気づけばもう九月ですね。台風がすごいようですが皆さんは大丈夫ですか? 今のところ自分のエリアは大丈夫そうです。
先に警告。
この話は、というよりここから先の話はグロテスクな表現が多々あります。苦手な方はブラウザバックを推奨致します。それでもいい、むしろヤッホウ! という方は先を読んでいただけると嬉しいです。
それでは本編参りましょう。
〈イタリア州ティレニア海前線防衛基地支部-現地時刻8月12日7:13〉
「ふわぁ……今日も異常なしっと」
当直の兵があくびを噛み殺しながら時計を確認する。そろそろ交代時間なのだろう。夜の見張りは体に堪えるので早急に次の見張りと交代して熱いシャワーを浴びてからベットにダイブしたい気分だった。
「おい、まだ気を緩めるなよ」
「わかってるよ。だがほら、来たみたいだぜ」
もう一人の当直に窘められるが、耳がここに向かう足音を捉えていた。そのため扉を指で指し示すと、間もなく扉が開き交代の当直である2人が入ってきた。
「やっと交代だぜ! さっさと代われよアンチども」
「そうだ! おっせーんだよノロマ!」
入ってきた2人に遠慮のない罵声を浴びせかける。アンチとは反連邦派の俗語だ。つまり彼らは連邦派だった。このようないがみ合いはままある話で、やはり数で劣る反連邦派がやられ損というのが現状だ。
「……」
「んー? 聞こえてんのかオラ! お耳ついてまちゅかー?」
ぎゃはははは、と下卑た笑いを連邦派の2人があげる。それでも2人は何も言い返さずにいるだけだった。
「がぁっ! て、てめぇ何を……」
片方が一歩前に踏み出して煽り続ける男の頬を全力で殴った。完全に不意を突かれている隙を生かして、肩から吊っていたベレッタARX-160の台尻で顎を思いっきり叩き、バランスを失って前のめりになったところで腹に膝蹴りを叩き込んだ。
「かはっ……」
空気を吐き出して倒れ込むとそのまま動かなくなった。気絶したのだ。
「おい! くそっ、てめぇら何が目的だ!」
「オルター少将に手を出したのは間違いだったな」
「何のことだ畜生!」
相方を打ち倒した男に向かってコーヒーの入ったマグを投げつけて相手の視界を塞ぐ。そして踏み込んで右拳をその腹へ打ち込もうと固く握りしめて……
そして後頭部に鈍い衝撃が走った。
「もう一人いるってことを忘れるなよ」
「ぐっ……」
その衝撃がアサルトライフルの台尻に打ち据えられたものだと気づいたのは意識を手放したのと同時だった。
「おい、大丈夫か?」
「服がコーヒー臭い」
「大丈夫なのはわかった。報告、Eブロック制圧完了」
『了解。そのまま待機していてくれ』
「待機命令、了解」
通信機を切ってアサルトライフルを肩にかけ直す。そしてロープで気を失って倒れている男二人を縛り上げた。
「通信機はそのまま入れとけよ」
「わかってる」
音量をあげて机の上に通信機を滑らせる。しばしの沈黙。時間が経つのが遅く感じられ、そわそわと机を指で叩く。そして長らく待たされてからようやく机の上の通信機が声を発した。
『今作戦に参加してくれた同志諸君。まずは参加を決定してくれたことに感謝する。たった今、我らが反連邦派の手にこの基地は落ちた!』
うおおおおお! と歓声が通信機の向こう側から聞こえた。
『かつて我らは連邦派に敗れた。けれど民主主義に基づき、公平に採択されたものであった以上は文句はつけまいと誓った。だが!』
息を大きく吸う音。話したかった主題に入ることを2人は直感した。
『あんまりじゃないか! なぜ意見を違えただけで排斥されなければならないのか! 我らは決して暴力に訴えようとはしなかった! なのに勝者たる連邦派はなにも躊躇うことなくその拳を我らが同朋に振るった! いや、それだけならまだ耐えられた! だが中立でありながら我らを庇ってくれていたオルター少将にまでその拳を向けたことを許すことなど断じてできん!』
爪が皮膚に食い込むぐらい、強く手を握った。自分が連邦派に囲まれて嫌味を言われて逃げ出せない時に助けてくれたのは少将だった。殴られそうになった時に一声で制止をかけたのも少将だ。立場を危ぶませることになるとわかっていただろうに、それでも少将は自分たちを守ってくれた。何の利益も義務もないはずなのに。
『もう我慢の限界だ! 我らは戦う! 今日が新たな独立記念日だ!』
先にも増した閧の声が部屋を震わせた。その声の中には何発かの銃声も混じっている。体の中の溢れんばかりの闘志がさらに高まっていくのを感じた。
『攻勢に出るぞ! また連邦政府の呼び寄せた日本人たちだが……』
演説が再び始まると閧の声も収まり、シンと静まり返る。日本人たちへの対応の指示を聞き逃すまいと一生懸命に耳を傾けた。
『日本人たちだが攻撃して構わない。抵抗するようなら……容赦なく射殺しろ』
殺せ、ということだ。だがこの言葉を聞いた者は笑っていた。実にわかりやすくていいと。
『我らとは別に動き出した志を共にする仲間もいる。それらと連携して欧州連邦を叩くぞ! 皆、忘れるな。これは正義のための戦いだ!』
再び通信機から鬨の声が高々と上がる。熱狂した叫び声はもう誰にも止められないうねりをもって動き始めた。ストッパーが壊されたことにより、その群れは止まることを知らない。
同時期に、ナポリ市内に踏み込まんとする集団があった。しっかりとした武装の人間がトラックの幌の中に乗り込んでいる。そのトラックの側面には欧州連邦のシンボルマークの上から大きく書かれたバツ印。そして先頭のトラックが境界を越えた。
また別の集団も違う地点で踏み込んでいた。こちらは先の集団よりも数が多く、トラックの車体には葉まで赤色で描かれたヤナギハッカの花。もちろん、しっかりと武装をした人間が多く幌の中に乗っている。
2つは元々別の集団だ。だが、共通する目的のために、互いに手を組んだのだ。
そう、欧州連邦解体という目的のために。
その目的のためには手段を辞さない集団が武装してこのナポリに集結したのだ。号砲のように市内に響き渡る一発の銃声。
悪夢が始まった。
〈イタリア州ナポリ市内-現地時刻同日7:52〉
治安維持部隊に出動要請がかかった。これはただの警官隊では抑えきれない事態が起きていることを示していた。
人員輸送用車の中でカラッチアは防弾服を着込み、ヘルメットを頭にかぶっていた。内部にある無線の感度を確認してからアサルトライフルに弾が装填されていることを確かめる。
「カラッチア隊長!」
「なんだ?」
「実弾というのは本当ですか?」
「そうだ。実弾の使用許可は降りている。早く準備を整えろ」
「ですが! 実弾では暴徒を殺害してしまいます!」
冷たく言い返したカラッチアに対して部下が失礼にならないレベルで声を荒らげる。だが違う。問題は実弾を用いれば殺害してしまう点ではないのだ。もう
「敵は武装済みの歩兵隊だ。数はわかっていないがかなりのものらしい。奴らはもはや暴徒ではない。いいか、これは決して暴徒鎮圧などという生易しいものではない。テロリストの制圧作戦だ」
ヘルメット越しで部下を睨む。これは訓練でも模擬戦でもない、命の奪い合いをする実戦だ。それも相手はテロリストである。手を緩めればやられるのはこちらだ。
静かになった部下にもう一瞥もくれることなく、カラッチアは視線を落とし、思考の渦に飛び込んだ。
欧州海兵隊のクーデターに指し示したようにナポリに侵入してきた武装団体。確実に二者は繋がっていると見た方がいいだろう。つまり狙いは欧州連邦解体。つまり今回の任務は今後の欧州連邦存続がかかっているのだ。だが。
つつーっと自分の部隊の仲間たちに視線を走らせる。
彼らにこのことを知らせる必要はない。戦場において余計なことを考えている余裕などない。それは命取りになりかねないからだ。もしかしたらこの事実に気づいている者もいるかもしれないが、言おうとしないのはそれだろう。
軽く首を振ってカラッチアは思考を無理やりに止めた。これ以上考えても自分の首を絞めるだけだ。戦場に向かう覚悟をきめて面を上げる。
瞬間、前を走っていたトラックがコントロールを失い、町並みに突っ込んだ。
「敵襲! 敵襲!」
「くそっ! 全員車から降りて車体の影に!」
無線に向かって叫び、幌から飛び降りる。隊が全員トラックの影に隠れるとほぼ同時にばらまかれた銃弾が車体を叩く。
「銃撃許可! 撃ちまくれ!」
アサルトライフルの引き金を引きながらまたしても余計なことが頭をよぎる。
やられた! こちらの来るルートを事前に読まれていた! いや、そもそも欧州海兵隊が内通している可能性を考えた時点でナポリに配属されている治安維持部隊の規模もむこうに知られていることを検討すべきだった。規模がわかればどういった部隊配置になるか予想はつく。そのうえで移動ルートを予測された上で待ち伏せされた!
銃声が連続して市内に響き渡る。まだ。まだだ。ここで自分たちがやられるわけにはいかない。なんとしてもここで倒す!
「たっ、隊長! これでは持ちません! 奇襲でこちらの勢力は削られ、しかも囲まれています!」
「弱音を吐くな! ここでやられるわけにはいかん! なんとしても勝つぞ!」
そう返した瞬間に弱音混じりの報告をあげた部下に連続して弾が刺さり、ヘルメットのバイザーにヒビがはいった。直後、体から力が抜けた部下の男がどっと倒れる。
「おいっ! ……だめか」
体を軽く揺すって反応を確認しようと試みるが、ピクリともしない。
切り替えろ。後から死を悼め。今はここで奴らを食い止め、倒さねばなない。
交錯する銃弾が石畳や町並みを抉り飛ばす。曲がり角から顔を出したテロリストが引き金を引き、それに照準をつけてこちらも弾をばらまく。
「こなくそおおおお!」
怒気の孕んだ声をあげながらひたすらに銃弾を撃ち続ける。また部下が撃たれて琴切れた。また倒れた。また。また。
何人死んだ? 何人殺せた? どうすれば逃げられる?
「本部! 指示を! 現在攻撃を受けている! 至急救援を────」
言い終わらぬうちに、コロンと足元に何かが転がった。それは握りこぶし大くらいのサイズをした、手榴弾だった。
ぎょっとカラッチアが目を見張る。急いで飛び退ろうとするがもう遅かった。変に時間の流れがゆっくりと感じる。カッ! と手榴弾が弾けて……
全てが吹き飛ぶ前にカラッチアは思った。
誰でもいい。この流れを止めてくれ。誰が書いたのかわからない悪夢のようなシナリオを阻止してくれ……
そして彼の生命の綱はぷつりと途切れた。
〈イタリア州パラッツォホテル12F1204号室-現地時刻同日12:26〉
《我々はここに新政権の樹立を宣言すると共に、欧州連邦からの脱退を表明する! 繰り返す、我々は……》
そこまで聞いて峻はテレビを叩き切った。これ以上聞くに耐えられなかったのだ。クーデターが起きてから約5時間。治安維持部隊は内部からの攻撃と外からの攻撃に耐え切れずに敗走。防衛体制は瓦解した。そして首謀者が新政権の樹立を宣言したのだ。つまりナポリは完全に押さえられてしまった。
この1204号室にいるのは峻だけではない。常盤含めて合計8人が額をあわせるようにして集まっていた。この状況でなにが起きてもすぐに動けるようにするためには、妥当な判断だろう。
「で、どうするの帆波クン?」
「常盤、試すような言い方はやめてくれ。どうするもくそもねえ。待機だよ。たぶんほっとけばそのうち日本からの帰還命令が出るはずだからそれに従って帰ることになるはずだ」
このままヨーロッパにいても日本にメリットはない。そして欧州連邦もそれは同じだ。なら、帰還命令がでることはほぼ確定事項だろう。幸いなことに護衛チームはここに残っている。安全なホテルにいて、欧州連邦が事態の収束を図るところを見守ることがベストなのだ。
「なんにもできないんだね、私たちには……」
「仕方ないよ。鈴谷たちにできる範囲を超えちゃってるんだから……」
艦娘は対深海棲艦に特化したものであって、対人戦用ではない。彼女たちの身を守るため以外の発砲は国際法違反になってしまう。
クーデターが起きた時点で彼女たちの範疇をとっくのとうに超えてしまっていたのだ。
「どれくらいかかるでしょうか……」
「さあな。暫定政権の宣言とかしてきた以上は欧州連邦も手をこまねいてはいないだろう。ナポリを完全に押さえている以上は少し時間がかかるかもしれんが手は打つだろうな」
霧島の問にどうなるかわからないという答えを峻は返す。そしてうなだれる瑞鶴たちを目の端にとめながらミネラルウォーターをがぶりと飲んだ。忸怩たる思いがあるのは峻だって同じだ。だからと言って自分に何ができる? 下手に動けば彼女たちが危険に曝される。
「帆波クン、艤装の方は大丈夫?」
「欧州海練学校にあるから大丈夫だ。あそこはプローチダ島にあるからな。島にあるからこそクーデターの手が回ってないようだ。日本から連れてきた警備員は全員で島の周りを巡回して見張っているようだか接近する船は現状ではないらしい」
時間の問題だとは思うが、と内心で付け加える。それは聞いた常盤もわかっている話だろう。ここはもう敵地といって差し支えないのだ。
峻はほの暗い部屋をぐるりと見渡す。狙撃を防ぐために分厚いカーテンが引かれて、日光が入らなくなった部屋には沈鬱な雰囲気が垂れ込めていた。
気分を切り替えるために、もう1度ミネラルウォーターに手を伸ばした。だが、そのボトルをとる前に大きな振動がボトルを倒した。直後に甲高くホテルに響くサイレン。
「伏せろ!」
咄嗟に叫んで近くにいたゴーヤの手を引いてベットの影に飛び込む。視界の端では常盤がテーブルを倒して霧島と若葉がその影に滑り込み、叢雲がタンスの影に瑞鶴と鈴谷を押し倒した。
爆破による振動。しかもそれなりの規模だ。それがホテルを襲った。何が原因かはわからないが狙いは明らかに自分たちだろう。
何も起きないまま時間が流れていく。そしてドアが嫌に丁寧にノックされた。
「失礼します。皆様、ご無事でしょうか?」
「……大丈夫ですよ、全員生きてます」
入ってきたのは護衛チームのリーダーだった。ほっとした峻がベットの影から立ち上がり、応対した。念のため、身分証明を見せてもらうが本物のようだ。
「どうなっていますか?」
「ホテルに対しての攻撃です。第一波はこちらで食い止めましたが、このあとも恐らく襲撃してくるでしょう」
「完全にこちらの位置がバレてますね」
「はい。このままホテルにいても格好の的となりかねません。ですので多少リスクはありますが、皆様を欧州海練学校へ護送します。連邦政府の方にヘリを要請してあるため、そこから別に移ってもらい、その後にご帰国という形になります」
「わかりました。少しお待ちください。常盤!」
名前を呼ぶとテーブルの影から常盤がひょっこりと出てきた。今の会話の頭さえ聞けばなにを峻が望んでいるかはすぐにわかったはずだ。
「はいはーい。帆波クン、本国からの帰還命令出たよ。今指示をあおったら至急帰国せよってさ」
「上々だ。すみません、護送をお願いします。準備にどれくらいかかりますか?」
「今、車をかき集めているところですので、集まり次第となりますがそう長くはなりません。ご協力、感謝いたします」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
リーダーは丁寧に一礼すると部屋を出ていった。指示を出す必要があるのだろう。去り際に廊下をチラリと覗くと、護衛として何人かが武装して巡回していた。
「そういうわけだ。荷物を全部持ってく余裕はない。機密に関わるものだけ纏めあげるぞ」
「機密に関わるものってせいぜいあんたのパソコンくらいのものよ。私たちは特にないし」
艤装は機密だけど今はここにないしね、と叢雲が付け加える。どのみち欧州海練学校に行くなら回収は可能だ。そちらは問題ない。それ以前に機密やらなんなら言った時点で艦娘たる彼女たちが一番の機密になるわけだが。
パソコンを肩掛け式のカバンに入れて提げる。もう撤退準備は完了した。あとは車の準備を待つだけだ。
「てーとく。それ持つよ?」
「……悪い、頼むわ」
ゴーヤが肩かけカバンを指差す。ゴーヤは自分ではこの事態に対して何も出来ないと真っ先に悟っていたからこそ、せめて峻の手助けにと思っての申し出だった。そしてそのゴーヤの親切心を無碍にするつもりは峻にも毛頭ない。なによりゴーヤは信用できる。だが念を押しておくためにアイコンタクトを叢雲に取ると、小さく叢雲が頷いた。
そのことを確認した上でカバンの紐の長さを調整するとゴーヤに手渡すと、大事そうにゴーヤが受け取った。
「いいか、いざとなったら捨てて構わねえ。最悪の事態が起きたらぶっ壊せ」
「いいの?」
「ゴーヤの身の安全の方が大事だ。ま、余裕があったらパソコン壊してくれ。盗られていいデータじゃないことは確かだからな」
パソコンくらいならまた買いなおせばいい。だがゴーヤの命は一つだ。重要度が違う。
「失礼します。車の準備ができました。移動の準備をお願いします」
「行くぞ」
廊下に出て、護衛が数名ついた上での移動が始まった。ピリピリとした緊張感のせいで誰も口を開こうとせずに足音を忍ばせるようにそろそろと動く。こちらを狙う敵方にはホテルがばれている以上は警戒してしかるべきだ。階下の安全を確かめるために護衛が先行し、確認完了という合図が来てから階下に下りる。それを幾度も繰り返してようやく一階のホールまでついた。さっきの振動は爆発だったようだ。消火は済んでいるようだが、まだ焦げ臭さと壊れたドアなどが悠然とその惨状を語る。
「裏に停めてあります。こちらです」
ホールから裏手に回り込むようにして移動。護衛の一人が先導するチームリーダーに何かを報告するために持ち場を一瞬だけ離れた。
その一瞬を突くように、太い柱の影から子供が飛び出して列に近づいた。子供の羽織っているジャケットの下には体に巻かれた
「危ないっ!」
誰かがそう叫んだ。
荒れに荒れていく欧州編、長々と続きましたがようやくクライマックスです。我ながらやらかした感が拭えないのですが、まあしょうがないよね。
これだけやってもまだ暴れる欧州編をどうぞよろしくです。
感想、評価などお待ちしております。それでは。