艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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Don't forget.


Miscalculation

執務室がペンを走らせる音で支配されている。2本のペンが紙の上を忙しなく走り回り、終わったかと思えば次の紙の上を駆け回る。

 

「叢雲、そこの資料を取ってくれ」

 

「これでいい?」

 

「ああ」

 

重厚感のあるファイルに綴じられた資料を捲り、目当てのページを探す。しばらく探してようやく峻はそれを見つけると、その資料を睨みながら書類に数値などを書き込んだ。

 

「ねえ」

 

「…………なんだ?」

 

峻が書類から目線を上げることなく答える。相変わらずペンは走らせたままだ。

 

「……なんでもないわ」

 

「そうか」

 

淡々としたやりとり。真面目に働く基地司令に秘書艦。基地運営の理想形態だ。

だが叢雲にはそれが物足りなく感じる。なんで、と聞かれてもわからない。いつものように真面目に働きなさい! と怒鳴らなくてもいいから楽なはずなのにもやもやとしたものが胸中にわだかまっている。

そしてそんなことが退院したその日から3日間も続いているのだった。

 

どうしても気になることがあった。聞かなければならないと思っていることがあった。だが峻が聞けるような雰囲気ではなかったため、なあなあでここまで叢雲は引っ張ってしまっていた。

 

聞きたい。けれど聞いてはいけないような気がする。そんな思いを3日間、抱えていた。

そろそろ動かなくては。そう思ってはいるがなかなかこの重い腰は動いてくれない。

 

「提督!」

 

執務室のドアが勢いよく開かれ、陸奥が大慌ての様子で駆け込んできた。

 

「お前がノックも忘れて飛び込んでくるなんて珍しいな、陸奥」

 

「それどころじゃないからよ! 今、正門に……」

 

「正門に何かあったのか? まあとにかく落ち着け」

 

陸奥が深呼吸をして、息を整える。それでも焦りの色は落ちていない。

 

「何があったんだ?」

 

「海軍本部から憲兵隊が!」

 

「なんだ、思ってたより遅かったな」

 

「ちょっとあんた……」

 

「陸奥。どう対応してある?」

 

「接客室に案内してあるわ」

 

峻の落ち着き具合から冷静さを取り戻した陸奥が峻の行くべき場所を告げる。

 

「そうか」

 

峻がペンを置き、ファイルを閉じた。椅子の背にかかっていた軍服を羽織り、きっちりと前を閉める。

 

「陸奥、お疲れさん。あとは待機だ」

 

「り、了解」

 

「私はどうすればいいのよ?」

 

「お前も待機。そのまま執務をやっといてくれ」

 

他の全員にも待機命令を出しとけ、と言うと峻が執務室を出て行った。階下の接客室を目的地にして歩きながら襟を正す。目的はわかっていた。だからショルダーホルスターは吊っていないし、腰にマガジンポーチもナイフも装着していなかった。どうせ回収されるものだからだ。

 

接客室を断ることなく入る。自分の管理している基地だ。なんで断りを入れる必要があるだろうか。

 

「どうも、帆波大佐」

 

「こんにちは。ようこそ館山基地へ」

 

落ち着いて峻が憲兵たちが詰め掛ける接客室を見渡す。隊長格らしき人間が前に進みでる。

 

「言わずともおわかりですよね?」

 

「まあ、そうですね」

 

「脳波通信のご用意を。直に話したい、と」

 

「へえ、そうですか。わかりました」

 

脳波通信なら機密保持は問題ない。多少、言葉を交わすくらいならば大丈夫だろう。峻としても彼らを派遣してきたものと話すことくらいはしたいものだった。

 

『聞こえるかね?』

 

『これはこれは陸山大将元帥どの。わざわざ自分のような者のためにお手間をとっていただけるとは』

 

コネクトデバイスにかかってきた通信。電気信号として脳内で置換された声はウェーク島の表彰式の時に聞いた大将元帥である陸山の声だった。

 

『帆波大佐、()()()()?』

 

()()

 

それだけの短いやりとり。万が一、盗聴されていることを心配してというのもあるが、これだけで充分に伝わっていた。

 

『ならいい。本部で待っている』

 

プツン、と通信が切られた。随分と忙しない事だ。もう少しくらい無駄話に付き合ってくれてもいいだろうと思わなくもないが、どうせ少し後になるか先になるかの違いだ。

 

「で、どういうお題目を持ってきたんです?」

 

「全てをあげるのは数が多い。ですがこちらも仕事なので」

 

そんなことはわかりきっている。だからやるならさっさとして欲しいと峻は切に願っていた。無駄話は好きだが、じりじりと首を真綿で締められるのは趣味ではなかった。

 

「基地司令権の乱用、ウェーク島攻略戦の独断専行、さらしな轟沈の責任、そして相模原貴史の共犯の疑い。以上の理由により本部へと連行させていただきます」

 

「なるほど、そういう形ですか」

 

積もりに積もった今までやらかしてきた数々。好き勝手にやり続けて溜まったツケを払わされる時が来たのだ。

相模原の共犯、というのは初耳だが、病院で接触しているためにその疑いをかけるのは妥当とも言える。むしろそういったことが上がってこなかったことが奇跡だ。

そして殺害したのは峻が手を回して殺させたということだろう。共犯だと思われているのなら、身バレを恐れて口封じにかかったと思われても仕方ない。

 

そこまで考えを進めてから峻ははっとした。

 

そういうことか、と内心で峻は死んだ相模原に拍手を送る。あの時に接触してきた目的。まさかメモリーを渡すためだけではあるまいと思っていたが、今ならわかる。それは峻と相模原が繋がっているという疑念を与えさせるための布石。

あとはただ相模原が殺されたという書類上の事実さえできてしまえばこういう形に持っていかれて、自然と軍から離れることになる。そこまで読んでのことか。

 

ひとつ彼に誤算があったとするならば、峻がまさかこんな形で軍の秘密を知るとは思っていなかったことだろう。艦娘がクローンであるというとんでもない事実を。

この先は、もうわかっている。本部に連行されて自殺なり事故なりの形にして口封じされるのだろう。でなければそれよりもっと酷い何かで峻の動きを封じにかかるはずだ。

 

「拒否権は?」

 

「あるとお思いで?」

 

「でしょうね」

 

峻が肩をすくめる。逃がしてくれるとは思っていなかったし、逃げるつもりもなかった。

 

「身体検査をさせてもらいます。武器などを持っていた場合は没収となります」

 

「そう言われると思って外してありますよ」

 

両手を上げた峻の体が調べられる。もちろん何も出てこない。事前に外しておいたのだから当たり前だ。

 

「できれば拘束具は勘弁してほしいんですがね」

 

「手錠だけですよ。こんなところで全身に拘束具をつけて連行するのは悪目立ちしすぎるので」

 

硬質な金属音と共に、峻の両手に鉄の輪がはめられる。アクセサリーとしては悪趣味すぎるそれをしげしげと眺めた。

 

「では行きます。正門に車を停めてあるのでそれに乗って本部へ行くこととなります」

 

「なるほど。抜かりのないことで」

 

両脇に男たちが付いて、暴れないように抑えられた状態で階段をゆっくりと降りる。おそらく見納めになるであろう館山基地を見ながら正面玄関に立った。

 

峻が本部に連行された時点で部隊は解散になる。全員が各地にばらけて配属され、館山基地には新しい部隊がやって来るのだろう。

 

正門に憲兵隊の車両が3台、停まっている。なかなかどうして立派な車だ。用意してもらったことを感謝すべきかもしれないと内心で峻は皮肉った。

 

石畳に足を踏み出す。踵がカツン、とよく通る音を立てた。

 

そのとき、峻の背後で人が倒れる音がした。続けて2人目、3人目と倒れていく。

 

「なんだ! 何が起きている!」

 

青銀の風が駆け抜ける。隊長が腹部を殴られ、カエルの潰れたような声を上げて倒れた。峻の周りにいた男たちも首筋に一撃を入れられたり、鳩尾を強く圧迫されるなどして、次々と気を失っていく。

 

だが倒れる音がするたびに峻の表情は曇っていく。

 

ほんの一瞬。それだけで峻を取り囲んでいた連中はすべて昏倒していた。

 

「ふざけんなよ……」

 

意識を飛ばされて折り重なるように倒れ込んでいる人の山。その中には青みがかった銀髪の少女が堂々と立っていた。

 

「何してんだよ叢雲!」

 

「助けてあげたのにその言い方はないんじゃない?」

 

いつの間に手に入れていたのか、叢雲が鍵で手錠を外した。峻の両手を戒めていた鉄の輪が地に落ちる。

 

「バカ野郎! なんでここで暴れた! 何の意味もねえだろうが!」

 

「あんたが口封じに殺されることを防げるでしょ」

 

「……は?」

 

艦娘(わたしたち)はクローンなんでしょ。だからそれを知ったあんたは殺される。それを私は防止しただけよ」

 

峻はそんなこと望んでいなかった。助けて欲しくなんかなかった。このまま黙って処刑台へと歩いていく姿を見送ってくれればそれでよかったのだ。

暴れてしまえば、事は荒立つ。その結果がどこまで波及するかわからない。だがいいことが起きないのは確かだ。それがわかっていたから殺されるのも是とした。

 

だが叢雲がすべてをめちゃくちゃにしてしまった。

 

「ここで俺が死ねばすべてが綺麗に片付いたんだ! これ以上は誰も巻き込まずに終わらせられた! たかだが俺ひとりで済むのなら安い犠牲だろ!」

 

「ふざけないで!」

 

叢雲が怒鳴り返す。瞳に明確な怒気が宿り、わなわなと震える。

 

「あんたが私を助けたんでしょう! それなのに人を助けといて勝手にあんたは死ぬの? すべてを投げ出して? ふざけるのは大概にしなさいよ!」

 

ウェークのことを言っているのはすぐにわかった。だから言い返せない。峻は言葉に詰まるしかなかった。

 

「助けたことに責任を持ちなさいよ! そのせいで私がもうひとり作られたんでしょう!」

 

「……」

 

あの少女に叢雲をよろしくと言われた以上、叢雲が死ぬことを見過ごすわけにはいかない。だが叢雲は憲兵隊を襲っている。誰がやったのか認識される前にすべて打ち倒したとはいっても、このまま返すわけにはいかないだろう。峻が手枷を嵌められていた状態で襲撃を受けたとあれば、確実に誰か助けに来たものがいると考えるのはごく普通の思考だからだ。

 

つまり叢雲を連れて逃げる以外の選択肢がなくなった。

 

倒れている憲兵たちのポケットから車のものと思われるキーを取り出し、エンジンをかける。叢雲が居なくなっているのに気づき、辺りを見回すと正面玄関から大きな紙袋を提げて来ている姿を見つけた。

中身を聞こうかとは思ったが、今はその時間すら惜しい。

 

「乗れ」

 

運転席に滑り込みながら峻が叫ぶ。紙袋を抱えたまま、叢雲が助手席に乗り込んだ。

アクセルを踏み込むと車が動き出す。最初はゆっくりと。そして徐々に速く。

 

あっという間に館山基地は小さくなっていく。もう戻ることはないだろう。

 

「わかってんだろうな? これで俺たちは反逆者だ」

 

「憲兵隊を攻撃した時から覚悟はしてたわよ」

 

そういう事が言いたかった訳ではない。だがもう賽は投げられたのだ。今更になって引き返すことは出来ない。

走行中ならば時間はある。車を走らせながら会話するくらいは簡単だ。聞かなければいけないことがあった峻としては非常に助かる展開だ。

 

「教えろ。なんでお前は艦娘がクローンだと知った?」

 

「……病院からあんたの跡をつけてたから」

 

「っ……つまりあのとき感じた視線はお前のだったのか」

 

病院の正門で、クローンの少女と会った時に感じた視線。ウェークなどで自分の名前が売れているから注目を浴びるのは仕方ないと放置したあの視線は、叢雲のものだったようだ。

 

「廃工場に入っていくまでずっと見てた。中での会話もこっそり聞いてたのよ。私のクローンを殺した部隊が来てからは見つからないようにすぐ逃げたからそれ以降はわからないけど、でも艦娘(わたしたち)がクローンだってことはわかった」

 

「なんでまた病院に……」

 

「……退院の日は聞いてたから迎えに行ったのよ」

 

「待て。俺は退院の日を言った覚えはねえぞ?」

 

峻は夕張や明石にだいたいの日付は言ったが、正確な日にちまでは教えていなかった。だが叢雲はぴったりと退院の日に迎えに来た。そしてもうひとりと峻が会ったところを見たのだろう。

叢雲が退院の日を知る術はなかったはず。だが知っていなければ来ることなどできない。

 

「でも基地内で噂になってたわよ。正確な日がわかってないのに毎日、病院の玄関で張りこむようなことはさすがにしないわ」

 

「基地を空けたことに変わりはないがな」

 

叢雲が窓の外に顔を背ける。基地を任されておきながら、一時でも空けた罪悪感で叢雲は峻の顔をまっすぐに見られなかった。

 

「くそ、こっからどうする……」

 

「マスコミにリークするのは?」

 

「証拠もなしに誰がこんなこと信じる? そもそもクローンを使ってることなんてわかったら国際問題に発展してくぞ。世論に押されて今後は防衛ラインに艦娘は配置出来なくなるだろうな。その時点で国防体制は壊滅する。代替案がない現状でこれをやったら世界規模で人類は終わりだ」

 

「なんで今まで……」

 

「大将元帥クラスが噛んできた時点で情報統制くらいは簡単だ。将官レベルは真っ黒と思っていいだろうな」

 

「なにか……なにかないの?」

 

「思いつくものがあるならとうにやってる。それがないから逃げてんだろ」

 

切り札になるだろうものはある。だが峻がそれを切り札としては使えていない以上、なんの役にも立たない。たまらなくもどかしいが、できないものはできない。存在を認識しているだけでは使うことなど不可能だ。

 

ハンドルをきって右折。なんでもないただの町並みが続く道をあてもなく進み続ける。

 

「あんた、なにか隠してない?」

 

「……どうしてそう思う?」

 

「ヨーロッパの時と同じ顔してたから」

 

「同じ顔……ねえ」

 

もどかしいという意味では同じだ。手に届くところにありながらも、それを取ることはできない。あの時も暴れまわれば解決の糸口を掴めたかもしれない。けれど国賓という立場に縛られて自由に動けなかった。

 

「気のせいだろ」

 

言う必要はない。だからいつものように嘘はつかないようにして誤魔化す。知れば余計に叢雲自身が背負うリスクが増えるだけだ。どのみち峻も実態がうまく掴めないものを伝えることなど不可能だ。

 

「あんたは……」

 

「それよりそろそろ車から降りる準備しとけ。もう俺らが逃走していることはばれてるだろうし、憲兵の車両なんて目立つもんで逃げてたらすぐに見つかっちまう」

 

「……わかったわ」

 

強引な話のすり替えだ。もともと叢雲が持っているのは館山基地から持ってきていた紙袋だけだ。たったそれだけでは準備もへったくれもない。そんなことはわかりきっている。教えたくないから無理やり別の話題にしてしまっただけだ。

 

「ここらでいいだろ」

 

裏路地に入り込むと車を停める。サイドブレーキを引いてしっかりと停めると、キーを抜いてエンジンを止めた。

 

「先に出てろ」

 

「あんたは?」

 

「俺も出るさ。ただ少し車を調べたいだけだ」

 

あまり時間的な余裕があるとは思えないが、なにか使えるものがあるなら持って行きたいところだ。

 

「たぶんこういう軍事車両には……お、あったあった」

 

荷物入れの中にあるカバンを引っ張り出すといきおいよく開く。

 

「六四式は……嵩張るし目立つからいらねえな。アタッチメント装備もいらない。おい、RPGとかなんで入ってんだ……」

 

しかも六四式のアタッチメントに関しては銃剣からグレネードまでと幅広い。無駄なこだわりが窺えて取れた。

 

「C4と手榴弾だけ持ってくか。あとは9mm拳銃くらいはあった方が……」

 

「あんた」

 

「なんだよ?」

 

「これ」

 

叢雲が紙袋からショルダーホルスターにはいった拳銃を取り出して峻に渡す。

なんども感じたことのある重量感が右手にかかる。中身は見なくともわかった。

 

「俺のCz75か……」

 

「あとあんたのマガジンポーチとナイフ、それから商店街で買ってたデッキコートもあるわよ。軍服(それ)で逃げてたら目立つと思って。あと入り用になると思ったから財布も」

 

「…………そうだな」

 

最初から叢雲は逃げるつもりだったということだろう。もしくは峻だけを逃がすつもりだったのか。どちらかは不明だが、今さら何かをいったところでもう起こってしまったことは変わらない。

 

軍服の上着を脱いで車の中に安置する。まだタグが付いたままのデッキコートを袋から出して、ナイフでタグを切り落とす。そしてマガジンポーチとショルダーホルスターを装着してから羽織った。ちゃんとコートで隠れていることを確認。

 

「Cz75があるなら9mm拳銃はいらねえな。弾とC4と手榴弾だけかっぱらってけば十分だ」

 

ついでにあったレーションや、ガスランタンなどの欲しい物をさっさと回収すると、きっちりとバックをしめて荷台に押し込む。

 

「どうするの?」

 

「必要なもんを買い込んだらすぐにこっから離れる。車が見つかったらここら一帯にマークがつくからな」

 

まとめあげた荷物を持って峻が裏路地へと消えていく。その後を叢雲が追った。

 

 

 

 

 

《指名手配》

 

帆波峻 年齢:27歳 性別:男

 

現在逃亡中。憲兵隊以下ハ発見ヲ最優先ニシ、生ケ捕リニスベシ。タダシ抵抗激シイ場合ハ殺害モヤムナシトス。




こんにちは、プレリュードです!
本当に、ほんっとうに短かったですが、これにて第五章が完結です。たった4話しかないってどうなんだ……

もうひとりの少女と叢雲の暴走により、帆波の望まない方向へとこじれていくわけですが、これでもう彼は自ら望んで死ぬという選択肢を封じられました。
もう、誰も止まれない。止まらせてくれない。

感想、評価などお待ちしてます。それでは!

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