最近、はじめてろ号をクリアしました。おっせえよ、って思われるかもしれませんが面倒でなかなかやろうって気にならなかったんですよ。さすがにカタパルト欲しいんで頑張りますが、問題は秋雲がいないこと。
オータムクラウド先生マダー? いや、今まで来る度に近代化改修に突っ込んでた自分が悪いのはよく分かってるんだけどさ……
では本編参りましょう。
疲労に人は抗えぬ。これは天の定めた摂理である。ならば昨夜、横須賀に帰ってきた時にそのままベットダイブしたことは誰にも責められないだろうと東雲は思った。
長期間、本部に仕事とはいえ拘束されていて心身共に休まらなかったのだ。
久しぶりに横須賀の執務室に向かって歩く。手を組んで大きく上に振り上げると肩の骨が鳴った。まだ完璧に疲労が抜けきったわけではないらしい。だがそれを理由にして休むわけにはいかないし、空けていた間に頑張ってくれていた翔鶴に対して申し訳が立たないというものだろう。
「翔鶴、長い間空けて悪かったな。助かったぜ」
「いえ、私は将生さんの秘書艦ですから」
そう言って微笑んでみせる翔鶴だが、うっすらとクマが目の下に見える。恐らく化粧品の類で隠したつもりなのだろうが、どうしたものだろうかと東雲は迷った。
こちらに気を使わせまいと翔鶴がやっているのに、その気遣いを無碍にしてもいいものだろうか。だが体調のことを考えるとあまりいいこととも思えない。
「今日は翔鶴から俺が不在にしてた間の経過を聞いたら仕事は止めにするか」
「いいんですか?」
「1日くらいは大丈夫だろ。それにもう支部への書類は送ってあるんだろ? なら問題はないさ。それにまだ俺も疲労が抜けきってないんだ」
結果、東雲が選んだのは自分も翔鶴も休みにしてしまうことだった。こうすれば翔鶴も気兼ねすることなく休めるだろう。執務に関しては適当に代理を立てるなりしておけば今日くらいはしのげる。
「そう……ですか。ありがとうございます」
「なんで礼なんて言ってんだ。俺が休みたかったからいいんだよ」
少し投げやりな言い方になってしまったが、意図は伝わったようだ。だがどうもこういうことは苦手だ。
「とにかくざっとだけ聞かせてもらうぜ。ここんとこはどうだった?」
「どう……ですか。そうですね、大きなことはありませんでした。深海棲艦が2度ほど侵攻してきたりはしましたが、いずれもはぐれで小規模だったため、ほとんど被害もなく終わりました」
「はぐれなら本当に大したことないな。で、他にはなにかあったか?」
「いえ、その他には本当に穏やかなものでした。あ、こちらが横須賀の資材量変動のグラフです」
「おう。ま、特に大きな変化もなしって感じか」
いつもの椅子にどっかりと座り、渡された書類をパラパラと流すように見る。翔鶴は本当に良くやってくれていたようだ。目立つような問題は全くない。東雲が1週間以上も空けていたにも関わらず見事なものだ。
「よし、大体は把握した。ほんとに助かったぜ、翔鶴」
「いえ、そんな……」
頬を朱色に染めながら翔鶴が東雲の賛辞と感謝をむず痒そうに、だが同時に嬉しそうに受け取る。
見終わった報告書を机に丁寧に置くと、コネクトデバイスから通信を飛ばす。飛ばした先は館山基地だ。
「下がりましょうか?」
「いや。別に大した用事じゃないからいい。そもそもかけた先が館山って時点でいろいろ察しつくだろ?」
帆波から目を離すな。
若狭に言われたことを実行に移すための通信なのだが、翔鶴に余計な気苦労をかけてもいけない。不自然なところは見せないようにするならばいつものように翔鶴はここにいてもらった方がいい。
『榛名です。えっと、東雲中将ですか?』
「ああ、俺だ。急に悪いな、榛名ちゃん」
『いえ、榛名は大丈夫です! どうかされましたか?』
「あー、いや。特に用事があるって訳じゃないんだか。シュンの奴はまた工廠か?」
『……? 何を言っていらっしゃるのですか?』
「ん? 工廠じゃないのか? なら昼寝中か? それとも……」
『いえ、ですから……』
榛名が一呼吸を置いた。
『
「は………………?」
東雲の思考に空白が生じた。勢いよく立ち上がりすぎて椅子が倒れたがそんなことも気にしている余裕も無い。
「翔鶴! 館山基地に輸送作戦の命令書を送った記憶はあるか?」
「い、いえ……全て確認してから各支部に送りましたし、作戦命令などはすべて別に分けようとしました。ありませんでしたが」
驚きながら翔鶴が執務机にある空の書類ケースを指さす。
「榛名ちゃん! シュンのやつはどこへ向かった?」
『は、はい……たしかラバウルだと言ってました』
東雲の顔から血の気がさあっと引いた。不安そうに翔鶴が覗き込む。
「将生さん……?」
「ラバウル……館山から行く場合に通る航路はっ……」
榛名と通信を繋げたまま東雲が机の上に太平洋の地図を広げる。ペン立てから赤色のマジックペンを引き抜き、乱暴にキャップを外す。館山基地のある場所に丸を付け、それからラバウル泊地にも同じことをする。
「この航路だと……くそっ! まじかよ!」
「これは……?」
翔鶴はよくわからない様子で首を傾げる。
『どうかしたんですか?』
「拙い。つい先日、東南アジア方面で馬鹿に強い深海棲艦が確認されてる。本部にいたときにそれの予測行動ルートを見たが、どんぴしゃりでシュンたちにぶつかる可能性が高い!」
『でも大佐ならなんとか……』
「いや、シュンでも厳しいだろうな。相手は悪魔とも揶揄されるレ級。そいつが2隻も確認されてる! 欠けた人員でどうにかできるような敵じゃねえ!」
もしも峻の下に帆波隊が全て揃っているならば、まだなんとかなる可能性もあったかもしれない。だが、通信に榛名が出ているということは少なくとも完全な形ではないのだろう。
「榛名ちゃん! 今、館山には誰が残ってる?」
『榛名と陸奥さん、加賀さんに瑞鶴ちゃん、夕張ちゃんに矢矧ちゃんがいて……あとイムヤちゃんと鈴谷ちゃんと明石さんが残ってます!』
「ってことは出たのは4人か。くそっ、会敵したら洒落になんねえぞ!」
東雲が帽子をかなぐり捨てて頭をガシガシと掻く。メモ帳を引きちぎり、そこに叢雲、天津風、北上、ゴーヤと書き殴った。
「わざわざ編成をシュンのやつに半ば依存してる艦娘だけにしやがって。あんなの殺す気まんまんですって言ってるようなもんじゃねえか」
だからこその迅速な行動。北上は艦娘を使い捨てにする司令官の元で命令違反を繰り返して、捨てられかけたところを拾ってもらっているため、峻以外の指示をまともに聞くとは思えない。
天津風も天津風で峻の作ったパラレルシステムに依存している以上は、峻が消えればまともな戦力にカウントはできないし、ゴーヤにいたっては峻自身が自らに依存させることによってゴーヤを保たせている。
そして叢雲だ。
あれはもう峻以外にまともに指揮ができる人間はいないし、なにより峻が死のうものなら本格的に壊れる。
画策した人間はついでに沈めてしまえばいい、くらいの考えでいたのだろう。残ったところで使い物にはならない。どうせすぐに次の換えがくるから、と。
「ちっ、胸糞悪い」
換えがある。ある意味では艦娘を兵器運用するならば正しい考え方だ。だが割り切ることなどできなかった。それは多くの司令官が胸に抱える矛盾なのかもしれない。そして東雲も中将である前に1人の人間だった。
「翔鶴、確認なんだが命令書を館山に送ってはいないんだな?」
「はい!」
「榛名ちゃん、だが館山に命令書は届いたんだな? それも横須賀から!」
『はい。横須賀から来たそうです! 大佐がぼやいてましたし、出発前に消印を見せてもらいました』
「だが送ってなどいない。なぜなら出撃関連に関しては翔鶴が独断を嫌って俺が戻るまで送らないようにしていたからだ。そしてその手の書類を翔鶴は見ていない。だが横須賀から送られていた。
仮にこんな命令書が本部から送られて来ようものなら東雲は真っ先に本部に送り返して作戦の再立案を要求しただろう。だが東雲はいなかった。そして翔鶴も送ってなどいないと断言した。
この事実は変わらない。
「っ…………もしかして……」
「どうした、翔鶴?」
「……いえ、今はそれどころじゃありません。先に帆波大佐へ連絡を取りましょう」
「そうだな。榛名ちゃん、ちょっと切るぜ。また後でかけることもあるかもしれねえから気をつけといてくれ」
『榛名、了解です』
館山との通信を切り、机の上にある邪魔なものを除けていく。残したのは赤色のチェックが付けられた地図。
「翔鶴、さらしなへのチャンネル!」
「はい!」
翔鶴によってホロウィンドウに表示されたリンクを東雲が踏んだ。繋がった時に鳴る特有のプツッという音が聞こえて。
そのまま通信が弾かれた。
「……?」
もう1度リンクを踏んでさらしなへ通信をかけ直す。今度はさっきの音も聞こえずに通信は弾かれた。
「どうしましたか?」
「通信が弾かれた」
「えっ? す、すいません! リンク、間違えましたか?」
「いや、あってる。ちゃんと確認した。ってことは……くそ!」
東雲が机に拳を叩きつけて毒づく。だがそれも一瞬のことで、すぐに手はホロウィンドウの上を駆け回る。
「若狭! 緊急事態だ!」
『東雲かい? 何があった?』
「シュンが館山にいない。そして連絡もつかん」
『……詳しく』
東雲の発した短い言葉だけで何かを悟った若狭はただ詳細を求めた。
「横須賀から輸送作戦の命令書が館山に飛んでる。だがうちは送ってない」
『確かかい?』
「マジだ。情けない限りだが横須賀の中に手を回した野郎がいるのは確実だな」
『うん、そうなるね。で、輸送作戦の行き先は?』
「ラバウルだ」
『冗談……ではなさそうだね。そうなら最悪だ』
本部勤めの若狭がレ級の情報を知らないわけがない。東雲の出した答えにたどり着くのはあまりかからなかったのだろう。
『連絡が取れないっていうのは?』
「通信防壁が張られている! かなり堅いやつだ。何度か試したが弾かれた! 帆波に張るメリットがない以上、なにかしらの干渉を受けてる可能性が高い」
『最悪も最悪の状況だね。抜かったなあ。まさかここまで早いとは』
「そっちの詳しいことは聞かん。ただなんとかするぞ」
『うん、わかってる。相手の思う壺になるのは嫌だからね』
「とにかく俺はいつでも動けるように手配しとく。若狭、お前は……」
『僕は帆波の方にかかってる通信防壁を突破するよ』
「任せた」
通信が切れると同時に椅子を蹴立てて立ち上がる。
「翔鶴、現時点より東雲隊はコードイエローで待機」
「了解です。……ですがその前に将生さん、すこし失礼します」
翔鶴が東雲に近寄り、背伸びをした。豊かな銀髪がふわりと揺れ、花のような香りが東雲の鼻腔を柔らかく刺激する。そのまま翔鶴の口が東雲の耳元に近づき、一瞬だけ逡巡した後に囁く。
「……おい、冗談だろ…………」
「あくまで可能性の話です。ですが十分にありえると思います」
「……わかった。そっちも俺がやっとく」
「すみません。では」
手早く一礼すると翔鶴が執務室から出ていく。扉が閉まると同時にパタパタと小走りしていく音が聞こえ、だんだんと小さくなっていった。
「これは最悪の場合を考えてレ級との戦闘も想定しておくべきだな」
命令書関連はひとまず置いておく。そっちは後でどうとでもできるからだ。それよりも先にやるべき事がある。
「忙しくなってきやがった、くそっ!」
こんな忙しさなんて求めていなかったが。だがそれでも起きてしまったものは仕方ない。ならばやるだけだ。
「どこのどいつかは知らねえが目的はシュンの排除か?」
だとすればずいぶんと大掛かりにやってきたものだ。だが東雲がなんとなく館山に通信を飛ばしたのが運のつきだ。もしも気づかなければそのままだったかもしれないが通信により東雲は気づくことができた。
「好きにさせてたまるか……どっかの誰かさんよ!」
吐き捨てると東雲は動き出す。最悪のケースを想定して東雲隊を待機させ、飛行場へ向かわせるためのヘリの手配。そして飛行場に着いてから艦娘を乗せて戦闘海域へ飛ばすための高速輸送機の手配。やることはたくさんある。
一方そのころ、何事もなく3日目も終わりを告げた。そして4日目の朝に峻は1人でさらしなの薄暗い格納庫でまたホロモニターを睨んでいた。叢雲に頼んでいた新兵装のテストにより取れたデータを統合した上で確認していたのだ。
「安定領域にはまだ遠いな。出力を抑えたテストでこれじゃあ実戦投入は難しいか……?」
もしも実戦におけるデータが手に入れば実用化に至る可能性もあるかもしれない。けれど今の段階で実戦データはない。ならば取ればいいだけなのだが、そうもいかない理由がある。
リスキーすぎるのだ。
そんなリスクがあるものを戦場に出すメリットは感じられないし、なにより危険すぎる。
「こいつは失敗作だな……」
このまま続けても大したデータは取れないだろう。ならば実用化は難しいし、この段階で無理やり実用化に踏み切るのは危ない。
「ま、いつか出来ることを願ってデータだけは残しとくが叢雲の艤装からはプログラムを消しとかなきゃな」
非常に残念ではある。だが所詮は趣味レベルのプログラムだったということだ。危険性が無視できないのならば使うべきではない。配線を叢雲の艤装に繋ぎ、もう片方をパソコンへと繋ごうとした。
「大佐!」
格納庫のドアを蹴破るような勢いで野川が転がり込んできた。吐く息は荒く、艦橋から全速力で走ってきたのが窺える。
「どうした?」
「船の通信系統が乗っ取られてます! 貨物船団の船も全て!」
「どういうことだ!」
「詳しいことは艦橋で。沖山が待ってるっすよ!」
パソコンを放り出すようにして置くと峻は格納庫を飛び出した。スライド式のドアが開くことすらもどかしく感じられる。
「沖山! 状況を!」
「おそらくウイルスの類です! 外部への通信が出来ません! 遅効型だったようですが悪いのはそれだけではなく、それまでに通信をした相手先にまで感染するタイプのようです!」
「ってことは貨物船のけやき丸とかもアウトか!」
毎晩に、艦内の状況などを報告しあっていたことが仇となった。さらしなを感染源として船団にウイルスを移す結果になってしまった。
「復旧作業にかかってますけど厳しいですっ! こちらからのアクセスがすべて拒否されてます!」
三間坂が悲鳴を上げながら手元のホロキーを叩く。だがウイルスの除去はうまくいかないようだ。
「船団との連絡はどうなってる?」
「手旗信号で取り合ってます! 夜は発光信号を使えばなんとか……」
「ここまできたら戻るより進む方が早いな。進路このままでラバウルに向かうのがいいと思うが沖山、お前はどう思う?」
「自分もそれに賛成です」
「よし。ならそれで行こう」
「了解です。今より本艦は警戒態勢に移行する! 三間坂はそのまま復旧作業を」
「了解ですっ!」
艦橋に緊張が走る。通信系統が乗っ取られているため外部はあてにできない。ならば自分たちでなんとかするしかないのだ。
「三間坂、ウイルスってのはどんなシロモノだ?」
「えっと……通信関係を制圧するタイプです。あと制圧すると同時に外部からの接触を遮断するために防壁を張り巡らせて完全にシャットアウトしてきました」
「起動したタイミングはわかるか?」
「恐らく、ですけどつい先程ですね。さらしなに通信が来たので取ろうとしたら切れてしまって、かけ直そうとしたらこうなりましたから」
「ってことは発動したのはかかってきた時かかけ直した時か」
「たぶん、ですけど」
「わかった。邪魔して悪かったな」
CICから離れて司令席に峻は腰を下ろした。これから先は何が起こるかわからない以上は迂闊に離れるわけにもいかないだろう。
「レーダーは常に見ておくんだ! 野川、火器管制にいてくれ。いつ何があるかわからない」
「了解しましたよ、艦長どの?」
矢継ぎ早に指示を飛ばす沖山に対しておどけたように言いながら野川が火器管制席に滑り込む。
もしかしたら通信をかけてきた者が異常を察して動いてくれているかもしれない。だがそれは楽観的な思考だろう。何が起きても自分たちだけで対処できるように備えるべきだ。
「艦長、艦内無線もやられてますっ!」
「伝声管! 指示の伝達はすべてそれでいく!」
「はいっ!」
「沖山、長浜船団長はなんて言ってる?」
「そちらの指示に従う、とのことです」
「なるほど。まあどうしようもないわな」
気楽そうには言っているが、事態はかなり切迫している。外部との連絡を絶たれて航海を続けるということは救援も呼べないのだ。
峻は伝声管を掴むと口を寄せて大きく叫んだ。声の行く先はアラート待機組が待機している部屋だ。
「俺だ。そこに誰がいる?」
『今は私とゴーヤのシフトよ。どうかしたの?』
少し間が空いてから叢雲の声が金属の筒を通って艦橋へと戻ってきた。
「叢雲、天津風と北上も叩き起こせ!
『っ! 了解したわ』
朧げながらも状況を察した叢雲が素早く返答すると共に慌ただしい雰囲気が管を通って伝わる。
4日目にしてえらいことが起きてくれたものだ、と峻はぼやきたい気持ちだった。だが起きてしまったものは仕方ない。この作戦は輸送作戦だ。ならば人事を尽くして貨物船団を守るのみ。
峻は険しい目つきで艦橋から水平線を睨めつけた。
────さらしながラバウルに到着するまであと24時間。
輸送作戦が平和に終わるわけないよなあ?
相も変わらずだらだらと続いていきますがどうかご容赦をば。
そしてお気に入りが200件を超えました! ありがとうございます! またどこかでなにかやりましょうか。クリスマス特別編とかお正月編とか。
感想、評価などお待ちしてます。それでは!