申し訳ないです。
――適合試験。
アラガミの細胞である『オラクル』を体に取り込み、成功すればゴッドイーター……神を喰らう者となれるというものだ。また、それは純粋な『人間』をやめる境界線を意味する。定期的に偏食因子を投与しなければ、体の中のオラクル細胞が自身の喰らい始め、最終的には完全なアラガミと成り果てるのだと言われている。
はてさて、俺は今こそ神喰いを生業にしているが、元はと言えば狩人。では問おう、俺はどのようにして狩人という存在に成り得たのだろうか……。ああ、そうだ。青ざめた血を投与され、自身の内に潜む『獣』との対峙し、打ち勝つことが出来たからだ。だが、その『獣』に負け、飲まれたが最後。自我の喪失と伴い、体は徐々に人のものではなくなり続け、獣と化してしまうと言われている。
では、再度問おう。
――『神喰い』と『狩人』……一体何が違うというのだろうか。
◇ ◇ ◇
「グアアアアァァァッッッ!!!!」
死にかけだったはずの奴は一体どうしてこうも活性化したのだろうか。俺、ギルバート・マクレインは右隣にいる負傷した仲間に腕を掴まれたまま、ただ唖然としていた。
「……血で……化したのか?」
その仲間は何かを言っているようだが、いまひとつ聞き取ることが出来ない。だが、今は悠長に聞いている場合ではない。
「どうなってやがる……ッ」
口でそう毒づいて、立ち上がる。とにかく、何が起こっているかは後回しにして
「ギル……下がっててくれ」
「は?」
予期せぬ言葉に無意識的にぶっきらぼうな返答が口から漏れた。いや、当たり前だろう。現状、俺が唯一ほとんど被弾していないというのにあいつは……アドルは俺に下がれと言ったのだ。
「こいつは俺が蒔いた種だ。俺自身で片を付ける」
何を言っているんだ?こいつが活性化した原因が自分であると、アドルの奴はそう言いたいのか?一体どういう――。
「何を言っているんだ!?君は怪我をしているじゃないかッ!僕たちに任せて君は腕を安静にしていたまえッ!!」
後方から駆け足の音と共に悲鳴にも似た懇願が聞こえてくる。見れば、そこにはエミールが立っていた。
「エミール……俺の心配はしなくていい。俺はただ責任を取りたいだけだ。君たちを巻き込むつもりはない」
「いいやッ!それはできない相談だッ!君が何の責任を取りたいのかは分からない……だが、今この場で誰よりも責任を取るべき人間はこの僕だッ!!」
「はぁ!?お前も何言って――」
アドルの話を聞かないまま走り出すエミール。走りながらもあいつは話をつづけた。
「身勝手に敵へと突撃しそのまま返り討ちにされ、そしてさらには気絶していたところを身を挺して守られた……これ以上、君たちに迷惑をかけることは許されないッ!!」
「バカ!だからってまた無闇に突撃したらッ……!」
「安心したまえッ!!」
そう話している間にエミールとウコンバサラの距離は数メートルのところまで迫っていた。迫りくる敵を目の前にして何もしないわけもなく、ウコンバサラも動いた。短い手足を目いっぱい屈伸させ、大口を開ける。
「エミールッ!!」
このままでは迎撃態勢をとっているウコンバサラがエミールを飲みこむのが早いだろう。
「騎士道ぉぉぉぉッッ!!!」
咆哮のような声を上げウコンバサラと激突――。と思った刹那、直進していた筈のエミールの姿が消えた。いや、正確には躰の輪郭がぶれた様な感覚を残し、その場から姿を消した。
「どこに……ッ!?」
目の前から人影が突如消えたことに、
「うぉおおおお!!!」
数秒前に消えた咆哮が上空から聞こえてくる。いや、
ドゴォォォォン!!!!
凄まじい爆音と振動が響き、衝撃の余波が肌を荒く撫でた。俺たちが呆気に取られている中、震源の中心地から人影が現れる。
「やったぞ……やったんだ……騎士道の勝利だぁぁぁぁッッ!!!」
勝利の雄たけびを上げる騎士が一人、そこにいた。その姿を見た途端、肩の力が抜けていくのを感じた。なんというか、呆気なかった。思い返してみれば、そもそも瀕死だったはずのウコンバサラが突然活性化したのはどうしてだ?状況が落ち着く中、沸々と疑問が浮上してくる……とにかくだ、このままここに留まる理由はない。とっととフライアへと戻るとしよう。
「終いだ、とっとと帰還するぞ」
「おぉ、戦友たちよ!僕の勇姿を見ていてくれたか!?僕は……僕は勝ったんだッ!!」
雄たけびを上げていたエミールへと近づく。かなり興奮して普段以上に落ち着きがないが、それ以外は特に問題は無いようだ。
「分かったから帰るぞ。早いとこ、アドルの傷も診てもらわないとな……おい、アドル?」
先ほどまで隣いたはずのアドルに声を掛けるが返答はない。見れば、当の本人は顔面のつぶれたウコンバサラの目の前に立っていた。それを見て、重要なことを思い出す。
「そうか……コアの回収がまだだったか」
コアの回収、アラガミの核であるコアを摘出しなければ、アラガミは決して死ぬことはない。どんな深手を負ったとしても数日で完治してしまうのだ。だから、すぐにでもコアをアラガミ本体から引き剥す必要がある。そんなことも忘れているとは。自分より神機使いになって日が浅いはずのアドルが覚えていたというのに、まったく俺は……。ため息を吐きながら、コアを回収しようと神機を構えるアドルを眺めた。捕食形態へと移行した神機が、ウコンバサラの躰を貪り始める。
「……ん?おい何やって――」
嫌に時間がかかる。初めてのアラガミだからどの辺にコアがあるか分かっていないのだろうか。だが、そんな考えはすぐさま消えることになる。
「な……お、おいアドル!?何してるんだ、お前!?」
◇ ◇ ◇
ギルが呼びかけてくるが、俺は無視して捕食を続けた。コアは既に回収している。だが、まだ捕食を止める訳にはいかない。俺の血を含んだオラクル細胞が霧散し、新たなアラガミを形成した場合、今回のように何が起こるかわからない。ならばできるだけ、ここで回収するのが得策なはずだ。とは云え、この異様な光景に彼らもただ黙って見ているだけという訳に行かないだろう――。
「おい、聞いてんのか!!」
流石に耐えられなくなったのか、ギルが左腕を掴んできた。まあ、そろそろ捕食も終える。少し適当に誤魔化すとしよう。
「いや、今回みたいな相手は初めてだったからな……全て回収してしまおうと思ったのだが」
「は、はぁ?」
何を言っているんだこいつは……といった風な目でこちらを見つめてくるが、今はそれでいい。現にそれが時間稼ぎとなり、既に最期の咀嚼を終え、神機はウコンバサラの全てを喰らった。
「ったく、お前といいエミールといい……とにかくだ、早くフライアに戻るぞ。フラン、回収のヘリを頼む」
『――ザザッ、了解しました。そちらに向かわせるよう連絡します』
通信機からフランの声が響く。
……?
少し、違和感を覚えた。その声はいつも通り、淡々としていて流暢なものだ。だがなぜだろう、耳元で聞いているはずの声が遠くから聞こえる様な……そんな違和感が耳に残った。
「……今日は散々……だったな」
フランの声だけではない。周囲の物音すべてが遠ざかっていく。聴覚に何か異常が来したのだろうか、いや、違う。これは恐らく意識自体が――。
「ア……ドル……」
ギルの声であろうものが耳に響く。だが朦朧とした意識が聞き取れたのは自分の名前までだった。俺は消えゆく意識に逆らえず、その場に伏した――。
◇ ◇ ◇
「……あぁ、お戻りなられたのですね」
透き通るような白い両手が包み込んでくる。冷たいはずなのにどこか暖かさえ感じる。ああ、この手は幾度となく触れたものだ。何時如何なる時も、この白い手が自分を迎えてくれた……。
「――お帰りなさい、狩人様」
今更ながらですが、書いていて少し違和感があるなと最近思っていたのですが、戦闘中一度もフランの通信がないことに気づきました。
今後はきちんと入れていきたいですね……すみません。