艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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こんにちは、プレリュードです!

イベントは順調ですか?
自分はE-3クリアのために大淀を掘ってます。全然落ちないけどの。
タブルダイソンはほんとにやめて欲しいね。一撃大破で何度も帰らさせられましたよ。

はい、本編参りましょう。


プライベート・ヨーロッパ後編

〈イタリア州欧州海練学校イタリア校廊下-現地時刻8月9日12:06〉

 

「……提督、帆波大佐をほっといていいのか?」

 

峻が立ち去ったあとの廊下を一人歩いていた常盤に若葉が声をかけた。

 

「いいの。結局のところアタシにとって彼の主義とかそういうのってどうでもいいから。帆波クンがアタシの障害とならない限りは、ね」

 

「提督の目的は何なんだ?」

 

「うーん、そろそろ麻縄に縛られる快感を追求したいかなー。なかなか縛ってくれる人がいないんだよねー。若葉やってくれる?」

 

「むしろ若葉が縛られたいが……でも…………いや、いい」

 

「若葉は賢い娘だねー、ほんとに」

 

張り付けたような笑いを浮かべた常盤が若葉の目を覗き込む。若葉は背筋が凍りついたように感じた。察して疑問を取り下げていなかったらどうなっていたのだろうか。普段から深海棲艦と戦っている若葉をして鳥肌を立たせ、寒気を覚えさせる絶対零度の笑み。

 

「そう構えなくていいってば。別に取って食べたりしないって」

 

さっきまでとは違ったへらへらとした笑みに常盤が切り替えると身を固めていた緊張が解けていく。だが先ほどの顔は『これ以上踏み込むな』と鮮烈に告げていた。

 

「若葉、別にアタシの部隊から外れたかったらいつでも言っていいんだよ? そんなことでグチグチ言うつもりは無いし最初の配属先ってだけで若葉はよく付いていてくれてるよ」

 

「提督は若葉がいては迷惑か?」

 

「そんなことないよー。むしろ感謝してるね。こんな変な女の下にいてくれて」

 

「ならいいじゃないか。それで問題あるか?」

 

「んー、ない! これからもよろしくね、若葉。じゃ、私は用事があるからここで」

 

コネクトデバイスを片手で振りながらT字廊下を若葉が行く反対側へと行こうとする。

 

「提督、それは私用なのか?」

 

「うん。超絶私用だよ。プライベートもプライベート。流石に聞かれると恥ずかしいかなあ。あ、まさか若葉はアタシを辱めようと!?」

 

「若葉はむしろやられる側なんだ。そっちは趣味じゃない」

 

踵を返して常盤と逆の方向に若葉が消えていく。その姿が完全に消えるまで常盤は見送り続けた。姿が見えなくなったのを確認すると常盤は首にコネクトデバイスを叩き込む。

 

「もしもし………」

 

常盤はなにかを話し始めると黒を纏ったかのように闇に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈イタリア州ナポリ市-現地時刻同日16:34〉

 

石畳の上をスクーターがガタガタと震動しながら走る。鈴谷がスクラッチをまわして加速をしていった。今日は少し講習が延びたせいでみんなで買い物に行く約束が無しになってしまった。そう、実は予定がうまくいかなかったのは峻だけではなかったのだ。そして中途半端に時間を持て余した鈴谷はレンタバイクで借りたスクーターに跨り市内見物と洒落込んだのだ。艦娘とはいえ軍人。一般的な免許類は軍隊手帳を見せれば代わりになり、軽い教習も受けてあるため、一般車両程度ならば乗りこなすのは容易い。

 

「うーん、風が気持ちいいねー」

 

ヘルメットからはみ出した緑髪がたなびく。イタリアのティレニア海はいわゆる地中海性気候のため、夏は暑くても乾いた気候になる。日本のじっとりとした不快指数の高い夏と比べるとすごしやすいのだ。その乾いた気候のため樹木系の生産に向いている。有名なものをあげるならオレンジ、レモン、オリーブなどだろうか。深海棲艦が現れた当初はこれら農業も大きく衰退したのだが艦娘が海岸線の防衛の任に就いて以来は緩やかに回復していき、現在は深海棲艦が出現する前には及ばないものの、かなり高い水準まで復帰している。先日のジェラートがその証拠だ。嗜好品であるものが店頭で購入できるという事実がいかに内地が安定しているかを如実に示している。深海棲艦が出現した初期には食糧難で暴動が起き、内陸部に流れ込んだ人がまた暴動を起こす……という負のスパイラルに嵌まっていたのだ。

 

それを考えるなら鼻歌を歌いながらスクーターで観光ができるというのはどれだけ平和なのかがよくわかる。今は深海棲艦との生存をかけた戦争中だということを忘れてしまいそうなくらいに穏やかな日常の一コマ。そしてそれを生んでいるのは鈴谷たち艦娘なのだ。その恩恵を受けていけない道理はない。

特にやることもなく、ただ気の向くままにスクーターを駆る。なんとなく町の雰囲気を肌で感じればいいな、くらいの感覚だ。日本の艦娘である鈴谷は海外(そと)に行く事はめったにない。アジアくらいなら日本の管理している泊地があるため行く機会がないとは言わないが、ヨーロッパとなると話は別だ。滅多にないどころかこういうことでもない限りは恐らく一生行くことは無い場所だろう。

 

「ん、あれゴーヤじゃん」

 

ピンクのショートヘアを揺らしながら歩く少女を見つけた鈴谷がスクーターを減速させて隣に着けた。

 

「やほー」

 

「あ、どうしたの?」

 

「いやー、なんか見つけたから何となく声かけただけ。なにやってんの?」

 

「散歩ついでに頼まれた買出しでち」

 

「ふうん、買出しかー。誰に頼まれたの?」

 

「てーとくだよ。コーヒー豆となんか甘いもの買ってきてって」

 

「あー、その様子だと今日は遅くまで缶詰めコースか」

 

明日は必ず予定を空けておくと提督は約束してたから何としてもフリーにするために今日の夜にやること全て片付けておく魂胆なんだろうな。

 

「そんなわけで暇してたゴーヤがお使いの任を託されたの」

 

「なーるほど。ってあれ? 叢雲は? 普段そういうの頼まれるのって叢雲じゃないっけ?」

 

「叢雲は叢雲で忙しいみたいだよ? なんか追いかけられてた」

 

「追いかけられてた? あー、ビスマルクとの演習か。あんだけ派手にやればねぇ……」

 

ビスマルクは欧州の獅子と呼ばれるオルター少将の秘書艦なのだ。そんな艦娘とタイマンを張るというのはさぞ悪目立ちしただろう。多少はヘイトを向けられても仕方がない。

 

「うん。なんか駆逐艦の子たちにお姉様ーって呼ばれながら追いかけられてた」

 

「あ、そっちか」

 

向けられたのはヘイトじゃなくて憧憬らしい。まあ憎まれるよりはマシだと思う。

それにしてもお姉様ときたか。確かに同じ駆逐艦たちからすれば戦艦と正面からやりあえる叢雲は憧れの対象になるのも頷ける。ただ念のため言っておくが日本の艦娘が全員ああだという訳では無いことを認識しておいてもらいたい。

 

「じゃあ鈴谷はここで。このスクーター返さなきゃいけないし」

 

コンコンとスクーターのスピードメーターを叩く。夕食に遅れるのは嫌だからそろそろレンタバイクに行かなくちゃ。

 

「ん、じゃあね」

 

ゴーヤに別れを告げてスクーターに再びまたがるとスクラッチを回すと、止まっていたエンジンが唸りをあげ始めた。アイドリング音が石造りの町に反響した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈イタリア州パラッツォホテル12F1204号室-現地時刻同日23:41〉

 

渡された記憶媒体をパソコンに突き刺して一気にスクロール。打ち込まれている複雑なプログラム言語に目を走らせて脳内で動きのシュミレートを展開していく。その過程で違和感を見つけた瞬間にスクロールを停止。違和感の正体を探り、発見した箇所にコメントを付けて改善点を指摘する。

終わったと思いきや挿していた記憶媒体をぶっこ抜き、また別の媒体を叩き込む。内部に保存されているファイルを開いてみると今度は演習シュミレーションファイルのようだ。

 

峻はぐぐっと椅子の上で背中を反らして大きく伸びをした。ホテルに戻ってからずっとこの調子だ。いくら機械いじりが趣味とはいえ延々とC言語を見続けるのはうんざりしてきた。いつものように館山でならサボりもできるしまた明日に回すこともできる。だがここはヨーロッパである。身勝手に動くわけにはいかないし、残念なことに、ほんっとうに残念なことに基地司令権限を行使してこの手の仕事を握りつぶすことができないのだ。

 

「あー、だめだ。集中力切れた。ゴーヤが買ってきてくれたコーヒーでもいれるか」

 

ホテル備え付けの電子ケトルに買い置いたミネラルウォーターを注ぎコンセントを挿して湯を沸かす。その間に、これまた備え付けのマグにペーパードリップをセットして既に挽かれた豆を中にいれる。どちらかというと峻は紅茶派だが、イタリアはコーヒーの方が有名なので今回はそっちを選んでみた。湯が沸くのを待つまでにゴーヤが買ってきてくれた甘いものとやらの箱を開けてみる。

 

「へぇ……こりゃスフォリアテッレか。ゴーヤめ、なかなかいいチョイスじゃねえか」

 

スフォリアテッレとはパイ生地の中に様々な種類のクリームを入れてオーブンで焼いた焼き菓子である。パリッとした食感のパイとなめらかなクリームのハーモニーは素晴らしいの一言だ。結構甘いため、コーヒーとの相性は抜群だろう。なにより甘いものは脳を活性化してくれる。

電子音が鳴り、ケトルの湯が沸いたことを知らせる。ペーパードリップの中へ慎重にケトルから湯を注いでいく。本当ならばネルドリップなどで淹れた方がコーヒー本来の味が出せるのだが、あれは少々手入れが面倒だ。

 

「ふぅ…………」

 

マグに口をつけて苦い液体を嚥下し、焼き菓子を頬張る。その目線はコネクトルームのドアに自然と向いた。気づけばもう12時を回っている。あいつらはとうに寝た頃だろう。だがまだ俺は寝るわけにはいかない。なんとしてでも約束の買い物に付き合ってやりたいのだ。

ここら辺をふらつくことは認めたがあまり遠くに行くことを俺は許していない。だが、せっかくヨーロッパまで来ておいてナポリだけ、というのも寂しいだろう。一度くらいは遠出もしてみたいはずだ。だが遠くに行かれると何かあったときに俺が対処できない。そこで生まれた案が俺が車を出して全員で行ってしまおうという計画なのだ。そもそも講義は午前中だけなので午後からならば割りと自由が利くし、全員揃った上での団体行動ならば多少遅くまで遊んでも心配はない。もちろん警戒はするが、初日の毒殺未遂以来はなんのアクションも起きていない。わざわざ若狭に頼んで紹介された相模原大佐にWARNの話を聞いたが、杞憂になりそうだ。

 

そんなわけで明日、いや厳密には今日の午後からの楽しみを俺の都合でこれ以上延期にするのは心苦しい。だからこそ普段ならまた今度といってやらないところを睡眠時間を削ってまで片付けようと必死なのだ。

 

「さて……と。休憩はここらにして再開するとしますかね」

 

マグをサイドボードの上に置き、焼き菓子の残りを口に放り込む。指についた粉砂糖をペーパーナフキンで拭き取りパソコンに向かい合う。まだ数は残っているからな。あまり長い間のんびりと休んでいる暇はない。

峻はファイルをスクロールし、停止する。その作業を繰り返す度に、夜が更けていく。

 

あ、そういや車借りなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈イタリア州パラッツォホテル12F1204号室-現地時刻8月10日6:47〉

 

あいつが起きてこない。

朝食へ赴くために集合するのだが時間になってもあいつは来なかった。叢雲がイライラと腕を組みながら指で二の腕を叩く。

 

「提督遅いね」

 

「てーとくは昨日遅くまで仕事してたからまだ寝てるのかも」

 

叢雲がゴーヤの言葉に少し納得する。昨夜、叢雲含め全員が寝る時もまだ隣の部屋の電気はついたままだった。なにより今日の約束を峻は必ず守ろうとしていた。それならば多少無理を押しても徹夜くらいはしそうなものだ。

 

「起こしに行った方がいいかしら、一応」

 

「いいんじゃない?  ほら叢雲ってたまに提督さんのこと起こしに行ってるし」

 

「あいつがいないと仕事が回らないからよ。でもそうね。起きてくれないと今日の午前の講座に間に合わないかもしれないから────」

「すまん! 寝坊した!」

 

大慌てな様子で峻が駆けてきた。シャツの一番上のボタンが外れたままで、いつもの短髪は寝癖が撥ねている。

この様子だと昨日は片付いた瞬間にベットインしたわね。幸いにも目の下にクマはできていないところを見ると、削ったとはいえどもそれなりに睡眠をとったみたいだ。内心で安堵の息を吐きながらも顔は怒ったような表情を取り繕う。

 

「遅いわよ。5分前行動が社会人としての規範じゃないの?」

 

「いや、俺は軍人……軍人も社会人か」

 

自分で言って自分で納得する峻を目の前に全員がクスリと笑った。むしろ下手な社会人より軍人の方が時間には厳格だ。

 

「ってそれどころじゃなかった! 早く行くわよ!」

 

「げぇ、もう7時半じゃねえか! 急ぐぞ!」

 

この様子だと朝食はかなり手早く済ませなければいけなさそうだ。

そういえば今日はもう10日だったわね。日本政府と欧州連邦政府との契約では7月25日から8月14日までの3週間、私たちを派遣することになっていたはず。ということはあと5日でヨーロッパともお別れということになる。そう思うと少し名残惜しいものがある。教えていた駆逐艦たちにお姉様と追いかけられていた時に助けてくれたレーベやマックス、ぶつかったりもしたけど憎めないビスマルク。そしてビスマルクの背後でよく謝っているプリンツ。

オルター少将の部隊はあと2名いるらしい。そっちとの接触はあまりないけどいい人たちだと思う。

別れは寂しいけれど日本で待ってる榛名や加賀たちがいるから帰らなくちゃいけない。

 

なんて。

この時の私はそんな平和な考えにどっぷりと浸かっていて知らなかった。

あとたった5日間で最悪の事態が起きる。そんなことには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈イタリア州欧州海練イタリア校正門-現地時刻8月10日13:56〉

 

正門の前で峻が一人佇む。あるものが来るのを待っているのだ。

 

遠出をするにあたって最初の問題はなんだろうか?

答えは足だ。つまりは移動手段である。そこで俺は車を選択したわけだがその車が俺にはない。そこで借りる必要が出てきたわけで、どこで借りられるかをオルター少将に聞いたところ、軍の公用車を気前よく貸してくれるとのことだ。だからここで車が来るのをぼんやりと待っている。

 

そしてちょうど時計の針が2時を指したとき、目の前に黒塗りの4ドアが駐車し、中からスラリとした女性が運転席から降りた。

 

「あなたがホナミ大佐か。オルター隊のグラーフ・ツェッペリンだ。頼まれていた車を持っていた」

 

「ありがとう。グラーフさんはこのあとは……」

 

「グラーフでいいさ。私はこっちに予定があるからちょうどよかったのだ。だから気にせずに車は使ってほしい。あとでここに停めておいてくれれば私たちのうち誰かが回収する」

 

「重ね重ね申し訳ない」

 

「構わないとも。それでは良い旅を」

 

ピシッとした敬礼をするとグラーフが海練校内に入っていった。その後ろ姿を俺も敬礼で見送る。

 

それにしてもなかなかいい車だ。このサイズならば5人くらいは乗れるだろう。後ろに荷物を入れるためのスペースもあるから少しくらい多めにお土産を買って大丈夫はずだ。回してくれたオルター少将には感謝だな。

 

「あーあー、常盤、聞こえるか?」

 

コネクトデバイスの通信を常盤に向かって発信。応答はすぐに来た。

 

『聞こえるよ。用件はなんとなくわかってるけどね』

 

「上々だ。今日は外すからホテルの方は頼むぜ。荷物とかは特に厳重に管理してくれ」

 

『あいあい。ところでさ、帆波クン。今日はなんだか異様に男子生徒がアタシのとこに質問しに来るんだけどなんで?』

 

「えっ、そうなのか?」

 

白々しいとわかっていながらも聞き直す。直接顔合わせてたら一発でアウトだな。口元がにやけてしょうがねえ。

 

『そう。この間までは女子ばっかりだったのに急にね。心当たりあるんじゃないかと思ってさ』

 

「へえー。そりゃあれだ、能力じゃね?の·う·りょ·く」

 

『あっ、帆波クンちょっと────』

 

続けようとした常盤の言葉をぶった切るようにして通信を切断した。

いやー、爽快爽快。この前のやり返しだ、あの野郎。講義であの女佐官の方が学生時代、俺より成績よかったって話をさりげなくぶち込んで質問しに来る訓練生たちの大半を送り込んでやったのだ。今日一日くらいは質問攻めを食らうがいいわ! あのドマゾのことだから攻めって言えば勝手に喜んでいる可能性が無きにしもあらずだが。

 

「さーて、そろそろ来る頃だろ。……お、見えた見えた」

 

正門に向かって来る団体様。叢雲をはじめとして鈴谷に瑞鶴、ゴーヤの4人だ。もちろん、目立たないように全員が私服だ。外を艦娘の制服でふらふらするのはあまり良くないし、ゴーヤがあの格好(スク水)で出回ったら警察がくる。ヨーロッパまで来てそんな理由で職質を食らうとかたまったもんじゃない。

 

「てーとく、この車どこで借りたの?」

 

「オルター少将に軍の公用車を貸してもらった。いやあ、あの人マジで気前いいわ」

 

バンパーをぺしぺしと叩きながら心の中でオルター少将に感謝。レンタカー代が浮いたぜ。地味にかかるんだよな、レンタカーって。

 

「さあさあ、ようこそ御一行様。どうぞご乗車くださいな」

 

わざとキザったらしい動きで後部座席のドアを開けて招き入れると、瑞鶴、ゴーヤ、鈴谷の順番でシートに体を沈めた。助手席も開けてやろうと思ったがいつの間にか叢雲は座っていたのでそのまま運転席に俺も滑り込み、刺さったままのキーを回してエンジンをかける。

 

「さて、全員ちゃんと金は持ったな?」

 

「バッチリ。提督さんからウェークの時にもらったお金をほぼ全部持ってきた!」

 

「結構持ってきたなー。ご利用は計画的にしろよ?」

 

「そんなことわかってるから提督早く車出してよー」

 

「へいへい。忘れ物はないな? シートベルト着けたな? そんじゃ、いざ出発!」

 

サイドブレーキを解除してアクセルを踏み込む。ハンドルをきって公道へ乗り出した。さあ、楽しい楽しいお買い物の始まりだ!

 

……ただし詳しい地理は知らないから隣の叢雲に地図を持たせてナビゲートしてもらうが。ぼんやりとした場所までならわかるが明確な地点になるとわからないんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈イタリア州ティレニア海前線防衛基地-現地時刻同日20:35〉

 

「どうして日本人なんかに車を貸したのですか、オルター少将どの!」

 

怒気を孕んだ声でオルターに対して少尉を示す肩章を着けた尉官が詰め寄る。

 

「落ち着け、少尉。彼らは客人だ。別に貸して困ることもないだろう」

 

「ですが! あれは連邦政府の人間が勝手に呼んだ者たちですよ! そんな人間に────」

「少尉!」

 

オルターが一喝すると興奮していた少尉がしまった! という表情を浮かべておし黙る。

 

「連邦制が嫌いか、少尉」

 

「はっ。自分はどうしても許容できないのです……」

 

「そうか。私とて人間だ。気持ちはわかる。だが今は深海棲艦との戦いが先決だ。それが終わればきっとすべて元に戻る。だからそれまで耐えてくれ。頼む」

 

「…! わっ、わかりました! だから頭を上げてください!」

 

頭を下げたオルターの姿を見て慌てた様子で少尉が制止する。少尉が少将に頭を下げられて慌てないわけがない。そこで無理だと突っぱねればそれはオルターのメンツを潰すことにもなりかねない。

 

「……ありがとう、少尉」

 

「いえ、自分こそ身勝手な発言を……それでは失礼します」

 

部屋の入口で少尉が脇を締めた敬礼をすると退室していった。廊下を反響する歩く音が聞こえなくなるまで待ってからオルターはため息をついた。

 

「お疲れね、アドミラル」

 

「ああ、まったくその通りだビスマルク」

 

疲れを誤魔化すようにオルターは眉根を揉んだ。このようなやり取りはもう何回目だろうか。ティレニア海前線防衛基地(ここ)に来てから、いや来る前のエディンバラの頃から嫌というほど繰り返してきた。

 

「いくら欧州連邦がEUの延長線上とはいえ、各国の政治制度ひとつ取っても違うのだ。いずれ連邦制に無理がくるのは定めのようなものだ。特に今のように内地が見せかけの平和に浸っている時はそういった不満が出やすい」

 

「そうね。そもそもEUって言ったって国によって税率も抱えている国債の額も違う。はいみんなで一つの国家です、なんて急に言われたら仕方ないわよ」

 

わかりやすく説明すると、

いきなり顔も名前も知らない人間と家族になりました。さあ、その人の借金もあなたが負担してね☆

といったところだろうか。誰だって困惑するし、誰だって怒る。だが深海棲艦という存在が生命を脅かしている直近の状況ではそんなことは二の次にされていたのだ。

だが今はどうだ? 表面上ではとても平和なのだ。人間同士の戦争が無くなった分だけ前よりもマシかもしれない。そうなってくれば目を逸らしていた不満を解消したくなるのが人間だろう。

 

「だがヨーロッパの国すべてが協力しなければ今の防衛体制は瓦解する。となれば連邦国家として成り立たせておくのは構図としてはわかりやすく、なおかつやりやすい。『あなたの隣人をあなた自身を愛するように愛しなさい』とはよく言ったものだ。そうしなければ死ね、と深海棲艦に砲口を突きつけられているのが今のヨーロッパの現状だろうに」

 

Dead or Love(死ぬか愛すか)って? 笑えない現状ね」

 

「ああ。本当に笑えないな」

 

「でも軍人(かれら)の不満はそれだけじゃないでしょう?アドミラルも含めてね」

 

「痛い所を突くな。私自身は大して気にしていないのだがやはりな。艦娘(おまえたち)の建造を全て日本一国が担っているのもさっきの少尉のような考え方の人間が現れる一因だろう」

 

「そうね。私だって日本からの輸出品なのだから」

 

「お前だけじゃない。グラーフだってプリンツだって、いや、世界中の艦娘は全て日本からの輸出品だ」

 

もちろん、艤装は各国で作られている。だがそれを操り戦う素体は全て他国である日本のものなのだ。軍属の技術者は当然として現場の人間も面白くない。だからといって強引な行動に移せば輸出を止められて国家崩壊のカウントダウンが始まってしまう。大人しく艦娘を買っているのが一番得策なのだ。

オルターは椅子から立ち上がり、上着に手をかけた。夏とはいえ夜は冷える。

 

「アドミラル、いつもの?」

 

「ああ。もう9時だからな。少し夜風に当たりながら歩いてくる。いつもみたいに先に上がっていてくれ」

 

「了解。よく続くわね」

 

「軽く歩くぐらいしなければやってられないんだ。事あるごとに部下たちの連邦制の愚痴を聞かされていてはな」

 

「ねえ、アドミラル」

 

ノブに手をかけて部屋から出て行こうとする背中にビスマルクの声がぶつかった。

 

「なんだ?」

 

「アドミラルは連邦制に賛成派なの? 反対派なの?」

 

「……私は中立だ、なんて答えは求めてないんだろう?」

 

「勿論」

 

「そうだな、だが本当にどちらでもない。それでも今のまま連邦制を続けることはいずれ限界が来る、いやもう来ている。そう考えていながらも私はこの制度は嫌いじゃないんだ」

 

「なぜ?」

 

「人が一丸となって戦う姿が私は好きなんだ」

 

小さく笑うとオルターは再び上着を肩に引っ掛けて部屋から出て行った。正門の見張り兵の敬礼を見ながら軽くねぎらうと夜のナポリに足を踏み入れた。いつものコースをぶらりと回ったら適当に切り上げて基地に帰る。それが最近の日課だ。こうでもしないと気が滅入る。

 

夜のナポリを歩くと、生暖かい風が頬を撫でた。




はい、プライベート・ヨーロッパがこれにて終了です。日常回でしたが、如何でしょうか。なんか異国っぽい雰囲気が出てたら嬉しいです。自分はヨーロッパ行ったことがないので不安ですが。

感想、評価などお待ちしております。それでは!

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