気づけば10月も終わり、もう11月ですね。急にぐっと寒くなってきたのに、ハロウィンで仮装している人たちを見て、身体を壊しそうだなー、とか思ってました。
そして秋刀魚ください! 全然落ちねぇ! あと6尾で24尾達成するのに漁場変えても落ちねぇ! 畜生めぇぇぇぇ!
皆さんは秋刀魚掘り順調ですか? うちは見張り員がいない分だけ厳しいです……
本編参りましょう。
さらしなと貨物船4隻が海を滑る。館山から出港してまだ1日目だ。
そもそも物資の輸送というのは様々な手段が存在する。陸路と空路、そして海路だ。陸路において主流なのは鉄道やトラック、空路は航空機、海路は貨物船やタンカーなどの大型船だ。そして全てにメリットデメリットがある。
陸路を考えてみて欲しい。
車は目的地の目の前に運輸することが可能だ。鉄道は積載量が多いため、素早く効率もいい。欠点は道路や路線整備がなされている必要があること。
では空路はどうだろうか。
航空機は非常に素早く目的地まで運ぶことが出来る。それは他のどの手段にも勝る最大の利点とも言えよう。だが、飛ぶ以上はあまり重いものを運ぶことが出来ないのだ。
そして今回の海路だ。
船はとにかく遅い。自動車の平均速度が60km/h、航空機の平均速度が風の吹き方にもよるが900~1000km/hなのに対して大型の貨物船は経済速度にするとおおよそ20ノット、つまり時速にして約37km/hと格段に落ちるのだ。
ではわざわざそんなに遅い手段を選ぶ理由は何か。
船には自動車も鉄道も航空機もはるかに超える膨大なまでの貨物積載量というメリットがある。特に今回は陸続きではないため、次点の鉄道を使用しての輸送はできない。だからといって航空機はまだ完全に制海権を確保しきれていない海域を飛ばすのは不安が残る。自動車などにいたっては何をどうがんばれというのだろうか。
その結果、日本海軍が租借しているラバウル泊地まで物資を輸送する作戦においては、海路に白羽の矢が立ったのだ。
だが遅いものは遅い。日本からラバウルまでは海路を使った場合、最短で5日ほどかかる。制海権が不安定な海を渡るには長すぎる時間だ。その到着するまでの間、輸送船団を深海棲艦の襲撃から守るために護衛が必要となる。
そしてその護衛としてさらしなに帆波隊の中から指定された4人が乗り込んでいた。いつ襲われても対応できるようにアラート待機のシフトを組んでおけば、残りは船内で自由行動となる。
「どうだ?」
「実験前に話は聞いてたけど……かなりじゃじゃ馬ね」
「うーん、もう少し調整が必要か……」
さらしなの格納庫で峻が難しそうな顔をして唸る。叢雲が装着している艤装から幾多にも伸びるコードが様々な機材に繋がれ、最終的に峻の目の前にあるパソコンに表示されるようになっているのだが、なかなか芳しい結果は得られなかった。
「想定出力は満たしているし、むしろそれを超えてきた。だがその結果として安定性に欠けるか……」
「かなりピーキーよ、これ」
叢雲が艤装をノックするように叩く。試作ロットだったものを譲り受けてハード面にもソフト面にもかなり我流の改造を加えているだけあって、もともとからピーキーだったのは否めない。
「ま、トライアンドエラーだな。また調整したらよろしくな。さっき取れたデータを元にしていろいろ弄ってみる」
「わかったわ。ふわぁ……っ!」
「あー、悪かったな。早く寝てこい」
アラート待機が終了した後に呼び出したのはよくなかったようだ。噛み殺せなかった欠伸が小さな口から零れた。慌てたように口を閉じようとしてはいるがもう遅い。バツが悪そうに頬をかく峻はそこまでわかりやすいサインを見落とすはずがなかった。
「私はまだ……」
「どのみちテストは終了だ。部屋でゆっくり休んでこい」
有無を言わさぬ言葉に押されて叢雲が黙り込む。休むことが出来るなら休むべき。これは艦娘が生身の体である以上は避けられぬことだ。眠らなければ集中力は落ちて、動きに精彩を欠く。そんな健康状態で出撃すればどうなるかは目も当てられないだろう。
「忘れてもらっちゃ困る。これは船団護衛なんだ。そしてお前は貨物船を守るための
「……わかったわよ」
語気をわずかに荒げて叢雲が格納庫から去っていく。苦笑しながらそれを見送り、モニターに向かい合った。流れるデータを見ながらブツブツと呟く。
「前回よりは安定性が増したがそれでも足りない……個人での使用は危険か? なら演算補助装置を噛ませてカバーリングするのがベストか……?」
延々と続くかのように思われた文字列のスクロールが止まった。まだ完成からは遠いプログラムを前に峻は頭の中で未完成のタグをつけた。形はできても中身が不完全ではとてもじゃないが実用に耐えうるものとは思えない。
「こんなとこか。残りはまた時間が出来た時にでもやるとするさ」
誰に言うわけでもなく立ち上がると、パソコンがしっかりと落ちたことを確認し、格納庫から出ていった。廊下を歩いていると陸とは違い、ほんの少しだけ足元が揺れる。
もう1日経った。だがまだ4日残っている。けれど今のところは襲撃の兆しもなく、実に順調な船旅だ。無論、警戒を怠るべきではないことに違いはないが。
シュイン、と滑らかに艦橋のドアがスライドして開く。艦橋に張られている強化ガラスの向こうには甲板があり、さらにその向こう側には碧く広がる海がある。
「あ、大佐。お疲れ様ですぅ」
「ん、三間坂もお疲れさん」
CICに座る三間坂が艦橋へ踏み込んだ峻に気づき、椅子だけ回転させるとにこやかに笑いかける。沖山と野川の2人は今、シフト外なのか外しているようだ。艦長席とは別に用意された司令席に座ると目の前にホロウィンドウを立ちあげる。
「敵さんの影はなし……まあいい兆候だな」
「このまま何も起こることなくラバウルまで着けばいいですねぇ」
「まあな」
ウィンドウには周囲に敵影、および深海棲艦反応はない。油断は厳禁だが、安心してもいいようだ。幸いにも完全に電子化されているこの船は少人数での見張りが可能だ。そのため現在、艦橋に詰め掛けている人数はかなり少ない。そして乗員の数もさらしなはかなり少ないのだ。コネクトデバイスにより、電子制御関連はかなり簡略化されているため、人員が少なくとも大型艦を運用することができるのだ。もちろん、緊急時に備えて手動での操作にも対応しているが基本は全て頚椎に装着したコネクトデバイスからだ。その証拠に三間坂も首にヘッドホンのような形のものをつけているだけで、目前の機器を触る様子は無い。手は空中に浮かぶホロウィンドウを時折さわるだけだ。
どれくらい時間が経ったか、水平線の向こう側に太陽がゆっくりと沈んでいく。碧い海がだんだんと朱色に染まり、一種の幻想的な感覚に襲われる。そして間もなく2日目の航海に夜の帳が降りた。
「2日目、終了。全艦に艦の状況を報告するように通達」
「了解ですっ」
三間坂がホロウィンドウ上のコンソールを使い、一斉に無線を貨物船4隻に向かって飛ばす。待つこと数分、通信が返ってきたことを報せる電子音が鳴った。
『貨物船団長の長浜です。けやき丸及び以下3隻、いずれも異常なしです。どうぞ』
「けやき丸と以下3隻の異常なし。報告を受け取りました。航路そのまま。良い夜を」
『航路そのまま了解。ではそちらこそ良い夜を』
簡略化された受け答えのみであっさりと報告は終了した。峻は腕を大きく振り上げて伸びをした後に、また司令席に深く座り直す。
「大佐、寝てきていいですよ?」
「お前は寝なくていいのか?」
「私はそろそろ交代ですからぁ。夜更かしはお肌の大敵なんですよ?」
「軍人が肌に気を使う……ねえ」
「いいじゃないですかぁ。せっかくそういうことが出来るようになったんですから。昔はそんなことするお金も余裕もなかったんですよっ」
「……そうだな。あの頃は生きることだけで必死だったもんな」
「団長がいなければ私たちは野垂れ死んでたかもしれなかったんです。ありがとうございました」
いつもの甘く間延びした声を止めていつに無く真剣な様子で三間坂が言葉を投げかけた。艦橋に反響することはなく、ふたりの間にしか聞こえない僅かなボリューム。囁くような声は
「…………俺はもう違う。今は大佐だ」
「そうですね。今は大佐です。そして昔は団長でした。
「……」
「……やっぱりはぐらかしてばっかりなんですね」
寂しそうな声色で三間坂が椅子を回転させてCICに向き直る。
峻は仲間に嘘をつかないことを信条としている。それでも真実は告げない。それは峻の巧みな話術のなせる業とも言えるだろう。そして三間坂も踏み込まれたくないことだと察したためあっさりと引いたのだ。
「ここ離れる。シフトが来るまでよろしくな」
居た堪れなくなった峻が司令席から立ち上がり、艦橋から出て行こうとする。スライド式のドアが真横にすべる。
「知られたくない……それでも知りたいと願うことは罪ですか…………?」
三間坂が小さく呟く。その問いかけには答えが返らない。既に峻は艦橋から完全に姿を消していた。艦橋に残された三間坂の表情をホロウィンドウが照り返す青白い光が隠していた。
「うぅん……むにゅ……」
天津風が翻訳不能な音を発しながらこくりこくりと船を漕ぐ。不意にとんとん、と肩を叩かれて勢いよく飛び上がった。
「おはよー、天津風」
「ねえ、私どれだけ寝てた?」
「ほんの数分だよー。あたしも今、天津風が寝てることに気づいたんだし」
ほわ、と北上があくびをかみ殺しながら大きく反った。ぐぐっと豊かとまでは言えない北上の胸部が持ち上がる。
「アラート待機って面倒だよねー」
「でも必要なことじゃない」
「わかってるよ。でもさ、眠くなるしキツいよね」
「う…………」
ついさっきまでうたた寝していた天津風としては耳が痛い話だ。だが特にやることもなくずっと座っているだけでは暇も持て余すし、睡魔も襲ってくるというものだろう。
「ま、もうちょっとで交代だしね」
「そうね。それにしても何もせずに起きてるのはさすがに疲れたわ」
「次はゴーヤと叢雲だっけ?」
「ええ。夜の待機は辛そうね」
昼のシフトであることを天津風は喜ぶと共に、夜のシフトを担当してくれたゴーヤと叢雲に感謝の意をこっそりと捧げた。
「ねえ、天津風ー」
「なあに?」
「輸送作戦ってことだけどさー、何を運ぶの?」
「えっ、何って……
「えー。日本なんかより、よっぽど質も量もいいのがとれるのに? ほらー、ちょっといくと油田地帯のブルネイとかあるし」
「それもそうね……」
伊達に日本は『世界の鉱石標本所』などと呼ばれていない。とれる石油の量は東南アジアの方が多いに決まっている。
「となると……配備の遅れてる装備とか食料品とかかしら?」
「んー、まあそんなとこなのかな?」
「それ以外は考えられないわ。他に何かある?」
あー、だのうー、だの唸るような音を出しながら北上が考える。しばらく考えていたが、そのまま諦めたように机に突っ伏してしまう。
「だめだー。あたしにはこういうこと考えるのって向いてないねえ」
「もうちょっとがんばったら……」
「あたしの得意なのはやっぱ戦闘なんだよねー。そういうこと考えるのは他に任せるよ」
「まあ、私もあんまり得意じゃないけど……でも提督もよく言ってるじゃない。たとえ戦闘でも考えることをやめるなって」
「あー、言ってるねえ。ま、間違ってないと思うよ。でもまたそれとは違うじゃん? 戦闘中の思考とそういう思考はさー」
「まあ、そうだけど……」
このままいくと不名誉なあだ名を頂戴するような予感がして天津風は内心で小さくため息をついた。できるものなら、というか一人の少女として『脳筋』の二文字を頂くようなことだけはなんとしても避けたいと思うのだ。
「でも結局やることはおんなじじゃん? 敵を見つけたら提督の指示に従って撃つ。ここだけは変わんないって」
「そうね。そこは変わらないかも」
「変わらないよ。そこに敵がいるんだから」
突っ伏した姿勢のまま、北上がいつに無く真面目くさった声で言った。そう、変わらない。海に敵が、深海棲艦がいるという現状は10年以上という長い月日が経っても変わることなく続いている。
軍が成果を求められて出した公式発表は、それでも戦線は維持できている。
何が維持だろうか。
停滞したがために生まれたサイクル。殺しても減らない深海棲艦と殺されてもまた新しく生まれる艦娘。終わりの見えない死の螺旋にこの世界は囚われている。
「この戦いはいつになったら終わりを告げるのかしら……」
「さあ? でも人と化け物の生き残り合戦だからねー。終わった時はどっちかはいなくなってるよ」
「そう……でもきっといつかそうなるのね、いつかは」
「……たぶんねー。たださ、もしあたしたちが勝ったとしてだよ」
「勝ったとして?」
「あたしたちはどうなるんだろうねーってさ」
「……ほんとにどうなるのかしらね?」
今まで考えてみたことも無かった。だがいずれは終わりを告げることになるのだろう。その時、自分たち艦娘はどうなってしまうのだろうか。深海棲艦という敵を失った後に自分たちの存在価値は無くなる。
その瞬間、艦娘はどこへ行くのだろう。
「いま話してもどうしようもないことだけどさー。先のことより今のことだよね」
「確かに。それより苦手だって言っておきながら普通に色々考えてるのね」
「んー、これくらいはね。でもどのみちどうなるかはわかんないわけだし」
机の上でごろりと転がり、北上が仰向けになる。お下げが机の端から垂れ下がり、所在なさげに揺らめいた。
「でも私は負ける気なんてない」
「奇遇だねー。あたしもだよ」
毅然と言い放つ天津風にいつものマイペースさを崩すことなく北上が賛同する。
艦娘は生を受けたその時から戦う運命にある。だが死ぬのは嫌だ。ならば勝ち続けるしかない。
「じゃ、この作戦も勝利の布石になることを祈ろっか。で、そのために寝よう。ほら、交代がきたよー」
仰向けのままで北上が待機部屋のドアを指さす。廊下から一定のリズムでカツカツと足音が聞こえてきた。
「引き継ぎに来たわよ」
「やー、待ってたよー。もう眠くってさー」
「……まあ起きてたみたいだし何も言わないけど緊急時には出てもらうんだから寝ててもらっちゃ困るわよ」
叢雲に気づかれていないとわかっていながらも気まずさから天津風が目だけ動かして視線を逸らす。
「そういえばゴーヤはー?」
「ここでち」
叢雲が入ってきた後ろから少し遅れてゴーヤがするりと現れた。
「夜は潜水艦の時間だからね。おまかせでち!」
得意げなゴーヤがアホ毛をぴょこぴょこと動かしながら朗らかに笑う。だが天津風の表情は晴れない。
「ゴーヤ……あなたは本当に大丈夫なの?」
言いずらそうに天津風が口を開き、北上が寝そべったままぴくりと反応する。言葉足らずに発された真意は、深海棲艦と戦えるのかという確認。直接的に聞くことが憚られたために天津風が濁したその質問にゴーヤは俯いた。
「まだ完全には……でもいつまでもこのままじゃいけないから……だからっ…………」
決意のこもった顔をゴーヤが上げる。そのまま、まっすぐに天津風を見据えた。
「だからゴーヤは進むよ。ずっと目を逸らして逃げているばっかりじゃ何も変わらないからっ……」
乗り越える。その思いが強くこめられた目でゴーヤが正面を見た。怖いことに変わりは無いのだろう。握り締めた拳は小さく震えている。それでも自らの
「そう。ならいいわ。戦闘では頼りにしてるわよ」
ゴーヤの覚悟は決まっている。ならばこれ以上の言葉は無粋というものだ。だから天津風はもう何も聞かない。
天津風が部屋を滑るようにして抜け出ていく。そのあとに北上も続いた。
「ちょっと言い方がきつかったかしら……」
「気にするなら最初から言わなければいいのにさー。でもきっと伝わってるんじゃない?」
北上が後頭部で手を組みながらのんびりと言い放つ。遠まわしではあった。だが天津風はゴーヤを励ましていた。戦闘では頼りにしている、という一言で。戦力としてカウントさせてもらうという意思表示をすることによってゴーヤの思いを認めたのだ。
「ふわあ……じゃ、あたしはこっちだから。じゃねー」
「お疲れ様」
北上が通路へと消えていった。天津風は充てられた自室に向かってひとり歩き続ける。
「ゴーヤ。あなたの覚悟、受け取ったわよ」
誰もいない通路に小さく漏れたその声は全力でゴーヤを支援するという意思の表れだ。
「まあこれは輸送作戦だし、戦闘なんて起きないに越したことはないのよね……」
部屋に入ると服を脱ぎ捨てて、寝巻きに着替える。寝る時には邪魔になる髪留めを外してサイドテーブルに置くと天津風はベットに倒れ込んだ。直ぐに小さな寝息がその口から漏れる。
2日目終了。そして3日目が始まる。
最近、ほんとに1話あたりの平均字数が増えてきたなあと思います。もともと2000字くらいだったのが4000に、そして気づけば6000が当たり前になってきてますよ……
世の作家さんたちは凄いなあ、としみじみ実感させられる今日このごろです。そういえば次回予告とかそのうち後書きに付けたりしてみたいですね。こう、中二感バリバリのやつ。
感想、評価などお待ちしております。それでは。