艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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こんにちは、プレリュードです!

前回の投稿は間が開きすぎていた感があるため、少し早めに。
明日電撃文庫の発売だからとかそんな超絶個人的な理由はない。いいね?

ようやっとイベント名が発表されましたね。第二次マレー沖海戦でしたっけ。とりあえず水無月ちゃんだけは確保せねば。

それでは本編参りましょう。


そのころ館山は

〈日本千葉県館山市館山基地執務室-現地時刻8月7日16:11〉

 

銀髪で小柄な少女が執務室をちょこちょこと歩き、資料を持って机を行ったり来たりする。

 

「司令官、これでいいかい?」

 

「うん、ありがとう響。助かるよ」

 

執務室に座りカリカリとペンを走らせていた男がそれを受け取った。

 

「たいしたことじゃないよ」

 

「それだけじゃない。わざわざついてきてもらったこともさ」

 

「構わないよ。それにすぐに戻れるんだろう?」

 

「まあね。あくまで館山基地(ここ)には代理基地司令として着任しただけだ。帆波大佐が戻ってきたら横須賀に戻ることになるだろうね」

 

「異動だとしても付いてくさ。私は秘書艦だからね」

 

「そうかい。ありがとうな」

 

帽子ごしに響の髪をくしゃっとするようにして頭を撫でる。響もくすぐったそうに目を細めるがどこか慣れた様子だ。

 

彼らは館山基地の正規に任命された基地司令ではなく代理として東雲が横須賀鎮守府から送り込んだ者たちだ。横須賀鎮守府所属第五水雷戦隊小泉隊の司令官、小泉(こいずみ)稜樹(いつき)中佐と旗艦である暁型駆逐艦響。

東雲にいきなり呼び出されて何かと思えば机の上を走ってきた書類に書いてあった文字は異動命令。最初は何事かと思ったし左遷なのかとすら思えたが話を聞いてみればただの代理と聞いてホッとしたのだった。

 

「それにしても……異常だね、この基地は」

 

「そうだね。朝の6時にある総員起こしでやって来た艦娘が5人いなかったのは驚いたよ」

 

「帆波大佐が面倒くさいっていう理由で無くしたらしいけど大丈夫なのかい?」

 

「まあ基地がうまく回ってるしいいんだと思うよ。そうじゃなきゃウェークの奇跡なんて起こせないさ」

 

「そうなんだろうけどさ……」

 

「いいじゃないか。少なくともみんな笑顔だよ、この基地は」

 

そうなのだ。資材の着服、アウトラインギリギリな経費の計上、あげくに杜撰と言ってもいいぐらいな執務の実態。引継ぎ書類をみて仰天した。なんだ、いつも秘書艦に任せてますって。雑すぎるだろ。叩いたら埃が出てきたとかいうレベルじゃない。叩いたら粗大ゴミ、いや違うか。叩いたら標的艦が出てきたぐらい端からみればブラックな基地なのに誰も悲しんでいる者はいない。むしろ他と比べたら生活水準はかなり高い部類だろう。

 

「善悪でいけば超のつく悪……だけど好ましいか否かで聞かれれば好きと言わざるを得ないかな」

 

「司令官らしい答えだね」

 

「そうかい。で、響。少し聞きたいんだが」

 

「…?なんだい、司令官」

 

「資料を執務机まで持ってきたのは助かったよ。だけどさ、なんでお前は俺の膝の上に乗ってるわけ?」

 

そう。この駆逐艦は資料を持ってきてから当然だと言わんばかりに膝の上に飛び乗りちょこん、と鎮座めしましていらっしゃるのだ。

 

「ここは譲れないよ」

 

「うん、聞いてることはそういうことじゃないんだけどね。あと今すぐ加賀さんに謝ってこようか」

 

絶対怒らせたら怖いよ、あの人。

 

「いいじゃないか。それとも私が座ってるのは嫌かい?」

 

「そういうことじゃなくてな……」

 

この絵面を見られたらアウトだろう。どの角度から見たって幼女嗜好(ロリコン)だ。俺はこんなところで人生のキャリアを終わらせたくない。大したキャリアではないにしろ、だ。

 

「まあいいじゃないか。横須賀ではこんなことできないんだ」

 

「横須賀でやったらマジで人生詰むだろうなぁ……」

 

幸いここは人があまりいないのもあって見つかっていないが横須賀の規模はケタ違いだ。こんなことやっていたら確実に誰かに目撃され憲兵さんのお世話コースかロリコンの変態として白い目で見られるようになるかの二択となるはず。

 

目の前にある後頭部ごしに書類を覗き見てサイン。終わった書類を指示した通りに響が書類を纏めてある山に移す。なんだろうこの二度手間感。

 

その時小泉中佐は気づいていなかった。執務室の窓付近をホバリングするドローンの姿に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈日本千葉県館山市館山基地工廠-現地時刻同日16:47〉

 

ドローンを飛ばしている犯人は工廠にいた。更に言うなら飛ばしている犯人とそれを作った犯人は同一人物だ。

 

そう、明石である。先ほど夕張がこっそり代わりに来た司令を覗いてみない? と提案し、明石がそれに乗っかったのだ。

 

「姿勢の安定を確認。自動姿勢制御システム作動。遠隔カメラオンっと」

 

「どう?  映りそう?」

 

ずいっと興味津々な様子で夕張が明石の肩越しに顔をのぞかせる。

 

「待ってってば夕張。ん、ホロ投射機とドローンカメラとのリンク確立完了! いける!」

 

エンターキーをターン! と押し込むとホロウィンドウに執務室の映像が映った。

そう、小泉中佐とその膝の上にお人形よろしく座る響の姿が。

 

「え、えぇっと……これはどういうこと明石?」

 

「さ、さあ……私に言われても……」

 

正直なところ明石は小泉中佐を盗み見て様子を伺うだけのつもりだった。東雲中将が送ってきたとはいえ、もし変に基地を漁られると厄介だからだ。モルガナの作成方法とかパラレルシステムとかその他諸々の現在作成中の品々などとかを見つけられたりしたら非常に面倒なことになる。だから様子見だけ。それだけのつもりだったのに蓋を開けてみれば幼女を膝に乗せる司令官である。

 

「ねえ、明石。代理の司令官って……」

 

恐る恐るといった様子で夕張と明石が顔を合わせる。

 

「「もしかしてロリコン?」」

 

残念ながら小泉はロリコン認定されてしまったようだ。幸いなのは知られたのはこの基地のメンツだったことだろう。そこら辺は口が固いのだ。ただし仲間内は除くが。つまりそれは今後、小泉中佐がロリコンといじられることを意味する。館山基地は文字通りアットホームな職場なのだ。

 

「夕張、これは私たちだけの間で止めといて最後の日にからかうぐらいにしとこう」

 

「そうしよっか。期日まで白い目で見られるのは避けたいはずだし見ている感じでは悪い人じゃないみたいだしね」

 

そしてもう一つ小泉中佐がツイてたのは知ったのが私たちだったということ。今はいないけど鈴谷とか瑞鶴とかが知ったら確実に速攻からかいに行っていたはず。

 

別に仮に来た司令官も悪い人じゃなさそうなんだけどやっぱり私は提督がいいな。好きに開発させてくれるし時には一緒になって考えてくれる。そんな人の下で働けるのは工作艦冥利に尽きると思うから。

 

「明石、さっきから動きないしつまんないからもう閉じよっか」

 

「そうだねー。中佐が膝に響ちゃん乗っけてるだけだしね」

 

だけどむしろ乗っけてるというよりは乗っかられているという気がする。ほら、響ちゃんが中佐のお腹に頭を擦り付けてるし。猫みたいだなぁ。

 

映像を切るとドローンが帰還するように操縦しながらパタンとパソコンを閉じた。そしてパンパンとお尻をはたきながら立ち上がった瞬間に基地の警報が鳴った。

 

「「…っ!」」

 

『こちら執務室の小泉! 基地の哨戒線が接近する深海棲艦の艦隊を捕捉した! 総員第一種警戒態勢! 至急格納庫へ向かった後に艤装を装着し続く命令があるまで待機!』

 

「ってことだしさ、いってらっしゃい夕張」

 

「明石だって艦娘じゃん」

 

「でも私って基本は非戦闘要員だし」

 

「わかってるけどさっと。じゃあ行ってくる」

 

「うん。艤装の方はバッチリだから暴れてきて」

 

「了解しましたよ、工作艦明石どの」

 

緑のポニーテールを揺らして夕張が格納庫へ向かう。その姿を見送りながら明石がポツリと呟いた。

 

「私にも力があれば……か。そんなふうに思ってた時期もあったっけなぁ」

 

工作艦という特製上、彼女は出撃しない。そもそも武装が貧弱すぎて戦闘にならないからだ。明石にとってそれはもどかしくて仕方ないことだったのだ。

いや、今だってもどかしくて仕方ないことに変わりはない。だがあの一言で少しはマシになったのだ。

「おいおい、それ言ったら俺なんてただ指揮するだけで何もできないぜ。適材適所だよ。明石、お前はな、縁の下の力持ちなんだよ」

峻の言葉は明石の中に妙にストンと落ちるものがあった。それ以来は不思議と艦隊が出撃していくのを見送ってもそこまで嫌な気分にはならなくなった。だからこそ言える一言だった。

 

「いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈日本千葉県館山市海上-現地時刻同日17:02〉

 

「天津風、出るわ!」

 

出撃メンバーに指名されたのは響、天津風、夕張、矢矧だった。接近している敵艦隊は駆逐艦級が数隻程度らしいので小泉中佐がどれだけ慎重派なのか伺える。

 

「たかが駆逐級なら私がパラレル使えば一人で対処できるのに」

 

旗艦として進む銀髪の少女を見ながら聞こえない声で天津風がぼやく。しかし同時にわかっているのだ。使ってはいけないことも。峻が個人的に開発している以上は他人に見せるべきシステムではないし、そもそもロックされているため、峻の許可なく使うことはできないのだ。明石の許可で使えなくもないが、たいして逼迫した状況でもない今にゴーサインが出るとは考えにくい。

 

「まあ、無いものねだりしても時間の無駄だし、たまには提督の力に頼らずやるとしましょうか」

 

それを言ったら、艤装のプログラムとか手がけてもらっている時点で頼っていることになるのだがそれは言わない約束である。

 

『こちら小泉。応答願う』

 

「こちら響。クリアだよ、司令官」

 

『そうか。敵艦隊の編成は4隻でいずれも駆逐級とのこと。負けることはないと思うけどなにかあったらすぐに退くように』

 

「了解。そういうわけで今回は旗艦をやらせてもらう響だよ。駆逐艦がなにをって思う人もいるかもしれないけど我慢してくれると嬉しいな」

 

「そもそも普段からうちの旗艦は駆逐艦よ。今更そこをグチグチ言うことはないってば」

 

「あはは。天津風ちゃんの言う通りですね!そこを気にすることはありませんよ。ね、矢矧」

 

「そうね。だから気兼ねなくやってちょうだい。響、あなたの旗艦としての活躍に期待してるわ」

 

「ふふ。ならやるとしますか。前方に敵艦隊を発見。砲撃用意」

 

主砲を各自が思い思いに構え、天津風が連装砲くんの分離(パージ)に備える。

 

『両舷第四船速。目標、接近する敵艦隊。…………よしっ、撃てぇ!』

 

4人の砲門が一斉に火を吹き咆哮する。それと同時に敵艦隊の砲口も火を吐き出す。

 

『回避!両舷最大船速、面舵30でT字有利に持ち込め!』

 

「こちら矢矧。弾着点確認! 遠、近、近! 夾叉よ!」

 

『初弾で夾叉とか早すぎだろ! いや、さすがと言うべきなんだけど。ええい、次弾装填! 第二射用意。撃てぇ!』

 

深海棲艦の群れに砲弾が降りそそぎ黒煙が上がる。水柱が消えたタイミングで敵艦隊を確認すると無傷なイ級が一体のこっているだけだった。

 

「やるさ」

 

既に次弾装填を済ませていた響がそのイ級に砲口を向けて引き金を引く。吐き出された砲弾は響の狙い通りに飛んでいく。再びイ級は黒煙に包まれた。

 

「勝ったわね」

 

矢矧が主砲を下ろして暑そうに胸元の布をパタパタと動かし扇ぐ。

 

「私あんまり活躍できなかったなぁ。残念」

 

「夕張の得意は対潜でしょう?それに第二射で当ててたじゃない」

 

「んー、なんかもっと叢雲ちゃんみたいな活躍してみたい」

 

「気持ちはわかるけどやめときなさい」

 

「だよねー」

 

げんなりとした夕張を矢矧が励ます。正直なところ矢矧もあのような真似をする自信がないのもあるが。

 

「待って。まだ終わってない」

 

「響さん? なにいって……」

 

そう言いかけた瞬間、響の頭上を砲弾が掠めた。自慢の長髪が爆風に煽られて大きくたなびく。

 

『響っ! 大丈夫か!?』

 

「当てたはずなんだけどね。すまない、司令官」

 

『そんなことはいい! 斉射準備を──』

「いえ、もう終わったわ」

 

「天津風?」

 

矢矧の不思議そうな声を聞き、イ級を天津風が指さした。イ級の背後には見覚えのある小さな影がちょこまかと接近し、その距離がありえないほど近くなった時に、牙を剥いた。そう、天津風の連装砲くんだ。

ほぼゼロ距離で連装砲くんが連続して撃ち続ける。

 

「こんだけ撃てばさすがに大丈夫でしょ」

 

「天津風……あなた結構エグいわね…………」

 

「やるなら徹底的によ、矢矧」

 

天津風が連装砲くんを帰還させるように指示を出すと、滑るように海上を連装砲くんが走って天津風の元に向かった。

 

「まあ天津風ちゃんがあそこまでやれば大丈……夫…………」

 

くるりと着弾地点を見るために振り返った夕張の言葉尻がだんだんと途切れていく。

ゆっくりと水煙が晴れるとそこにはグズグズと崩れていくイ級がいた。ずるりと表皮らしきものが再生したかと思えば、ぐしゃっとこぼれる。

 

「〜〜〜!」

 

深海棲艦の言葉だろうか、理解出来ない言語を喚きながらイ級が再生と崩壊を繰り返しながら天津風たちの艦隊へと進んでくる。あまりの事態を前にしてしまい、足に根が生えたかのように体が動かない。

なおもイ級は進み続けぐるりと眼球が回るとそのまま息絶えた。なにかに引火したのか爆発し、体の欠片をばら撒き四散する。

 

「何だったのよ……あれ」

 

「手負いの獣ほど怖いものはない……ってことでしょうかねえ……」

 

ぞっとしない画を見せられ背筋に冷たいものが落ちるような感覚に襲われた。天津風は思わず両手を体に回す。

 

『なにかあったのか? おい! 応答してくれ!』

 

「大丈夫だよ、司令官。これから帰投する」

 

「え、ええ。こちら矢矧。他2名も無事よ」

 

『そうか、よかった。帰投するまで気は抜かないようにな』

 

「了解」

 

白く泡立つ航跡を残して少女たちが帰還を始める。漠然とした薄ら寒いものを抱えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈日本千葉県館山市館山基地廊下-現地時刻同日22:56〉

 

結局今日のは何だったんだろうか。小泉はそう考えずにはいられなかった。妙に生命力のある深海棲艦が出現したと響が報告したがそれがどこか引っかかるのだ。

 

「新種か……いや、形態も戦闘方法も従来のイ級とまったく変わっていなかった。だとすれば一体なんなんだ?」

 

だめだ。考えようとしても頭が回らない。眠いというのもあるがそもそもこのこの案件は自分の処理できる範疇を超えている気がする。

 

「東雲中将に報告して本部の対策部に回すのがベストかなぁ」

 

あくびを噛み殺しながら事前に用意されていた部屋に向かう。さすがに帆波大佐の部屋を使うのはプライバシーとかの関係で何かとアレなので客室のようなものが割り当てられていた。念のためいうと響と部屋は違う。先に寝に行かせたからもう寝ているだろう。

 

ドアを押し開けて部屋に入ると寝巻きに着替える。シャワーは済ませてあるので問題ない。はずだった。

そのまま変に膨らんだ掛け布団を上げる。

 

そこには響がいた。小泉を確認するとようやく来たね、と目が告げる。

 

「響、ここは俺の部屋なんだが」

 

「知ってるよ。ほら、早く布団に入るんだ。風邪を引いてしまうよ」

 

「今すぐ自室に戻れ」

 

「司令官は私と寝るのは嫌かい?」

 

「上目遣いで言ってもダメだ。ほら、さっさと戻りなさい」

 

「つれないね、司令官は」

 

「紳士と言ってほしいな」

 

「ふぅ。わかったよ」

 

ごそごそと響が布団から這い出る。見送りも兼ねて小泉は部屋の入口まで付いていく。

 

「じゃあおやすみ、司令官」

 

「ああ、おやすみ」

 

廊下に出て響が自室に戻っていく姿を見続けた。

 

「…も……んは……………なかったね」

 

「何か言ったか、響」

 

「何でもないよ」

 

そのまま響は自室に入っていった。

小泉が最後に聞き取れなかった響の呟き。それは、

 

「でも司令官は私と寝るのは嫌かい? って聞いたのに何も返事しなかったね」

 

沈黙は肯定である。つまりはそういうことなのかもしれない。

こうして明日も小泉は館山代理基地司令として奮闘する。任じられたままに黙々と。




ぶっちゃけ読まなくとも影響はない気がする回です。

なんか日本編書いてて疲れたから間にストレスなく書けるものが挟みたかった。またこの2人は出るのかなー。出ないかもしれないなー。

感想、評価などお待ちしております。それでは。

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