筆がうまく進まない今日このごろです。まあなんとか安定した更新を維持できているわけですが。
というか最近、説明回しかやってない気が……でもまともな艦隊戦いれたし大丈夫ですよね? ね?
窓から病室に風が吹き込む。冬も近づいてきたこの時期に吹く風はなかなかどうして肌寒い。
それにしても病人食というのはどうしてこう不味いのか。味付けが薄すぎるのか、元の素材が安いのか、調理師の腕が悪いのかわからないがとにかく不味いのだ。今のところは白米にふりかけで乗り切っているが、そろそろまともなものが食べたいころだった。
「くそ……付け根が痛みやがる」
昨日、東雲たちが帰ってから峻は経過よしと診断されて義足装着部を右脚に着ける手術を受けていた。第三次世界大戦や深海棲艦との戦いで義肢関係の技術レベルは大きく向上している。そのため義肢化する場合も被施術者の負担は大幅に減っているのだ。峻が受けたのも手術とはいえ、わざわざ手術室に入ってするほど大仰なものではなく、病室で行われていたのだった。
だがそれでも馴染むのには3日程度の時間を要する。それでも充分すぎるぐらい短いのだが。
「義足内蔵構造物の設計図は明石にもう送ったし明後日くらいには試作品があがってくるだろ」
それまでは待ちぼうけだ。少なくともまだ退院許可は下りていないからだ。いくら容態は安定していても中身の内臓が傷ついているため、もうしばらくはここに縛られることになる。
「暇だ……」
返るはずの無い呟きを峻がもらす。義足の設計が早々と完成してしまった時点でやることがなくなっていた。リーパーシステムの実戦データなどを見たいところだが、叢雲の艤装に保存してあるため今は閲覧することができない。持ってきてもらうこともできるが、たかがそれだけのために叢雲をここまで呼びつけるのも少し気が引けた。
ぼんやりと窓の外を見て黄昏ていると、アルミサッシ製の窓枠に影が落ちる。
「暇と言ったね? 安心したまえ! アタシが……キターーーーーー!!!!」
開けていた窓から常盤が病室に飛び込んできた。おそらくは病棟の屋上から懸垂降下で降りてきたのだろう。クライミングロープが腰から太腿部までをホールドしたハーネスに繋がっている。
「わざわざそんなもんまで用意してくるとか馬鹿なのか、常盤」
「失礼な。怪我したっていうから同期のよしみでひやかしに来たんじゃん。はい、これお見舞いの品」
「……菊の花の鉢植えって喧嘩売ってんのか?」
「まっさか。嫌がらせだよ、い・や・が・ら・せ」
カラカラと常盤が笑う。サイドテーブルに置かれた菊はまぶしいほどに真っ白だった。
「ヘタってなけりゃぶん殴ってやったのによ」
「アタシはいつでも歓迎だよ? 痛みほどこの世における感覚で素晴らしいものはないからね」
「そうかよ。で、何の用だ?」
「おちょくりに来ただけー。どお? 敗北のお味は?」
「別に負けてねえよ。さらしなは沈んじまったがうちの部隊は誰も沈んでねえ」
憮然とした様子で峻が言い返す。確かに被害をゼロにすることはできなかった。しかし輸送船団は欠けることなくラバウルに着いた。部隊は怪我こそ負えども全員が無事だ。
「そうだね。総合的に見れば帆波クンの勝利だ。でも帆波クンだけの勝敗でいくなら敗北じゃなぁい?」
常盤があったはずの峻の右脚を指さす。毛布を被っているため、直接は見えないが捲ればそこには何もない空間がある。
「いいや、勝利だよ。たかだか右脚1本で被害をかなり抑えられた。大金星だ」
「それを本気で言えちゃうんだよね、帆波クンは。自分をカウントに入れないっていうかさ」
「それがどうした?」
「自己犠牲とは違うなにかってこと。自らを痛めつけることを良しとしてる節がないかにゃーん?」
備え付けのスツールではなくベットの端に腰掛けた常盤がイタズラっぽく、そして同時に見透かすような目線で峻を射抜く。
「ま、帆波クンがそれでいいならいいんじゃない? それにレ級2体を相手取って2時間も時間を稼げたのは充分に勝利と呼ぶに足りる戦果ではあるしねぇ?」
「随分と含みのある言い方だな」
「だってわざとそういう言い方してるんだもん」
常盤が長くスラリと伸びた足をベットの端に座りながら揺らす。その度にハーネスと金具がぶつかり合い、ガチャガチャと喧しい。
「自らを痛めつける……か。お前に言われるとは思わなかったよ、常盤」
「あははは! アタシはほら、そういうのが好きだからさー。懸垂降下中も縄がいろいろなとこに食い込んでそれはもう、最高だったよ!」
「お前がいいならそれでいいんじゃねえか? それを本音で言ってるのならな」
空気が凍る。一切の感情を削ぎ落とした顔の峻と常盤の絶対零度の目線が交錯した。
「帆波クンは見透かしたようなことばっかり言うよね。自分のことを棚に上げてさ」
「お互い様だ。変態の仮面を付けてるお前には言われたかねえな」
これでも峻は大怪我を負ってまだ日が浅いのだ。容態はすこぶるいいとはいえ、本調子からはほど遠い。だが包帯に覆われていない右目から放射される視線は弱っていることなど1ミリも感じさせなかった。
峻と常盤が睨み合う。窓から吹き込む冷たい風が白い菊の花を揺らした。
そして突如、病室のドアがノックされた。
「じゃ、アタシは帰るよ。じゃねー」
「帰りも窓からなのか……絶対に受け付け通してないだろ、あの女」
ハーネスにロープがしっかりと装着されている事を確認した常盤が再び窓から出ていき、外壁をのぼっていく。手際よくスルスルとのぼっていき、あっという間に常盤の姿は見えなくなった。その間、峻は後に残された菊の花を必死に手を伸ばしてベットの脇に隠した。客人が誰かはわからないが、病室に菊の花は飾ってあって気持ちがいいものではないだろう。
「どうぞ」
「失礼」
病室に入ってきた50は超えているであろう、壮年の男性を見て峻は驚いた。1度しか直接、いやホログラム越しにしか合わせたことのない顔。
「
「久しぶりだな。息災……とは言えなさそうだが無事でよかった」
「お久しぶりです。いつかは欧州事情をご教授していただき、ありがとうございます」
「あの程度たいしたことではないさ。それにあまり役には立たなかったのだろう?」
「いえ、とんでもない! 非常に助かりました」
丁寧に峻は礼をした。あの時の情報提供のおかげで事前に覚悟を決めておくことができた。もし何も知らなければヨーロッパにおける峻の対応もかなり違っていたはずだ。
「そうか。役に立ったならよかった。今回のことは……残念だったな」
「いえ……命を取られたわけではないので」
頭を垂れた相模原。どう考えても峻の右脚を言っていることは明白だった。
「今後はどうするつもりだ? 軍を辞めるのか?」
「いいえ。軍は辞めません。今は義足の完成待ちです。完成次第、装着して動作確認。何度か調整した後にリハビリという形になるかと。義肢技術もここ十数年で大幅に向上しました。そこまでリハビリも時間はかからないはずです。怪我の治療も含めるとおおよそ2週間弱で復帰できるはずです」
自分が義足作成で暴走しなければだが、と峻は内心で付け加えた。既にかなりぶっ飛んだ図面を明石に送っているので、そこはあまり保証できないのだ。なにせ明石から、正気ですか!? と半分がクレームで半分が心配の通信が病室に響き渡ったほどだ。
「……そこまでの怪我を負っておきながらまだ軍に残り続けるのか?」
「自分が軍を辞す時は殉職する時でしょうね」
「何故そこまで……いや、これを聞くのは野暮か」
問いかけを途中で中断するその洞察力はさすがだ。何かを腹に決めた人間にその理由を問うことの無意味さを相模原は峻よりも長い人生で悟っていた。
「相模原大佐、座ってください。せっかく来ていただいたのに何もお出しできませんが……」
「いや、気にしないでくれ。用件に移ろう。もうあまり私には時間が無い」
「そう……ですか」
小さく相模原は頷いて首肯した。そして意を決したように口を開いた。
「今日、私が来たのは謝罪しに来たのだ」
「謝罪……ですか?」
行動の理由が理解できなくて峻は訝しげに相模原の様子を窺う。座らなかった相模原はいきなり峻に向かって頭を下げた。それに慌てたのは峻だ。
「頭をあげてください!」
いくら階級が同じといっても峻はまだ27の若輩。対して相模原は50を越えているのだ。年齢的に言えば相模原の方が年上である以上、いきなり頭を深々と下げられれば驚くのは当たり前だった。
「すまない。本当にすまなかった」
「だから何がですか!」
困惑のあまり、語気が荒くなる。何に対して目の前の男が謝りたいのかまったくわからない。それでも相模原は頭を下げ続ける。
「さらしなに仕掛けられたウイルスコードを作り、宇多川少将に流したのは私だ」
「…………………………は?」
峻の思考に空白が生じた。
若狭は落ち着けなかった。そのため、いつも通りに仕事をしていても、ついうわの空になってしまう。長月には気づかれていないが、というかそもそもそういった姿を見せないようにしているが、ふとした時に思考が停止して他事を考えてしまっている。
「そういえばそろそろじゃないか?」
「そうだね。そろそろ結果が出る頃だ」
若狭と長月の言っている結果とは峻が命懸けで入手してきたさらしなの外部アクセス履歴の解析結果だ。
つまり今か今かとその結果が来るのを待ち続けているのだ。
「どうなるだろうな……」
「さあ? でも帆波があそこまで必死になって持ち帰ってくれた手がかりだ。できれば実を結んでくれることを祈るよ」
「アクセス履歴まで手を回されていたらどうする?」
「それはない、と思う。あの時はすぐにアクセスを切っていってたからそこまで完璧に足跡を消す時間はなかったはず」
希望的観測であることは否めない。けれど解析がうまくいけば、介入してきた人間を特定できる。あの時は助けられたが、勝手に軍のシステムに侵入した時点で若狭の調査対象だ。
「ちなみにその介入者はどうするつもりなんだ?」
「うん、とりあえず事情聴取だね。何が目的だったのか聞き出さなくちゃね。それにもし裏で糸を引いてる人間がいるならそこもまとめて挙げてしまいたい」
「欲張りだな、若狭は」
「手っ取り早く片付くならそれに越したことはないじゃないか」
「……一理あるな」
「効率よくできるなら僕はそっちを選ぶよ。総当りは時間も労力もかかりすぎるからね」
「……実際、私は疲れたぞ?」
「はは、ごめんよ」
以前に身辺の人間をすべて洗い出すという、相当に面倒な仕事をさせられた長月がジト目で若狭を見つめる。長月も本気で恨んでいるわけではないのですぐにやめるし、若狭自身はその程度のことは全く気にとめないため問題はない。
何気ない雑談をしていると若狭のパソコンが鳴った。簡単な和音の通知はメールだと長月は知っていたので、それが解析結果の通知だとすぐにわかった。
「若狭、結果が来たみたいだぞ」
「うん、そうだね」
和やかだった部屋を緊張感が満たす。若狭が仕事用のメールボックスを開き、メールにウイルスなどの余計なものが付いていないか確かめた後にようやくメールを開いた。
固唾を飲んで長月は待ち続ける。若狭は画面をスクロールさせ、結果を読み取っている。そしてその結果を見てから何かを入力し始めた。エンターキーを強く押し込む音と共に若狭が背もたれに体を預けた。
「どうだった?」
「まだなんとも。解析結果を元に逆探かけてるから少し待たなきゃね」
「どれくらいかかるんだ?」
「そんなにはかからないよ。こうやって話してる内に終わるさ」
「そんなに早いものなのか?」
「まあね」
逆探が成功するかどうかは定かではない。だが可能性があるならその一縷の望みに賭ける価値はある。
小さなウィンドウのバーがだんだんと左から右へと緑色に染まっていく。
ポーン、という電子音。深くもたれていた若狭が再びパソコンにかじりつく。
そして若狭が勢いよく立ち上がった。
あまりの勢いに椅子が倒れるがそれすらも気に止めない。いや、それよりも衝撃的な結果を叩きつけられたのだ。
「どうした?」
「ふざけてるね……さらしなにアクセスしていた場所は
「なんだって!?」
「正確に言うなら海軍本部防諜部ビル。今まさに僕たちがいるビルだよ」
確かに防諜部の人間の中なら若狭よりウイルスコードの突破に長けている人間もいるかもしれない。だがおかしいのだ。
「東雲からの連絡を受けた時、僕は誰にも言わずにさらしなの通信区画にアタックをかけた。あの時点でさらしなにウイルスが仕掛けられていたことを知ってる人間は防諜部には
「ダミーである可能性は?」
「この手の仕事をやってて長いからね。これにはダミーらしき痕跡が存在しない。断言できるよ。これは本物に繋がってる」
「誰かわかるのか?」
「逆探は成功した。なら大元にアタックをかけてアドレスを引っこ抜いて、データバンクに繋げば具体的なものがわかるはずだよ」
「それは越権行為にならないか?」
「僕はあくまで、軍のシステムに不当にアクセスした人間を探すだけだよ」
屁理屈じゃないか、という長月の言葉を無視して若狭が自分のパソコンに向き合う。そして逆探により出てきたリンクを踏む。
若狭はウイルスコードの駆除は得手としていない。もちろん、並以上ではあるが最も得意としているのはセキュリティハックだと思っている。
指が滑らかに動き、部屋をキーの叩かれる無機質な音が満たす。それを長月はただ固唾を飲んで見守った。
「よし! 長月、データバンクにアクセス。このマリンコードで検索かけて」
「了解した。少し待ってくれ」
若狭から送られてきたコードをコピーし、長月がデータバンクに接続。軍に属している人間、ひとりひとりに割り振られたマリンコードを使い検索をかける。
「……出たぞ」
「誰だった?」
「海軍本部防諜部対外課所属……相模原貴史大佐」
長月の告げた名前に若狭が眉をひそめる。その名前は夏に若狭が峻の依頼で欧州事情を聞きに行った人物の名だ。
「…………」
「若狭、どうする?」
「どうするも何も……ちょっと待って」
パソコンではなくコネクトデバイスのホロウィンドウを使って勤務状況を調べる。現在、相模原の表示は
「とりあえず少し潜ってみるよ」
「もし何も無かったら?」
「その時はその時さ。大丈夫、痕跡を残すようなヘマはしないよ」
相模原のパソコンに繋がっている自分のパソコンに向き合い、仕掛けられているであろうトラップを起動させないように慎重に潜っていく。
気を抜かずに落ち着いて。ただし時間はかけるな。気取られること無く望む情報をこの手に掴め。
「っ! これは!」
「どうした?」
「とんだ爆弾を掘り当てたものだよ! まさか帆波が命懸けで持ち帰ったメモリーがこんな結末を招くことになるなんてね……」
眉根を揉みながら若狭がぼやく。タチの悪い冗談を目の前で大量にぶちまけられたような気分だった。
「長月、警備室システムに接続」
「監視カメラか?」
「うん。相模原がどこに行ったか調べる」
「了解した」
長月が防諜部ビルの警備システムへアクセス。その間、若狭は相模原のパソコンから痕跡を抹消してアクセスを切断した。
「どう?」
「待て。む……車に乗ったな。そこから後も辿るか?」
「やって。街頭カメラへのアクセスは僕が許可するよ」
「承知だ。早送りをして……見つけた!」
「どこにいる?」
「高速を今、降りたぞ。この方向だと……横須賀?」
長月がモニターを睨みながら監視カメラを次々と変えて、走る車を追いかける。法定速度ギリギリで走っている様子を見るに、急いでいるのだろうか。
「横須賀なら……横須賀鎮守府かい?」
「たぶん……いや、待て。方向が違う。こっちだとあるのは……」
「長月、見せて。……鎮守府の方向じゃないね。こっちは横須賀中央病院の方向…………っ!」
慌てた若狭が引き出しから9mm拳銃を取り出して動作を確認すると上着を羽織る。
「長月、横須賀憲兵隊に連絡。僕たちも行くよ」
「どこへ!?」
「横須賀中央病院!」
部屋を飛び出して階段をかけ降りる。公用車に乗り込んでシリンダーにキーを差し込んで回す。そうしている間に長月は助手席に滑り込んだ。
「何があったんだ! 相模原大佐のパソコンを見てからというものの変だぞ!」
「いろいろあったのさ! くそ、帆波は通信に出ないか……」
片手でハンドルを握りながら通信をかけていたが、出ないとわかってホロウィンドウを閉じる。
「一体、何を見たんだ?」
「さらしなに仕掛けられていたウイルスコードと同じものが未起動で凍結されて保存されていた! その他にもいろいろやばそうなものがいっぱいさ。ただ確実に言えることがひとつ」
険しい表情で運転しつつ、若狭は決定的な言葉を告げる。
「
さんざん引っ張り続けたネタでしたがいかがでしょう? 雑? うん、知ってた(遠い目)
ていうか相模原さん覚えてる方いるのか? 欧州編でちょこっと出てきただけの方だからすっごい不安です。
感想、評価などお待ちしてます。それでは!