あかりは、ヒカルに違和感を覚えていた。
手を引っ張って親の元に着いた今でも、手がつながったままなのだ。
今までであれば、手をつなぐことはあっても、たいていヒカルがぱっと離してどこかに向かっていく。そしてそれにあかりがついていく、というのがいつもの流れだったからだ。
このケースでいえばいつもは親が見えた瞬間、ヒカルは真っ先にパタパタとかけて行ってしまう、というのがいつものことだった。
あかりは多少残念ではあるものの、ずっと手を繋いでいるというのもちょっと恥ずかしいような気がして、でもだからといって手を離すのもな、という葛藤があり、結果いつもヒカルがこちらの気持ちなどお構いなしにふらふらと興味の矛先に走っていってくれるので、複雑な気持ちではあるものの、まあ、ヒカルだしねということで納得できていたのだ。
ところが今回は、いつまでたってもヒカルがどこへも行かない。それどころかいたって大人しく横並びで親の後ろを歩いている。体調でも悪いのかとあかりが横目でヒカルを覗くが、ヒカルはいたって普通な顔でスタスタと歩いている。
あかりにはそんなヒカルの顔が、少し大人っぽく見えた。
嬉しくもあるけれど、やっぱり恥ずかしい。あかりは、そんな甘酸っぱい葛藤に頬を赤くしているのだった。
そんな子供たちの変化を親達が見逃すはずがない。校門でふたりを待っていた母たちは、一緒に仲良く歩いてきたヒカルとあかりを見て「おや?」とお互い顔を見合わせた。ヒカルの母、美津子は特にヒカルの様子の違いが気になった。
しかし、仲良くしているところに邪魔を入れるつもりは毛頭なかった母たちは、何食わぬ顔で結託し、今日はゆっくり帰りましょうと自転車は使わず歩いて帰ることにした。
美津子は手はかからないけれども随分と大人しくなったヒカルが気にかかったが、二人の会話を聞くに体調が悪いわけではないらしいとわかり、入学してちょっと成長したのかな、と自分を納得させた。
ヒカルの中身はもうすぐ20なのでちょっとの成長どころではないのだが、美津子は当然知る由もない。
当のヒカルといえば、甘酸っぱいことなど何も考えていなかった。
というのも、自分が小学校入学付近の歳にどういう子供だったのか、さっぱり覚えていなかったのだ。
囲碁に触れ始めた小学6年あたりからなら思い出せるものの、何も考えず遊んでばかりいたそれまでのことなどすっかり思い出せなくなっていた。なので、どうあかりに接すればいいかわからなかった、というのが正直なところかもしれない。
19のヒカルにとってあかりは小学生とはいえ異性の幼馴染みである。子供とはいえ、まったく意識しないということは出来ず、繋いでいる手のこともそれをちょっと照れくさくちょっと嬉しく思ってしまう自分の気持ちも考えない、という一手を指すことにした。
小学生の自分を思い出すようにあかりや親たちと当たり障りのない会話をしながら、今はそれどころではない、とヒカルは静かに決意を固めていた。
一一よく考えてみれば、オレ、ずっといろんな人に迷惑かけっぱなしだったな。あかりもそうだし、父さんや母さん、学校のみんなや院生の仲間、アキラ…佐為にもずっと。…もしもこれが本当に夢じゃないなら…これ、やり直すチャンスなのかもな。誰かはわかんないけど、誰かがやり直すチャンスをくれたのかもしれない。
だったら……期待に応えないとな。
そして、向かっている場所は祖父、平八の家。
もし、予想が当たっていれば…佐為がいるはず。
一一頼む、いてくれよ…佐為!
小学1年、7歳のヒカルの瞳には、確固たる決意の光が宿っていた。
次からは、会話が多くなっていくかな、と思います。