してきてしまったけど、なんともないのかな。

 父さんと母さんが魔法使いで、とうぜん家の場所もばれていると思うし。家宅捜査とかされたるするのかな。

 

「彩葉ちゃん。ぼうっとしてたら危ないよ。ほら、足元」

「うおっとっと! セーフ」

 

 足を引っかけ、つまずきそうになるも上手くバランスを取って転倒にはならない。

 運動神経には少し自信があるんだよね。

 

「ちゃんと前向いてないと危ないから気を付けるのよ」

「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて」

「考え事?」

 

 頷いてから、前を行く穂高さんに話しかける。

 

「ねえ、穂高さん。これからのことなんだけども」

「緋真でいいわよ。長い付き合いになるんだし」

「え!? いきなり呼び捨てでいいの?」

 

 出会ってまだ一日しか経ってが、実にフレンドリーな対応を求めてくる穂高さん。

 

「あら、もしかして彩葉ちゃんってそういうところ気にしちゃうのかしら?」

「そういうわけじゃないんだけど、一応年上だし」

「だったらお姉ちゃんにする? わたし的にはそう呼ばれるのも悪くないかなって思うのだけど」

 

 しばらく一緒に過ごし、穂高さんという人物は世話好きな人だと思った。

 昨日一日は傷の手当から食事の準備まで一通りのことをこなしながら、アンチマジックからの追っ手にまで気にかけてくれたし、それに付け加えて一晩中そばにいて他愛のない話しをして私を元気づけていた。

 私には姉妹はいないが、お姉ちゃんがいたらこんな感じがするのかな、と思っていた。

 でも――

 

「じゃあ、緋真さんにしとくね。なんかそっちの方が気楽に呼べていいし」

「あら、残念」

 

 本当に残念そうな顔だった。少なからず、姉と呼んでくれると思っていたのだろう。

 けど、それは私が言いにくいからヤダ。

 

「それで、なにか言いかけていたわよね? どうしたの?」

 

 ハッとして本来の話題を引っ張り出す。

 

「そうだった。これからのことなんだけど、とりあえず一旦家に帰ってもいいかな?」

「いいけど、どうして?」

「母さんに家を任せたって言われているから。私、あの時無我夢中で外に飛び出したから、せめて戸締りだけでも確認したくて」

 

 緋真さんは迷っていた。家には沢山の想い出が詰まっている。きっと、辛く、悲しい思いをするんじゃないかと思っているんだろう。

 ごめん、それは余計なお世話になる。

 分かっている。けど、帰ってみたい。これからどうなるのかは分からないけど、やっぱり自分の家には一度帰りたい。

 そんな気持ちが通じたのか緋真さんが歯切れ悪く答えた。

 

「そう。それじゃあ彩葉ちゃんの家に行きましょうか」

 

 

 自宅に着き、ドアノブを回すと鍵は開いていた。

 荒らされている形跡はなく、リビングでは規則正しく動く時計の針がいやにうるさく響く。

 時は未来へ刻んでいるが、この家だけ時間を凍結されているかのよう感じられ、あの時から何一つ変わっていなかった。

 

「ただいまー」

 

 長らく放置していたかのような雰囲気に、慣れている自宅なのに、自分の家じゃないような錯覚を感じた。

 柄じゃないなぁ。

 なんで自宅でよそよそしくしないとダメなのか。

 今日はお客さんがいる。案内しないとね。

 

「ここが彩葉ちゃんの家か」

 

 緋真さんが遅れてからリビングに顔を出し、部屋を一望する。昨日のまま湯呑が置かれており、部屋は多少散らかっていた。

 

「散らかっているわね。よかったら洗い物ぐらいは手伝うわよ」

「いいの?」

「もちろん。その間彩葉ちゃんは戸締りを確認してきたらいいわ」

 

 緋真さんは服の袖を捲り台所に向かったことを確認して、私は二階の階段を上った。

 二階には私の部屋があるけど、先に別の部屋を確認してから自室に向かった。

 ぬいぐるみが数体置かれ、ブラウンの色を基調にした家具が取り揃えられ、落ち着きのある部屋になっている自分の部屋に戻ると、不意に。

 

 

 ――ああ、やっぱり落ち着く。

 

 

 まるで遠出して帰ってきたかのような感覚だった。

 窓の鍵を確かめると、机の上に手紙が置かれていることに気づく。

 

「なにこれ手紙? 誰からだろう」

 

 裏面をみると、奏と源十郎の名が書いてあった。おそらく、私が眠りに就いてから家を出るまでの間に書き残していたのだろう。

 封筒の封を破って開く。そこには三つ折りにされた一枚の手紙とカードが入っていた。

 カードの方も気になるが、まずは手紙を読み始める。

 

 

 ――彩葉へ

 この手紙を読んでいるということは今日を生きて明日にたどり着いたということですね。まずはそのことについて嬉しく思います。そして、私たちが魔法使いであったことを黙っていたことを謝ります。だけど、それは彩葉のことを想って黙っていたことなの。魔法使いというのは人類に敵視されおそれられている存在。彩葉には私たちがそんな存在であることを知られたくなくて、また私たちの正体を知ってしまうと彩葉は普通の女の子として生きていけなくなるから。真っ白なまま何も知らずに無垢に生きてほしかったから。でも、この手紙を書き残すということはその必要がなくなったということです。彩葉は優しい子だから心配して私たちの後を追って来て、今頃魔法使いになっていることだと思います。魔法使いは残酷な生き方を強いられるけども、決してくじけないで。時には、悲しくも辛くなるときもあると思います。だけど、それと相応に楽しいことも沢山あります。私たちが彩葉とともに十七年も一緒に生活が出来たように。だから、どんなに辛くても生きていれば必ず報われるときがくるから、生きることを諦めないで。次に私たちが再会した時には、立派で元気に育っていることを願います――

 

 

 PS

 いつか来るこの日を想定して貯金が残っているから、同封されているカードを大事に持っていてね。

 

 

「母さん……宝くじが当たったっていうのは嘘じゃん」

 

 母さんと父さんは一昨日の夕方、アンチマジックに見つかった時点でこの事態を想定していたのだろう。その時点で、残されていた時間は僅かしか残っていなかった。

 あの日の夕飯をわざわざ豪華な食事にしたのは、唐突に迫った別れの時を少しでも楽しいものにしようと母さんと父さんなりの配慮だったのかもしれない。

 最後に皆で囲んだ鍋。あの風景がフラッシュバックする。いつもと同じように振舞っていた両親。

 だが、その心はきっと泣いていたのだろう。

 今まで築きあげてきたものが一瞬で崩壊していったのだ。辛いはずがない。それでも、二人は楽しそうに笑っていた。

 

「……ばか」

 

 くしゃっと手紙を握りしめ呟く。

 ドアがノックされる音がして扉が開かれる。

 

「彩葉ちゃん。どうしたの? あんまりにも遅いから心配して様子を見に来たのだけど」

 

 知らない間に流れていた涙をこすって、なんでもないと返した。

 

「やっぱり辛いことを思い出したのね」

「……」

「悲しかった泣いてもいいのよ」

「……え!?」

「女の子なんだから我慢する必要なんてないのよ。ほら、わたしの胸でよければ貸してあげるから。今はただ、泣いていいのよ」

 

 その言葉はとても優しく、慈愛に満ちていた。

 止めて。そんなことを言わないで……っ。

 それ以上は、みっともない姿を見せてしまう。

 そう思って、必死に溢れ出す気持ちをこらえる。

 

 

 だけど、緋真さんのぬくもりが私を包んだ時――。

 

 

 胸が緩んで、気持ちを溶かした。

 

 溶けてしまえば水になる。

 

 自然なことなんだ。

 

 止まらない。止まらない。止まらない。

 

 もう一度、固まるまで――。

 

 いまはただ、泣きたい。 

 

 固まるまで。

 

 ううん。

  

 枯れてしまえば、待つ必要もないや。

 

 だから、思い切り泣こう。

 


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