艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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Opus-03 『Ugliness point』

峻が本屋に逃げ込んでから憲兵隊はすぐに店を囲んでいた。だが少し経っても、一向に動く気配がない。もしや囲む前に既に逃げられていたのではという思いが憲兵隊に浮かぶ。

 

「隊長、どうしますか?」

 

屋内に入られた。それはせっかく配置していた狙撃班が効力を成さないということだ。

 

「……突入班を編成。この本屋を囲んだまま、中に突入させる」

 

「了解しました。突入班は5名ほどでよろしいでしょうか?」

 

「まあ十分だろう。本棚が並ぶ店内だ。物陰に注意するように言っておいてやれ」

 

「一般人の避難は完了していますか?」

 

「報告ではそういうことになっている。いいから早く行け」

 

「はっ!」

 

部下が駆けていくのを見ながら先を読むために思考を始めた。

元々の命令は生け捕りだったはずが、殺してもよくなったおかげで幾分か楽になった。だが籠城に入られるといたずらに時間が過ぎていくだけ。できるものならさっさと終わらせてしまいたい。

 

「早々にケリをつけさせてもらう」

 

きっと本屋を睨みつける。これで片付くことを祈るのみだった。

 

 

 

軋みながら本屋のドアが開いた。その音が峻に複数名の足音が店内に憲兵が入ってきたことを報せた。

 

「数は4……いや5か」

 

「なんでわかるのよ」

 

「足音。こればっかりは慣れだ」

 

声を潜めて話す。どこにいるか気づかれると面倒だ。だがそこまで広い店でもないため、定点にいれば時間の問題だ。

 

「わかってるな?」

 

「私はここにいればいいんでしょ」

 

ぶすっとした叢雲が言った。わかっているならいいと峻は頷いた。ここで叢雲に出てこられては困る。巻き込みかねないからだ。それにひとりで十分だった。

 

ぴんと糸が張り詰めたような緊張感。陰でじっと敵が来るのを待ち続ける。

互いを食い合う狩り。それがまさに今の状況だ。峻は待ち伏せをし、憲兵たちはあぶり出しをしている。

 

懐かしい感覚だ。そして思い出したくない感覚でもある。

 

割れたガラスが踏まれて音を立てる。リノリウムの床と靴の踵がカツカツと鳴った。小銃の金属パーツ同士が擦れあう。

 

「!」

 

足音が近づいてくる。音の数からして2人。店内に入ってくる時にちらりと見て装備を確認していたので小銃を装備してはいたが、ボディアーマーの類は着けていないことはわかっていた。服の下にパッドくらいは着けているかもしれないが、それくらいならなんとかなる。

 

ゆっくりと近づいてくる。レジまであと10m。強くCz75を握りしめた。

 

あと7m。

衣擦れの音すらも聞こえる。飛び出したい衝動をぐっと堪える。もう少しだけ。もう少しだけ引きつけろ。

 

あと5m。

右手を腰にあるナイフが収められた鞘へ持って行ってからやめる。心臓の鼓動がいやに大きく聞こえた。

 

そして時は満ちた。

近づく足音が3mを切った瞬間、レジの陰から峻が躍り出た。

 

「っ! 発見!」

 

「遅せぇ」

 

一息で間を詰める。小銃を構えさせる時間を与えることなく、左手の人差し指で引き金を引いた。

 

「ぐっ!」

 

狙い通り、右肩と左膝に着弾。よろめいた所で憲兵の首筋に右手を滑り込ませて、頚動脈を強く圧迫した。

 

わずか3秒。たったそれだけ力を込めて頚動脈を圧迫すれば人は気絶する。その間にもう1人には左手のCz75で牽制。近づかれさえしなければ、首を絞めている憲兵が盾になっているため、小銃を撃つことはできない。

 

締め上げられた憲兵がもがく。だがそれも一瞬のことだった。全身の力が抜けて手足がだらりと伸びる。

 

「まずひとり」

 

首を掴んでいた手を離すと憲兵が小銃を取り落とし、力なく床に崩れた。倒れていく姿を最後まで見ずに、もう1人に取り掛かる。

 

「投降の意思はなし。発砲許可を!」

 

左から走る足音。さっきの銃声に反応して残りの3人が駆けつけて来るのだろう。なおさら時間はかけられなくなった。

軽く左に首を回して確認。まだ直線上に姿が見えないということは、残りの3人が来るまでに僅かながら時間があるということだ。

 

銃口を睨みつける。発砲許可がおりたのだろう。憲兵の人差し指が動いた。峻が引き金をひく憲兵の人差し指に意識を集中させる。

 

パパン! と銃声が連続して響く。峻が前へと突撃しながら、銃弾の通り過ぎるコースから体をずらした。的を失った銃弾がリノリウムを抉り、破片が飛び散る。

 

「なっ!?」

 

飛び掛り、掌底で小銃を弾く。熱を持った銃身だが握りしめたりしない限り、火傷は負わない。掌底なら触れるのは一瞬だ。

小銃の銃口が跳ね上がった。そのまま身を滑り込ませて鋼鉄の右膝を水月に目がけて叩き込んだ。

 

「かはっ……」

 

「ふたりめ」

 

峻の右脚は自らが設計し、夕張と明石によって作られた合金製だ。今は表面に人工皮膚が張ってあるため、パッと見はまるで本物の足のようだが金属であることに変わりはない。そんなもので膝蹴りを勢いよく食らえばひとたまりもないに決まっている。空気の塊を吐き出して2人目が倒れこんだ。

 

「あと3人」

 

本棚の陰へと飛び込み、いったん身を隠す。顔を出さないようにして様子を覗う。

倒れ伏した2人を介抱するように3人の憲兵たちが囲った。なにか話しかけて気付けをしているようだが、そう簡単に起きるわけがない。完全に峻はあのふたりを落としていた。

 

下手に情報を持ち帰られるとあとあと厄介かもしれない。早々に残りの3人にも気絶してもらうことにした。じっと観察していると、3人はレジの方向に近づいていく。

 

このまま行けば叢雲とぶつかる。それはなんとしても避けなくてはいけない。叢雲は直接的に手を下したところを見られていない。つまり、まだ言い訳のしようがある。だがここで攻撃してしまえばそのチャンスもおしまいだ。

 

峻が物陰から姿勢を低くして蛇のように素早く這い出した。

 

「発見しました!」

 

「撃てぇ!」

 

小銃の掃射を左右に滑るようにして移動し、避ける。するりするりと弾丸の隙間をくぐり抜け、離れていた距離を徐々に、だが確実に詰めていく。

 

甘い。甘すぎる。こんなのぬるま湯レベルだ。本気を出すまでもない。

 

右手を軽く握る。獰猛に峻が嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦娘の詳細が記された書類を東雲がめくる。そして同時に横須賀鎮守府の支部基地の配属状況を見ながら頭の中でバランスをとるために試行錯誤を繰り返していた。

 

「木更津の水雷戦隊は少し層が薄いな。ここは指揮能力もある矢矧を送るべきか」

 

「提督、呉から夕張さんの派遣要請が来ていますが」

 

翔鶴が書面を落ち着いた様子で読み上げる。東雲の秘書艦を長年、務め続けてきた翔鶴はもう手馴れたものだった。

 

「寄越せってか? ならうちに代わりを派遣してくれんだろうな」

 

「えっと……球磨型軽巡洋艦の多摩さんが候補に上がっています」

 

「……保留にしといてくれ。谷田部に送るならどっちがいいか考える」

 

「わかりました」

 

「北浦には航空戦力の加賀……いや、ここは瑞鶴か? だがあまり各地に分散させずぎるのもな」

 

東雲が悩ましげに髪を掻き毟った。ワックスで固めた髪がぐしゃっと崩れる。

 

「くそ、つい……」

 

「どうぞ」

 

「手鏡か。悪いな、翔鶴」

 

どこからともなく取り出された鏡を翔鶴が東雲に差し出す。おそらくアクリルの鏡ではなく、ちゃんとした透明度の高いガラスの鏡なのだろう。映りが安物と比べてずいぶんとよかった。

 

変に崩れてしまった髪型を元に戻した。左手で持った手鏡を右へ左へと動かして、ちゃんと元通りになっているか確認する。

 

「よし。さんきゅ、翔鶴。助かった」

 

「いえ。お役に立てたのなら」

 

控えめに笑って翔鶴が手鏡をしまう。すぐに出てきたのは婦女子の嗜みというものなのだろう。

 

「なかなかちょうどいい感じの配属先が決まんねえな」

 

「解隊になった帆波隊の配属先ですね」

 

「ああ」

 

「……やっぱりどうにもできないんですね」

 

「こればっかりは俺がどうにかできる問題じゃない。あいつはもう軍人じゃないんだ。指揮していた隊が解隊になるのはある種、当然の結末だ」

 

わかっているんだろう、と言外に問いかけられて翔鶴は目を伏せた。これで答えとしては十分だとわかっていた。

 

「どうしてこんなことしたのかは、俺らでさっさと捕まえてシュンのやつに洗いざらい吐かせるしかないだろ。うちが捕まえれば事情聴取とかは真っ先にやれるからな」

 

「将生さんとしてはどうお考えですか?」

 

「これまでのシュンの行動パターンと一致していなさすぎる。だから正直に言うならわからん」

 

少なくとも自分の知る帆波峻という人間らしからぬ行動だと東雲は思っていた。だからこそなぜ逃亡しているのかわからない。

 

「いろいろ隊のやつらにも聞いてみたが全員なんも知らねえみたいだしな」

 

「私も少し瑞鶴に突っ込んで聞いてみましたが心当たりはないそうです」

 

むしろ瑞鶴はどうして逃げたのかはわからず混乱していた。東雲の隣で秘書艦を務め続けていた翔鶴は完璧ではないものの、相手が嘘をついているかどうかはなんとなくわかるのだった。

 

「となると怪しいのはひとりだ」

 

「ええ。叢雲ちゃん、ですよね?」

 

「ああ。あいつが叢雲ちゃんを連れていった理由があるはずだ」

 

「……人質、という可能性はどうでしょう?」

 

おずおずと翔鶴が言った。それを見て思わず東雲が軽く笑った。

 

「翔鶴、そんな自信なさげに言っても説得力に欠けるぞ」

 

「あまり考えられなかったので……」

 

「まあそれに関しちゃ俺も概ね同意する。叢雲ちゃんを連れていった目的は人質じゃないはずだ」

 

そう思いたくないという理由の方が強いことは黙っておく。だが人質ではないと完全に否定できる材料はないのだ。絶対に違うとは言いきれなかった。

 

「煮詰まってきたな。すこし休憩にするか」

 

「お茶でもおいれしましょうか?」

 

「いや俺の分はいい。俺は外でこいつを吸ってくる」

 

東雲が胸ポケットを人差し指でトントンと叩く。そこにはオイルライターとタバコが入っている。

 

「なんかあったら内線でも飛ばしてくれ」

 

「わかりました。ではごゆっくり」

「おう」

 

さすがは冬というべきか、このまま外に出るには寒い。東雲は引っ掛けてあった厚手の上着を羽織って埠頭を歩いた。

 

冷たい海風が首元を撫でるように吹く。身に染みる寒さが襟元から入り込み、中途半端に閉めていた上着の前をきっちりと上まで閉めた。

 

「ほら、人気のないところに来てやったぞ。なんか進展あったんだろうな、若狭」

 

箱を握りつぶすようにすると新しいタバコが1本、飛び出した。そのまま口で咥えて箱はポケットに戻す。

 

『別に聞かれて困るものじゃないからいいんだけどね。まあ伝えといた方がいいと思ったからさ』

「何があった?」

 

『東京の第105憲兵隊が帆波と接触。現在交戦中だってさ』

 

無言でオイルライターを取り出してキン、と甲高い音を立てて火を灯す。口に咥えたタバコを近づけて火をつけたら蓋を閉じてタバコの箱をしまったポケットと同じところへ仕舞う。

 

「それで?」

 

『まだ結果はわからない。僕のところに情報が来るのもやっぱり多少はラグがあるからね。帆波は店に籠城してるらしいってとこまでしかわからないかな』

 

「籠城とはまたあいつらしくもない。若狭、お前はどうなると思う?」

 

『さあ? 確定したことしか言わない主義なんだよ、僕は』

 

「面倒なやつだな」

 

ミントのような清涼感の混ざった煙を肺へと送り込む。吸えるだけ吸って、息を止めると一気に吐き出した。東雲の口から紫煙が吐かれ、海風に弄ばれて消えていく。

 

『そっちはどうだい?』

 

「なんで叢雲が付いて行ったのかはわからん。仮説は立てたがな」

 

『どんな仮説だい?』

 

「ひとつ。叢雲が人質だった場合。まあ憲兵隊との戦闘で人質として使ってこないところを見ると、可能性は低そうだがな」

 

『人質として使うまでもなかった場合を除いてね』

 

若狭の言葉を流しながら口の端でタバコを上下に動かした。その度にゆらゆらと所在なさげに煙が揺れる。

 

「ふたつめ。叢雲が自らの意思で付いて行った場合。こっちの方がありえると個人的には思う」

 

『ただその場合は帆波に彼女を連れていく理由があることになる。足でまといにしかならないものを連れていく理由がね』

 

「言い方は悪いがその通りなんだよな」

 

タバコの先から灰が落ちる。コンクリートに落ちた灰が風に吹かれて散っていくのを東雲は黙って見送った。

 

「叢雲は確かに強い。体術はかなりのもんだ。おそらく対人戦闘をさせても通用するだろうな」

 

『だからといって実際の対人戦で使い物になるとは限らない。違うかい?』

 

「対人戦闘でものを言うのは慣れだ。ただ強くても意味がない。そういうことだ」

 

『その点において、彼女は出来ないとは言わないけど、慣れてるとは僕には思えない。だから足でまといになる』

 

「同感だ。やっぱりそのラインを突くのがいいな」

 

『人質として連れていった訳じゃなければ、だけどね』

 

「ありえねえよ。あいつはそういうやつじゃない」

 

『……そうだといいけどね。じゃあ僕は戻るよ。急に呼びつけて悪かったね』

 

「状況を常に教えてくれと頼んだのは俺だ。むしろ助かった。これからも頼むぜ」

 

『了解。じゃあ』

 

「おう、じゃあな」

 

開いたホロウィンドウにある《Disconnecte》と表示されているボタンをタップ。海軍本部にいる若狭と横須賀鎮守府にいる東雲との間に出来ていた通信ラインが切断された。

 

「東京か……」

 

峻が強奪した憲兵の車は千葉と東京と埼玉という3県の県境に接する辺りに乗り捨てられていた。つまり行くとすれば、東京へ進むか神奈川へと進むか、カモフラージュとして千葉へ進むかの3択だったわけだが、どうやら東京へと峻は進んだらしい。

 

「既に空港は押さえられている。国外逃亡は無理だ。だからといってこのご時世に船で護衛もなしに海へ出るのは考えなしすぎる」

 

艦娘たる叢雲がついていても、叢雲は艤装を館山に置きっぱなしにしていた。そして今、その艤装は横須賀鎮守府に安置してある。

つまり叢雲は艦娘として海上に立つことは出来ない。ただのそこらにいる少女とまで形容するつもりはないが、彼女自身の戦力は半分以下にまで落ちていると考えてもいいだろう。

 

「たかがふたりと言いたいとこだが、侮るとひどい逆ねじを食らうような気がするんだよなあ……」

 

咥えタバコで東雲がぼやく。タバコはだいぶ短くなってきた。もうおしまいだ。2本目に移ってもいいが、あまり吸いすぎると翔鶴がお冠になるためこれぐらいにしておいた方がいいかもしれない。

 

携帯灰皿にまだ火のついたままのタバコを押し付ける。最後の煙を残して、白い灰だけが落ちた。

 

「白く灰がちになりて……か」

 

峻と東雲は同期だ。若狭も、だ。

そして今、同期の仲間同士で争っている。

 

それだけではない。深海棲艦という人類の生存を脅かす危機を目の前にしても未だに一致団結できずに、人と人で争い続けている。

 

「ままならないな、まったく……」

 

もし人類が団結できたなら。そして戦うことが出来たのなら。

そんな儚い理想を掲げて軍に入ろうと海大の門を叩いた自分を思い出して苦々しく吐き捨てた。

 

腕時計をなにとなしに見やった。まだ時間的な余裕はありそうだ。

 

もう一度ポケットに手を突っ込んでタバコの箱を取り出す。2本目を吸うことにしたのだ。翔鶴にはいろいろと言われるかもしれないが、吸いたい気分だった。

 

「ふぅ…………」

 

タバコを吸いながら手の中で銀色のオイルライターをもてあそぶ。手首のスナップを効かせてキン、と音を立てて蓋を開ける。オレンジ色の炎が風で揺られながら燃えた。また手首を振って蓋を閉める。

 

「それでも俺は諦めたくねえ」

 

それが茨の道だということは知っている。中将になる過程で嫌というほど思い知らされた。それでも譲れないものがある。譲りたくないものもある。

 

埠頭の上を歩く。その度に靴の踵がコンクリートと当たって音を立てた。海を見ると太陽がゆっくりと沈んでいくところだ。そろそろ休憩もここまでとキリを付けることにした。

 

真っ赤な夕焼けに紫煙が頼りなさげに漂い、消えていく。




イベント進捗ダメです!
あのね、E3に突っ込むはずの連合艦隊を間違えてタッチしたせいでE2に突っ込んじゃったの。お札がついたおかげで最終主力艦娘がぜんぶ出せなくなったの。
はーい、彩雲無駄遣いしたバカはこっちらでぇぇっす(ヤケクソ)
まあ、いいんです。イベントなんてなかった。OK?

……ここまでまったく本編に触れてないなーと思いましたが、特に今回は触れるところないですよね?
あ、ちなみにタイトルの中にある『Opus』っていうのは音楽作品の番号のことを意味します。まあ、だからどうしたって話なんですけどね。いちおう章タイトルのフーガも楽曲の種類のうちひとつなんでそれの一番、二番、みたいな感じです、はい。

感想、評価などお待ちしてます。それでは!

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