艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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Opus-05 『Singing point』

 

用意されたデスクに深くもたれかかり、常盤が行儀悪く椅子を揺らす。高級感あふれる革張りの椅子は、ふかふかと座り心地がよく、ついこの間まで座っていた司令官用の椅子よりも遥かに上物だ。

だがそんなことはどうでもいい。椅子の座り心地なんて良かろうが悪かろうが座れればいいのだ。

 

「報告ちょうだい」

 

「わかりました」

 

部下がタブレットを開く。直立した姿勢を維持しながら画面をスライドさせていくのを見て、椅子を出してあるのだから座れば良いのに、と常盤は内心で思った。

 

「第105憲兵隊は昨日19時47分、対象に職質をかけたところ対象は付近の店内に飛び込みました」

 

「ふんふん。大通りでの戦闘を避けたのかな」

 

「その後、一般人の退避が完了。突入部隊として5名が選抜されました」

 

「5人……かあ」

 

常盤が伸びをしながら考える。専用の装備を持ってるわけがないので、小銃レベルだと推定する。接触したのは狭い店内。そして近接戦闘向きではない武装。

 

「突入部隊はやられたね」

 

「お察しのとおりです」

 

無表情で部下が頷く。常盤が目線だけで先を促すと部下はタブレットに視線を落とした。

 

「その後、目標は大通りに現れ、表口で店を見張っていた部隊が交戦を……」

 

「ちょい待って。大通りには彼と艦娘のふたりで来たの?」

 

「いえ。帆波峻のみです」

 

「ふーん。叢雲は出てこないのか。うん、続けて」

 

再び部下がタブレットに目を落としてスライド。次の項目まで移っていった。

 

「戦闘経過については後ほど街頭カメラの記録を送りますがそのまま進めてもよろしいでしょうか?」

 

「いいよー。さくっといこうか」

 

「結果だけを言うならば、105は完全敗北しました」

 

「言い方はよくないけどやっぱりだね」

 

負ける気はしていた。むしろ勝てるとは思っていなかったので、偵察としての役割を果たしてくれれば充分だ。そういう意味では105はよくやったと常盤は判断していた。

 

「被害は?」

 

「あばらを折られた者に肩や膝、手の甲を撃ち抜かれた者など負傷者は多いですが死者は出ていません」

 

「死者はゼロ?」

 

「はい」

 

「へえ、ゼロか……」

 

常盤が嗤う。ゼロという数字が示すのは憲兵隊の練度の高さではない。帆波峻という人間が持つ戦闘力の高さだ。

 

「彼は本気じゃない。手を抜かれたね」

 

「おそらくは」

 

「手を抜いたっていう表現よりも完全に実力を出し切ったわけじゃないって言った方が正しいかもしれないね」

 

殺さなくては切り抜けられないほど追い詰められていなかった。むしろ殺さないように気を使われていた。

 

「逃走先は?」

 

「まだ不明です。現在、全精力を傾けて特定を急いでいるとのことですが……」

 

「急がせて。このままにしててもこっちは不利益しか被らないから」

 

「了解いたしました」

 

「じゃあ通達よろしく」

 

「はっ! では」

 

部下の男が敬礼し、きっちりとした回れ右で退室していく。適当に手を振って椅子に座ったまま見送ると、残していった戦闘経過の動画ファイルを解凍して開く。

 

「ふーん。にゃるほどねえ。ホントに殺さないようにやったんだ」

 

したり顔で常盤が動画を見る。その中では峻が大立ち回りを演じていた。たったひとりで憲兵を打ち倒していく姿は人間技とはとうてい思えないだろう。

 

「なめてるね。『俺は殺さずともやれる』ってことかにゃん?」

 

ふざけきった口調。けれどおちゃらけた様子は一切ない。ただあるのは純然たる怒りに似た別の何か。

 

「わざと殺さないように気をつける……見下すのも大概にしろテロリスト」

 

吐き捨てて勢いよく書類を叩きつける。

不殺と言えば聞こえはいい。だがそれは手を抜く余裕があるということだ。本当に必死なら殺すしかない。けれど殺さずに済ませた。それはこの程度、必死になるまでもないと言っているようなものだ。

 

「テロリストのクセして善人ごっこ? まったく反吐が出るよ」

 

殺さなければ正しいとでも言うつもりなのだろうか。だとすればちゃんちゃらおかしいと常盤が嘲笑う。

 

常盤は峻のことを深くは知らない。だがそれでも同期だ。どういうタイプの人間かはわかる。

そしてあれは力をひけらかしたがるようなタイプではない。それによって自らのプライドを満たす人間ではない。

 

だから気持ち悪い。

 

偽善を重ねれば悪だって善になれるとでも思っているのだろうか。そんな甘い考えでいるとしたら反吐を通り越して存在を認識することすら嫌悪感を感じる。

 

「いや、これはアタシの邪推か」

 

だんだんと違う方向へと思考がシフトしていっていることに気づく。今すべきことはどうやってあれをふん縛るか、もしくは殺すかであってその内心を当てもなく推測するのは蛇足以外の何物でもない。

 

がりがりと常盤が頭を掻く。腰あたりまで伸ばした髪が乱れるが気にすることなく関東圏の地図を取り出した。

 

「東京からは離れるはず。だからといってお膝元の埼玉にくるほど馬鹿じゃない。千葉に戻って留まるのは愚かすぎる。となると……山梨まで東京を突っきるか、Uターンして茨城まで行くかの2択が妥当かな」

 

増員させることも視野に入れる。できるものなら県境を完全に抑えてしまいたいところだが、憲兵隊にはそこまで人員に余裕があるわけではない。仮に道路を抑えたところで、県境を越える方法はごまんとあるため、無駄になるだろう。

 

「まあ、私服隊に人相書も回してあるし街頭カメラも抑えてるからすぐに見つかるでしょ」

 

あとは如何にして追い詰めるか。はっきり言って中途半端な人員では相手にならないだろう。やるからには徹底的に、だ。

 

「部隊の数を増やす、か」

 

どうせ北陸や東北あたりの憲兵隊は暇をしている。ならば必要最低限の人数だけ残して残りをすべて関東圏に集結させるという手もありだ。そうすれば人員は確保できる。正面切ってやり合うならば、部隊を5つは最低でも投入したかった。

 

「これやると上との折衷が面倒なんだけどさー」

 

だがそんなことは常盤の知ったことではない。そういうことは他に押し付ければいいのだ。あくまでも常盤は()()()()()強制力があるだけのオブザーバーである。

 

「上からはできる限りは殺すなってことだけどさ。うざったいなぁ、まったく」

 

くるりと椅子に乗ったまま回転。勢いをつけて回転させた椅子は、始めは早く、そしてだんだんと速度が落ちていくと、正面を向いて止まった。

 

「ま、いっか。殺せ、殺せ」

 

唄うように常盤がリズムを刻みながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇の寝室にホロウィンドウだけがぼうっと浮かぶ。調度品はどれも官給のものではあるが、東雲の中将という立場を考えられているのかとても立派だ。

 

「おいおい、体術が並大抵じゃねえことは知ってたがここまでかよ」

 

半分は呆れ、もう半分は尊敬が混ざった声で東雲がひとりごちる。

 

もちろん、見ているのは峻が憲兵隊と戦闘した時の動画だ。若狭が上手く融通してくれたので、わりと早い段階にも関わらず閲覧することが出来ている。今回は本格的に若狭は協力体制にいてくれるらしい。東雲からすれば心強いことこの上ない。

 

「ははー、なるほどねえ。ってかフルオート射撃すら避けるのかよ。人間技か、これ?」

 

改めて相手の強大さを思い知らされて東雲は頭を抱えたくなった。ここまで来るともはや人間を相手にしていると考えない方がいいのではないかとすら思う。

 

「それにしても死亡がゼロか……ある意味では予想通りだな」

 

挑発しているのでなければどうしてゼロなのか。東雲の中では答えであろう物が出ていた。

 

「叢雲ちゃんがシュンのストッパーになってる。だからあいつは殺しができない」

 

殺さないのではない。殺せないのだ。峻は無意識下で艦娘がいる前での殺しを躊躇う傾向がある。事実、銚子基地に乗り込んだ時は矢矧たちがいる目の前で矢田を殺さなかった。

 

「こんなこと言うと若狭のやつには甘いって言われんだろうがな」

 

それでも峻は殺しを躊躇っていると東雲は思っていた。いや、信じたかった。

だが自分が信じたいという願望に気づかないふりをして動画を見続ける。

 

「今だ。どうしてかはわからねえが、シュンが叢雲を連れている今なら捕まえるチャンスがある」

 

圧倒的な数を用いてどうあっても逃げられない状況下まで持っていく。そうすれば勝機は見えてくる。

そしてそこまで持っていければ、あとは身柄を横須賀で抑えて事情を好きに聞き出せる。すべてを聞いてから今後の対応については考えればいい。

 

「面倒なのは憲兵隊だな。完全に殺しに来てるだろ、あれ」

 

せっかく事情を聞き出したくとも、先に殺されてしまってはお話にならない。

 

「少し圧力でもかけるか」

 

東雲は中将である。そして海軍において、中将という地位は決して低いものではなく、むしろかなり高い位置にある。

そして協力体制にいる若狭は情報戦に長けている。つまりアウトローからもプレッシャーを与えることが可能だ。

 

「あまりやりたい手じゃねえし、なによりリスクも高い。でもなあ……やんねえと先に殺されちまうかもしれねえし」

 

だがリターンもある。そして先に峻を確保できれば降りかかるリスクも帳消しにできる自信があった。国賊を確保したとあれば、ある程度のことはお目こぼしが通るだろう。

 

「まあ、今まで好き勝手させといてなにをって感じはあるがな」

 

思わず苦笑した。資材を少しばかりちょろまかしていることも知っていたし、かなり館山基地を自分勝手に峻がしていたことも察していた。それをわかっていながら、戦果は出していたために放置していた。

 

「それにしても……なんでお前は逃げているんだ?」

 

問いかけに答えは返らない。自分だけしかいない部屋に虚しく響くのみだった。

確かに資材の着服などがばれたのは問題ではある。それを言うなら今まで見逃してきた東雲自身にも問題があるのだが、それは今、置いておこう。

とにかく、本部に呼び出されて尋問されることは逃げる理由に値するほどのものだろうか。

 

もちろん左遷の憂き目に遭うことは避けられないだろう。だが、逃げたりすれば命も危うい。それなのになぜ逃げるという愚かな選択をしたのか。それだけがずっと東雲の中で引っかかり続けていた。

 

「くそ、わからん」

 

薄暗い部屋に赤い炎の玉が浮かぶ。東雲の口から吐かれた紫煙は行き場もなく部屋を漂い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

硬質な音が響く。靴が床に当たる音だ。男は階級の割に秘書も伴わずにひとりで歩いていた。肩章の示す階級は大将元帥。海軍のトップだ。

 

男、いや陸山賢人は海軍本部の奥深くにある自分を除いて4人しか知らない部屋の戸を押した。油がしっかりとさされた戸は軋む音すら立てずに滑らかに開いた。

 

「おや、遅かったですね?」

 

「すまない。少しばかり書類が多く手間取った」

 

廊下とは打って変わって明るい部屋に目を細めた。小綺麗にされた部屋の中央に素人が見ても高そうな長テーブルが置かれている。そのテーブルには5つ椅子が置かれており、既に4つが埋まっている。陸山は空いている最後の椅子を引いてふかふかとした椅子に腰掛けた。

 

「では始めようか」

 

「そうですね」

 

落ち着いた様子で会議が始まる。この場にいる残りの4人の肩章が示す階級は大将。

つまり、ここには大将が5人いる。そして海軍において大将は本部にしかおらず、その人数も5人。それはすべての大将がこの場に出揃っているということである。

 

「憲兵隊の方針は殺害、横須賀の小僧は捕縛か」

 

「どうしますか? 帆波峻はあの記憶の在り処を知っている可能性が高いと思われますが」

 

「ふむ……」

 

「一体どこにあるのやら。伊豆狩恭平の記憶データは」

 

「彼は本当に在り処を知っているのでしょうか?」

 

「私に言わないでくれ。そればかりは本人のみぞ知るだ」

 

妖精の存在を発見し、艦娘基礎理論を提唱した天才、伊豆狩恭平。その完全な記憶データを彼らは欲しがっていた。

 

「だがどうでしょう。実際に彼が知っている可能性はどれほどなのか」

 

「知らない可能性も高いだろう。いくらあれの父親が持っていたとしても、彼は当時まだ6つだった。知らされているかと聞かれると、な」

 

「そうですね……」

 

むう、と5人が考え込む。壁際に置かれた時計がカチカチと時間を刻んでいく。

 

「一度その件は置いておこう。問題は『かごのめ計画』だ」

 

「やはり覚えられましたか」

 

「バイオロイドと遭遇された。気づいていないとは思えん。だが問題はここではない。マスコミにリークするなどの手段を取って来ないということは向こうにリークできない理由があるということだ」

 

「張らせておいた網にかからないということはそうなのでしょうね」

 

影響力のあるマスコミやフリーライターには事前にマークをつけていた。だがそれらに帆波峻が接触したという連絡は来ていないし、どのメディアもその手の情報を得たような動きは見せていない。

 

「事情はわからん。だがリークできないのは確かなのだろう。いや、『かごのめ計画』に気づいているのならできんだろうな」

 

意味深な笑いが起きる。5人の共通認識から起こる笑いだった。

 

「ただしいたずらに時間を与えてもよい方向には進むまい。早々に片付けてしまうことが吉だと私は考えるが皆はどうだろう?」

 

「異議なし」

「異議なし」

「異議なし」

「異議なし」

 

陸山が深くうなづく。ここのメンバーはすべてひとつの意思に基づき動いている。計画を維持するという目的のために、だ。

 

「ですがどうしますか? 伊豆狩恭平の記憶は……」

 

「ふむ。ならば馬問大将はどう考える?」

 

「私ですか? ……しかし『かごのめ計画』の維持は絶対条件。ですから記憶は手に入ったら、ということにするのがよろしいかと」

 

「その考えには賛成です」

 

「私もです」

 

全員が口々に賛同の意を示す。陸山も言葉にする必要はないが賛成の意を示す。

 

「具体的にはどうするつもりだね?」

 

「今やるべきなのは『かごのめ計画』が漏れることの阻止です。漏洩の阻止を優先しましょう。幸いなことに憲兵隊も横須賀海兵隊も動いています。帆波峻が対応できなくなるほどの物量で押し込み動きを止めましょう」

 

「その結果、帆波峻が死んで記憶の情報が得られなかったとしても?」

 

「不確かなものを求めるより『かごのめ計画』の維持することが最優先かと自分は考えます」

 

陸山が考えるふうになる。実際に馬問の考えは妥当なもののように感じたからだ。

 

「馬問大将の意見がいいと自分は思います」

 

「自分も賛成です」

 

「賛成ですが、ひとつだけ。情報統制の人員を増やすことと、帆波峻を今までの生け捕り優先から生死問わず(Dead or Alive)にすることを進言します」

 

「同伴している駆逐艦はどうしましょう?」

 

小さく陸山が手を上げた。全員が静かに視線を注ぐ。

 

「あれは替えが効く。死のうが生きようがどうでもいい。それに替えの効くバイオロイドに情報を渡すほど帆波峻は愚かではあるまい」

 

「それもそうですな」

 

部屋に笑いが満ちる。なにせボタンひとつでいくらでも量産ができるクローンなのだ。単価にして20万円もいかない生体兵器にいちいちこだわる者などいなかった。

 

「『かごのめ計画』は漏洩することは万が一にもない。戦わなければいけないと感じている者ほどあの計画を暴露することなどできないのだからな」

 

「ははは、まったくですな!」

 

「それでは会議はここまでということで」

 

「ええ。また」

 

椅子からひとり、またひとりと大将たちが立ち上がり部屋を出て行く。陸山は残り続け、ついには部屋にただひとりいるのみとなった。ある程度の時間が経過したことを懐中時計で確認してからまた滑らかな戸を押して部屋を出た。

 

陸山はポケットに手を伸ばしてコネクトデバイスを取り出す。そして迷うことなく連絡先を選択した。

 

「もしもし、私ですよ。吹雪型駆逐艦の生産をお願いしたいのです。いえ、まだ準備だけで構いません。また早期に作って逃げられたらかないませんから」

 

少し間が空いた後にどの型かを問う声。もう陸山の中で答えは決まっていた。

 

「では5番艦でお願いします。ええ、そうです。叢雲ですよ」

 

了解の旨を告げると通信が切れる。通信終了の画面をタップして消すとコネクトデバイスを首から外した。

 

「帆波峻が死のうと生きようと、どのみちあの駆逐艦は死ぬだろうからな」

 

もちろん運よく生きていたら使ってやるのはやぶさかじゃない。ただし超激戦区に送り込み轟沈ということになるだろうが、と陸山は内心で呟くとほの暗い笑みを浮かべた。

 

「んー、んーん、んんーんー」

 

こつこつと歩く靴音でリズムを刻みながら鼻歌を歌う。そして鼻歌にだんだんと声が乗っていく。

 

かごめかごめ かごのなかのとりは いついつであう よあけのばんに つるとかめがすべった

 

こつこつこつ。興が乗ってきたのかリズムが少し早い。けれど気にすることなく陸山は音程をきっちりと合わせて歌い続けた。

 

うしろのしょうめんだあれ

 

陸山は凄惨に嗤った。

 

今夜は新月だ。





こんにちは、プレリュードです!
かごめかごめ。知ってる人がほとんどだと思います。歌詞は諸説あるようで、かごの中の鳥だったり、かごの中の鳥居だったりするそうですね。今回、自分は上記に掲載した歌詞を使いましたが。
ちなみにかごめかごめの著作権は50年以上経っているのでもう消滅してるようです。こうやって使っちゃっても安心ですね。

感想、評価などお待ちしてます。それでは!

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