艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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こんにちは、プレリュードです!

はい、イベント報告ー(ダミ声)
E-1甲
E-2甲
E-3丙
E-4丙
E-5丙

でクリアしました。ドロップは時津風×2、天津風、海風×2、江風、三隈、天城、山風、朝風です。割りと豊作だったので今回はホクホクです。初めて長門来たしね。今まで長門がいなかったんでほんとに良い結果かと。


鮮血の対価

翔鶴から峻が一命を取り留めたという連絡を受けてから東雲はあらゆることに対して迅速に対応していた。

横須賀中央病院の個室を確保することもそのうひとつ。そしてもうひとつ、やるべきことがあった。

 

 

横須賀鎮守府の一室を訪れる。控えめなノックをすると返事が聞こえ、中に目的の人物がいることがわかった。

 

 

「入るぞ」

 

 

「! これは東雲中将どの!」

 

 

東雲の使っている机と比べると幾分かグレードの落ちる執務机で資料を見ていた男が立ち上がり、脇を締めた敬礼をする。

 

 

「夜分に悪いな、小泉(こいずみ)稜樹(いつき)中佐」

 

 

「いえ。当然どうされましたか?」

 

 

小泉の問いかけを無視して部屋をぐるりと見渡す。ありふれたノートパソコンに、資料のファイル、接客用のソファや本棚と実に普通の部屋。そこに小泉と東雲、2人が向かい合っているだけの味気ない部屋だ。何も言わずに部屋を見るだけの東雲に不信感を抱いたのか、小泉の指がピクリと僅かに動く。

 

 

「……響ちゃんはいないのか?」

 

 

「はい。もう遅いので先に休ませました」

 

 

「そうか」

 

 

それだけ言って東雲が黙り込む。小泉は表情を崩すことなく、ただ東雲を見つめ続けた。

 

 

「まだるっこしいのは嫌いなんだ。単刀直入にいこう。館山基地に翔鶴を通さずに輸送作戦の命令書を送ったことと、さらしなにウイルスコードのプログラムを流し込んだのはお前だな?」

 

 

「……なにを仰っているのかわかりかねます」

 

 

「ならわかるように説明してやるよ。まずは作戦の命令書だ。翔鶴はそんなものを見たことは無いと言い切った。だが館山に送られていた。横須賀の承認判つきの命令書が、だ。仮に翔鶴が見逃していたとしても承認判が押されているのはおかしい。誰かが秘密裏に押したと考えるべきだ」

 

 

複製などをしたとしても、判を押す時に使う特殊なインクまで用意はできない。だが館山基地で確認させた結果によると、正規の判だったということは榛名から確認済みだ。

 

 

「ならこっそりと判子を押せて、なおかつ館山へ送る書類の束に命令書を紛れ込ませられる人物ということになる。そしてそんな条件を満たせる人物なんてそうはいない。郵送手続きを手伝っていて、かつ常に書類を受け取るために執務室へ入り浸ってた人間とかな。そしてそんな条件にぴったりと嵌る人間は1人しかいなかった。お前だよ、横須賀第五水雷戦隊司令小泉稜樹中佐」

 

 

「……ほう、そうでしたか」

 

 

「ああ。残念だがな」

 

 

東雲が冷たい視線を注ぐ。小泉は変わらず無表情だ。

 

 

「ですがそれはあくまで状況証拠です。確たるものではない以上は中将の推測に過ぎません」

 

 

「そうだ。これだけでは容疑者筆頭でしかない。だがほかにあればどうだ?」

 

 

「ほか……ですか」

 

 

「ああ。例えばそのノートパソコンとか」

 

 

東雲が執務机に乗っているノートパソコンを指差す。小泉のポーカーフェイスは崩れない。

 

 

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だが続いた東雲の言葉に小さく小泉の眉がピクリと動く。その反応で東雲には充分だった。伊達に中将の地位にはいない。小さな反応を見落とすほど抜けてはいないし、その反応から感情や心理を推測することはある程度ならば可能だ。

そしてその眉の動きは東雲に当たりだと克明に告げていた。

 

 

「そのPCにあるんだろ? さらしなと接触した履歴が。もしかしたらウイルスコードも残ってるのか?」

 

 

「…………」

 

 

「黙ってちゃわからんぜ。はっきり言ったらどうだ?」

 

 

東雲が小泉に睨みをきかせる。

はっきり言っておくと、東雲は超薄型PCのことなんて知らなかった。だが部屋を見渡した時、小泉は本棚の方を向いた時だけわずかながら指を動かすという形で反応を示した。堂々と後暗いことをやったパソコンを置いておくとは思えなかったため、予備があると考えていた東雲は本棚にあるのではないかとあたりをつけてカマをかけたのだ。

つまり具体的な場所も物も一切わかっていなかった。小泉の見せる行動、隠そうとしている感情の揺らぎ。そういった細かいものを見落とさずにその場で可能性を作り上げるのだ。

 

 

「だんまりか。ならこっちも強硬手段に出るぜ? 今のうちに大人しく差し出して洗いざらい吐いてくれれば悪いようにはしねえ。左遷くらいで止めるように働きかけてやるよ」

 

 

「……」

 

 

「どうする? 強制捜査で手荒い取り調べか自白で丁寧な事情聴取か。好きな方を選べ。そういえば最近、新しい道具(おもちゃ)が来たってこの前、憲兵とかが騒いでたっけな」

 

 

「……」

 

 

「あれなら響が望むなら一緒につけてやってもいい。それで……」

 

 

「響? 別にあんなのはどうでもいい」

 

 

小泉が冷たく言い放つ。そのまま本棚に向かい、一番下の本を全て出すと底板を外した。その中からは東雲の予想通り、薄型のパソコンが現れた。

 

 

「ウイルスコードは本部の宇多川少将……あの山崎中将にべったりの人ですよ。あの人に貰いました。全部ここに残っていますよ。これでいいですか?」

 

 

「……随分とあっさりしてるな」

 

 

「どっちを取った方がリターンが大きいか位は考えます。どうせ山崎中将の近くにいても干されるのなら今のうちに東雲中将に尻尾を降っておきますよ」

 

 

「そうかよ」

 

 

投げやりに言い放ちながらやはり、という思いが東雲にはあった。この企みは東雲自身が横須賀にいないことが前提だ。となれば自分を横須賀から切り離す必要があり、実際のところ東雲は本部に会議という名目で拘束されていた。

命令書は本部にいる誰かが作成したものだろうし、そもそもレ級の情報を各地に送らないように情報統制をかけられるのも本部の将官クラスだけ。ここまでくれば、本部務めの誰かしらが関係していることは読める。

 

 

「小泉……お前がシャーマンなのか?」

 

 

「……? なんのことですか?」

 

 

怪訝な顔で小泉が首を傾げる。

 

 

「お前はシュン、いや帆波を失脚させることが目的じゃないのか?」

 

 

「自分は別に帆波大佐である必要はありませんよ。ただ、自分の基地が欲しかっただけです。交換材料として館山基地を提示されて、ちょうどよかったので今回の話に乗ったまでです。別にどこの基地司令でもまったく構いませんでした。その過程で有利に働くかもしれないので響との関係も良くしておいただけですし」

 

 

「……ならいい。後は大人しくしてるんだな」

 

 

合図と共に小泉の部屋に憲兵が乗り込み、小泉の両脇を固めると連れ出していく。そのまま出ていくかと思いきや、入口の近くでピタリと足を止める。

 

 

「善悪でいけば悪。好き嫌いでいけば嫌い。それでも欲には勝てないんですよ」

 

 

「なら強欲の償いをするんだな」

 

 

もうなにも言うことは無い。連れていかれ小泉の執務室で東雲がひとりたたずむ。

 

 

「あんたのミスは翔鶴を甘く見すぎたことと、帆波峻という男を侮ったことだよ」

 

 

まだ見ぬ黒幕(ラスボス)に対する勝利宣言。東雲はその相手を鼻で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀中央病院の一室。そこで峻は眠っていた。あれからもう3日も経っている。

 

 

真っ白な病室で心拍数を測る計器が一定のリズムを刻む。だんだんと電子音の間隔が短くなり、リズムがアップテンポになっていく。80前後だった数字が今は120を超えた。峻の口から荒い呼吸が漏れ、額に珠のような汗が浮かぶ。

そしてなんの前触れもなくその目が開いた。

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」

 

 

勢いよく起き上がり、全身を走った痛みに顔をしかめる。左眼を覆うようにして包帯が巻かれているせいで視界が狭い。だがそれを言うのならば身体中が似たような有様だった。右腕に付けられたギプスにありとあらゆる所に巻き付けられている包帯、そして酸素マスク、挙句に左手首に刺された点滴針から輸液が流し込まれている。

 

 

どくん、と心臓が強く脈打った。1度は落ち着きかけた脈動がまた早鐘を打ち始める。脂汗が吹き出し、左手がシーツを強く握りしめた。

 

 

 

 

──きらりと光を反射する銀色。不気味に輝くそれはゆっくりと近づき……

 

 

 

 

「やめろ…………」

 

 

 

 

──老人が倒れた。額には穴が穿たれ、鮮血が流れる。

 

 

──やめて! せめてこの子だけは! 私のことはいいからこの子だけは!

 

 

──まだ幼い子供を庇うように抱える母親。火薬の匂いと鉄臭い匂いが混じりあい、鼻をつく。

 

 

 

 

「やめてくれ…………」

 

 

異常な脈拍を計測した計器が甲高い警告音を発し始める。その音すらも峻は聞こえていなかった。自分の荒い息遣いと聞こえるはずのない悲鳴と怒号が交差する。

たださっき見ていた悪夢を引きずっているだけだ。わかっているはずなのにシーツを握りしめる左手は力を増していく。耐えきれなくなったリネン地が悲鳴を上げる。

 

 

その瞬間、病室の引き戸が素早く開けられ、看護師と医師が駆け込むようにして入ってきた。

 

 

「どうしましたかっ?」

 

 

叫ぶように声がかけられて、峻の呼吸が落ち着いていく。激しく動いていた心臓も緩やかな脈動に戻っていった。

 

 

「……いえ、なんでもないです」

 

 

「そうですか。念のためバイタルチェックをしますね」

 

 

テキパキと動き始める医師と看護師。その姿を目で追っていると、視線は何となしに下半身へ。そして失われた右脚へ。

ぽっかりと空いたその空間は現実味を感じさせない。けれどわかっている。もうなくなってしまった。

 

 

「はい、問題はありませんね。ですがしばらくは入院生活になると思います」

 

 

「わかりました。すみません、いくらかお願いが……」

 

 

「……できる範囲なら」

 

 

少し考えたふうの医師が難しい顔で小さくうなづく。

峻が自分の要求を伝える。沈黙の時間が流れ、医師が僅かに逡巡。

 

 

「それならば出来ます。ですがパソコンに関しては気分が悪くなるなど、身体に異常が感じられた時点で使用を控えると確約してください」

 

 

「充分です。ありがとうございます」

 

 

ベットで上体だけ起こした状態で峻が小さく腰を折った。

 

 

その後は簡易テーブルをベットの上に展開し、何度か医師が出入りを繰り返す。体に繋がるチューブを外されたり、持ってこられたよくわからない錠剤や、液体を飲まされ、ようやく一息ついた。いや、峻自身はまったく動いていないのだが、いろいろ飲まされたり外されたりしているだけでなんだかどっと疲れていた。

 

 

パソコンを使いたいと思っても、手元になければやれない。特にすることがなく、ぼんやりと窓の外を眺める。無為に時間が流れていく。

 

 

「失礼……するわ」

 

 

おそるおそる、といった様子で叢雲が病室に入ってきた。手に提げていた荷物をサイドテーブルに置き、ベットの隣にスツールを引き寄せて座る。

だが俯いたままで何かを話すこともなく気まずい空気が流れる。

 

 

「あー、叢雲。館山はいいのか?」

 

 

「……今は加賀と榛名に代わってもらってる。ちょっとくらい私が外しても問題はないわ」

 

 

「そうか」

 

 

また沈黙。持ち上がった峻の左手を見て、叢雲が身を縮ませて、その様子を見た峻が行き場を失った左手を下ろす。

 

 

「これ……」

 

 

「差し入れか? ……おお! さっすが! これが欲しかったんだ!」

 

 

叢雲が大きめのカバンの中から取り出したのは峻のパソコンだ。欧州で壊したため、使っていたスペアはさらしなと一緒に海の底へ沈んだため、スペアのスペアといったところか。さすがにこれ以上、壊れられるともうストックがないため、勘弁してほしいところだ。

 

 

「ちょうど欲しかったんだ。助かるぜ」

 

 

簡易テーブルの上にノートパソコンを開く。早急にやりたいことがあった。

 

 

「えっと……」

 

 

「どうした、さっきから? 歯切れが悪いな」

 

 

立ち上げかけたパソコンを閉じて叢雲と向き合う。ベットの左側にスツールがあるため、体ごと向きを変えた。

 

 

「あの……足…………悪かったわ……」

 

 

そこまで言われてようやく何を叢雲が言いたかったのか理解した。我ながら察するのが遅いと叱咤しつつ、どう言葉をかけるものか模索する。

 

 

「気にすんな。右脚がなくなったのは俺の責任であってお前のせいじゃねえ。だからお前が気に病む必要はまったくねえからな」

 

 

「でも私は間違えた……」

 

 

「ああ、そうだな。でもお前は取り返しがつく。だからもう踏み外すな。求める強さの理由を履き違えるなよ」

 

 

峻の明るい茶色の右目が叢雲を見据える。そこに落ちてはいけない。殺すことを結果に求めて戦うな、と言外に告げる。

 

 

「でもあんたはそのせいで…………」

 

 

「それは関係ねえよ。俺が純粋にミスっただけだ。そこまで気にされたらむしろこっちが申し訳なくなる。だから気にすんな」

 

 

「……」

 

 

「そこまで心配することか?」

 

 

「当然よ! 私は……私はあんたの秘書艦なんだから!」

 

 

叢雲が俯きがちだった顔を勢いよくあげて、声を荒らげる。何気なく言った言葉に強く反応された峻が一瞬たじろぐ。

 

 

「とにかく! お前が落ち込んでると調子が狂うんだ。いつもみたいに憎まれ口を叩いてさっさと仕事に戻りなさい! とか言っとけばいいんだよ」

 

 

「……そう、ね。すこしらしくなかったかもしれないわ」

 

 

「すこしどころじゃなかったけどな。しおらしいのなんて似合わねえよ。ほれ、いいから帰った帰った。俺が不在の間は館山を任せるぞ」

 

 

「……! ええ!」

 

 

自分はまだ任されるだけの信頼を置いてもらえている。それが叢雲の気力を奮い立たせる。

 

 

「じゃあ帰るわ。大人しく寝てなさい」

 

 

「言われずともそうするさ。じゃあな」

 

 

病室を出ていく叢雲を見送り、パソコンのキーを左手で叩き始めた。

数値を挿入し、それに従って滑らかに図形が描かれていく。

 

 

「マサキ、出てくるなら早く来い」

 

 

「相変わらずカンが鋭いな」

 

 

扉の影から東雲がするりと現れる。にやにやと笑いながらさっきまで叢雲の座っていたスツールに腰を下ろす。

 

 

「目が覚めたって聞いたから来てやったぜ。大丈夫かって聞こうかと思ったがパソコン叩いてるならよさそうだな。身体中に繋いであったチューブもなくなってるしよ」

 

 

「点滴は経口に切り替えてもらったんだよ。それにパソコンを叩き始めたのはついさっきだ。叢雲との会話を盗み聞きしてたんだ、知らんとは言わせねえぞ?」

 

 

「別に出歯亀のつもりはなかったさ。結果的にだよ」

 

 

「結果が全てっていうありがたいお言葉をお前には送ってやるよ」

 

 

「丁寧に包装して送り返してやんよ」

 

 

ちょっとした嫌味の応酬。これぐらいは挨拶の範疇だ。

 

 

「ま、そこまで口が回るなら大丈夫か。ところでさっきからパソコンで何やってんだ?」

 

 

「義足の図面引き」

 

 

「なーる。自分のものは自分で作りたいってわけか」

 

 

「まあな」

 

 

手間が省けた、と東雲は軽い口調で言った。わざわざ横須賀鎮守府から出張ってきたのは今後における峻の身の振り方を確認したかったからだった。だが素人目に見ても明らかに軍用である義足の図面を引いているあたり、辞める気はないらしい。さすがに内部構造や、付属パーツの詳細などは理解できなかったが。

 

 

「で、下手人はあがったか?」

 

 

「実行犯は小泉稜樹。裏で糸を引いていたのは宇多川少将ってことになった。山崎の野郎の尻尾きりにされたみたいだな」

 

 

「山崎中将のねえ……」

 

 

「ああ。宇多川ルートで手に入れたウイルスをさらしなに小泉が叩き込んだんだ」

 

 

「宇多川少将はウイルスをどのルートで入手したんだ? たしか人事関連だったよな。ウイルスコードなんてのと無縁だろ」

 

 

「さあ? 宇多川自身もわからないらしい。送り主は匿名らしいぜ」

 

 

「なるほど。えらく解明が早いな」

 

 

「あっさりと小泉が喋ってくれて助かってる。開き直ってるところもあるのかもな」

 

 

「へえ……てか通信防壁を抜いたやつは誰だ? いや、おおまかな予測はついてるが」

 

 

「そりゃあ、若狭のやつさ。なあ?」

 

 

「そう言いたい所だけど残念ながら違うんだよね」

 

 

東雲が声をかけると若狭がぬるりと現れる。いつの間に、とは思ったが毎度の話なので放っておくことにする。

 

 

「お前が破ったんじゃないのか?」

 

 

「違う。いきなり介入してきた奴が突破してくれたよ。僕は出来なかった」

 

 

「その善意の第三者サマはどこのどいつかわかってるのか?」

 

 

「悔しいけどわからない。ただかなりのものだね。あの防壁を易々と突破できるなんてただ者じゃない」

 

 

東雲は飛び上がるかと思った。若狭の実力を知っているからこそ、それを超えてくるという事態がそら恐ろしく感じる。その一方で峻は難しそうな顔をしながら眉根を揉む。

そしてはたと何かを思い出したように顔をあげた。

 

 

「マサキ、そこのチェストに入ってる俺のスラックスの右ポケットに入ってるもん出してくれ」

 

 

「このスラックス焦げてるんだが……ん? なんだこりゃ? メモリーか? 何が入ってるんだ?」

 

 

焦げていて当たり前だ。峻がさらしなで爆発に巻き込まれた時にはいていたものなのだから。訝しげな顔で東雲が摘み上げた長方形のメモリーを簡易テーブルに滑らせる。

 

 

「そいつの中にはさらしなの通信履歴のコピーが入ってる」

 

 

「土壇場でそんなことしてたのか……」

 

 

「まあな」

 

 

あの時、最後までさらしなに残り続けた峻がやっていたことはただデータを消していたわけではなかった。何かに使えると思ったさらしなの外部アクセス履歴を記憶媒体であるメモリーに焼き付けていたのだ。

 

 

「若狭、確かさらしなの防壁を破る時にそいつもさらしなの通信区間に潜ってるんだよな? それならこいつを解析すれば例の介入者を逆探で見つけられるんじゃないのか?」

 

 

「……充分に可能だよ」

 

 

固定されて動かない右腕ではなく左手でメモリーを弾き、それは真っ直ぐ若狭の右手に吸い込まれていった。しげしげとメモリーに若狭が視線を注ぐ。

 

 

「うん、僕はもう行くよ。差し入れくらいは持ってくるべきだったかな」

 

 

「別に無理して持ってくるもんじゃねえだろ。じゃあな」

 

 

峻が右脚と引き換えに持ち帰った手がかりを上着の内ポケットに滑り込ませた若狭はすぐさま病室を後にした。

 

 

「相変わらず忙しねえな、若狭のやつは」

 

 

「ま、あれが有力な手がかりになることを望むよ。なんてったって命懸けで回収したデータだからな」

 

 

「はっ、笑えねえ」

 

 

腰掛けていたスツールから東雲が立ち上がった。よれていた上着の裾を整えて一辺が50cmほどの直方体の箱を置いた。

 

 

「いちおう見舞いの品だ。メロンは好物か?」

 

 

「嫌いな奴がいるのか?」

 

 

なんとなく気品の漂う直方体の箱からは誤魔化すことなどできない甘い香りが放射されている。気を効かせた東雲はメロンを箱ごと冷蔵庫に入れた。

 

 

「俺もぼちぼち帰る。あんま翔鶴に負担かけるわけにはいかん」

 

 

「翔鶴に礼言っといてくれ。助かったってな」

 

 

「心得た。お前も叢雲ちゃんのこと、なんとかしてやれよ」

 

 

「なんであいつの名が出てくるんだよ」

 

 

唐突に東雲の口から出てきた名前に峻が顔をしかめる。病室の入口まで移動していた東雲が足を止めた。

 

 

「『あんたが、あんたのバラの花を、とてもたいせつに思ってるのはね、そのバラの花のために、ひまつぶししたからだよ』ってな」

 

 

「アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの星の王子さまか」

 

 

「つまりはそういうことなんじゃないのか?」

 

 

「………………何のことだかわかんねえな」

 

 

「……ま、どうするかはお前の勝手だ。ただな、このままだとあの子は壊れるぞ」

 

 

それを最後に言い残すと東雲は病室から出て行った。残された峻はパソコンを開くと再び義足の図面を引いていく。

 

 

「壊させねえよ。絶対にな」

 

 

叢雲には危なっかしいところしかない。だから自分が止める。堕ちてからでは取り返しがつかないから。

今回のことではっきりとわかった。そんなことは起きないと自分を誤魔化してきたが、向き合わなければいけない時が来たのかもしれない。

 

 

淡々とパソコンのキーを叩きながら峻は自らに誓う。

 

 

叢雲をこれ以上、こちら側(ひとごろし)に近づかせてはいけない。




今回ほどグダグダの回を自分は知らない。ほんとに投稿していてあれですけどマジで自信が無いのが今回の話です。まあ更新を止めるわけにもいかないからするんですけどね。

感想、評価などお待ちしてます。それでは!

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