艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

98 / 134
Opus-18 『Slaughter point』

 

 かつてないほどクリアになった頭で峻は辺りを見渡した。拳銃を持った男が7人。一人は峻が早々に射殺したので元々は8人いたようだ。そしてリリイが枷を付けられて、わけがわからないと言った様子でおろおろと立っている。

 

「構えろ!」

 

 リーダーらしき者の指示で7つの銃口が峻に突きつけられる。左に小さく首を振って全ての銃口の向きを確認。だらりと両腕から力を抜いてただ待ち続ける。

 

「やっちまえ!」

 

 瞬間、複数の発砲音。だが、小銃の掃射をすべて避けられる峻にとってはいくら半円に囲まれている状況とはいえ、これくらいを避けるのは訳ないことだった。

 

「避けやがった!? くそ、もう一度だ!」

 

「……」

 

 今度は意図的に体を動かす。発砲されるほんの少し前、微妙に連続で体をずらしていく。

 

「ぐわっ!」

「ぐっ!」

「うわあっ!」

 

 そして男たちの撃った銃弾はすべてそれぞれ仲間同士に命中した。腕や足、腹などその箇所はばらばらだが、すべて仲間同士で撃ったものだ。

 

「お前らなにやってやがる!」

 

 峻が小さく鼻で笑った。

 やったことは単純。一人一人が引き金を引く直前に体を微妙に動かすことで狙いをズラして仲間同士で撃ち合うように弾道を調節した。

 だが理論が理解できても実行できるかはまた話が別だ。なにより一つのミスが命取りになる。だが何の躊躇いも見せることなく峻はそれを実行した。

 

「……義足戦闘用プログラム起動」

 

 峻が小さく呟く。まだ内臓の傷は塞がりきってないため、使用は控えた方がいい。それがわかった上で峻は右脚を使う選択をした。

 くくっと右眼を動かして右方を確認。すぐに首を振って左方を確認した。

 

 右から3発くる。

 

 直後に峻の頬と右肩、脇腹を掠めるように銃弾が飛来。危なげなく避けると峻が一瞥する。

 ダン! と峻が右脚を強く踏み込むと同時にブースターが作動。一瞬で間を詰めると1番、手前にいた男の胸部に手首を捻りながらナイフを根本まで突き立てた。

 

 ブチブチと繊維が引きちぎれていく感覚。それがダイレクトに右腕から全身に這い回った。ナイフを突き立てられた男の手から拳銃がぽろりと落ちて地面でかしゃりと音を立てた。正確に心臓と付近の血管をズタズタにしたのだ。もう命はない。

 

「一緒にやれ!」

 

 残り6つとなった銃口が峻に向けられる。その引き金が引かれる前に峻がナイフを男の体から引き抜いて180度くるりと回転させると襟首を掴んで盾にした。

 撃たれた弾丸はすべて峻が盾にした男に刺さった。発砲が終わるタイミングを見計らって峻が左脚で盾にしていた男の死体を発砲していた集団へと蹴り込む。

 

 そして吹き飛んで行く死体の影になる場所を走り続けて集団に近づくと、1人の首をナイフで切りつけた。血飛沫が派手に噴き上げて峻に降りかかるが、意に介すことなく2人目に襲いかかり、ブースターを吹かしながら右脚を腹部に叩き込む。

 

「っ……かはっ」

 

 峻に蹴られた男が胃酸と空気の混ざったものを吐き出した。同時にあばら骨が折れる音が混ざる。そのまま5mほど吹き飛んだ。崩れ落ちた後はもぞもぞとしているだけだが、永劫に立ち上がる事はできないだろう。へし折ったあばら骨が両肺を突き破るように蹴りを入れた。おそらくもってあと10分だ。

 

「ひっ……」

 

 残り5人。そのうち1人が及び腰になった。そのせいで足並みが乱れた。そしてそんな隙を見逃す峻ではない。

 そもそも数で勝ってはいるが、武装は同じ拳銃。そして峻は右脚の義足というアドバンテージが存在しているのだ。

 

 なにより人攫いの集団と峻では踏んできた場数と質が違いすぎた。

 

 怯んだ男との間が一瞬で詰められる。体が引けてしまった状態で撃たれた弾丸に峻が当たるわけもなく、するりと蛇のように避けて捻りを加えた掌底が鳩尾にめり込む。骨がベキベキとへし折れていく感覚と共に、それらの骨が何かを突き破った。

 掌底を食らった男が吐血しながら崩れ落ちる。骨が心臓を突き破ったのだ。

 

 もう倒れた男には目もやらずに残った4人だけ集中する。あと半分だ。弾は十分ある。傷の調子に関してもさしたる問題はない。

 そんなふうに都合よくいくわけがなかった。峻の怪我は痛んでいるはずだ。だがもう、痛みはアドレナリンのおかげか感じなくなっていた。

 

 頭の中を占めるのはいかにして人攫い共を殺すか。ただそのことのみになっていた。その他のことは何も考えられない。考えようとも考えなくてはと思わなかった。

 ただ峻の中には純然たる殺意だけが渦巻いていた。

 

 どうやったら効率的に殺せるか。思考はすべてそれ一点のみに集中し、体はキリングマシーンのように狂いなく緻密に動き続けた。

 

 残るリーダー格らしき男とその他に3人の合計4人だ。もともといた人数の半分程度まで減っているが、それでも拳銃を峻に向かって突きつける。

 連続した発砲。どこか小気味いい音が無秩序に鳴り響く。

 

 直撃する弾をすばやく見極めると、それ以外は意識から排除。直撃弾がどの順番で飛来するかを判断し、すべてを最小限で避けきることのできる行動を弾き出す。

 その過程は銃弾が撃たれた時にすべて終えていた。

 

「……ふっ!」

 

 峻が息を短く吐き出す。ぐっと腹に力をこめると足のバネを伸ばして男たちの懐に飛び込んだ。1人目を左脚で足払い。バランスを崩しかけたところに腹部へヒザ蹴りを叩き込んでやると地へ倒れ伏した。

 2人目と3人目に対して両手で同時に掌底を打ち込む。ずぶ、と峻の手のひらがそれぞれの体にめり込み、肺の空気を吐き出させた。そして2人ともが咳き込みながら膝をつく。

 

「ひ、ひぃっ」

 

 最後まで残っていたリーダー格の男が背中を見せた。逃がすな。殺せ、と峻の中で何かが囁いた。

 腰のポーチにナイフを持ったまま手を回す。その中から手榴弾を探り出すとピンを引き抜いてその場に落とし、振り返ることなくリーダー格の男を追いかけた。

 

「やめ……」

 

 背後で爆発音。なにかそれ以外にも聞こえたような気がしたが意図的に意識から排除した。どうせもう2度と話すことはできなくなった肉塊だ。そんなものにいちいちかまけているつもりなんてない。

 

 最後まで残った男が逃げきれないと諦めたのか振り向きざまに峻へ拳を繰り出す。だが峻は横からそれをはたいて落とした。

 

「くそっ」

 

 男の右手が拳銃に伸びる。しかしそれが構えられることはなかった。懐に飛び込んだ峻が胸ぐらを掴みあげてうつ伏せに地面へ叩きつけたからだ。中途半端に握られた拳銃は手からすっぽ抜けてしまった。

 それを掴もうと必死に右手を伸ばす。だが手の甲を峻が右脚の踵で踏み潰した。

 

「がぁぁぁぁ!」

 

 峻のCz75が倒れている男の頭に照準される。男はギリギリで銃口が自分の頭部に向かっていることが見えているだろう。峻から見える片方の目にありありと恐怖が浮かぶ。

 

「なんでだ……俺たちだって生きてくためにはこうするしかないんだよ! 好き好んでこんなことやってるわけじゃねえんだ! でもこうでもしなくちゃ死ぬしかねえんだよ!」

 

「なら初めからこうなる覚悟くらいしとけ」

 

 タン! と銃声が鳴った。Cz75から撃ち出されたパラベラム弾が男のこめかみを撃ち抜き、紅の花を散らした。

 

「生きてくためには、か……」

 

 まだ硝煙が立ち上るCz75を峻はじっと見つめた。これで人を殺したのはずいぶんと久しぶりだった。

 見渡せば蹂躙した痕跡。だがそれらに対して何か感慨めいたものは何も沸き起こらなかった。

 化け物。その言葉に乾いた笑いが口元から漏れる。

 

「正解、かもな」

 

 返り血をもろに被った顔を拭う。鉄臭い味が気持ち悪くて唾を吐いた。

 もう生きているのは峻と目隠しをされたリリイしかいない。

 

「いいか、向こうへとにかく歩け」

 

 それだけ言うとリリイをごみ捨て場の方向に体の向きを調整して歩かせてやる。誰なのかわからないようだが、言われたままにリリイは歩き始めた。このまま歩かせておけばいずれ誰かが拾うだろう。

 別に助ける義理なんてない。ただ、見殺しにする理由もない。本当になんとなくだった。

 

 べったりとナイフに付着した血液と脂肪を死んだ男の服で拭った。綺麗に拭えたことを確認してから鞘に戻す。Cz75にもセーフティをかけてからショルダーホルスターに収めた。

 

 どこへ行くかまた探さなくてはいけなくなった。頭の中で地図を展開しながら歩き始める。その顔からは一切の感情が抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガタゴトと車が揺れる。ずいぶんな悪路だと思い、叢雲は顔をしかめた。

 

「もう間もなくです」

 

「そう」

 

「しかしよろしいのですか? 持っていくものがそれのみで」

 

 ミラー越しに運転手が叢雲の抱えているものをちらりと見た。

 叢雲が抱えているもの。それは救急箱だった。

 

「いいのよ。きっとこれが必要になるはずだから」

 

「そうですか。差し出がましい口を利きました」

 

「構わないわ」

 

 運転手の詫びを叢雲はするりと躱した。本当なら銃など武器を持つところを救急箱なんてものを持っていたので変に思われたのだろう。

 怪我をしていないわけがない。だから持ってきた。叢雲としてはそれだけのつもりだ。

 

「着きました」

 

「ありがとう。しばらくここで待機を」

 

「了解です」

 

 車から叢雲がひらりと降りた。どうやらここから少し行ったところで件の爆発音が観測されたらしい。すぐに来たとはいえある程度の時間は経ってしまっている。なんとかして足取りだけでも掴んで、すぐに追いかけたかった。

 

「こっちね」

 

 少し離れたところに止めてもらったので、いくらかは歩く必要がある。ダイレクトに横付けしてもらわなかったのは下手に他の妨害が入るかもしれないことを考慮した上だった。

 叢雲は決まった方向に向かって歩き続けた。ポイントは事前にもらったデータによって常にホロウィンドウにマーキングされているために迷うことはない。

 歩くこと15分ほど。ようやく見つけたその場所はわずかな時間とはいえ、叢雲の呼吸を忘れさせるには十分すぎる光景だった。

 

「なによ、これ……」

 

 そこには無惨に8つの死体が転がっていた。焼け焦げたり、喉元や胸が深く抉られていたり、頭部を銃弾が貫通していたりと損傷は様々だが、どれも共通して死んでいた。

 目の前の光景が峻によって引き起こされたことだと叢雲は信じたくなかった。だがその中の一つが叢雲の目を引いた。

 

「右目を撃ち抜かれて頭部を貫通してるわね……」

 

 この殺し方は見覚えがある。たった1度だけ峻が叢雲の目の前で人を殺した時の殺し方だ。

 確かに峻はヨーロッパでテロリストから襲撃されて2人のテロリストに裏路地へ追い詰められたとき、片方は喉元を切り裂き、もう片方は目から貫通させて殺していた。

 目を貫通させたのはおそらく確実に絶命させるためだろう。喉元を切り裂くのは言わずもがなだ。そして喉元を切り裂かれた死体も転がっていた。

 

 軽く死体に触った。ほぼ全身が冷たい。死後、3時間以上は経過している。だが血液が表面だけ固まって奥までしっかりと固まっていない。

 

「まだそこまで遠くには行ってないはず」

 

 車へ戻りながらホロウィンドウをタップして拡大。おおよそここで殺しがあってから経ったであろう時間を推定し、移動範囲を絞りこむ。

 こんなことは艦娘の仕事ではない。だが旗艦として艦隊を率いていた時に敵艦隊の航行速度から行動予測をつけたことは何度もある。つまりはそれの応用だ。今までは深海棲艦でやっていたものを人でやるだけ。

 

 中心点をさっきの殺害現場に。そこからぐるりと円を描くようにホロウィンドウのマップに書き込みを入れる。

 具体的なデータは出揃った。あとはどれだけ叢雲自身が峻の思考をトレースして読めるか。その一点にかかっている。

 

「お戻りですか」

 

「……次はここまで行ってくれるかしら?」

 

「お任せください」

 

車が小さなアイドリング音を立てながら進む。後部座席で叢雲は難しい顔をしながらじっとホロウィンドウのマップを睨んでいた。

 

 私はあいつじゃない。だからあいつが考えていることすべて分かるわけじゃないし、行動を完全に読むこともできない。

 

 でも、最も長く秘書艦を務めあげたのは私だ。

 

 わからなくとも、そして読めなくても大まかに予測がつけられればいい。あとは予測の中から可能性の高い選択肢を取れば自ずと当たるはずだ。

 そして確信はなくとも叢雲は当てる自信があった。根拠のない自信ではある。だが一緒に逃走したせいか、なんとなくではあるが峻が好んで選ぶ場所がわかるような気がしたのだ。

 車は走る。荒れた道をただひたすらに。人の手が入らないというのとそもそも住む人が減ったので土地が荒れたという理由が大きいのだろうか。

 ともかく走り続けて10分ほど経ったころだろうか。車が減速していき、目立たない端に寄せて止まった。

 

「ここでよろしいでしょうか」

 

「ええ。私は行くからここで待機を」

 

「了解しました」

 

 叢雲が目をつけたのは小さな廃ビルだ。周りが駐車場になっていたらしく視界が開けている。おそらくは日照権の関係でこういった構造になったのだろう。ともかくここなら見張りも容易だ。

 

「あいつは見張りやすい場所に陣取る傾向があった。時間的にはここにいてもおかしくないはず」

 

 そもそも忘れているかもしれないが、峻は退院を許されているとはいえ完治したわけではないのだ。移動に車などの足を用意させていたのも峻が負担を軽減させるためという側面もあった。

 すぐにその場を離れなくてはいけないとはいえ怪我のこともある。徒歩でいける場所であり、なおかつ手頃な休める場所として叢雲が目をつけたのがここだった。

 

 こつ、と駐車場に足を踏み入れた。ここにいるのならば気づいたはずだ。そして気づいたのならばきっとアクションを起こす。叢雲はビルを徹底的に捜索することくらいは予想して然るべきことだからだ。

 真っ先に思いつくのは逃走だ。会わずに逃げる。これが最も合理的だろう。だから先にその手は封じる。

 

 駐車場に入ってから叢雲はわざとゆっくり歩いていた。けれど急に走り出して一気にビルの裏手に回り込む。

 

「やっぱり」

 

 人影が裏ではビルから立ち去ろうとしていたところだった。間違いなく峻だ。叢雲を切り離そうとしていたのならば絶対に接触を避けようとするはず。ならば叢雲の姿を見た瞬間に気取られないように逃げるだろうと叢雲は思った。その勘は的中したのだった。

 

「なんでお前がここにいる」

 

「東雲中将からあんたに伝言よ。すべてを知った。協力しろ」

 

「……話が読めないな」

 

 言いたい事はいくらでもある。だがそれより前に叢雲はポケットから探り出したチップ型の記憶媒体を弾いて投げた。こともなげに峻がそれを右手で掴む。

 

「これは?」

 

「東雲中将からのメッセージよ。それを見せろ。これが私の任務なのよ。確認が取れるまではあんたにつきまとい続けるわよ」

 

「ちっ。あの野郎……」

 

 峻がジャックに配線を差し込んで記憶媒体と接続した。反応と呼べるようなものはわずかに眉をひそめたのみ。叢雲はただ峻が見終わるまで待ち続けた。

 

「……マサキに伝えろ。てめぇの望みどおりにしてやるってな」

 

「待ちなさいよ!」

 

 それだけ言うと立ち去ろうとする峻を叢雲が引き止める。聞きたいことがあった。それを聞くために東雲と取り引きをしたというのにここでみすみすチャンスを逃すわけにはいかない。

 

「あんたは何で……」

 

 だが叢雲は最後まで言えなかった。峻がその場から飛び退いて、乾いた火薬の音が叢雲の言葉を遮ったからだ。

 

「ちぇ。やっぱり避けるかぁー」

 

 硝煙が立ち上る拳銃を右手に握った人影が離れたところにあるビルの柱の影からゆらりと現れた。その()は薄っぺらな笑みを張り付け、目を血走らせていた。

 

「はーい、お久しぶり。殺しに来たよ、テロリスト」

 

 常盤美姫が持つ拳銃の銃口が峻の頭へ向けられた。




こんにちは、プレリュードです!

何話ぶりかにあの女が再登場です。まあ、さすがに忘れられてるってことはないと思いたいですね。帆波VS常盤の対戦カードが組まれました。どうなることやら。

感想、評価などお待ちしてます。それでは!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。