艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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こんにちは、プレリュードです!

イベントも残すところ、あと5日を切りましたがどうでしょうか?
自分はe-3クリアしたら満足ですかね。大淀掘りに想像以上に時間取られました。アクィラはしらん。ウォースパイトも知らない子。とりあえずダイソンはもう見たくないこの頃です。

それでは本編参りましょう。


報せは巡りて

〈イタリア州パラッツォホテル12F1204号室‐8月11日7:01〉

 

昨日は割と遅くまで叢雲たちと外に出て遊んでいた峻は眠たげな目を擦りながら洗面所に立った。鏡を見ると幸いにも寝癖はないため、準備にさしたる時間はかからないだろう。眠気を覚ますために、冷水で顔を洗うとタンスから着替えを取り出して、服の袖に腕を通した。

 

ヨーロッパ(こっち)に来てから結構経ったな……」

 

ナポリに着いたのが7月25日。そして気づけば8月も半ば手前まで来ていた。光陰矢の如しとは本当によく言ったものだと思う。

 

朝食に行く前に、ショルダーホルスターを肩から吊り、マガジンポーチや革製の鞘に収まったコンバットナイフを装着してから上着を羽織り、それらを覆い隠す。

 

そろそろ行くか、というタイミングで部屋のドアが丁寧にノックされた。急いでドアに駆け寄ると魚眼レンズを覗き、危険人物ではないことを確認した上でドアを開けた。立っていたのは確認した通り、スーツをまとった護衛チームのリーダーだった。

 

「おはようございます。昨夜はよくお眠りになられましたか?」

 

「それはもう。ありがとうございます。何かありましたか?」

 

「本日は外出を控えていただいていただきたいのです」

 

「何かありましたね?」

 

チームリーダーの言葉に峻が確信を持って問いを投げかける。軍事顧問として呼んでおいてあと僅かな日程を無駄にさせるということはそれなりの事態が起きているということだからだ。

 

「はい。グラッド・オルター少将が昨晩に襲撃され、意識不明の重体です」

 

「なんだって!」

 

あまりの衝撃に敬語がどこかに吹き飛んだ。なるほど案内人たるオルター少将がこういう状態になった以上は、こちらに飛び火してくる可能性が否定できない。その状況下で外をうろつくのは賢明な判断とは言えない故の処置だろう。

 

「犯人は? 単独とは思えないのですが」

 

「複数人のグループというのが見解です。ともかく、本日はホテルに待機していてください」

 

「……了解しました」

 

では、と一礼するとチームリーダーは去っていった。いきなり何の前触れもなしに、今日の予定がまるっと空いてしまった。だがそんなことを言っている事態ではない。オルター少将が意識不明になっているため、見舞いにでも行きたいが護衛が許してはくれないし、そもそも論として峻自身も出るべきではないとわかっていた。

 

「常盤、応答」

 

『はいはーい。なんで連絡きたかは大体察してるよー』

 

通信を送るとやはり常葉の方にも来ていたのだろう、状況に似合わない明るい声の返答。

 

「なら話が早い。現状で待機でいいよな?」

 

『いいんじゃない? 今は下手な行動を打つよりは大人しくしてるのがベストでしょ?』

 

常盤が試すような言い方をする。

 

「まあな。じゃ、そっちはいいな?」

 

『だいじょーぶ、だいじょーぶ! とにかくむこうの言うこと大人しく聞いとくよー』

 

「そうしてくれ。ただ……わかってるよな?」

 

『わかってるって。ただ一応正式な形にしといて』

 

ここは日本ではない。である以上はしっかりと形をとるべきだろう。そして峻はヨーロッパにおいてある程度のレベルにおいては裁量権を与えられている。ならば中佐たる常盤に対して()()を与えられるのは峻だけだ。

 

「常盤中佐。現時点より自らの、及び艦娘の身柄を脅かす対象に限定した発砲を許可する」

 

『帆波大佐からの限定的状況下における発砲許可を確認。常盤、了解』

 

先ほどまでのどこかのんびりした雰囲気は消え、一気に互いの声が冷えきる。当然だ。その応答は殺しが許可された瞬間なのだから。そのまま何も言うことなく、自然と通信は切れた。

完全に切れたのを確認してから峻はベットに倒れ込んだ。だが悠長にしている時間はない。早いところ叢雲たちに状況を説明した上で部屋で待機しておくことを伝えておかなければならないからだ。

すぐに立ち上がるとコネクトルームのドアを叩く。

 

「なに?」

 

「ちょっとこっちの部屋へ来てくれ」

 

「……少し待っててちょうだい」

 

言葉通り、5分も経たないうちに叢雲たちが部屋にぞろぞろと入ってきた。適当に椅子を置いてから座るように勧めて、全員が座った後に峻も腰を落ち着かせた。

 

「今日は全員ホテルの部屋で待機だ。さっき護衛チームからの指示があった」

 

「えっ、なんで? 私たち何かやらかしたっけ?」

 

「案内役のオルター少将が襲われた。どこの野郎がやったのかはわからないらしいが、案内役が狙われたという事は、本当の目標は俺たちだった可能性がある。つまり、この対応は外での襲撃を回避するためだろうな」

 

瑞鶴は別に何もやっていないし、それを言うなら峻も叢雲も鈴谷もゴーヤも何もやらかしていない。こちらでは回避しようのない事態なのだ。どう行動しようともこの結果は変わらなかっただろう。

 

「ねぇ、提督。じゃあ鈴谷たちはどうすればいいの?」

 

「さっきこいつが言ったじゃない。待機よ。部屋でじっとしてなさい」

 

「むぅ……退屈だよ……」

 

つまらなさそうにゴーヤがぼやく。だがこれは致し方なし、と言ったところだろう。命と暇つぶし。天秤に掛ければどちらに傾けるべきかは論ずるまでもない。

 

「まー、なんだかんだいってここんところ忙しかったしな。骨休めと思ってゆっくりしとけ」

 

どのみち峻には変更など出来ないことがわかっているのだろう、割と全員があっさりと引いてくれた。コネクトルームのドアから部屋に戻っていく姿を見届けた後で、峻は自分のパソコンを開いた。

 

「やることねえし……組みかけだったプログラムでも組むか」

 

峻の指がキーボードの上を流れるように走り、複雑な文字列を刻んでいく。そういえばこれを得意だと思ったのはいつからだっただろうか。学んでからはなんとなくでできるようになっていたような気がする。まあ、好きこそ物の上手なれというやつかもしれない。実際のところこうやって無心にキーボードを叩くのは嫌いではないため、案外あの言葉は的を射ているのかもしれない。

 

「ちっ、嫌な感じだ……」

 

流れいく文字列を処理しながら峻が舌打ちして呟く。状況はまだ安全(グリーン)。だが直感がすでに危険(レッド)だと告げている。タチが悪いことに、往々にしてこの手の予感は外れた試しがないのだ。

 

「何も起きなきゃいいが……」

 

幾度となく感じたことのあるざわめきと、どこか懐かしいような感覚に余計なことを考えたくなくて峻は意識をパソコンに集中させた。それでも相変わらず頭の中のアラートが鳴り止むことは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈イタリア州パラッツォホテル12F1205号室-現地時刻同日7:42〉

 

叢雲は驚いていた。

オルター少将が襲われたことに、ではない。いや、この言い方には語弊がある。確かに驚きはした。だが、それを上回るものがあったのだ。

あいつがとてつもなく警戒している。それも矢田の時などの比ではないレベルで。

 

「ねえ、あんたは何を感じ取っているの?」

 

小さく呟いてみても、ドア越しでは伝わるわけもない。

あんたはなんでそこまで警戒している? 現時点で何も起きていないのになぜそこまでピリピリする必要があるのか。いつもなら軽い冗談の一つや二つ飛ばしてみせるのに、だ。

あのどこか物憂げな雰囲気は一体なんだったのだろう。

 

「なんで話してくれないのよ……」

 

そんなことわかりきっている。自分が踏み込もうとしないからだ。聞こうとしないのになんで答えが得られようか。結局のところ自分は怖いのだ。聞いてしまえば何かが崩れてしまいそうで、怖くて怖くて聞けない。そんな見るも耐えない弱々しい臆病者だ。

そんな醜くて弱い自分が嫌で嫌で仕方ない。『姫薙』なんて立派な二つ名をもらったところでそこは結局なにも変わっていない。

ならどうする? そんな事はわかりきった話だ。

 

「もっと強くならないと…………」

 

弱いままじゃ何も出来ない。だからといって今のままを受け入れることだけは嫌だ。強く。もっと強く。さらに高みへ。

 

「ねえ、叢雲。叢雲ってば!」

 

「何? どうしたの?」

 

「いや……なんか遠くにトリップしてたからさ。大丈夫かなーって」

 

瑞鶴に呼びかけられ、思考状態だった意識が現実に引き戻される。もしかして怖い顔になっていただろうか。顔を隠すように手を振り、なんでもないという意を示しながら表情を取り繕う。瑞鶴は少し怪訝そうに顔をしかめたが、あまり気になることではないと思ったのか深くは追求してこない。

 

「大丈夫よ。少し考え事してただけだから」

 

「そう……。なにかあったら言ってね」

 

やることがないのかベットに飛び乗る瑞鶴を横目に叢雲も手近な椅子をひいて座った。なんとなくテレビをつけてみるが、どこか日本人の感覚とはあわないアニメやバラエティ番組らしきものに嫌気がさし、すぐにリモコンで電源を切った。

なにもやることがない。隣の部屋に行ってみようか。でも行ってあいつとあったところでなにを話せばいいのだろう。なにをあいつが感じているか聞く度胸は先ほど考えた通り、自分にはない。館山なら艤装を着けて演習場で暴れるなり、武道場で体術を鍛えるなりして没頭させることで思考を無理に止めさせるという荒技も可能だったが部屋からも出られないでは息が詰まる。

 

なんとなく手に取った9mm拳銃にセーフティがしっかりとかかっていることを確認してから構えはせずに引き金に指をかける。この分野においてはあいつに敵わない。いや、それをいうならあいつに敵う分野があるだろうか。

 

「私は弱いっ…………」

 

誰にも聞こえないように言った言葉は叢雲の心に重い鉛を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈イタリア州ティレニア海前線防衛基地-現地時刻同日8:42〉

 

「おい、知ってるか?」

 

「オルター少将が襲われたことか?」

 

「知らないわけがないか」

 

通路を歩いていると、同僚の男が駆け寄ってきた。その問いかけに少尉がすぐに答える。そこまで噂は伝わっているのだ。

 

「誰がやったのかはわかってないのか?」

 

「ああ。だが目星はつくんじゃないか?」

 

「あの人が恨みを買うような相手は……」

 

少尉が顎に手を当てて考える。いや、考えるまでもなくわかっていた。

 

「連邦派の連中か……」

 

反連邦派(おれたち)は軍での居心地がいいとはとても言えない。だがあの人が庇ってくれていたんだ」

 

欧州連邦軍の内部は連邦派が高い割合を占めている。もちろん思想の自由はあるが、反連邦派は肩身が狭いのだ。いや、狭いだけならよかった。思想の違いによる、一種の嫌がらせを受けたりしていたのだ。それを押さえ込んでくれていたのがオルター少将だった。

 

「連邦派め……中立をとっていた少将にまで手を…………」

 

少尉が机を拳で叩く。

オルター少将は欧州の獅子と呼ばれる、北海油田防衛戦の英雄だ。だがそれと同時に中立の立場として反対派を庇っている。それは連邦派からしたら面白くないのかもしれない。

自分たちへの陰湿な行為ならば流せた。だが恩人であるオルター少将にまで手をかけるのは許容範囲を超えている。

 

「どうする?」

 

「……しばらく時間をくれ」

 

それだけ言い残すと少尉が歩み去る。その背中には明確な怒りが滾っていた。

異常なまでの勢いをもってオルター少将襲撃事件の噂は広がっていく。それだけヨーロッパにおいて大きな事件なのだろう。そしてその事実に憤る人がいるということはオルター少将の人望の厚さだろうか。

 

立ち去る少尉を見続けながら同僚の男は笑みを湛えた。

 

「すべては世界変革のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈イタリア州パラッツォホテル11階1104号室-現地時刻同日8:53〉

 

常盤は峻に言われた通りに、ホテルの一室に霧島と若葉を集めると待機していた。特にやることもなく、ヒマな常盤はだらしなく服を着崩してベットの上に座っていた。

 

「うーん、いろいろ潜りたいところだけど国外ってだけあって勝手が違うしなあ」

 

「ダメですよ、司令。帆波大佐からの指示は待機なんですから」

 

「わかってるよ霧島ー」

 

肩を枕にしてうたた寝をする若葉の頭を撫でながら常盤が言う。それぐらいのことはわかってる、といった様子だ。

それでも暇なものは暇。若葉の髪を常盤が弄り始める。指を絡ませて梳くとふわりと解ける感覚が心地いいらしい。かと思えばぷにぷにと若葉の頬を指で摘んだり離したりつついたり。

 

「若葉で遊ぶのをやめてあげてください。それより今は先のことを考えるべきでは?」

 

「先のこと……ね」

 

「はい。外はどうなっているのかわかりません。ならば現時点においてやるべきなのはいざという時にどう行動すべきか決めておくことです」

 

「外のことかー。うん、確かにちょっちヤバげかもね」

 

「そうなんですか?」

 

「別にアタシも何か知ってるわけじゃないよー」

 

霧島に合わせていた目線を落とす。霧島から常盤の表情がダークブラウンの前髪に隠れて見えなくなる。

 

「例えば霧島、長い紐が一本あってそれを両端から引っ張り続けたらどうなると思う?」

 

「それは……いずれはどこかでプッツリと切れますね」

 

「そう、切れちゃうんだよ。いや、切れてたんだよ。それをつなぎ止める接続部があったから切れていないように見えてた。だけど尚も引っ張り続けている状況で接続部が壊れたら? それが今の欧州連邦なんだよ」

 

「…? どういうことですか?」

 

霧島の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。突然された例え話が何を言っているのか理解できないのだ。接続部? 紐を引っ張る? 何のことだろう。

 

「ヨーロッパが今、うねりを上げてるってことかな」

 

若葉をベットに転がすと、常盤は窓からイタリアの町並みを見た。すっと目を細めて睨む姿はいつもの変態ではない。

 

「どこに行っても変わらないね、まったく」

 

────この腐った世界は。

 

霧島に聞こえないように嫌悪感を滲ませた声で常盤が吐き捨てた。

 

 

誰もがそれぞれの思いを胸に8月11日は一見して平穏に終わりを告げた。表面上では何も変わらず、だが着実になにかが胎動していた。

 




話の展開が遅いとかいわないでね。作者が一番わかってるから。
正直な話、最後の紐のたとえはいらなかった気がしなくもないんですけど、まあそれはそれってことで1つよろしくお願いします。

感想、評価などお待ちしております。それでは!

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