艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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鋼鉄の足

明石がピンクの髪を揺らしながら大きなケースを抱えて病院の廊下を歩いていた。

 

 

「うぅ、最初は軽いと思ってたけど長時間運んでると意外に疲れる……」

 

 

「そろそろ持つの交代しようか?」

 

 

「あとちょっとだからいいよ……」

 

 

夕張が隣を歩きながら親切心から代わろうとかしてくれるが、目指す病室までもう少しで到着する。わざわざ代わってもらう程のことには思えなかった。

 

 

「提督は気に入ってくれるかなぁ?」

 

 

「さあ? でもこれは試作品だし、もう何回か作り直しになるんじゃない?」

 

 

「やっぱりそうよねー。私と明石の渾身の作品なんだけどなぁ」

 

 

「いい物を作るにはトライアンドエラーが必要なんだよ」

 

 

夕張と明石。館山においていわゆる工廠組と言われる2人だ。夕張は専門というわけではないのだが、趣味が高じてよく工廠に入り浸り、結果的によく開発の手伝いなどをしている。今回も峻に頼まれたものを作り、病室へと運んでいる最中なのだ。

 

 

「明石、確かこの部屋だったよね?」

 

 

「ネームプレートに帆波って書いてあるしそのはず。ちょっと開けてもらっていい?」

 

 

「ん、わかった」

 

 

夕張が病室をノック。はいよー、という気の抜けた返事が聞こえ、ドアをスライドさせて病室の中に入る。

峻はリクライニングベットをあげてもたれながら本を読んでいた。2人が入ってくると栞を挟んで閉じ、サイドテーブルに乗せる。

 

 

「お前らが来たってことは……」

 

 

「はい! 出来ましたよ!」

 

 

「これですよ! それではお披露目といきましょう! オープン!」

 

 

明石が掛け声と共にケースを開ける。ケースの中は入れるものを傷つけないようにモコモコとしており、その上でその何かは梱包されていた。そして明石がケースを支え、夕張がその梱包を解いた。

 

 

そこには太陽光をキラキラと照り返し、金属光沢を放つ1本の機械化義足があった。

 

 

「タングステンと超々ジェラルミンを使ったのでかなり激しい使い方をしても大丈夫です。少しばかり重いかもしれませんが、なんとか許容範囲に抑えきりました!」

 

 

「よく抑え込めたな。重量はかなり厳しいかと思ったんだが」

 

 

「それは夕張の仕事ですよ!」

 

 

「ふっふっふ。脆くならないように、でも軽く! どこに使うのがベストなのか見つけるためにどれだけ私が苦労したと思ってるんですか! おかげで銃弾くらいなら簡単に弾けますよっ!」

 

 

夕張が自慢げに薄い胸を張る。よく見れば2人とも目の下にはうっすらとクマが見て取れる。寝ずに作り続けたのだろう。

 

 

「あと提督が送ってきた設計図のものは中に仕込んでおきました。正直これがいちばん大変でしたよ」

 

 

「無茶を言った自覚はある。悪いな」

 

 

「これは明石の仕事ですよ! 明石もなんか燃えちゃってて、私と2人でずっと工廠に籠っちゃいました!」

 

 

「いやぁ、あんな図面が送られてきたら燃えるますよ! こう、工作艦の血がぐつぐつと!」

 

 

興奮気味に詰め寄られて峻が苦笑する。まさか図面を送ってからここまで短い期間で作り上げてくるとは思っていなかった。さすがは明石と夕張の2人と言ったところだろうか。

 

 

「これがスペックカタログです。とりあえず目を通してください」

 

 

「ん、さんきゅ」

 

 

明石が厚めの紙束を峻に渡す。峻も心得たもので、全てをきちんと目を通すのではなく、必要最低限の箇所のみざっくりとさらっていく。

 

 

「とりあえず次の製作プランの目処は立ってますし、ちょっと着けてもらってデータ取って提督が新しい図面を引いてさえ頂ければいつでも取り掛かれます」

 

 

「……いや、これで十分だ」

 

 

「えっ?」

 

 

「スペックカタログ見りゃだいたいわかる。こんだけのもんなら十分すぎるくらいだ。さすがは明石と夕張だな」

 

 

にやりと峻が笑う。そして義足の入ったケースを閉じて明石から受け取るとベットの脇に慎重に置いた。

困惑したのは明石だ。

 

 

「いいんですか? 身体に直接装着するものですし……」

 

 

「問題ねえ。お前らはいい仕事してくれたよ」

 

 

峻が深く頷いた。事実、図面を送って3日で仕上げてきたことは驚嘆に値する。もう少し時間がかかると予想していた峻にとっては本当に驚くべきことだった。

 

 

「あんな機構を作り上げてくれた明石も、合金比率を見つけ出した夕張もよくやってくれた。これで俺はまた歩ける」

 

 

「……リハビリはちゃんとやるんですよね?」

 

 

夕張がジト目で峻を見つめる。また無茶するんじゃないかと思われているのだろう。

 

 

「分かってるっての。義肢技術もあがってるからな、リハビリに3日ってとこか」

 

 

「それでも早すぎなんですけど……明石、義足のリハビリって一般的にどれくらいかかるものだっけ?」

 

 

「えっと普通、最短でも1週間はかかりますよ?」

 

 

「そこは……ほら、気合いでなんとかするから」

 

 

「無茶する気マンマンじゃない!」

 

 

夕張が悲鳴混じりに叫ぶ。なにかちゃんとした理論理屈が来るのかと思いきや、飛んできたのは為せば成るの根性論。明石の目も自然と疑うような色を帯びていく。

 

 

「いや、あんまり基地司令が空けとくわけにもいかねえだろ? ずっと叢雲に預けとくのか?」

 

 

「まあそうですけど……」

 

 

渋々、明石が認める。いくら療養とはいえ、基地司令が空白のまま基地運用していくことがいい状態とは言えなかった。

 

 

「安心しろ。怪我の治りも順調だ。最近だと杖さえ持ってれば歩けてるしな。それにほら、左目の包帯も取れた」

 

 

何でもないことを示すために、左目を何度か閉じたり開けたりする。右手のギプスも外れた。臓器はまだ少し傷が残っているが、日常生活に支障はないレベルまで回復している。

 

 

「とにかくサンキューな。そんでもうお前らは帰れ。その様子じゃ、ここんとこ寝てないんだろ?」

 

 

「うぐっ……」

 

 

「いや、明石の部屋で仮眠取ったりしてましたし……」

 

 

「この3日間で何分だ?」

 

 

「さ、30分を2回…………」

 

 

つまり72時間あって1時間しか寝ていないということだ。そんなものは寝ていないのと等しい。

 

 

「帰って寝ろ。ほら、これ」

 

 

峻がサイドテーブルの財布をとり何枚か抜き取る。それを明石の手に無理やり押し付けた。

 

 

「それでタクシーでも取れ。そんで余った金で甘い物でも買ってゆっくりしろ。これは命令。いいな?」

 

 

「うわ、こんなに……いいんですか?」

 

 

「俺がいいって言ってんだ。何を気にする必要があるんだよ?」

 

 

なんでもなさ気に手を振る。これでも峻は大佐。別に金回りに困ってないし、むしろ給金に関しては使い道がなくて持て余しているくらいだ。ひたすら貯金されていく一方なのである。

 

 

「提督、太っ腹ー! ありがとうございます!」

 

 

「夕張、お前も調子いいな……」

 

 

あげると言ったものをいまさら返せと言うつもりは一切ないが。貯まりに貯まった1部に過ぎないし、それくらいで痛む懐ではない。

 

 

「じゃあ帰りますね。機械化義足に不調があったらいつでも明石の工廠へ来てくださいね!」

 

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 

「では!」

 

 

ピシッと夕張がおどけた風な敬礼を決めると病室を出ていき、その後に明石が続く。適当に見送ってから峻は明石が持ってきた義足に目をやった。

 

 

「ほんとによく作ってきてくれたもんだ……」

 

 

軽く叩けば頼もしい硬質な音が鳴る。指の形から関節まで完全に再現された鋼鉄の脚はある種の芸術だ。手で動かしてみれば滑らかに動き、この上から人工皮膚でも張ってやれば本物と区別がつかないかもしれない。

 

 

「……やるか」

 

 

コネクトデバイスを起動。軍のデータバンクに接続し、ある単語を入力して検索をかける。

 

 

《レベル5:アクセス権限が足りません》

 

 

峻が持つ、軍のデータバンクへのアクセス権はレベル4。最上位のレベル6ではなかっただけよしとすべきかもしれないが、それでもデータが閲覧できないことに変わりはない。

 

 

「閲覧できるやつに頼むか……」

 

 

つまり階級が峻よりも上の人間であり、かつ親しい仲である。一見して難しそうな条件ではあるが、1人だけ当てはまる者がいる。

 

 

連絡先のリンクを踏んで横須賀へと発信。5回ほどコールするといつもの中将サマがお出ましだ。

 

 

『シュン、ことあるごとに人を呼びつけるのはやめてほしいんだがな』

 

 

「まあそう言うなよマサキ。ちょっと聞きたいことがあってな」

 

 

『軍の回線を使ってないってことはヤバイやつか? もし本気でまずいなら止めるからな』

 

 

ぶつぶつ言いながらも承諾しているあたりは東雲も結構、いい人なのかもしれなかった。

 

 

『で、何が聞きたい?』

 

 

「艦娘の実戦投入にあたるまでの経緯が知りたい」

 

 

『なんでそんなものを……って聞いても無駄か。ちょっと待ってろ。……っし、出た。海鳥計画ってやつだな』

 

 

「海鳥計画?」

 

 

『ああ。初めて妖精に艦娘を建造してもらった後にできた計画のようだ。1人選んで適正のある指揮官につけた後に深海棲艦とぶつけるプロジェクトだったみたいだな。なるほど、これが成功したから今の体制ができあがったと言っても過言じゃねえな、こりゃ』

 

 

「なあ、マサキ。妖精については細かく書いてあるか?」

 

 

『うんにゃ、書かれてねえ。お前も知ってるはずの名前しかない。伊豆狩(いずかり)恭平(きょうへい)。技術屋なら知ってるだろ?』

 

 

「…………もちろんだ」

 

 

知らないわけがない。艦娘という概念どころか深海棲艦が出現する10年以上前に妖精という存在の可能性を提唱し、あまつさえ今の艤装の根本となるものを設計していた天才。それが伊豆狩恭平だ。当時はオーバーテクノロジーとして一蹴されただけだったが、今では彼の遺したものを元にして妖精が発見され、そして妖精の手によって艦娘が作られた。

つまりこの国防体制をつくるきっかけの大元をなんと今から20年よりも前に唱えていた世紀の大天才だ。天才ゆえの苦悩なのか自殺してしまったが、彼の生きた痕跡は今もなお息づき、世界を守るために戦っている。

 

 

『とにかく、海鳥計画とやらはその伊豆狩って天才の理論を元にして発見した妖精が建造した艦娘を実戦段階に引き上げるために艤装を作って装備させ、深海棲艦に対してどれだけ有効か試すための計画だったみたい

 

 

「なーる。わかった。さんきゅ」

 

 

『こちとら仕事中なんだ。今後はなしにしてくれよ?』

 

 

「善処するよ。じゃあな」

 

 

『ったく……おう、じゃあな』

 

 

繋いでいた通信を切り腕を組む。様々な思考が生まれては消えるを繰り返す。

 

 

「伊豆狩恭平と海鳥計画……いや、ここで関わってくることは予想の範疇だ。問題はそこじゃねえ」

 

 

ちらりとサイドテーブルに置かれたパソコンに目をやる。そしてそのパソコンに差し込まれたままにされている旧式のメモリーに。何を思って相模原はあのタイミングで父親が遺したメモリーを峻に託したのだろう。いや、昨日に捕まったという話はもちろん聞いている。だが本当にそれだけだろうか。

思えば峻はあの相模原の目を知っている。あれと同種の目を何度も見てきたのではないか。すべてを覚悟した人の目を。

 

 

頭を強く振って余計な考えを追い出す。そしてメモリーから目を逸らした。

中断しかけた思考作業に戻ろうとする。だがコール音がそれを阻んだ。

 

 

「今日は客が多いな……っと」

 

 

ホロウィンドウの受信ボタンをタップ。すぐに聞き慣れた声が脳へと直接送り込まれる。

 

 

『やあ、帆波。今は大丈夫かい?』

 

 

「大丈夫だ。昨日の相模原の件だな?」

 

 

『そうさ。どんな話をしたかと思ってね』

 

 

「自分からシャーマンですって告白しにきたようなもんだったな。全部が俺を軍から外すためにやってたってことを聞いたくらいか」

 

 

意図して幼少期の話を峻は伏せた。あまり踏み込まれたいものではないし、まだ自分の中で完璧に整理がつけれていなかった。

 

 

「これでどうだ?」

 

 

『いいよ。悪いね、そこまでプライベートなことに踏み込んでさ。ついでに聞くけど何かメモとかそういう類のもの渡されてないかい?』

 

 

「メモ? 別にもらってないな」

 

 

メモはもらっていない。もらったのは外部記憶媒体だ。だから嘘は言っていない。もし即興で言ったところで、簡単な嘘なら若狭は見破るだろう。

 

 

『そうかい? ところで帆波、伝えとかなきゃいけないことがある。悪いニュースだ』

 

 

「最近だといいニュースの方が珍しいけどな。で、なんだ?」

 

 

『相模原が留置場で首を吊って死んだ。自殺に見えるけどおそらくは殺しだよ』

 

 

「……殺しであると判断した根拠は?」

 

 

『見たほうが早いね。これは遺体が運ばれてくところの写真をこっそり撮らせたものだよ。ちょっと見てもらえる?』

 

 

画像が送られてきた旨を教えるホロウィンドウが立ち上がり、ダウンロードの許可を求められる。もちろんOKを押して画像を開く。

隠し撮りと言うだけあって画質は荒い。だが担架らしきものの上に瞳孔が開き切った哀れな骸が横たえられているのははっきりとわかった。どう見ても相模原だった。首に紐のようなものがきつく巻き付けられた跡があり、その跡を垂直に交差する赤い引っ掻き傷のようなものがうっすらと写っている。

 

 

「この傷は……警察が言うところの吉川線か」

 

 

『やっぱり気づくよね。なのに自殺で処理されたよ。すこし薄いのは気になるところだけどあとから意図して付ける意味はないから確実に相模原自身が掻き毟ったもののはず』

 

 

吉川線とは絞殺される際に、絞められた縄の跡と垂直につく引っ掻き傷のことだ。苦しみ、抵抗して首を掻き毟るためについた傷なのだが、自殺者の場合はこの跡は絶対に付かない。

つまりこの線が首に残っているということは相模原は殺されたということだ。

 

 

「殺しの隠蔽か」

 

 

『この写真だって撮るのにだいぶ苦労したんだ。明らかに軍は何かを隠そうとしてるね』

 

 

「それで俺への接触か。俺が何か相模原か聞いてないかどうか」

 

 

『そういうこと。何か知らないかと思ってね』

 

 

まったく知らないわけではない。トランペット事件。コネクトデバイスの上位互換が存在する可能性。いや、存在するという事実。いろいろな話を聞いた。

だがそれらすべてが気安く言えるようなことではなかった。

 

 

「……わからん。力になれなくて悪いな。そっちで探り入れてくれ」

 

 

『了解。療養中に邪魔したね。じゃあ』

 

 

ぷっつりと通信が切れる。結局は峻は何も言わなかった。確証がないというのもある。けれど本当にそれだけとは断言できなかった。

 

 

「相模原は殺された……おそらくは口封じ。知らなくてもいいことを知ってしまったんだろう。その内容は俺に告げなかったものだ」

 

 

そして知らなくてもいいことを知ったという事態を覚えられて消された。

では相模原は何を知った? 相模原は峻に告げなかったこととはなんだった? 

 

 

「言おうとしなかった理由だけは明白なんだよなあ……」

 

 

それがわかったところで何も先には進まない。いつまでも停滞し続けるだけだ。

 

 

パズルのピースが欠けている。最も大切なピースが。だから核心に迫ることができない。

 

 

「いや、真実に迫る必要なんてないか。俺は俺のやり方でいけばいいだけだ」

 

 

降りかかる火の粉は追い払う。必要性がないのに、自ら火中へと飛び込む理由はない。

 

 

ナースコールのボタンを押し込む。ひとまずはできあがったばかりの義足を装着するところから始めるのだった。

噂によると神経を繋ぐ時は激痛が走るらしい。それなりの覚悟を持って挑む必要がありそうだ。

 

 

入ってきた医師と話しながら相模原の最後の言葉が嫌に耳に付き続けた。

 

 

『君がこの世界を覆う籠から逃れることを』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手に持っていた新聞紙を放り投げて人影がくるくると回る。

 

 

「困ったな。ここもそろそろ危ないし、かといって次のアテもない」

 

 

白い息を吐きながら軽い調子で囁く。悩ましげであるはずなのにとても気楽そうだ。

 

 

「ずっと見てるだけだったけど、もういっか」

 

 

そう言って人影は笑った。愉しそうに、そして凄惨に。

 

 

「ねえ、帆波峻大佐?」

 

 

虚空に向かって無邪気に語りかける。当然、答えが返ってくるわけはない。

 

 

それでも愉快そうに人影は回る。

 

 

くるくる。くるくるくる、と。




新年明けましておめでとうございます!

年末はどう過ごしましたか? 自分は食っちゃ寝してましたね、はい。

ようやく帆波に右脚が! やー、これで歩けるようになりました。ずっと今後も病院に居座らせ続けるわけにもいかないんでね。悪いが寝たまんまなんてさせないぜ☆

前書きがなんで消えたか疑問に思われたそこの方。ぶっちゃけると前書きも後書きも書くのが面倒になったんです。これから前書きは警告だけにしてみようかと思ってます。ただ、自分のノリと気分で変えるかもしれませぬが。

感想、評価などお待ちしてます。それでは!

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