艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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Opus-19 『Madness point』

 

 隠すことなく峻が舌打ち。すでにナイフとCz75は抜き、上着も脱ぎ捨てた臨戦態勢が整っていた。

 だがそれは常盤も同じ。油断なく拳銃は峻に照準をつけていたし、目線も決して外そうとしない。

 

「助かったよ、叢雲ちゃん。案内ご苦労さま」

 

「そんなつもりなんてないわよ」

 

「つけられたな、叢雲」

 

 目をきつく吊り上げて峻が常盤を睨む。対する常盤は冷たくて凍りつくような視線を峻に返した。

 常盤は峻がどこにいるかわからなかった。そして叢雲はどこにいるのかわからなくとも峻を見つけ出すことができるつもりだったし、事実として叢雲は峻を発見した。

 それを常盤は利用した。出ていく車を尾行していったのだ。

 

「横須賀に張ってれば見つかりやすいだろうと思ってね。ま、案の定ってわけだけど」

 

「わざわざご苦労さん」

 

 素っ気なく峻が常盤の言葉を叩き切った。けれど構えを解かないのは警戒を続けている証拠だ。

 

「で、何の用だ? いや、聞かなくともわかってる。だがお前に権利はないだろう」

 

「そうだね。確かにそうだった」

 

 常盤が薄く嗤う。司令官である常盤が峻を捕縛する権利はないだろう? 言葉足らずではあったが峻の言いたい事はしっかりと伝わっていた。

 峻は知らない。常盤が憲兵隊に戻っていたことも、その後に左遷を食らっていることも。だが権利がないということは間違っていなかった。

 

 もう常盤は憲兵隊を指揮する権利を剥奪され、捜査から外されているのだから。

 

「でも今はそんなの関係ない。ここにいるのは海軍のアタシでも、憲兵隊のアタシでもない。ただの常盤美姫だ」

 

「……まさか」

 

「そのまさかだよ。もうアタシは軍に籍を置いてないの。だから私服。わかる?」

 

 もう軍は辞めた、と常盤はさらりと言った。つまり海軍にいた常盤の地位では捕縛権がないなどのしがらみには囚われていないという宣言。

 今の常盤は純粋に個人のためにここへ来たのだ。

 

「なおさら俺に接触する理由がわかんねえな」

 

「ああ、それは単純。君を殺すためだよ」

 

「なにを言ってるのよ。正気なの……?」

 

「うん。正気も正気。そのためにここに来たんだし、さ」

 

 まるで世間話でもするかのように常盤が告げた。叢雲は信じられない気持ちだったが、常盤の拳銃の銃口が1ミリもズレずに峻を狙っていることが本気なのだと嫌でも気づかせてくる。

 

「なら俺は抜ける。ご丁寧にてめぇのお望みに付き合ってやる義理もない」

 

「そっか。じゃあアタシは叢雲ちゃんを殺すよ」

 

 まったくぶれていなかった常盤の拳銃の銃口が動いて叢雲に狙いをつける。何が起きたのか理解できない叢雲はただ固まることしかできなかった。

 ただ常盤が冗談で言っているわけではないことはわかる。拳銃にセーフティはかかっていなかった。

 

「見捨てられるわけないよね? 見捨てるなら君は始めから叢雲ちゃんを撃ち殺して逃げればよかった。なのにしなかった。あまつさえ話を聞いた。本当に甘ちゃんだね、君は」

 

 吐き気がするけど今回はプラスに働いてくれたからよしとするよ、と常盤が歌うように言った。

 

「ならお前も最初の一発を叢雲に撃つべきだった。それをしなかった時点で信用度は低い」

 

「かもしれない。でも、たとえ99%撃たないとわかっていても残り1%が撃つかもしれないって疑念があるなら無視はできない。違う?」

 

「……どうあってもやる気か」

 

「アタシはね、テロが憎い。テロリストが嫌い。憲兵隊に入ってたのは人が多く使えるから都合がいいだけ。この手で殺せるなら1人でだっていいんだよ」

 

 だから君を殺す。ついには張り付けた笑みすらも剥ぎ落として常盤が峻に殺意を向ける。

 

「知ってるか? てめぇが今からやろうとしてることはてめぇ自身が嫌いだと言った暴力(テロ)だ」

 

「それが? ハンムラビ法典を知らない?」

 

「眼には眼を、か」

 

「そそ。それで歯には歯を。報いは受ける。すべてのテロリストを殺した時にね」

 

 どうあっても避けられない。直感した峻は左手にCz75を握りしめ、右手でナイフを引き抜いた。そして右脚の裾をまくり上げて義足の戦闘用プログラムを起動させる。

 出し惜しみなしの全力全開。それが峻の答えだった。

 

 どうして。

 なんで戦うことになってるのよ。

 ヨーロッパで一緒に戦った仲間じゃなかったの。

 

 叢雲は口を挟みたかった。だが言いたい事はいくらでも出てくるのに、口が開かない。それどころか無意識に1歩、退いてしまっていた。

 

 どちらかが最初の一発を撃つ。そしてそれが始まりを告げる。

 だが最初の一発はどちらか片方ではなかった。

 

 ()()()()だった。

 

 常盤が横に飛んで。

 峻が首だけ振って。

 同時に腕が跳ねて。

 引き金を引き絞る。

 

 どれだけ撃っても互いに当たらない。相手の動きを先読みするが、向こうもその先読みすら読み切り、それに対応するためにさらに先を読む。

 そんなやりとりが一瞬の間に繰り返されていた。

 

 これではきりがない。弾が尽きたところで峻も常盤もスペアのマガジンくらい持っている。

 なにより峻としては長引かせたくなかった。連続して銃声が鳴り続ける状況は人を呼ぶ。それこそ憲兵隊のような団体がやってこられるのは困るのだった。

 

 峻がだんだんとビルの壁に追い詰められていく。避ける場所がなくなった。表情を変えずに、ためらいなく常盤が撃った。

 

「っ!」

 

 峻が右脚のブースターを作動させて大きく後ろへ跳躍すると2階の窓ガラスを割りながらビルの中へ飛び込んだ。床で体を打ちつける前に再びブースターを作動させて体勢を整えて両足を床につけた。

 何に使われていたのかわからない部屋だ。使われていた頃はいろいろと置いてあったのだろうが、今は頑丈そうなテーブルが1つ横倒しになっているのみ。あとはただがらんとした空間が広がるだけだ。

 

「下手な誘い込みだね」

 

「わかってて乗ったのか」

 

「君のすべてを叩き潰す。その上で殺す」

 

 ガラスの破片を踏みにじりながら常盤が部屋に現れる。ビルの中へ誘い込もうとしたことは気づいていたらしい。その上で乗ってくるとはずいぶんな自信だ。

 

「ふっ!」

 

 峻が間を詰めると常盤の拳銃を弾き飛ばす。放たれた常盤の回し蹴りは峻の左のこめかみを掠めた。皮膚が小さく裂けたような感覚があったが、出血はしなかった。

 

「やっぱり武器を狙った」

 

 順手でナイフを握って常盤が腰を落として身構える。ダン! と力強い踏み込みと共に常盤が加速した。

 

 火花。火花。火花。

 

 ナイフの刃をナイフで受け止める度に飛び散る。そうでなければ峻が突き出すと、常盤はぬるりと避ける。そして常盤が切りつけると峻は最小限の動きだけで命中するであろう箇所だけを動かして外す。

 ある時は首を引いた。またある時は上体を反らした。そうでない時は右手のナイフで弾くか、左手のCz75で常盤自体を牽制して攻撃させない。

 

 だが常盤とてされるがままではない。弾かれ、避けられと攻撃をいなされても止むことなく怒濤の攻撃を繰り返し続ける。1回で決まらないのならば手数で。先読みされるなら思考が追いつけないくらいに早く。

 

 常盤が突如、バックステップ。ずっと握られていた左手を常盤が解いた。そして握りしめられていたものたちを峻にむかって一斉に投げつける。

 

「っ!」

 

 投げつけられたものが何か峻の動体視力は捉えていた。手榴弾とは違ったタイプの爆弾だ。おそらくは爆竹に近いものだろう。おもちゃのように見えるが、常盤がそんな代物を戦闘で使うとは思えない。絶対に違法レベルの手が加えられたものに決まっている。

 

 右から飛んでくる爆竹を右目の動きだけで確認。数は3個。Cz75ですべて狙い撃って部屋から廊下へ弾き飛ばす。

 首を振って左を確認。残りは2個。素早くCz75を構えて狙いをつける。

 

「ちっ!」

 

 1つは廊下に弾き飛ばせた。だがもう1つが間に合いそうにない。せめて爆発から身を守ろうと峻はテーブルの影に飛び込んだ。

 爆発、というよりは破裂音。本当に爆竹レベルだったらしい。それでも濃い煙が床あたりにもうもうと立ち込めた。視界を塞ぐためのものなのだろうか。

 

 

 テーブルの影から峻が飛び出す。その瞬間、右からキラリと光る何か。

 急いで右手のナイフを構えて光るものを受け止めると火花が散った。

 ギリ、と峻は奥歯を強く噛んだ。上から言葉が降ってくる。

 

「気づいてる? 君、左側の対応だけワンテンポ遅れてるよ」

 

「ーーーーっ!」

 

 焦ったように峻が顔を後ろに引く。だが遅かった。直後に左眉あたりから左目を縦に、顎あたりまで燃えるような感覚が走る。

 

 切られた。そう気づくのにさした時間はかからなかった。

 

「ぐぁ……」

 

「やっぱり。もう左目はほとんど見えてなかったんじゃないの?」

 

 左のもともとぼやけていた視界が真っ赤に染まって暗くなった。左手の甲で血を拭ったがとめどなく血は流れ出してくる。

 向こう側で常盤が嗤っている。さっきまで爆竹を握っていた左手には新しくもう1本のナイフが握られていた。そして右手のナイフには鮮血がべったりとこびりついている。

 

「アタシは君が憲兵隊に追われ始めた時からすべての戦闘を見直した。何回も何十回も、ね。君は右を確認するときは目の動きだけで確認していた。でも左を確認するときだけは首を振ってた。まさかとは思ったけど爆竹を投げたらその通りに動いてくれるからね。確信したよ」

 

 そんな癖はもともと峻になかった。けれど付いてしまったのだ。

 

 輸送作戦の時に左目を負傷したあの時から。

 

 あの時の怪我は右脚の喪失と内臓に傷がついたこと。そして左目の視力低下。

 医者はおそらく視力は回復するはずと言った。だが治らなかった。治るほどの時間を与えてもらえなかった。少しぼやけているだけなら、日常生活をする分には問題ない。だが戦闘においては視界が狭いというのは致命的だ。

 

 ずっと騙し騙しで来ていた。だがついに隠せなくなった。ここで常盤を倒したとしても、峻の左目が光を映すことはもうないだろう。

 

「何もしないの?」

 

 じゃあ死ね。

 

 それだけ言うと常盤が突っ込んできた。両側から鈍く光る刃が峻に近づく。

 

「……らぁ!」

 

 まずは首を振って左から迫る刃を視認すると、常盤の手首にCz75を叩きつけるようにしてガード。同時に引き金を引いた。

 

「っ!」

 

 常盤が身をよじって銃弾を避けた。だがそのおかけで右から迫るナイフの軌道が逸れた。

 わずかな隙を逃さずわけにはいかない。峻の右脚が青白い光を追従させながら常盤の腹部を蹴りあげた。ボキン、とあばら骨が折れるような音が鳴った気がした。

 

「が……あああああああああああ!!! 痛い痛い痛い痛い痛い! あははははは! 痛いよ! 痛い! さいっこうだよ!!」

 

 常盤が叫びながら踏ん張って堪える。その口の端からつつー、と血が垂れているのに、ぐにゃりと歪んだ嗤い顔だった。

 常盤はなおも前へ。空を切る音をさせながら2本のナイフが交差する。

 峻は片方を右手のナイフで弾くと残り1本を右脚で蹴りあげた。常盤の左手にあったナイフはすっぽ抜けて天井に突き刺さる。

 

「ああああ……憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!」

 

 突き出し、また振り抜かれるギラギラとした刃を峻がある時は避け、ある時は受け止める。その度に常盤から呪詛のような言の葉が口から紡がれる。

 

「うるせぇ、狂人」

 

「死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ! テロなんて嫌い嫌い嫌い、大嫌い! アタシの、私の、家族を! 母さんを! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」

 

 常盤の目は血走り、口から血が垂れて動くたびに出血が酷くなる。それでも歪んだ嗤いを浮かべて常盤は唾液に血が混ざったものを飛ばしながら自らの武器を振るう。

 ギィン! と互いのナイフがぶつかり合う。ぱっと散った火花が顔の左半分を血に染めた峻、そして狂気に染まった常盤の顔を照らした。

 

 何度目かわからない交錯。だんだんと峻が窓際に後退していく。常盤はそれを機と見たのか、猛追を繰り広げる。

 

 左目が見えないのはやはり不利だった。どうあっても左側からの攻撃は対応が遅れるし、気にしすぎると右が疎かになってしまう。

 

 再び刃がぶつかり合う。一瞬の均衡状態。そして峻が右腕に力を込めて常盤をほんの一時だけ後ろへ押し返した。

 

 峻が素早く腰に手を回す。ポーチから探り出したそれのピンを抜き、目の前に転がすと後ろへ大きく飛んで窓から外へ。

 

 峻が転がしたそれを見て常盤が息を詰める。

 

 ころん、と転がったそれは手榴弾。峻が憲兵隊の車両から奪った最後の1個だ。

 

 爆風が窓ガラスを吹き飛ばし、黒煙が立ち上った。ガラスの破片を浴びないように峻は横にずれた場所でワイヤーガンを使ってぶら下がっていた。ゆっくりとワイヤーを伸ばしながら地面に下りると、顔の左側から流れる血が滴る。

 

「あんたその怪我は……」

 

「来るな」

 

 咄嗟に抱えたままだった救急箱を持って叢雲を峻は制した。来られても困るのだ。

 まだ峻は武器をしまっていない。巻きとったワイヤーガンをもうナイフに持ち替えてピリピリと警戒していた。

 

「あんなんで終わるわけねえんだよ」

 

 片目だけでまだ煙が燻る部屋を睨む。峻の予想通り、窓から常盤が飛び出した。割れた窓ガラスで傷つくはず。それでも常盤は関係なく飛び出したのだ。

 

 どこか湿っぽい音をたてながら常盤が着地。髪を振り乱してべったりと顔も血で染まっている。焦げた服には血のシミが大きく侵略していた。

 手榴弾の直撃は避けたのだろう。おそらく爆発する前に部屋を出ようとした。だが間に合わずに礫や床のコンクリート片などで顔を引っ掻いた。もちろん爆発にも完全ではないとはいえ巻き込まれたのだろう。

 なぜ立っていられるのかすらわからない大怪我。満身創痍で意識がとんでいてもおかしくない。

 

 だが常盤は嗤っていた。ただ、ひたすら凄惨に。

 

「痛い……痛いなあ。あは、あはは、あははは! 最高だよ! アタシはまだ痛みを『痛み』として認識できてる! それを苦痛だと感じられてる! まだアタシは暴力を憎めている! すばらしいよ! ああ、痛い。苦しい。それを感じられてることがたまらなく嬉しい!」

 

 血が飛び散るのも構わずに常盤が張り裂けんばかりに叫ぶ。もうどちらの血で汚れているのかわからないナイフを血管が浮き出るくらい強く握り、常盤は構えた。

 

「さあ、続けようか。殺し合いを。アタシの存在意義を!」

 

 互いの刃が衝突。峻が発砲すると、もはや常盤は避けることすらせずに左腕を盾にしてさらにナイフを振るう。

 

「エゴイストが……」

 

「そうだよ! これはアタシのエゴだ! それの何が悪い? 殺すなら己の感情で、己のエゴで殺せ!」

 

 刃が空を切り続ける。峻も常盤も相手に当てられないでいた。体を引いて、また手を叩いて軌道を変えるなりして避けきっている。

 左目が使い物にならず、なおかつ輸送作戦時に負った怪我がまだ癒えていない峻。直撃は避けたとはいえ満身創痍といっても過言ではない傷を負った常盤。

 互いに体は傷だらけだ。それでも衝突は止まらない。

 

 峻が左手を懐に差し込んだ。すぐにその左手を懐から出すと引き金を引き絞る。

 当然のように常盤は避けた。すでに銃弾が飛んでくることはわかっていたと言わんばかりだ。

 

 だが峻が撃ったのはCz75ではなかった。

 

 撃ち出されたものは銃弾ではなくワイヤーの繋がったフックだった。

 峻が左手首を返してフックの軌道を無理やり変えると、フックは常盤の額をもろに打ちつけた。完全に不意を突かれた常盤は思わず怯んだ。

 

 その一瞬で十分だった。峻の義足が霞んで常盤の体にめり込んだ。

 

 ブチブチと繊維が引きちぎれ。

 ベキベキと骨格が打ち砕かれ。

 

 そして常盤の体は宙を舞ってコンクリートの壁に叩きつけられた。




こんにちは、プレリュードです!

帆波の怪我がまた増えていく……
・臓器に傷
・右脚の喪失
・左眼の視力完全喪失←New!

書きながらも「うわぁ」って1人で言ってしまうレベルでいろいろとアレでしたがご容赦をば。気がつけばネタキャラがこんな戦闘をする狂ったキャラになるなんて想像してなかったんです。でもドMと固執する理由は明らかになりました。えらく歪んでいるし、逆恨みもいいとこですけど。
まあ、女の子は幸せになって欲しいけどあれは女の子じゃなくて女だからいいよね? セーフってことにしてくれませんか?

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