魔法と人の或る物語   作:シロ紅葉

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102話

 纏と茜ちゃんの秘密が解明され、あっけなく一日が過ぎ去っていった。

 私自身には特にこれといったことはなかったのだけれど、色々と濃い一日だったなあ。と自室で振り返る。

 

「それにしても、凄い力があるものなのね」

 

 硬い壁を背もたれにして座り込んでいる蘭が展開されている魔法を感心しながら眺めている。つられてなんとなく、私もソレを見てしまった。

 

「慣れるまで時間がかかりそうですけど、なんとか物にしてみせます」

 

 茜ちゃんは指先から線状の魔力を放出し、まるで蝋燭の火のように揺らめかせている。

 やっぱり何度見ても凄いなあ。という一言しか出てこない。

 話しによると、茜ちゃんは魔力の操作が尋常じゃないほどに長けているらしく、その才能を駆使して、体内の病原菌なんかを破壊して、自己回復力を促進させることが出来るとのこと。その力をより分かりやすくすると、いま茜ちゃんがやっているようなことになる。

 魔力を放出させる。私には不得意だけど、それぐらいなら蘭も出来る。よく使っている魔力砲がこれに値するから。そして、そこに操作を加えると、自在に操ることが出来てしまう。

 

「簡単そうだけど……意外と出来ないものね」

 

 蘭も真似して、指先から魔力を放出させているけど、その先にはいけなかった。

 ただ放出させるだけでなく、自分の意思で動かさないと操作にはならない。ホースから放水された水を右へ左と向きを変えるようなものだ。手元を動かせばもちろん可能だけれど、それとはまた違う。

 出されている水だけを動かさないといけない。それが操作。

 不可能に近い芸当を可能にしているからこそ、茜ちゃんはとんでもない才能を秘めているんだ。

 

「コツとかあるわけじゃないもんね」

「私も気が付いたら出来るようになっていただけですし、無意識の内に言葉を覚えたり、歩けるようになったりするのと同じような感覚です」

「そっかぁ……」

 

 生まれ持った能力ってことか。

 

「どうしたのですか? 元気なさそうですけど」

「ほっときなさい。どうせ、しょうもない悩みよ」

「しょうもなくないし。いいなあって、羨ましいなあと思っただけだよ」

 

 自分と違う才覚を見せられて、羨望が生まれる。至極、当然の悩みだよね。

 

「蘭だって、試そうとしてたじゃん。羨ましいと思ってるんでしょ」

「今まで意識したことがなかったから、試してみただけよ」

「ほんとに?」

「……そりゃあ、ちょっとぐらいは思ったわよ。ちょっとだけよ」

「ふーん。ちょっとだけ……ね。そういうことにしといてあげよう」

「癇に障る言い方するわね」

 

 口ではああ言ってるけど、悔しそうな表情までは隠せてなかったよ。

 ご機嫌斜めな蘭をよそに、部屋内にインターフォンが鳴り響く。

 一応、ここはプライベートな室内で、言ってみればマンションの一室みたいなものになり、住民がいることになる。そういう部屋にはインターフォンが付けられていた。それ以外では、インターフォンはなくてカードロックだけされている仕組みだ。

 扉の近くに備え付けられている監視カメラの映像から、誰が訪問してきたのか確認してみると、悠木汐音が立っていた。

 汐音なら訳も聞かないでもいっか。と思って、扉の電子ロックを解除して、中に入れてあげることにした。

 

「随分とすんなり中に入れてくださるのね」

「知らない仲でもないんだし、気にしないよ」

 

 汐音とはもう友達関係みたいなものだしね。どんな事情があるにせよ、追い返す気はまったくないんだし、話しなら直接中に入れて聞いてあげたい。

 

「で? どうしたの?」

「……聞きましたわよ」

「何を?」

「茜さんが大魔法使い級ということと纏さんのことですわ」

 

 茜ちゃんと纏の力のことは隠さないといけないことでもなかったし、組織内でも徐々に情報が拡散されつつあった。たぶんそのときに偶然耳にしたんだね。

 

「突拍子もなさすぎてにわかには信じがたいのですけど、事実なのですわよね」

「はい。……こんな風に」

 

 もう一度、操作の領域に踏み込んだ魔法を再演してみせる茜ちゃん。それに、一瞬目を奪われていた汐音だったけど、すぐに我に返った。

 

「――……まさか、本当に……操っていますのね」

「すごいでしょ」

「なんであんたが自慢げに語っているのよ」

「茜ちゃんが自慢だから」

「あ、そ」

 

 素っ気ない……。もう少し構ってくれてもいいのに。寂しい。

 

「これで二人目の大魔法使い級ということですのね」

「久遠と茜ちゃんの二人だよね」

「自分で言うのもなんですけど、まだ私自身がそんなにも凄い魔法使いだなんて実感が湧いてきませんね」

 

 急に格上げされると仕方ないかもね。昨日まで何でもなかったのに、突然新聞の一面に載ってちやほやされるような感覚だったりしてね。そんな経験、私はないけど。なんとなくそんな感じなんだろうなって思う。

 

「いいこと、それはあなたのためだけに備わった才能であって、誰かに譲れるようなものではありませんわ。だから、自分の力には胸を張りなさい。それが持って生まれた者の責務ですわ」

「……そうですね。絶対に使いこなして、けが人の治療にも役立っていけるように頑張ります」

「それでいいですのよ。……ところで、治療とは何のことですの?」

 

 あれ? そこまで聞かされていないのかな。

 

「魔力を操作することによって、体内の病原菌などを破壊して、自己回復力を促すことが出来るのです」

「そんなことも出来ますの?」

「練習……次第ですけど」

 

 いまはまだ、免許資格を持っていない医者が執刀するような、そんな危険な段階にある。たまたま成功していたから良かったものの、本来はあまりにも危険すぎる行為だ。

 でも、茜ちゃんの成長次第では新しい技術を生みだすきっかけになるかもしれないという。確かに、魔法による治療は存在しないと言われ続けていたのだから、可能性は十分に秘めている。

 

「何か困ったことがあれば、私に相談して頂戴。もしかしたら、力になれるかもしれませんわよ」

「えっ! 本当ですか?」

「もしかしたら、ですけどもね」

 

 操作を使える魔法使いは、久遠曰く過去に数人いたとのことで、力になれそうもないなんて言っていたのに。意外な所に協力者発見だ。

 

「まさか汐音ちゃんも操作が出来ると言うの?」

「操作とはちょっと似ている程度ですわ。私の魔法。覚えていまして?」

「犬を造形する魔法だったかしら」

「シェパードですわ」

 

 犬種なんてどうでもいいと思うのだけど、なぜか汐音ってそこにこだわるんだよね。好きなのかな、シェパード。

 

「それで、その……どう力になれるのですか?」

「先に見てもらった方が理解しやすいと思いますわ」

 

 濃密な魔力が床に染みわたるとやがて立体化し、シェパードへと形をなしていく。まるで、地中にずっと潜んでいたかのように、汐音の魔力に呼応して出現した。

 こんなことを言うとまた怒られると思うけど、やっぱりゾンビが土から生き返るかのような姿と重なってしまう。

 そんな不気味さがあるのと同時に、神秘に触れているような感傷も秘めていた。

 

「これがどうかしたのですか?」

「見てなさい」

 

 シェパード型の創造物が生きているかのように動き始める。

 首が動き、前足が動き、後ろ足が動き。その様は、まさに一つの生命体と呼んでも差支えないような動き。

 

「すごく滑らかに動きますね」

「私は今、この子たちに対して、各部の動作を命令していますのよ」

「命令……ですか」

「ええ」

 

 ピタッと動作を止めるシェパード型の創造物。魔法なのに、汐音のペットみたいな利口さだ。

 

「ただ心の中で念じているだけで、この子は首や足を動かしているのですわ。攻撃を命じればそのように動きますし、私を守るように命じれば身を挺して庇ってくださいますのよ」

「意のままに汐音が操作しているんだね」

 

 なんかロボットみたい。

 

「……操作?」

「あ……そういうことですか」

「残念だけど、ちょっと意味合いは違いますわね」

 

 動けと念じれば動いて。攻撃と念じれば攻撃して。守れと念じれば守って。汐音の操り人形みたいだけど、違うのかな。

 

「あくまでも私のは命令ですの。茜さんのように魔力を操っているのではなくて、魔法を操っているのですわ」

「魔力と魔法の違いってこと?」

「そう。たったそれだけのことですけど、大分感覚は違ってきますわ」

 

 魔力は私たち魔法使いが持つ負の力のこと。いってみれば、エネルギーとでも言い換えられるし、筋力のような物とも言い換えられる。それぞれが持つ力量のこと。

 そして、魔法は魔力を媒体にして、発生させる不可思議な能力。

 魔力と魔法はまったくの別物なのだ。

 

「魔法は各自が保有する個性ですわ。ですけど、魔力は違いますわ。魔法使いが……いえ全人類が持つ負の力ですもの、魔法とは訳が違いますのよ」

「そっかあ、そうだよね。量はそれぞれでも、魔力なんて人を形成する要素の一つのようなものだしね」

 

 血の流れを意図的に変えたり、或いは電気の流れでもいいし。そんなことは普通に考えて不可能なことだもんね。そりゃ無理ってもんだよね。

 

「でも、それが私の操作と汐音さんの命令とどう関わってくるのですか」

「ごらんなさい。私は、念じるだけで魔法に命令をしているですわ。自慢ではありませんけど、私と同じ魔法を持つ者がいたとしても、ここまで精緻に動かせる魔法使いはそうそういないと思っていますわ」

 

 姿かたちはアレだけど、確かに動作は本物と大差ない。

 

「ですので、違う観点からなら、茜さんの力になれるかもしれないと思ったのですわ」

「……汐音さん」

「これぐらいのことでしか手助けになれなくて、申し訳ないのですけど」

 

 まだ出会ってからそんなに時間は経っていないのに汐音なりに、茜ちゃんのことを考えてくれていたんだ。

 もしかしたら、これが白聖教団の良いところなのかもしれない。

 共同のスペースが用意されていたり、相部屋で生活させたりと。仲間意識の強さを再認識させられた。

 

「ありがとうございます。すっごく参考になりました」

「本当かしら!」

「はい。念じるだけで十分ということに、ちょっとヒントを感じました」

「そうですの?」

「意識的に操作しようとするのではなく、汐音さんのように自分の身体の一部だと思えるように、心がけていけばいいんじゃないかと思ったんです。魔法が個性だと言うのなら、私の操作だって個性とも言えますし」

 

 繊細さが問われる技術でもあるんだし、言われてみれば確かに立派な個性と言える。

 かなり稀少で、過去に数人しか確認されていないみたいだし、茜ちゃんの言う通りかも。

 

「そうね。初めのうちは私も苦労したものだけれど、気が付いた時には無意識になっていましたわ。確かに、あまり気にしすぎない方が上手くいくのかもしれませんわね」

「そうですか。参考になります」

「茜さんさえよければ、私のことを頼ってくださって構いませんわよ」

「いいんですか?」

「せっかく、本質のよく似た魔法使いと出会えたんですもの、力になって上げたいのですわ」

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね。汐音さん」

 

 良かったね、茜ちゃん。一人でコツでも掴んでやっていけ。なんて言われて四苦八苦することになりそうだったけど、汐音のおかげで何とかいけそうで良かった良かった。

 私も影ながら応援してあげよう。

 

「……ふふ。妹が出来たようですわね」

「汐音でも、緋真さんみたいなことを言うんだね」

 

 汐音は緋真さんとはまた違った雰囲気だし、意外な気がする。でも、汐音と茜ちゃんが姉妹……か。どうしてだか、緋真さんよりかはしっくりとくる関係だね。

 

「そ、そんなつもりで言ったわけじゃありませんのよ。ただ、似た者同士だから、なんとなくそう感じただけですわ」

「えっと……それじゃあ、お姉ちゃんと呼んだ方がいいですか?」

「それは遠慮しときますわ。第一、緋真が聞いたら八つ当たりしてきそうですもの」

 

 本当にやりそうだね。初対面の時でも、いきなり姉呼ばわりして欲しいって言われたし。まあ断ったけど。汐音だけお姉ちゃんって呼んでいたら、どうなることかは大体予想できるってもんだ。

 

「それじゃあ汐音さん、で良いですか」

「ええ、今まで通りでいいですわ」

 

 とりあえず、茜ちゃんの件はこれで解決しそう。ここに来てから、いい方向に進んでいそうで一安心だ。

 

「――また、こんな日が来るなんて、思いもしませんでしたわね」

「汐音さん?」

 

 郷愁の滲んだ汐音の声音に首をかしげた茜ちゃん。

 そんな茜ちゃんの髪を優しく、壊れ物を扱うように手の櫛で梳きながら、汐音は微笑み返していた。

 

「何でもありませんわ」

 

 そう取り繕っていた汐音の横顔は、とても儚げで切なさが張り付いていた。

 それは懐かしさに浸るものではなく、むしろ悔しさに近い何かだった。

 


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