艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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こんにちは、プレリュードです!

明日から秋刀魚漁ですね。またかよっ! って突っ込んだ人は自分だけではないと思いたいのですが、いますかね? 秋刀魚漁に関して自分は前回はほとんど参加出来なかったので、今回は少しくらいできるといいんですけど。秋刀魚、おいしいよね。塩焼きもいいけど秋刀魚ご飯もいける。

さて、本編参りましょう。


2人の狂者

 

〈イタリア州プローチダ島-現地時刻15:23〉

 

峻たちが市街地で銃撃戦をしていた頃、常盤たちは先にプローチダ島に到着していた。心配そうな面持ちの瑞鶴たちとは対照的に鼻歌でも歌いだしそうな常盤が島へ最初の一歩を踏み出すと、桟橋で待っていた日本の警備が駆けつけた。

 

「ご無事で何よりです、常盤中佐」

 

「ん。ここの状況は?」

 

「現在は警備が総出で島を巡回していますが、広い島なので一部は欧州連邦の警備に頼っています」

 

「了解了解。ほら、瑞鶴ちゃんたちも来なよ」

 

恐る恐る瑞鶴たちが桟橋に足を踏み入れる。海で隔たっていたおかげが、ここまではクーデターの戦火は回ってきていないようだ。だが対岸の火事、というわけではない。ナポリが占領された状況が続けばいずれはテロリストの魔の手は海練学校へと伸びていくだろう。それまでにはなんとしてもここを離れてより安全な場所へと逃げる必要がある。

 

「遅いなぁ、帆波クンは。まだ手こずってるのかな?」

 

「護衛チームが全滅してピンチなのによくそんなこと平然と言えるね」

 

「棘があるなあ。瑞鶴ちゃん、そういうときは無感情に言った方が相手には効くよ? まだまだだねー、そこら辺は。もっと帆波クンにしごかれるといいよー」

 

そういった話術は峻にとってはお手の物だ。相手を徹底的に煽るスキルなどはどこで使うんだよ、と思われやすいが以外と使い道があるものだったりする。実際はそれを艦娘に向かって使ったことは無いため、瑞鶴たちがしごかれることはないだろう。

 

校門をくぐり抜けて海練学校へと常盤が入り、後ろに続くようにして若葉と霧島が入っていった。

 

「瑞鶴、鈴谷たちも行こう」

 

「そう……だね。きっと大丈夫はずだから」

 

後ろ髪引かれる思いで瑞鶴たちも学校に踏み込んだ。短い期間とはいえ、ここで教えているため、もう何度目だろうと言うぐらいに慣れた道筋のはずだった。歩きなれた廊下にいつもの教室。そんなありふれたものが今日は特に異質なもののように目に映る。

待機用に用意された部屋に入ると、中には日本から連れていた技術士官が既に座っていた。立ち上がり、敬礼しようとするのを常盤が軽く制して座らせる。

 

「警備は島を巡回しているから中にはいないね。外だけで人数的に限界だったかな?」

 

「司令の言う通りみたいですね。ですがまだこの島は無事なようですし、内部の安全が確認されているならば外からの接近を警戒することは妥当な判断かと」

 

「確かにね。とにかくゆっくりと帆波クンたちが着くのを待とうか」

 

「帆波大佐は本当に大丈夫なのか?」

 

表情筋を一切動かすことなく若葉が常盤に尋ねる。だがその言葉を常盤はケラケラと笑い飛ばした。

 

「あれを心配するのは余計なお世話ってやつだよ。実際、帆波クンはかなり色んなところで手を抜いてるから軽く見られがちだけど、本気になったらヤバいよー」

 

軽く見られた実例が矢田の件だ。そのツケを矢田は結果的に自らの命で払わされたわけだが。

 

「でも私たちは提督さんのことを侮って見たりはしてない!」

 

「だろうね。じゃなきゃあ普通、ウェーク島の時に付いてこうなんて思わないよ。でもアタシが言ってるのはそっちじゃない。彼自身の強さの話だよ」

 

「うん、提督は強いよ。たまに演習場で体術の相手とかしてもらうけど勝ったことある人ほとんどいないもの」

 

「そっかー。でもさ、それホントに帆波クンが全力だと思う?」

 

へらへらと常盤は笑う。この人は何を知っている? なんでこんな表情が浮かぶのだろう。

 

「海大の頃から思ってたんだよねー。どこか手を抜いてるって。うまーいことやってたから気づいてた人なんてほぼいなかったけど、彼は絶対に何か隠してるよ。これは保証してあげる」

 

やけに自信たっぷりに常盤が言った。

待機用に準備された部屋の椅子にもたれかかるように常盤は腰を下ろしてミネラルウォーターを口に含む。

 

「……でもそれは常盤中佐も同じことじゃないの?」

 

「おっ、今の切り返しはよかったよ。なるほどなるほど。瑞鶴ちゃんの言う通りだよ。アタシにも隠し事がある。隠し事っていう言い方は大袈裟かな? でもさ、他人に言いたくないことの一つや二つ、あって当たり前じゃない?」

 

「そうやってのらりくらりと躱すんだ」

 

「ふっふーん。まあこれは帆波クンの専売特許かな? ま、アタシも彼が何を隠しているかの内容までは知らないよん。何か秘密にしてるなー、っていう感じ。女の勘みたいなものがね、こうビビッと来たのよ」

 

「……」

 

「瑞鶴、座ろっか」

 

「うん、そうする」

 

常盤と話すのは神経を逆なでされるようで瑞鶴も鈴谷も嫌になっていた。いつもなら流せることも今の精神状態では難しい。時間は過ぎているはずなのに時計の針が進んでいる様な気がまったくしない。足を組んでは組み直したり、特に意味もなく伸びをしてみたりと色々やってみるが、遅々として時間は進まない。

瑞鶴がそわそわと落ち着かない中でさっと常盤が立ち上がった。

 

「司令? どちらへ?」

 

「ん? 格納庫へちょっとね。警備が巡回に回ってるならあそこのマーク外れてる気がするからちょっち怖いんだよね」

 

「若葉も行こう」

 

「いや、若葉はここにいて。気晴らしの散歩みたいなものだから1人にさせてほしいのよ。大丈夫だって。ここは安全みたいだし」

 

意味深げに笑いながら悠々と常盤が教室を出ていった。あとにはわけがわからないといった様子の瑞鶴たちが残されたのみ。

 

「霧島たちの司令官っていつもああなの? 鈴谷たちのも大概だとは思ってたけどそっちもなかなかアウェーだね」

 

「確かに変わってはいますね。ですがちゃんとやる人ですよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

歯切れが悪い霧島を瑞鶴が先を言うように促す。だが答えたのは今までぼんやりとしていた若葉だった。

 

「らしくない。欧州に来てから妙に気がたっているように若葉は感じた。特にクーデターが起きてからはその傾向が強いな」

 

言いたいことを言い終わり、また若葉が遠くを見る目でたそがれ始めた。何とも言えない沈黙。コチコチと秒針だけが鳴り続ける。

唐突に教室の引き戸がガラリと開けられ、一斉に全員が振り返った。先頭に叢雲が立ち、その後にゴーヤと左腕を布で吊った峻がゆるりとした動きで教室に入り、瑞鶴たちが無事な姿を見て頬を緩ませた。

 

「提督さん! 腕、大丈夫なの!?」

 

「弾が当たってな。少し痛いから吊ってるだけだ。大した事はねえよ。それよりも無事でよかったよ」

 

峻が痛みに顔をしかめながらも、安堵の息をこぼした。その痛々しい手当の跡を見て瑞鶴と鈴谷が顔を歪めた。2人の命を背負っただけでこの怪我だ。もしも自分たちが助けに行っていたらどうなってしまっていたのだろうか。本当に死んでしまっていたのではないか。

 

だがそれを聞く勇気は瑞鶴たちにはなかった。聞いたところで峻は絶対に足手纏いになるとは言わないだろう。だが、その優しさが余計に自分たちを苦しめると、暗にわかっているからだ。それなのに触れられるわけがなかった。

 

「てーとく、痛いなら痛み止め飲む?」

 

「さっき飲んだばっかりだぜ? そんな飲んでも効果ねえよ。ま、気持ちはありがたく受け取っとく」

 

おずおずとゴーヤが差し出す錠剤を峻が断わり、ぐるりと教室内を見渡した。

 

「常盤はどこいった? 霧島、知ってるか?」

 

「司令は先ほど散歩に行きました。格納庫の方も様子を見てくる、と」

 

「格納庫……。俺も気になるし行くとするか。お前らはここで待機しといてくれ」

 

「でもあんた怪我してるじゃない!」

 

「この程度は怪我に入らねえよ。大丈夫、ここに武装勢力はいないから。じゃ、ちょっくら行ってくる」

 

軽い調子で峻が背を向けて、するりと左肩を吊っていた布を外してから動かせるようにした。そしてゴーヤから念のためと渡された痛み止めの錠剤を受け取ると教室を出ていった。

その時、瑞鶴は見た。さっきまでの柔和な表情がガラリと変わり、まゆを吊り上げて険しい面持ちになっていた峻を。

 

「提督さん…………」

 

瑞鶴の呟きは峻には届かなかった。手を伸ばせば届いたかもしれない距離のはずなのに、それがとても遠かった。

 

らしくない。

さっき若葉の言った言葉が頭をよぎる。けれどそれは峻にも言えることのように思えた。どこか落ち着きがないというか、ずっと何かに意識を取られているような感じだった。集中に欠けるといったところだろうか。

 

叢雲が俯きがちになったまま、椅子に座った。どこかゴーヤも沈み気味だ。それを言うならば、ここにいる艦娘たち全てが暗い気持ちを抱えていた。守りたいと思っても何も出来ないもどかしさ。重荷にしかなっていないという自覚。全てが彼女たちを責めたてる。

 

追いかけたいと願っても、それは峻を苦しめる。分かっていて後を追うことなんて出来なかった。

瑞鶴は暗々たる思いをミネラルウォーターと共に飲み下した。それでも気持ちは晴れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈イタリア州プローチダ島格納庫-現地時刻同日16:02〉

 

「っ…………」

 

教室を出てから再び走る痛みに顔を顰めた。やはり痛み止めはあまり効いていないようだ。左腕の布を外したのは悪手だったかもしれない。だがいつまでも吊っていたところで治るわけでもなく、あくまでも痛みを抑えるだけである以上は外したところで無茶しなければ悪化することは無い。それよりも先に対処すべきことがある。

 

「常盤が行ってるなら大丈夫だとは思うが……」

 

そうは思っていても念には念を。別に怪我で体が動かないわけでもないため、しっかりとした足取りで格納庫へと向かう。上着の下に着けたホルスターにはいつもの愛銃がしっかりと収まり、空になっていたマガジンにはパラベラム弾が入れられている。

格納庫に着くと重い鉄扉を引いて開けた。鍵はかかっていないようで割とあっさりと入れた。

 

「あー、やっぱりお取り込み中か?」

 

「まあほとんど終わってるけどね。 遅いなーって思いながら待ってたくらいだよ」

 

「ああ、知ってる。わざわざ散歩の行き先を言ってったあたり、俺に来いって言ってるようなもんじゃねえか」

 

「あはは。まあねー」

 

「で、状況の説明は?」

 

「見て察してよー」

 

ケラケラと常盤が銃を弄びながら笑う。その目の前には肩や足首を打ち抜かれて脂汗を流して呻く、明らかに技術職系の男が2人いた。どちらも日本人の顔つきではなく、完全に欧州人だ。その傍らには完膚無きまでに壊されたパソコンとそのパソコンから延びていたのだろう、日本から持ち込んだゴーヤの艤装に繋がっている配線。

これだけ見れば何が起こっていたのか想像するのは容易い。技術の窃盗をしようと画策し、実行しているところを常盤に止められ、パソコンごと破壊されたのだろう。証拠に、格納庫の内部には硝煙の匂いが満ちていた。そして常盤の銃口は震える欧州人の額に照準されていた。あと1歩遅れていたらどうなっていただろう。

 

「やりすぎだ。銃をおろせ」

 

「でも情報漏洩は防げたよ? 危うく日本に帰ってから2人で仲良く更迭されるところだった」

 

「そこに関しちゃ感謝してるが、それでもだ」

 

常盤が小さく肩をすくめて銃をおろした。引き金に指はかかったままだが。

 

「ま、どうやら掴んでたのはダミープログラムみたいだけどね。帆波クン、ゴーヤちゃんの艤装に何噛ませてるの?」

 

「海軍の防御プログラムを突破したらダミーが出るようにセットしてある。もちろん正規アクセスならちゃんとしたのが出るようにはなってるがな」

 

「へえー。よかったね、狙われたのが運良くゴーヤちゃんの艤装で」

 

「……ちっ」

 

峻が眉間にシワを寄せて舌打ちする。仮に若葉や霧島が狙われていたら盗られていた。だからラッキーだった。それだけの意味のはずなのに、悪意があるようにしか思えない言い方のような気がした。

 

「それよりまずいね。帆波クンがダミーを噛ませておいてくれてよかったけど中まで侵入してこられるのはね」

 

「確かにな。その事実だけでもまずい」

 

艤装の内部プログラムを抜かれるのはまずい。だがそうそう簡単に盗めるほど艤装のセキュリティーは甘くは無いはずだ。そしてこの技術屋2人はそれを突破できるほどのハックスキルを持っているようには思えない。少なくとも海軍の組んだ防壁をすり抜けることなどはできないだろう。それなのに掴まされたのはダミーとはいえ、コピーを取られるということは可能性はひとつ。

 

「おい、お前ら!」

 

「「は、はい!!」」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「は……?」

 

「二度も言わせんな。セキュリティーの突破方法を教えた奴を言えっていってんだよ!」

 

このふたりがセキュリティーを破って艤装の最深部まで侵入した上でコピーした訳では無いならば、残る可能性は事前に誰かがこのふたりに防壁の突破方法などをすべて教えていた場合だろう。そしてその方法を知っているのは日本の軍人、それもそれなりに階級の高い人間であるはず。

 

「言え。誰に教えてもらった? さっさと吐け」

 

右手を懐に差し込み、いつでも銃を抜けるぞと暗に脅す。隣の常盤も既に抜いた拳銃をくるくると回してにこやかに笑っているが、いつでも撃てる体勢は崩していない。ピリピリとしたプレッシャーが峻と常盤から放射され、観念した男たちはおもむろに口を開いた。

 

「き、急にメールが来たんだ……」

 

「あ? 誰からだ?」

 

「わ、わからない。匿名だったんだよ。そこにパスワードもその他諸々すべて書いてあって……」

 

「どこからだ?」

 

「えっ……」

 

「送信元はどこだって聞いてんだよ!」

 

常盤によって大量に銃弾を浴びせられ掛けて、ほとんど残骸となったパソコンを蹴り飛ばすと、壁に当たり破片をこぼしながら喧しい音を格納庫に響き渡らせた。

 

「辿ってみたらマダガスカルから送られていていたんだ! それ以上は何もわからない! 本当だ! 信じてくれ!」

 

怯えたように、大袈裟とすら思えるくらい体を震えさせる男たちを前に、露骨に峻が舌打ちをした。

 

「マダガスカルかー。帆波クン、これって完全にフェイクだよね」

 

「だな。身元隠しをするためだろ。って事は特定は難しいな。恐らく送った時の回線は地球を何周かくらいしてるはずだ。そう安易に辿れるとは思えんし、辿れても終着点は偽物だろうな」

 

苛立たしげに峻が黒髪を掻き毟る。目的が読めないのだ。実行できるのは日本人だけ、だが何を目的に据えての行動かがわからない。日本の軍事機密を無償で提供して何の得になるのか。確実に言えるのは、日本のマイナスになるということだ。

 

「とりあえず呼んどいた警備に引き渡すよ」

 

「それでいいだろ。よかったな、今の時代で。江戸時代だったら火事場泥棒は死罪だぞ?」

 

そう言いながら格納庫内に隠してあったスペアのパソコンを立ち上げて、ひとまず瑞鶴の艤装に配線を差し込んだ。ざっとスクロールしてプログラムが弄られていないかを調べる。姿勢制御プログラムから妖精共振システム、記憶野連動域もオールOK。次に鈴谷。次にゴーヤ。そして叢雲。すべて問題なし。

 

「帆波クン、うちのもお願い」

 

「へいへい。元からそのつもりだっての」

 

引き抜いた配線をまずは霧島の艤装に差して、パソコンの液晶を睨む。それから若葉の艤装も手早くチェック。確認を終えてから痛む左肩を動かさないように気を使いながら右手で線を巻き取った。

 

「変に弄られている形跡はなかった。本当にこの2人の目的はコピーだけして売りさばくなり研究するなりってとこだったんだろ」

 

「そ。なら大丈夫か。コピーをどこかに送った様子はなし、コピーした端末は破壊した。十分だね」

 

「送り主はわからずだから不完全燃焼なのは否めんけどな。それはここにいるだけでは特定できんだろうし仕方ない」

 

出来ることといえば、せいぜいこの情報を若狭あたりにリークして探ってもらうことだろうか。だがパソコンを常盤が破壊し尽くしたため、辿るのは困難だろう。蹴り飛ばしておいて何だが、あそこまで穴だらけにされた段階でまともに情報をサルベージするのは難しい。

 

「常盤、お前がパソコン壊さなけりゃすこしは手がかりがあったかもしんねえんだぞ」

 

「それに関しては悪かったよ。カーってなっちゃってさ」

 

「少しは抑えてくれ……」

 

「あはは。それ、帆波クンが言うの?」

 

機械的な笑い声を上げながら常盤が指さしたのは返り血に染まった峻の上着。命の危険を感じて、屠った2人のテロリストたちによって残された紅の烙印がそこにはあった。

 

「自分のことを棚に上げるのも大概にね。やってる事は何も変わらないんだから」

 

「だとしてもお前にそれを言われる筋合いはねえな」

 

「ならアタシも君に責められる謂れはないよね?」

 

震え上がる産業スパイもどきの2人を置いて、貼り付けたような笑みを浮かべた常盤と能面のような表情の峻が互いを威圧し合う。先に肩の力を抜いたのは峻だった。

 

「この2人を警備に引き渡しといてくれ。俺はあいつらの所へ戻る」

 

「……りょーかい。んじゃねー」

 

ひらひらと手を振る常盤に一瞥もくれずに峻は上着を翻して格納庫を去った。なんとなくだがあの女とは相容れない。それを言うのならば向こうもそうなのかもしれないが。

外には少し息を切らせた警備が格納庫に向かって駆けてきていた。手早く事情を説明すると、走っていく後ろ姿を見送り、元いた待機用の教室へと足を向けた。海沿いをぼんやりと歩く。

 

何となしにあたり周辺をぐるりと見渡す。誰もいない。聞こえる音は波が寄せて返す音だけ。ついさっきまで怒号と銃声の最中にいたことなど嘘のようだ。だがその光景は鮮烈に頭の中へ焼き付いていた。

 

「何やってんだよ、俺……」

 

すぐに教室へ戻った方がいいのだろう。だがもう少しだけ1人でいたかった。どんな顔をしてあの場にいればいいのかわからないのだ。

 

「仕方ないんだ……こればっかりは」

 

国際的にそうするのがベストだったから。下手に手を出しては向こうの面子を潰すことになるから。そうやって言い訳ばかりして結局何もやっていない。

頭ではわかっているのだ。これでよかったのだと。こうするしかなかったのだと。だが、それはただの逃げだと自分の中の何かが囁く。

視線を落とした先の海面に映る自分の顔は醜く見えた。見ていることすら嫌になり、空を見上げた。

空に見えたのは脱出用のヘリが高度を下げて島に着陸しようとしている姿だった。これに乗って自分たちは一度、安全圏まで退避した後に急遽チャーターされた政府の飛行機に乗って帰るのだ。

 

この地獄から引き上げてくれるそれは切れることの決してない蜘蛛の糸だ。だが峻にはその救済するための糸は欧州連邦を、訓練生たちを見捨てて日本へと帰る自分を嘲笑しているようにすら感じた。





長々と続いていた欧州編ですが、ようやく終わりが見えてまいりました。今回の章では、艦娘は対人戦闘において珍しいケースを除いて無力である、ということを主軸に、他の様々な要素を添えて書いていました。
書いていて強く思ったのが、国際関係というのは想像以上に難しいものだということですね。多角的な視点から見ないといけないものなんだと考えさせられました。

何度も相談に乗っていただいた執筆仲間の先生方には頭があがりません。この経験も糧にしてこれからも書いていけたらと思います。


感想、評価などお待ちしております。それでは!

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