静寂だけが辺りを支配する。峻と青みがかった銀髪の少女が向かい合っている間に夕陽が赤い影を落とす。
「何を言っているの? 私は叢雲よ。古鷹の救援や数々の作戦を潜り抜けた吹雪型駆逐艦の叢雲よ」
「いや、違う。お前は叢雲じゃない」
峻がポケットに手を突っ込んだまま少女の目を覗きこむ。きらきらと燃えるような赤に近いオレンジの瞳が光る。
「冗談は休み休みにしなさい。私はあんたの秘書艦よ」
「笑えないジョークだな。一文の価値にもなりゃしねえ」
峻が鼻で笑う。張り詰めた緊張には似合わないようで、ぴったりな乾いた笑い声。それが古びた廃工場に空々しく響く。
「くだらないわね。適当を言ってると怒るわよ?」
「なら適当じゃないと証明してみせようか。今日の昼にお前が食べたメニューを言ってみな」
「昼食? なんでそんなの……」
「いいから言ってみろ」
峻に促されて少女が思い出すために考える様子で斜め前を向く。
「前菜にスライスオニオンとスモークサーモンのカルパチオ風サラダ。パスタがズワイガニのトマトクリームパスタタッリアレッテ。メインに合鴨と7種ハーブの包み焼き有機野菜のグリルを添えて。デザートが特製ミルクジェラートマヌカハニーのキャラメリゼソースだったわね」
「そうだ。なかなかうまかったが問題はそこじゃあない」
「問題? そんなのないじゃない」
「なあ、前菜のメニューはどんな味だった?」
「あんたも食べたじゃない」
言われた通り、皿をシェアしていたため、もちろん峻も食べている。だから知らないわけがない。それでもあえて峻は問いかけた。
「いいから言ってみろ」
「……おいしかったわよ。玉ねぎの辛さがスモークサーモンとあっててすごくね」
「そうだ。あの生の玉ねぎはわざと辛みを効かせていた。たぶん、サーモンの脂っこさを中和させるために。だけどな、
「ッ…………」
少女の顔が強ばる。突きつけられた事実から目を逸らせない。
「どうやらある程度は監視でもするなりして見てたんだろうが、食の好みまでは知らなかったみたいだな」
まあ叢雲は火の入った玉ねぎなら普通に食べられるから勘違いしたってのもあるかもしれない。
薄味を好み、酒はそれなりに飲める。
そして叢雲が嫌いなものは生の玉ねぎ。
だが少女は食べた。スライスオニオン、つまりは生の玉ねぎをスライスしたものを事もなげに食べ、少し辛みが効いているがおいしいとまで言ったのだ。
「お互い下手な三文芝居はやめにしようぜ。もう全部ネタは上がっちまったんだ。もうここらがいい幕引きだよ」
少女が項垂れるように俯く。表情が前髪に隠れて見えなくなった。肩が震えていることを示すかのように長い毛先が小さく揺れる。
「は、はは、ははは、あはははははは!」
少女が髪を振り乱して笑う。狂気の滲み出たその笑い声は大気を通して峻の鼓膜を震わせる。
ひとしきり笑い終わったのか、それでもまだ頬に笑みを張り付けたまま少女がくの字に折っていた体をぴんとさせた。
「いつから?」
その問いかけはもやは認めたと同然だ。少女は叢雲の仮面を剥いで捨てた。残ったそれはいっそ穏やかとも言えるような笑みを湛えている。だがその目は笑っていない。
「
少女が軽く目を見開く。思い返せば峻は1度も言っていないのだ。お前、とかお嬢さま、とかそういった言葉ですべて流していた。ただの1度も少女を呼称する名前として言っていない。
「なあんだ、最初っから気づかれてたんだ」
「うっすらとな。最初はただおかしいなって思ったぐらいだ」
「結構がんばったつもりだけどなあ。そっくりだったはずなんだけど」
「ああ。口調も行動も瓜二つだった。けどそもそも叢雲だったら病院に迎えになんて来ない。俺があいつに館山を任せたって言った以上、そこから離れてノコノコ迎えに来るはずがないんだ」
何だかんだ変なところで責任感を発揮するのが峻の知っている叢雲だ。いや、今はあまりわかっていない。絶対に来ないとは言い切れなかった。だから初手で確信するまでに到ることができなかった。
「あーあ。上手くいってると思ってたのに。まさか最初の時点でミスしてたなんて思いもよらなかったな」
「三文芝居なんて言っちまったが、実際のところはかなりのもんだったぜ? 正直に言うと最初は俺の勘違いじゃないかと思ってた」
「ふうーん」
峻の賞賛も興味なさげに叢雲を名乗っていた少女がガラス片をコツンと蹴り飛ばす。何度か地面をバウンドしたガラス片は壁にぶつかり、地に落ちると動かなくなった。
「で?」
「で、ってなんのこと?」
「目的だよ、目的。わざわざそんな芸の細かいことしてまで俺に接触した理由だ」
この手のものを見破ることに関してはそれなりに自信があったため、食事も含めて一切の違和感を感じさせなかったのは相当だ。じっと少女の顔を覗き込む。
「特殊メイクの類じゃねえな」
「ご明察」
「かといって整形でもない。まったく痕跡を残さずに整形手術を受けるなんてのは不可能だ」
「そういうものなのね。どのみち私はお金がないから選択肢に浮かばなかったけど」
服とかは適当なの見繕って盗んだわ、と少女は悪びれることなくさらっと言った。何が楽しいのか胸元を軽くはだけたままでくるくると回り始める。
だが問題は服を盗んだとか乱れた着衣を直せとかではない。
人間は世界に似た顔の人間が3人はいるという都市伝説のようなものがある。それでもあくまで似た顔だ。全く同じ顔の人間は存在しない。
けれどこの少女は叢雲とそっくりだ。そっくりという言葉では弱いかもしれない。峻の記憶にある叢雲とまったく同じ顔だ。
「自分の目で見たものが真実よ。さあ、あなたはこの状況をどうやって結論付けるの、帆波峻大佐?」
歌うように少女が峻に問いかけを発して、足で回るようにステップを刻む。
顔も体格も声も何もかもが叢雲と同じ少女。性格や好みなどは違うようだが、ただのそっくりさんで片付けるには無理があるように思えた。
いや、もうここまでこればわかっていた。特殊メイクなら始めから看破していたし、整形だとしても峻は見破れた。
だからこそ、最も考えたくない可能性に行き当たってしまう。
「…………」
「たいむあーっぷ。うーん、意外と鈍いのかな。それともわかっていて目を逸らしているだけ?」
可笑しそうにくすくすと笑いながら峻の目を少女が覗き込む。何も写していない峻の目を見てなにが楽しいのかくるりくるりと回ってから両足を揃えてピシッと停止する。
「あなたは私のことを叢雲じゃないって言った。それは半分正解で半分間違い。確かに私はあなたの知ってる叢雲じゃない。でも同時にどうしようもないくらいに『叢雲』なの」
「……」
険しい顔で峻が少女を見続ける。まるでくだらない世間話でもしているような調子で話す少女は歪みを内包している言葉をすらすらと並べ立てる。
「もうわかってるよね。
クローン。それは細胞単位で同じ個体を作り出す技術だ。同じ声で同じ容姿。そんな人間を作ることができる。性格や好み、体形などは後天的なもので決まるが、遺伝子がまったく同じなら見た目だけはほとんど同じ人間が人工的に作れるのだ。
「……どうやってそれを証明する? クローンってのはただお前が言っただけの言葉だ。信じるに足る根拠がないだろ」
「この髪の毛でも抜いてDNA検査でもしてみればいいと思うけど? そうすれば私の言っていることが真実なのか一発でわかるはずよ。それとも、もっと他のものがいい?」
しなを作って少女が自らの身体に指を這わせる。太ももから段々と上に上っていき、腹部を伝って鎖骨を、そしてみずみずしい唇をなぞる。
「やってみる? どこでもお好きなところをどうぞ」
「……やめとく。廃工場で婦女子をひん剥く趣味はねえし、そこまで言った時点で本当だ。それに嘘の気配がしない」
「あら、つまらない。でもここまでくればわかるでしょう?」
「艦娘はバイオロイド、か……」
「なあんだ。わかっているんじゃない」
「『叢雲』だけがクローンだと考える方が不自然だろ。すべての艦娘がクローンだと考えた方が自然だ」
峻が奥歯をきつく噛みしめた。
世代交代はどの艦娘でも起きている。すべて同じ容姿、同じ声音を持った同じ個体が艦娘が沈んでも生まれ続ける。その法則はどの艦娘にも適応されるのだ。Aという名前の艦娘が沈めばその艦娘とまったく同じ声や姿形の艦娘Aが生まれる。それを繰り返しているのだ。
沈んでも替えが効く。当然だ。沈んでも同じ艦娘は生まれ続けられるのだから。
「となると同時期一個体の原則も崩れるか……」
「まあ、現にあなたの知ってる叢雲と私という叢雲が存在するんだから、同じ艦の艦娘は同じ時期に一体しか存在しないなんて嘘っぱちってことになるね」
「同時期一個体の原則はクローンだと隠すための嘘。同時期に何体も同じ顔の艦娘がいたら不自然に思われかねないから、か」
「当然の思考ね。じゃあ私が作られた理由もわかっているんでしょう?」
意味ありげな流し目で少女が峻の答えを待つ。激しい運動をしたわけでもないのに心臓が動悸を打つ。峻の表情筋は動いていない。だが動悸はひたすらに加速していく。
答えたくない。思い出したくない。向き合いたくない。やめてくれ。
理解している。いや、してしまったからこそ否定の言葉が浮かび続ける。それがどう足掻いたところで否定することなどできないとわかっているはずなのに。
「ウェーク島戦の前に『私』は沈んだ。でもそれは間違いだった。だから1度は出された撃沈報告をあなたは取り下げたんでしょ?」
「…………ああ」
「でもね、そのせいで私は作られたのよ。駆逐艦『叢雲』の記憶を植え付けられたクローンの私がね。『私』が沈んだと思われてたから作られた。でも『私』は沈んでなんかいなかった。生きてウェーク島に逃れていた」
苦虫を噛み潰したような顔で峻が追憶する。館山に迫ってくる深海棲艦の艦隊に叢雲が真っ向から挑み、散っていったと思ったあのとき。
そしてウェーク島まで30kmの距離を泳いで叢雲を助けに行ったあのときを。
記録の上だけで言うならば、帆波隊旗艦の叢雲は1度、沈んでいる。事実は違えど、記録上ではそうなってしまっていた。
「俺を殺しに来たか」
「別にあなたのことを恨んでいないわよ。それはとんだお門違いだもの。『私』を恨むつもりもないわ。確かに……」
少女がひょい、と両肩を持ちあげる。
「『私』が轟沈偽装なんて真似をしなければ私は作られなかったでしょうけどね」
「だがその状況を作ったのは俺だ」
「軍であるなら仕方ないでしょう? 兵器が壊れるのは当然のことよ」
「艦娘は兵器か」
「そうよ。単価にして20万円もかからない生体兵器。定められたボタンを押し込めば作られるクローンなんだもの」
峻が黙り込む。この少女はどうしようもなく正しかった。反論の余地などないくらいに。
「まさか培養機から出されてすぐに命を狙われることになるなんてこれっぽっちも思ってなかったけど。でも、それについてもあなたを恨むことは筋違いよ。そして『私』を責めることも」
「俺を殺しにきたわけでもないならなぜだ? なんでお前は俺の前に立った?」
「話してみたかったから」
ふわっと少女が微笑む。花がほころぶような笑顔、そして崩壊を内包する悲しい笑み。そんなものが混ざりあったような笑い方だった。
「大変だったのよ。必死になって工場から逃げ出して安心と思ったら追手が来て。いろんなとこに身を隠して逃げてきた。何日も口に何も入れられない日もあったし、何度も弾が身体を掠めた」
少女がまた踊りだす。くるくる、くるくるくる、と。口笛でも吹くかのような気楽さで。
「その過程で俺たちを監視してたのか」
「まあね。さすがにいきなりは不安だったし、ちょっといい潜伏場所があったからそこから覗かせてもらってたの。あの時は『私』を沈ませたやつがどんな人間なのか興味もあったしね 」
まあ実際のところと違って沈んでたわけじゃないんだけど、とやはり歌うような口調で少女が言った。
「失敗したなあ。色仕掛けで落としてしまえばこっちのものだったのにあなたは想像以上にガードが硬いんだもの。さっきから胸元をはだけさせたままにして際どいとこまで見せてるのに襲ってくる様子なんて欠片も見せないし」
「……俺に野外でやる性癖はねえよ」
「あら、残念。私なりに誘惑してるつもりだったのに。これならあなたが酷い男だった方がよっぽどよかったわね」
「お前に俺はどう映った?」
「『私』を沈ませたってくらいだし、とんだ無能か鬼畜かと思ってたのに、全然ちがうんだもの。和気あいあいとしてて……眩しいったら」
口角を穏やかにあげたまま、少女が目を細める。その視線は峻を真っ直ぐに捉えているようで、どこか遠くを見ているようだった。
「私もあんな日々が欲しかった。優しい人の下で戦って、色んなことで笑って。だからちょっと頑張ってみたけど無理だったみたい」
「……買いかぶりだ。俺は優しくなんかない」
「そうかもね。のらりくらりと人の好意から逃げてるあなたは優しくはないかもしれない。それでも私にとっては羨ましかったのよ」
そう言って少女は儚げに微笑む。無表情の峻はそれを見続けることしかできない。
「記憶を植え付けられたと言ったな?」
「言ったよ。だって私にはじめからそんな記憶なかったんだもの。研究者たちの話を盗み聞きした感じでは艦の記憶を定着させたらそれまでの記憶は消すつもりだったみたいね」
誤魔化すように発した質問は大したことはないとでも言うかのように返答された。少女が回るたびに裾が海藻のようにゆらゆらとたなびく。突如ピタリと回ることを少女がやめて峻の目をじっと見つめる。
「ねえ、『私』じゃなくて私を選ぶ気はない? これでも同じ叢雲よ。艦の記憶もある。戦闘技術は……あんまりないけどすぐに活躍できるようにしてみせる。だから私を『叢雲』にしてくれない?」
少女の視線が峻を射抜く。私を選んで欲しいのだと訴えかける。
だが、峻はその手を振り払う。
「……選ぶ選ばないじゃない。お前はお前であって叢雲じゃないんだ。それを一緒だと見なして選ぶなんてことはできない」
「…………そっか」
くるりと後ろを向いた少女の声に寂しげな色が乗った。肩が小さく震えて見えるような気がするのは気のせいだろうか。微かに峻の耳に届く嗚咽のような声は人気のない廃工場において、ひどく明瞭に響いた。
「あーあ、ふられちゃった。でも、楽しかった。だからいっか」
目の端が少し赤い。けれど健気に少女は笑う。楽しそうに、儚げに、そして何かを決意したように。
「『私』をお願いしてもいい?」
囁くように少女が言った。無言の肯定。そうするしかなかった。
「さて、と。だいたいこんなところかしらね」
夕陽の落とす影にちらりと少女が目をやる。いつの間にか廃工場の影はだいぶ長く伸びていた。
「たいむあーっぷ。短かったけど、おおむね楽しかったよ」
最後にくるん、と少女が一回転。後ろで手を組んで腰を折り、上目遣いで峻のことを見上げた。
「
パン! と乾いた銃声が鳴った。少女の胸に紅い花が咲く。口から一筋の赤い血が流れ、全身の力が抜けていった。ゆっくりと膝から崩れ落ち、そのまま少女はどっと地面に倒れ込んだ。胸から溢れ出る鮮血が冷たいコンクリートにとめどなく流れ出る。
「突入!」
ヘルメットを被って武装した集団が廃工場に飛び込む。全員がアサルトライフルを倒れて動かない少女に向かって突きつけた。ひとりが慎重に少女へと近寄り、しゃがみこんで手首を取る。
「脈拍ありません。ターゲットドリーの死亡を確認しました」
「よし。死体の回収に移れ。血痕も残すな」
「はっ!」
隊長らしき男が指示を出すと、どこからともなく死体袋が運ばれてくる。その中に手早く少女の遺体が詰め込まれ、運ばれていくと、次に進み出たのが床に残る広大な血痕をぬるま湯で洗い流していく。
男たちが手馴れた様子で床を掃除する。あっという間に血だらけだった床は元の灰色で無機質なコンクリートに戻り、そこでは何も起きなかったと思わせるくらいに無表情な廃工場へと姿をがらりと変えていた。
「帆波峻大佐ですね?」
「…………そうだ。そういうあんたらは尾行してたやつらか?」
「おや、気づいておられましたか。商店街から付けていましたが、さすがですね」
鼻を鳴らしてその賞賛を受け流す。褒められたところで嬉しくもなかったし、峻にとってそれは空々しく聞こえた。それに別のところで引っかかるのだ。
「病院じゃない……? じゃああの視線は……」
「どうかされましたか?」
「……いや、なんでもない」
病院を出たばかりの時に感じた視線は気のせいだったようだ。ピリピリしていたことは否めないため、本当にただの勘違いだったのだろう。
「一度は裏路地で撒かれたので焦りましたよ。結果的に見つけ出すことに時間がかかってしまいました」
「そうか」
「……もう少し取り乱されるかと思いましたが、意外と落ち着いておられますね」
「俺に…………」
「……? なんとおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもない。別にもう行っていいんだろ」
「はい、構いません。ですがひとつ言伝を預かっています」
「……」
無言で峻が先を促した。返答がないとわかった隊長が声のトーンを落とした。
「記憶を聞かせてもらう、だそうですよ」
「……そうか」
峻にしか聞こえない声で隊長が告げる。仮に盗聴器などが仕掛けられていても聞こえないボリュームにしている以上、これは峻以外には聞こえていないのだろう。
「用件はすんだな? 俺はもう行く」
「基地にお帰りになられるのなら構いませんよ。お疲れ様です」
隊長の言葉に答えず、峻が踵を返した。忙しなく動き回る人がいる中で特に咎められることもなく、峻は廃工場を出て行く。
外に停めてあるゴミ収集車の隣を歩く。おそらく、いや推測なんてしなくともわかる。表立って死体なんて運べない。そのためのカモフラージュとしてゴミ収集車に詰め込んで運ぶのだろう。
「取り乱す……か。俺にそんな資格はないんだよ」
目を伏せてゴミ収集車の隣を歩み去る。自分が選ばずに見殺しにした名も無き少女。それが中にはいるのだろう。
俺が殺した。決死の覚悟で少女が差し出した手を振り払った。少女の行く先がわかっていながら目を背けて耳を塞いだのだ。
変わりたかった。変われたと思ってた。だが実際どうだ? ヨーロッパで俺は何の躊躇いもなく殺した。昔と変わることなく、ただ無感情に殺した。
嗚呼、手にこびり付いた血をあと何回、幻視すればいいのだろう。何度この手を汚し続けることになるのだろう。
目的もなくただただ歩き続けた。どこをどうやって歩いたのか自分でもわからない。気がつけば寂れた波止場に峻はいた。
足元に小さな紫苑の花が風に揺れる。
峻は無言でその花を引きちぎると海に投げ入れた。2度、3度と紫苑は波に揉まれてから海中へとその姿を消した。
紫苑の花。その花言葉は、
《あなたのことを忘れない》
それがエゴにまみれているとわかっていながら。
こんにちは、プレリュードです。
そんなわけであと1話でこの章が終わるという、ものすっごい短い章でしたが、いかがでしたでしょうか。正直に言うとこの展開は初期から構想があったのですが、やりたくない展開でした。なんとか回避しようとはしたのですが自分の力量では難しかったようです……
さて、ここからようやく中盤の中盤が終わりと言ったところです。まだまだ続きますが、もうしばらくお付き合いいただければ幸いです。
感想、評価などお待ちしてます。それでは!