ゴーヤの答えや如何に⁈
それではいきます。
「はぁ…」
ゴーヤの答えを聞いてから峻は廊下をぽつぽつと歩きながらため息を溢した。
「予想してたとはいえ、思いの外面倒ごとになりそうだな」
ついさっきの病室でのやりとりを、そして彼女の考え出した答えが頭の中をぐるぐると回る。
「ゴーヤはっ……基地にっ……銚子基地に帰りたくないっ………でち…………」
俯いたまま、震える声で告げる。
きっと彼女なりの精一杯の言葉なのだろう。ベットのシーツを眼から零れた水滴が濡らし、小さく嗚咽が漏れる。
「そうか……。なら歓迎しよう。ようこそ、館山基地へ」
差し出した峻の右手を恐る恐ると、だがしっかりと伊58の手が握った。
「しばらくは安静にするようにな。イムヤ、付いていてやれ。シフトとかはうまく調整しておく」
「わかった。ありがとう」
「伊58、なにかあったらすぐに相談しな。大抵のことはなんとかしてやるから」
「待ってほしい…でち」
そう言い残し病室を出ようとする峻を伊58が引き留めた
「伊58って呼びづらいし長いから…ゴーヤでいい………でち」
「そっか。ならゴーヤ、よろしくな」
笑顔を浮かべて軽く手を振り病室を後にした。
「ゴーヤを匿うのは簡単だが、銚子の方はちっと根が深そうだな」
基地に帰りたくないとまで言わせるとは相当である。
(演習の時に様子見してみるか。確かうちがあちらに行く手筈だったしな)
その前に、匿うための段取りを進めなければいけない。やるべきことを頭の中で検討していく。
まず先日の流れ着いた時の記録の消去をした方がいいだろう。それからゴーヤの部屋の確保をしなくては。明石が直しているゴーヤの艤装もどこかに隠す必要も出てきた。
(記録は外部記録媒体に移してから消せばいい。部屋はイムヤの隣の空き部屋を使わせよう。艤装は……同じ潜水艦だから監査が来たらイムヤのスペアとか試作品だとか適当なこと言っときゃ誤魔化せるだろ)
それに加えて6日後の演習のメンバーも選ばなくてはいけない。一気に忙しくなってきたことに少々憂鬱になる。
(俺が匿うって言ったんだからやれることはすべてやるけどな)
考えながら歩いているとふと空腹を感じた。時間を確認するともう12時を過ぎている。
「とりあえず飯にするか」
腹が減ってはなんとやら。ひとまず食事を取ることにして、食堂へ足を運ぶ。
「ゴーヤ、入るわよ」
少し食事で外していたイムヤが戻ってきた。手にお盆を持っている。
「おかえり」
「ただいま。これ、お昼よ。お粥だって」
お盆の上には一人用の小さな土鍋と取り皿、小皿にのった漬物とほうれん草のおひたしの入った小鉢が乗っていた。
土鍋の蓋をあけるとふわっと湯気が立ち上り、卵でとじられた粥が姿を見せた。
「わあっ。おいしそうでち」
「おいしいに決まってるわ。まぁ食べてみなさい」
ゴーヤはケガで抵抗力が落ちて軽い風邪のような症状が出ているため、それを気遣ってのメニューだろう。もちろんケガは高速修復材を使ったため、とっくにもう治っているが。
取り皿にお粥をとってぱくりと一口。
「おいしいっ」
優しい味とふわふわの玉子の食感が口の中に広がる。次、次と食べていくとすぐに土鍋が空になってしまった。
「ごちそうさま。イムヤ、おいしかったよ」
「ふふん、でしょ!って言っても作ったのイムヤじゃないけど」
「えぇ……」
自分が作ったわけじゃないのに自慢気に胸を張って言われても、と思うゴーヤであった。
「じゃあ食堂の人にお礼言っといてほしいな」
「食堂の人が作ったわけじゃないわよ、これ」
「なら誰が?」
首を傾げて尋ねる。が、返ってきた答えは想像だにしない人物だった。
「提督よ」
「えっ」
「さっきまで顔だしてたひとよ」
「いや、それはわかるよ!」
司令官やって技術士官やって料理も出来る。噂によると体術などもかなりのものだとか。あの提督は存在がチートなのかとよくイムヤは思っていた。
「ねぇ、イムヤ」
「なに、ゴーヤ」
「あの人はなんでここまでしてくれるの?」
どうしても聞きたかった。
そもそも自分は他所の基地の艦娘である。たとえ自分の基地の艦娘でもここまでする基地司令はほとんどいない。それなのになぜここまでしてくれるのか。そんな義理はあの人にはないだろうに。
「うちの提督はお人好しなのよ」
さらっとイムヤが言った。
「そ、それだけ?」
「それだけじゃないかもね。とぼけた振りして色々と考えてる人だし。でもね」
「あなたを助けたのは善意だけよ。絶対にね。だって
しん、と病室が静かになる。
艦娘は兵器だ、消耗品だと考える軍人は多い。特に司令官系の人間はそう考えている傾向が激しい。その中で彼女たちを人として見て、接する。そんな人間はなかなかいない。
「ま、だいぶ変人だとは思うけどね」
そう言うとイムヤは笑みを浮かべた。釣られてゴーヤも笑ってしまう。
「イムヤは自分の提督のこと、どう思ってる?」
「稀代の変人で私たちを大事に思ってくれている人よ」
たぶんゴーヤのことも大事だと思ってると思う、と付け加える。
「だからイムヤもその思いに応えたいって思うから出撃の時とかにも頑張れるのかな」
頬を掻きながら照れくさそうにイムヤが笑う。
そんな風に自分の提督を思ったことがあっただろうか。そんな風に思われたことが銚子ではあっただろうか。
(信じても……いいのかな)
イムヤからはさっきから言わされている、という感じは一切しない。自然と言葉が出ているという感じだ。
「ねぇ、イムヤ」
「なに?」
「ちょっとイムヤの提督を呼んでほしいでち」
「どうして?」
イムヤ不思議そうに首を傾げる。
「ちょっと話したいことがあるの」
信じてみよう。親友のイムヤがここまで心を許す人を。
ゴーヤの真剣な目線を受けてイムヤが真面目な表情になり頷いた。
「話してる時はイムヤは外していた方がいい?」
「お願いするでち。あまり気持ちのいいものでもないし…」
「いいのね?呼ぶわよ」
イムヤが基地内線を使って峻を呼び出す。一言二言話すと内線が切れた。
「すぐに来るって」
「ありがと」
一度目を閉じて覚悟を決める。あの人は自分の地位を危うくしてもゴーヤを守る気だろう。そこまでしてもらって何も話さないのは不義理だと思ったのだ。
5分と少し経つと病室のドアが開き、峻が入ってきた。
「イムヤは廊下にいるから何かあったら呼んで」
どちらに投げかけたのかわからない言葉を残してイムヤが入れ替わりに病室から出て行った。
「少佐さん、さっきはお粥、ごちそうさまでした」
「気にするな。粥なんて作るのは大して難しいもんじゃねえ」
「それで、お話があります」
「いつもの調子でいい。イムヤと話してるみたいな感じでな。わざわざ固くなることはないさ」
戯けた風に言いながら峻の目は言っていた。
”いいんだな?無理ならやめといても誰も責めないぞ”と。
「うん。どうしても聞いてほしい」
峻の目を真っ直ぐに見て真剣な瞳でゴーヤが言った。
深呼吸してからゆっくりとゴーヤが話していく。時々辛いのか話が止まってしまったりしても峻は先を促そうとはせず、ひたすら聞き役に徹し続けた。
「────そういうことでち」
「そうか……大変だったな。それで俺にどうしてほしい?」
優しく背中を叩き、慰める。それと同時に無言で問いかけた。ゴーヤ、お前は俺になにを求めている、と。
「それは…………」
ほんの少し躊躇った。言おうか言わまいか。それでも言うことにしよう。自分のためだけじゃない。みんなのために。
図々しいかもしれないけど。厚かましいかもしれないけど。でもこの人になら。
「助けて」
小さな声はまっすぐに峻の耳朶を打つ。その言葉に、その思いに峻は短く返した。
「任せろ」
座っていた丸椅子から立ち上がる。
「時間はかかるかもしれない。でもきっと解決してみせる。だから待っててくれ」
そう言い残し病室を去った。頭では既に多くの思考が渦巻いていた。
(6日後の銚子との演習。ここがまずはファーストステップだな)
頭をフル回転させて考える。
その求めに応えるために。
帆波さんついに動く!
といいつつ次回は銚子との演習を書くことを予定してます。
まだまだ先は長そう。
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