――俺はひとりの少女に頼まれた。
内容は手合わせ……大方、俺の人物像を測りかねての策といったところか。別に断っても構わなかったが、妙な詮索を続けさせるのも面倒だ。とりあえず、その頼みは了承して、先方の望み通り手合わせを開始することにした。だがな、訓練なんて生温いことをするつもりなんて毛頭ない。俺ができるのは――
――本当の殺し合いだけだ。
◇ ◇ ◇
「とにかく、何か手立てを……!」
状況を無理やり吞みこもうと思考を再開させる。どうにか彼を倒さなければ殺されることは必至。とはいえ、簡単に倒せそうにもありません。同じゴッドイーター同士、他と比べて長期間対人訓練を積んできた私が彼に体術で劣るとも思えませんが……とにかく、戦力差を埋めるには―――
「武装解除……及び、武装奪取……」
自分に言い聞かせるように小声でそう呟く。今現在、自身の生命を脅かしているのはあの凶器。もう一度目でそれを確認するために顔を覗かせる。
彼が持っているそれは異様な得物でした。ノコギリを思わせる様な刃が持ち手と密接していて、リーチはそこまでではないですね。ですが、あんなもので斬りつけられたら普通の傷では済みまないでしょう……。とにかく、最初はあの武器を何とかするところから。
そう思い、私は息をひそめる。高台の影はそこまで広くはないが、身をかがめたまま奥へと移動した。そして、彼が近づくのを待った。
「いつまで隠れて……む?」
そう言って、影を覗き込むアドル副隊長。だが、そこに私の姿は既に無い。なぜなら――
「シッ!」
私は跳躍する。高台の上から飛び降り、彼の頭上へと急降下した。誰にでも思いつきそうな不意打ち……ですが、効果がないわけでは――!
「詰めが甘い」
「ぐッ!?」
彼に肩車する形で組みつき、寝技をかける算段は大きく外れる。少し彼の位置がずれたと錯覚した刹那、私は首を掴まれ、体が空中で静止した。
「影も自身の一部だ、間抜け」
「ぐ……ぅ……!」
そう言うと、掴んでいる手の握力がじりじりと強さを増す。このままでは絞め殺される――
「舐め、ないで……くださいッ!!」
私は彼の腕に足を巻き付けるようにし、力を入れた。一見意味のない行為に見えるが、その効果は割とすぐに出た。
「ぬっ」
そう言うと、しっかり伸ばしていたはずの彼の腕がカクンと曲がり、体勢が崩れる。私は彼の間接に力を込めたのだ。どんなに腕力が強くても、関節に力を入れるのは難しい。彼の握力が弱まったことを感じると、即座にその手を引き離した。が、距離はとりません。遠距離でも戦える彼の優勢を崩したんです、ここで引き下がるわけにはいきません。次は武器――!
「ハァッ!!」
もう片方の腕から武器を叩き落とすべく回し蹴りを見舞う。だが、それは不発に終わる。なんと、あの崩れた状態からさらに崩れるように姿勢を低くし、地面を転がって蹴りを回避。
「ッ……!まだ……!!」
開いた距離を再度詰め、顔面に向かって拳を突き出す。流石に避けるように頭を後ろに引くが、私の拳はまだ伸びる。やっとまともな一撃が入ることを確信した――。
「ぬんッ!!」
「なッ……」
入ると確信した拳は確かに彼の額に一撃を与えた。だが、それは私に反発する衝撃として帰ってくるだけとなった。私の拳に対して彼は頭突きで返したのだ。
腕が……!?
その衝撃は凄まじく、一瞬手首から感覚が消えたほどだ。腕を使う攻撃の基本として、腕を伸びきらせることは無い。当たり前だ、伸びきった状態でカウンターなんて貰えば関節を痛め、最悪肩が外れる。当然、私はCQBの基本を叩き込まれているため、そんなことはしない。が、それでも尚この衝撃。相当な勢いで頭突きしてきたのが分かる。
「今のは悪くない……が、少々欲張ったようだ」
額から血を流しながら悠長に喋る様は、いささか気味が悪いです。ですが、そんなこと考えている時間などありません。早く、次の策を練って行動に移さなければ格好の的。幸い、まだ彼は態勢を立て直していません。少し、一か八かになりますが……。
「!」
私は再度、彼へと突撃する。今度こそ、致命的な一撃を与えるため、片足に重心を置き、もう片足を彼の肩目掛けて一気に振り抜いた。避ける仕草を見せないことから、受けるつもりなのは明白。
――ガッ
鈍い音と共に、黒い物体が宙に浮いた。
「ほう」
振り抜いた脚は、彼の体とは別のソレを捉えていた。元より本丸はこちらでしたが、上手くいったようですね――。
「囮か」
私は内心ほくそ笑んだ。思い切った突撃は陽動、一撃を入れるためではなく武器を狙うためのもの。これで、武装は銃のみ。さらに言えば、まだそれは構えられていない。今までにない好機――。
「
え、何……?
そう思ったときには、世界が廻っていた。刹那、後頭部に衝撃が走る。何が起こったのかわからない。状況を理解しようとするがそんな活力が残されているはずもない。まるで、濁流の中に放り込まれたようなそんな感覚。そしてもうひとつ、私が感じることを許されたのは意識が遠退く感覚。瞼が重くなり、視界が揺れ、目の前の憧憬が霞み始めた。理解はしているつもりだった。意識を失えば私に残された道はただ一つ、明確な死のみ。だが脳が理解していてもその躰に抗う術はない……。
「
語り掛けるような声が、脳に響いた。眩む視界に現れるのは、黒い影。それは私に触れ、頬を何かで濡らした。鉄のようでいて、生々しい香り……血が、私の頬を染めているのだろう。やがて血を塗るような手つきは首元へ伸び始めそれが何を意味するのかは、薄れゆく意識の中でも容易に理解できた。
「……死に、たく……な――」
それが口に出た言葉なのか、または心の叫びだったのか。それすらも、もう判断できない。どちらにせよ届かぬ祈りであることに変わりは無く、その言葉を最後に――。
――私は意識を手放した。