艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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Opus-14 『Report point』

 

「長月、どうだい?」

 

 

「だめだ。完全に帆波峻(もくひょう)を見失った」

 

 

「そっか。まあ、東雲の海兵隊から逃げ果せてから姿を隠さずにいるわけがないね」

 

 

 若狭がなんでもない風にさらりと言った。東雲の作戦が失敗したと聞いても特に表情を変えることはなかった。

 

 

「なあ、若狭は逃げることがわかっていたんじゃないのか?」

 

 

「そんなことはないさ。東雲はあれだけの数を投入したんだ。捕まってもおかしくないと思うよ」

 

 

「……言い方を変える。若狭は帆波峻が逃げることを望んでいたんじゃないか?」

 

 

「どうして?」

 

 

「要請が来ていたのに東雲中将の作戦に参加してないだろう」

 

 

「それは答えに直結しないよ。僕には戦闘技術がないから参加しても役立たずさ」

 

 

 これの腕も平均だよ、と若狭が右手の人差し指と親指以外を曲げてピストルの形にする。だが長月の言っていることはそうではなかった。

 

 

「情報整理だって戦力だ。周囲の状況把握能力なら若狭は十二分に出来るだろう。それなのに役立たずとは言わせるつもりはないぞ」

 

 

「だとしても僕が東雲の指揮下に入ることはないよ。本部と横須賀じゃ、命令系統が違いすぎる」

 

 

「外部オブザーバーとしての出向という形にすれば、かなり横車を押すようにはなるが不可能ではないだろう」

 

 

「そうかもね。まさか長月は帆波が逃げることを僕が望んでいるというつもりかい?」

 

 

「行動が積極的でないことは否定できないだろう?」

 

 

 せいぜいがこうして街頭カメラの映像を整理するだけでは大して貢献しているとはとても言えない。どころかまったく協力する気がないと責められても言い逃れは難しいだろう。

 

 

「常盤中佐は邪魔だったのか?」

 

 

「さあ? でも左遷されたからにはそう判断されたんじゃないかな」

 

 

「そうだろうな。そうでなければ一般人の被害なんて誇張した表現をしてまで左遷させたりはしない」

 

 

 寄せられたのはクレームであって、被害までは出ていなかった。被害と言っても銃声に驚いて転んだ老人くらいのものだ。その調べを長月は既につけていた。

 だからこそ違和感が生じた。そこまでやるものなのか、と。常盤という人間をわざわざ摘発しなくても問題ないと考えておかしくないレベルのことで左遷までもっていくことができるのだろうか。

 

 

「で、それだけかい?」

 

 

「それだけだ。今は、まだ」

 

 

 何も映していないような若狭の瞳をしっかりと長月が見返す。若狭が機械的な笑みを漏らした。

 

 

「いいよ。長月はやることやってくれてるしね。好きにすればいいさ」

 

 

「そうさせてもらう」

 

 

 丁寧に椅子を引いて立ち上がると、きちんと長月は椅子を元に戻した。スカートについたシワをのばしてから腰まで伸びた長い髪を揺らして部屋のドアノブに手をかける。

 

 

「『背中を刺す刃たれ』だったな」

 

 

「うん、そう言ったよ」

 

 

 若狭が長月に対して昔に言った言葉だ。どういう解釈が正しいのか若狭は長月に言うことはなかった。だから長月は自己流に解釈していた。

 

 

「私をなまくら(、、、、)と侮るなよ」

 

 

「……楽しみだね」

 

 

 扉の閉まる音。続いて廊下をローファーが叩く音が。徐々に遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。

 

 

「本当に楽しみだよ。長月が僕をどうするのか」

 

 

 椅子の背にかけてあった上着を掴むと、長月にならって椅子を丁寧に戻した。どこか笑っているような顔で部屋を出ると、誰もいない廊下を進む。防諜部ビルから出ると普段から使っている駐車場を素通りし、しばらく歩いたところにある個人所有の駐車場に停めてある車に乗り込んだ。

 キーシリンダーに鍵を入れて回すとアクセルを踏み込んで車を進める。目指すところは対して遠い訳ではない。

 

 

 海軍本部の地下駐車場に乗り入れようとすると、警備員が止めようとするが、パスを見せるとあっさりと警戒をといて中に入るように指示された。

 

 

 事前に連絡されていた通りの道順に従って海軍本部内にある通路を若狭が歩いていく。ずいぶんと長く曲がりくねった通路を歩いてようやく見つけたドアを合計5回、決められたテンポの通りに叩く。

 

 

「入りたまえ」

 

 

「失礼します」

 

 

 重々しい扉を押して中に入る。同時に視界の右端にオフラインになったことを示すホロウィンドウが開いた。この部屋が電波暗室であることはとうに承知の上なので特に気にすることなくウィンドウが自然消滅するに任せた。

 

 

「やあ、若狭中佐」

 

 

「どうも、陸山大将元帥どの」

 

 

 陸山元帥を始めにした4人の海軍大将が椅子に腰掛けたまま、若狭に視線を注いだ。若狭が背筋を正してそれらの視線を受け止める。

 

 

「この度は常盤の左遷にご協力いただきありがとうございました」

 

 

「かまわんよ。きみが必要と判断したのだろう?」

 

 

 疑問文で終わらせたのは説明しろということだろう。最初からそうなることを予想していたので問題はない。

 

 

「常盤美姫は不確定因子になり得ます。今後のことを考えるのならば、憲兵隊を自由にできる地位に置いておくことは得策でないと自分は考えます」

 

 

「『かごのめ計画』を揺るがしかねないほどの人物だと?」

 

 

「率直に言わせていただくならば。可能性として絶対にないと言えない以上は取り除くべきかと」

 

 

「しかし少しばかり強引すぎではなかったかね。そこから疑われることは考えなかったのか?」

 

 

「すべて事実に基づいていることです。問題はないでしょう」

 

 

 若狭は別に捏造などしていない。情報漏洩も越権行為もすべて常盤自身がやったことだ。若狭はそれを少し誇張して利用した。それだけだ。

 

 

「だがこれで憲兵隊の動きが鈍るだろう。帆波峻の確保に手間取るのでは?」

 

 

「それでもまだ横須賀が動いています。捜索の手としては十分でしょう。メディア関連にはいつでも介入できる手筈でしたね?」

 

 

「ああ」

 

 

「ならばおそらく大丈夫でしょう。あそこから漏れることはほぼありえないはずです。帆波峻はこのまま横須賀に相手をさせておいて、『かごのめ計画』の維持に努めるべきです」

 

 

 憲兵隊もしばらくは動けなくとも、司令部が再び据え置かれれば捜査体制を敷き直すだろう。あくまで捜索の手は一時的に緩むだけで、すぐに戻るのならば構わないのだ。そしてその緩んだ間を横須賀が埋める。これで時間は稼げる。

 

 

「ではあの駆逐艦はどうするつもりだ?」

 

 

「馬問大将どの、それこそ放置して構わないでしょう。叢雲は人質にされたのみです。情報を握っているとは思えません。また、帆波峻がそれを教えた可能性も皆無でしょう」

 

 

「万が一、何か知っていたらどうするつもりだ?」

 

 

「では逆にお聞きしますがどこで知るのです? 帆波峻から知ることはできない。それならばそれ以外に『かごのめ計画』を知る術は叢雲にないでしょう。知っていた場合も、論拠のないことを信じる人間がいるとは思えません」

 

 

「だが……」

 

 

「馬問大将、よい。この件は若狭中佐に一任したのだ。我々は助力が必要なものであると判断したのならば要請に応える。それでいいだろう」

 

 

「ありがとうございます、陸山大将元帥」

 

 

「それでは次に移ろう。各地の状況は?」

 

 

「それは自分からやらせていただきます」

 

 

 粛々とひとりの大将が名乗り出た。電子データが一般化しつつあるこの時代にそぐわない紙のデータがその大将の手から配られる。当然のように若狭のところにも回ってきたことにわずかな驚きを覚えながらも、若狭は一礼してそれを受け取った。

 

 

「世界全体を通して、深海棲艦は依然として進化を続けているようです。事実、最近では艦娘の被撃沈数がまた少しずつ増加していく傾向にあります」

 

 

「またか。いや、やつらが進化するものだということはとうにわかっていた話だ。いまさらもう何も言うまい」

 

 

「はい。ですから自分は今一度、艦娘のアップデートを検討した方がよいと考えます」

 

 

「具体的には?」

 

 

「戦闘技術の向上ですね。まだ全艦娘に適応させていない戦闘データパッチがあったはずです。新規で作っていく艦娘に少しずつですが、パッチを植え付けていき、最終的に艦娘全体のアップデートを実行することがよいかと考えます」

 

 

「ふむ、ありがとう。どのていどまで強化するかはこれから話し合っていこう。ずっと立っていては疲れるだろう。座ってくれ」

 

 

「わかりました」

 

 

 さきほどまで説明していた大将がゆったりとした椅子に座った。全員が目を落としていた紙媒体から視線をあげて、ねぎらうようにその大将を迎えた。

 

 

「そして若狭中佐、きみも席につきたまえ。我らは同じ『かごのめ計画』を遂行していく志を共にした者なのだから」

 

 

「ですが……」

 

 

 若狭は躊躇った。ここにいるのは大将と元帥。その中でたったひとり、若狭だけ中佐なのだ。それが同じ席につくことはあまり褒められた行為ではないだろう。事実、だから若狭はさっきから立ったまま言葉を交わしていたのだ。

 

 

「きみの貢献には感謝している。相模原の件だけではなく、横須賀の力を削ぐことでパワーバランスの維持にも努めてくれた。この末席に座る資格はある。そしてこれは皆の総意でもある」

 

 

 陸山が唯一、誰も座らずに空席となっていた椅子を示す。この席は若狭のために用意されたものなのだろう。

 

 

「……よろしいのですか?」

 

 

 きらびやかな飾り紐などで彩られた軍服を着た5人の大将と元帥がうなづく。それに背中を押されたように若狭はゆっくりと歩を進めて椅子を引き、柔らかいクッションに腰を下ろした。

 

 

「ようこそ、『うしろのしょうめん』へ。我々は若狭陽太中佐を歓迎する」

 

 

 柔らかい拍手。若狭は名を連ねるに値すると評価されたのだ。頭を下げることによってその賛辞を若狭は受け止めた。

 

 

「では会議を始めようか。世界平和のため、傾きかけたシーソーを水平にする会議を」

 

 

 深海棲艦と艦娘の、いや世界のバランスを調整するために必要な艦娘のアップデート。それがこの会議の目的だった。

 

 

「現状のレベルからあげることは確定として、どの艦種にどこまで適応させるかだな」

 

 

「やはり初めは駆逐艦からが妥当なのでは? 徐々に軽巡へと適応させてゆき、最終的には全艦娘にというこれまで通りのやり方がベストでしょう」

 

 

「1度、無理なアップデートをしてしまった過失もあることだ。慎重にいきたいところでもある」

 

 

「あれは会議で全員が同意した上でのことです。陸山大将どののみの責任ではありませんよ」

 

 

「ありがとう、馬問大将。さて、続けようか」

 

 

 会議はつつがなく進む。喧々諤々というわけではなく、だが方針を定めるための議論は欠かさずに。全員に満遍なく意見を求め、それらを聞いた上で最良と思われる案を探っていく。

 そしてどれだけ時間が経ったか、結論は出たのだった。

 

 

「本日はここまでにしよう。また次回の会議に」

 

 

「では」

 

 

 こうしてまた世界は水平を保つ。そうなるようにバランスを調整されたシーソーは均衡を示していく。そうなるようにと整えられた箱庭は平穏な日々を映し出す。

 がたがたとやかましい音を立てることなく、なめらかに椅子が引かれると会議に参加していた大将たちが部屋から出ていった。流れに逆らうことなく若狭も部屋を出る。直後に視界の右端にオンラインになったことを告げるホロウィンドウがポップ。

 

 

 上官、それも海軍においてトップとそのすぐ下にいる人間と話すのは想像以上に気疲れがするものなのだと若狭は身をもって実感していた。いますぐ熱い風呂にでも入りたい気分だ。

 

 

「若狭中佐」

 

 

「はい」

 

 

 廊下に出てすぐ陸山に呼び止められて若狭は振り返った。

 

 

「今後も君の働きに期待する」

 

 

「わかりました。お任せを」

 

 

「階級についてだが、おいおい上げていこう。急に将官にまで上げると疑われやすいからな」

 

 

「ありがとうございます。ですが私は参加させていただいたことだけで十分に感謝しております。これ以上は……」

 

 

「なに、気にするな。君も我らの同志となったのだ。階級もせめて将官くらいにはしなければ不平等だ」

 

 

「……では受けさせていただきます」

 

 

 若狭が深々と頭を下げる。大したことではないとでも言うように陸山が手を振って謝辞を受け流した。

 

 

「では、私はこれで失礼する」

 

 

 陸山は既に60歳は越えている。そのせいか、ゆっくりとした足取りで陸山が立ち去っていく。その後ろ姿を若狭は最後まで見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローファーが足音を立てる。思考の邪魔だ。長月はかつかつと鳴る音を頭から排除した。

 

 

「若狭は何を企んでいる……? 何が狙いなんだ……?」

 

 

 ただ考えただけでは何かが見えてくる様子はない。ヒントのかけらも見当たらない状況ではひらめきも来ない。

 

 

 ならばヒントを見つけ出せばいい。そして若狭の行動にヒントを探す手がかりは眠っているはずだ。

 

 

 必要ではない行動はするわけがない。つまり若狭の行動にはすべて意味がある。それだけはわからないことだらけの中で確実だ。

 

 

「となれば、若狭自身が上からの命令など関係なしで積極的に行動したものを調べるしかないな」

 

 

 何がまずは適当だろうか。積極的に行動したものとして、ここ最近に思い当たるものを頭に中でリストアップ。真っ先に思い当たるものはやはり常盤のことだ。

 

 

 常盤に干渉して左遷させたことは明らかに若狭の職務と関係がなかった。憲兵隊に対しての干渉もただの摘発と言ってしまえばそれまでだ。だがどうにも理由がわからないのだ。わざわざ一般人のクレームという小さな粗探しをしているだけでなく、若狭は常盤から持ちかけられた取引を情報漏洩未遂として憲兵隊にリークするという手間までかけている。

 

 

 これはどう考えても無駄な手間だ。わざわざ告発する意味が若狭にとって薄い。むしろ峻を確保するという軍の目的から外れてしまってさえいる。それなのに若狭は強行したのだ。そしてその強行がまかり通ってしまっている。

 

 

 まず、どうして無駄としか思えない手間を若狭がかけたのか。考えられる可能性は2つ。ひとつは峻に逃げていてもらわなければ若狭にとって困る理由がある場合。もうひとつは常盤が憲兵隊を指揮できる地位にいられたくない場合。

 

 

 そしてもうひとつ考えるべきはなぜ若狭の横車を押すような強行が承認されて通ったのか。

 

 

「突くとしたらここが妥当か……」

 

 

 となればはじめにやるべきは常盤の身辺調査だろう。ただ、調べていることはできるかぎり誰かに嗅ぎつかれたくない。

 

 

 秘密裏に、だが迅速に。このふたつを心がける必要があるだろう。なにより通常業務を疎かにすることはよくない。空いた時間でやらなければいけない以上は、素早く時間をかけずにやらなければいけない。

 

 

「まったく、私もとんだ挑戦をしてしまったものだな……」

 

 

 若狭に向けて背中から刺すぞ、と宣言したも同然のことを言った自覚はある。完全に反旗を翻したようなものだ。

 ふふ、と長月が小さく笑みをこぼす。強大すぎる相手に宣戦布告した。明らかに長月の身の丈にあってない。そんなことはわかっている。

 だが笑った。その眼には()が燃え上がっている。

 

 

 自分はまだ無力だ。長月は自分を評価しろと言われればこれが答えだ。すべてにおいて未熟。まだ発展途上もいいところだ。

 

 

 だが未熟なら熟せばいい。いまから発展してしまえば、どうということはない。無力だとわかっているのなら、無力なりにやりようはある。

 

 

 若狭はやり手だ。どう考えても長月の上を行くだろう。それがわかっていることが重要なのだ。

 

 

「私は見つけるぞ。若狭、お前がなにを考えているのか暴いてみせる」

 

 

 どうするかはそれから考えればいい。もしそれが間違っているのなら、長月は持てるすべてを使ってでも若狭を止める。

 

 

 敵に回る覚悟はもう決めている。あとは行動に移す。それだけだ。

 





こんにちは、プレリュードです!
みなさんはこのGW、楽しめましたか? 自分は初めて砲雷撃戦に行ってきました! こういった同人誌即売会みたいなものは行ったことがなかったのでいい経験でした。艦これというエンターテインメントのコンテンツ力を見せつけられましたね。
それにしても財布の紐が緩むのなんの。引きちぎれているんじゃないかって思いました。まあ、即売会だけじゃなくていいものいっぱい買えたんで満足ですけど。

感想、評価などお待ちしてます。それでは!

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