艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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Opus-17 『Temper point』

 

「冗談、であってほしかったな」

 

 苦り切った顔で東雲が言った。その手に握られているのはいくつもの紙束だ。電子データで管理しないのは万が一のことを考えてだ。

 

「叢雲ちゃんの言っていた廃工場を調査した結果、床に広範囲のルミノール反応か」

 

 調査班によると、広がっていた血液量はかなりのものだったと推測されるらしい。失血死するほどの血液量ではなかったらしいが、深手を負っていたであろうことは確実とのことだ。

 

「そしてDNA鑑定の結果、叢雲ちゃんの髪と床にぶちまけられていた血液のDNAは97,4%の確率で一致。ほぼ確実に同一人物と判定される……か」

 

 流血量から、怪我をした人物はかなりひどい怪我をしていたはず。それこそ病院に搬送するなり、高速修復材を使用するなりしなければいけなかっただろう。だが叢雲は最近に大きな怪我をしたような記録はない。仮に記録で残していなかったのだとしても、大怪我をしていれば隠し通すことは不可能だ。

 

 つまり以上のデータからもう1人、叢雲とまったく同じDNAを持った少女が存在していた。そしてまったく同じDNAを持つ人間が存在することは原理的にありえない。

 

 つまり艦娘はクローンである。それが証明されてしまった。

 

「バイオロイド……まったく洒落にもなんねえ」

 

 クローンを戦闘用に調整したバイオロイド。それが艦娘だ。東雲としては嘘だと言ってほしかった。だが否定をしようにもクローンだという証拠が完全に出揃ってしまっている。

 おそらくクローンであるのなら、成長速度も調整しているのだろう。

 

 けれど今はそんなことはどうだっていい。とにかく峻はこの事実を知ってしまった。そして口封じとして追われているのだろう。そう考えると東雲はまんまと踊らされていたわけだ。

 

「叢雲ちゃんを呼ぶか」

 

 なんにせよ、情報を提供した叢雲と接触しなくては始まらない。他にもあの場では告げなかったこともあるはずだ。その情報をもらってから行動に移したいと東雲は考えていた。この件はかなり危ない。石橋を叩いて渡るくらいの姿勢がちょうどいいくらいだ。

 

『俺だ。叢雲を執務室に呼んでくれるか』

 

『はっ。しばしお待ちを』

 

 これですぐに叢雲は東雲の元に来るはずだ。本人が呼べばすぐに来ると言っていたので、間違いはないはず。眉根をひそめながら東雲は待ち続けた。

 果たして叢雲は来た。両脇を海兵に固められた状態で、執務室に現れたのだった。東雲が身振りだけで下がるように言うと、海兵は一礼だけすると退室して行った。

 

「聞かせてくれるかしら。東雲中将、あなたはどうするのか」

 

「中将という地位を考えるなら何も聞かなかったことにして叢雲ちゃんを秘密保護のために解体と言う名の口封じをかけるのがベストなんだろうな」

 

 こういう答えが返ってくることも予想していたのだろう。叢雲は特に表情を変えず、身じろぎの一つすらしない。そういう肝の座り方は誰に似たのだろうかと東雲は考えずにはいられなかった。

 

「解体処分、ね……」

 

「立場を考えるならな。だがそうするつもりはねえ」

 

「じゃあどうするつもり?」

 

 試すように叢雲が東雲に視線を注ぐ。東雲の采配一つで生死が決まるかもしれないというのに、本当に度胸がある。

 

「その前に、だ。まだ言ってない情報があるんだろ?」

「そんなのほとんどないわよ。どうやら人工的な記憶の定着法が存在するらしいってことくらいかしらね。戦闘技術も同じ方法で定着させてる可能性もあるわ」

 

「人工的な……」

 

 つまりクローニング技術を用いて艦娘を製造。そして製造した個体に艦の記憶と戦闘技術を植え付けているのだろう。

 どうして艦の記憶を定着させる必要があるのかはわからない。だが無意味ではないのだろう。無意味ならやる必要性がない。きっとなにか理由があるのだ。

 

「東雲中将、あなたはどうするつもり?」

 

「どうするつもり、か……」

 

 答えはもう出ていた。東雲は叢雲の言っていたことの証拠が出揃った時点で覚悟はできていたのだから。

 現行の艦娘システムをすぐに変えることはできない。代替のシステムが存在しない以上は変えようがないのだ。だが放っておいたとしても変わることはないだろう。そして東雲には限界が見えていた。

 このシステムは変えなくてはいけない。今の体制に縋ったままではいずれ崩壊を迎えることは火を見るより明らかだ。

 

「掌握してから時間をかけて変えてく。これしか方法はない」

 

「ずいぶんと大胆なこと考えるのね」

 

「こうでもしなけりゃ変えられん。で、協力することの引き換えとして提示していた叢雲ちゃんの要求はシュンと顔を合わせて会話することだったな?」

 

「正確には真意を問いただしたい、よ」

 

 叢雲が訂正をかける。細かいことだとは思ったが、本人にとっては大事なことなんだろう。深く理由を聞く理由もなければ、話すと問いただすの違いも大してないため、東雲は触れることを控えた。

 

「そんなことはどうだっていいのよ。掌握するって言ったってそう簡単にはいかないわよ。海軍は今の体制で問題なく動いているように見える。時間をかけて掌握しているんじゃ間に合わないかもしれないんでしょ。なら情報戦に持ち込んで引きずり下ろすのはあてにできない」

 

「なら残る手段は一つだ」

 

 時間をかけることはできない。かけるべき時間はその後にシステムを模索する期間に使わなくてはいけない。

 

「具体策としてなにをするつもりよ?」

 

「完全なプランが立ってない。大まかなものしかな。だがシュンを利用させてもらうつもりだ。あいつが動いてくれるかどうかで俺のプランも変わってくる」

 

「どういうこと?」

「おいおい説明するさ。叢雲ちゃん、シュンと接触するなら言付けをしてくれ」

 

「言付け? そもそもあいつがどこにいるのかわからないのに?」

 

 峻は現在、逃走中だ。しかも憲兵隊と横須賀海兵隊を撒いてからの足跡は消えてしまっている。憲兵隊が一時的に弱体化しているという理由も相まって追跡が難しくなっているのだ。

 

 だから叢雲は峻に言付けをする以前に捜索して発見するところから始めなくてはいけない。そう叢雲自身は思いこんでいた。

 

「安心しろ。だいたいの場所は絞り込めてる」

 

「絞り込みができてる? 私に情報が降りてくるとは思ってないけど、それにしてもわかってるなら行動が遅くない?」

 

「まだ入ったばかりの情報だからな。つい先ほどだがな、東京都郊外で爆発があった。爆発の規模、音などの類を調べた結果、憲兵隊の車両から峻が盗んだ手榴弾である可能性が高い」

 

「あいつが爆発物を使った……」

 

「憲兵隊が東京都郊外で作戦展開なんてしてない。おそらく、いやほぼ確実に使ったのはシュンだ」

 

「……状況は?」

 

「詳しくはまだなんとも言えん。だがまだ周辺にいる可能性は高い。それに叢雲ちゃんは秘書艦だった。あいつの思考パターンは読みやすいだろう? 車は付ける。だからあいつを追え。捜査権はこっちで押さえる」

 

「……了解。ポイントを教えて」

 

 叢雲と東雲の共同戦線。互いの目的は違えども、協力することにメリットがある。

叢雲は峻に問いただすために接触する必要がある。そして逃走中の峻を見つけるためには東雲の情報をもらうことができる。

 東雲は今の体制を知っていながら無視する事は出来ない。そして叢雲はそれらの情報を提供することができ、その上で東雲の描くプランを実行するために必要なピースである峻とのラインを構築することができる。

 

 叢雲が背を向けて部屋から出ていく。東雲は頭の中でソロバンを弾き始めた。

 ゆっくりと、だが確かに水面下で様々なものが動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呼ばれる声がしたので峻は反射的に飛び起きた。声は家の外から聞こえてくる。

家、なんて銘打ってはみたがその実態はごみ捨て場にあったもので雨風を凌げる体裁だけ整えたものだ。だから家というのは少しばかり無理がある。

 

「俺、だよな」

 

 寝起きの頭が一瞬でクリアになると、すぐに回転を始める。いつでも抜けるようにショルダーホルスターのCz75のセーフティを解除して、そろりそろりと入口に近づく。入口の死角へ入り込んでから改めて声に意識を傾ける。どうやら入る許可を求めているらしい。

 

「どうぞ」

 

「失礼するよ」

 

「ああ、ジイさんか」

 

 長老の後ろに峻の追手が付いてきていないことを確認してからようやく懐にいれていた左手の力を抜いた。まだ何が起きるかわからないため、左手は懐に差し込んだままにするがトリガーにかけていた人差し指は外す。

 

「いきなりすまないね」

 

「なにかあったのか? 俺が生きてるか確認しにくるなんてことはないだろう?」

 

「リリイを見ていないかな?」

 

「リリイ? どうして?」

 

「今朝から姿を見なくてな。いつもなら朝になったらあいさつに来るはずなのに今日だけ一向に姿を見せん。あの子は君に懐いていたからここにいるのではと思ったが……」

 

「じゃあ残念ながら見当違いだったみたいだな。ここには来てない」

 

 確かにこのスラムで身を隠している間に峻は何度かリリイに話しかけられたりはしている。だがそこまで深く関わろうと思ったことはない。家に招くなどしているはずもないのに、リリイがここに来ることができるはずがなかった。

 

「そうか。来たら教えて欲しい」

 

「頭の片隅に留めとくよ」

 

 用件はそれだけだったらしい。長老は峻の仮設小屋からさっさと出ていった。リリイと名付けられた少女を探しに行くのだろう。リリイは長老の娘のような立ち位置だったせいで心配しているのかもしれない。

 けれど峻が探してやる義理はない。関わりと言っても飴玉をあげたくらいだ。

 

「…………嫌な感じだ」

 

 顔をしかめながら峻がつぶやく。

 今まではずっといた子供が急にいなくなった。子供だからと言ってしまえばそれまでだが、いきなり消えたというのが引っかかる。長老がこんなところまで探しに来たということは心当たりのあるところにはいなかったのだろう。

 

 そろそろ立ち退き時かもしれない。安全圏と鷹をくくって、気づけば詰めろまで追い込まれていましたでは洒落にならない。

 

 峻が手早く荷物を纏めにかかる。くるりと寝袋を巻いて小さくすると、すべての荷物を小型のバックに詰め込んだ。

 そこそこがんばって建てたこの仮設小屋ともお別れだ。

 

「どのみちしばらく同じ場所に留まりすぎた」

 

 少しだけドアの代わりをしているブルーシートを押して隙間を開ける。その隙間からこっそりと周囲を伺った。

 銃口が物陰に煌めいたりしているようなことはない。かと言ってこちらの動向を見張るような気配も感じられない。

 

 引き上げ時だ。

 

 何食わぬ顔で荷物だけを持つとごみ捨て場に建てられた小屋のような家の間をすり抜けるように進む。次の行くあてはない。そもそも次にやろうとしていることだって決まるどころか、何をしたらいいかわからないくらいなのだ。

 

 なんとも形容し難い虚無感が峻の中でじわじわとそのテリトリーを広げていた。

もう叢雲をかばい続ける必要はない。あとは東雲に任せておけばうまく運んでくれる。

唯一あるのは死んではいけないという叢雲に突きつけられた言葉だけ。今の峻の目的なんてせいぜいが捕まるこなく逃げ続けるというあまりにも漠然としすぎたものだけだった。

 周りに気を配りながら歩いて最短コースでスラム街のような様相のエリアを抜ける。そのままごみ捨て場から離れるように歩いていて、ふと峻は足を止めた。

 

「足跡……?」

 

 一つはとても小さいもの。あとは大人くらいのサイズが小さい足跡を囲うようにして、いくつも残っていた。

 何が起きているのか瞬時に導き出せてしまったことを後悔した方がよかったのかもしれない。導き出せてしまわなければすぐにその場から立ち去れた。

 

 一度、深呼吸。あくまでもまだ仮説の範疇だ。確認しなければ確定はしない。

 

 もちろん、峻が確認しに行く必要はない。どころか悪手ですらある。それでも感情が理性を上回った。

 足跡を追いかけていく。既に頭は回らなくなり始めていた。手は懐に潜り込み、しっかりとCz75を握りしめる。

 冷静な判断なんてできない。ただ確認しなければという思考しかない。広い視野なんてもうなくなってしまった。

 

 だから最悪の事態を選びとってしまう。

 

 足跡を追いかけた先にはリリイがいた。

 

 手枷と猿轡を嵌められて、目も隠された状態で歩かされていた。

 

 その周囲にはニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる男たちがぐるりと取り囲んでいた。

 

「おい、お前ら」

 

「なんだ? ていうかお前は?」

 

「その子、どうするつもりだ?」

 

「なんでてめぇに教えてやらなきゃいけないんだ」

 

「いいから言え。別にしょっぴいたりしねえよ。そんな権利もないからな」

 

 懐に入れている手を強調する。向こうも不必要にことを荒らげたくなかったのか不満そうな顔ではあるものの、ゆっくりと口を開き始めた。

 

「ガキはいい金になるんだよ。特にこういうとこのガキは戸籍もしっかりしてない場合が多いからな。拐っても気にするやつはいねえし」

 

「俺たちはそれの仲介だ。この様子だとこのガキは慰みものってとこか。なかなかいい顔だしな」

 

「それ以外ならモルモットか」

 

「まあ、あとは兵士にもできるっすよね」

 

「このぐらいの年齢は洗脳して投薬すりゃあ結構やれるようになるからな」

 

 ハハハ、と男たちが笑う。その中で目も隠されたリリイがよくわからなさそうにちょこんと首をかしげていた。

 対照的に峻の頭は一瞬でヒートアップし、直後に冷めた。そして冷めたその瞬間、峻の手が霞むように動くとCz75から飛び出した銃弾が最も峻から近くにいた男の右目に突き刺さり、そのまま頭部を貫通。銃弾が刺さった箇所から勢いよく血が吹き出て、どっと後ろへ倒れ込んだ。

 

「なっ!」

 

「てめぇ、何を!」

 

「殺されてえのか!」

 

 口々に男たちが喚く。その様子をひたすら無感情に峻は見つめていたが、おもむろに顔を上げた。

 

「ああ、わかった。もうしゃべらなくていい」

 

 どこまでもフラットな峻の声にぞわりと男たちの肌が粟立つ。

 

「し、しょっぴかねえって……」

 

「ああ、しょっぴいたりはしねえよ」

 

 Cz75とコンバットナイフがそれぞれ峻の手に握られた。ゆらゆらと左右に揺れながら迫る峻に危機感を覚えたのか男たちが拳銃を抜いた。

 

「動くな。わかってんだろうな? こっちは7人だ。そっちは1人。どうあってもてめぇに勝ち目なんかねえんだ」

 

 半月形に峻が取り囲まれる。それぞれの銃口が峻に向けられているが、峻は動揺する様子を欠片も見せるどころか全員をちらりと一瞥しただけだ。

 

「うるせえ」

 

「なん……」

 

「うるせえって言ったんだ。もう、黙れ」

 

 さっきまでややこしいことを考えていた頭はクリアになった。上った血流は激しく脈打っていたが、今は一律のリズムを刻み続けるだけになり、呼吸も落ち着いていた。

 

 ──殺せ

 

 言われなくともそうするさ。

 

 叢雲は東雲へ間接的に託した。もう、ここで殺しをしたとしても叢雲に影響はない。叢雲の身柄は峻ではなく、東雲が預かっているのだから。

 

 つまり止めるものも、止まる理由もなくなった。

 

 かつてないほど冷えきった思考の中で考えることは一つ。

 どうやって全員を屠るかどうか。

 

 そんな殺しの道筋ばかり考えている中でぼんやりと峻は思った。

 

 昔となにも変わらないじゃないか。結局のところ俺は……

 

「なんなんだよ……てめぇ、なんなんだよ!」

 

 ただの人殺しだ。





こんにちは、プレリュードです。
噛ませ展開はやらないと誓っておきながらやる愚か者ですがご勘弁をば。まーなんと言いますかそれぞれ好き勝手に暴れてますね。
ですが、これで東雲は明確に行動することを決めました。叢雲がもたらしたものは大きかったということもあるでしょう。
それぞれが自ら狂いながらそれでも進むしかない。さあ、だれのシナリオが成功するのでしょう?

感想、評価などお待ちしてます。それでは!

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