艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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こんにちは、プレリュードです!

9月27日は叢雲の進水日なので記念として1話書いてみました。また結構前ですが、お気に入りが100件を突破したため、それの突破記念も兼ねております。
初めて予約投稿ってやつを使ってみるので少々ドキドキです。うまくできるといいんですが……

そしてこの話はあくまでオマケです。読まなくとも本編には大きく関わらないため、こういうオマケ編とか苦手! って方は読まなくとも何ら問題はありません。

とりあえず後で叢雲に指輪渡してきます。ようやく練度が99になったので。ここまで長かったなあ。ようやく初めての練度99艦娘だし初めてのケッコンカッコカリだよ。

それでは本編に参りましょう。


INTERMEZZO-2 叢雲進水日記念編『Girl meets boy,Boy meets girl.』

 

へぇ、あいつのことが聞きたい? ふうん。いいわよ。あら、意外そうな顔ね。素直に教えてくれるとは思ってなかったって?

まあ、そういうことをそろそろ聞かれてもおかしくない頃だとは思ってたわ。薄々察してたってことよ。証拠にそこまで驚きもしてなかったでしょう? 

ふふ、残念でした。で、何が聞きたいの?

 

え"っ………………

 

いや、ちょっと待って。えっ、ほんとにそれ聞くの? ここはあれよ、館山基地での生活とかそういうこと聞くんじゃないの? よりにもよってそれをチョイスするの?

笑ってんじゃないわよ。こちとら真剣に悩んでるのよ! 裏をかけたから嬉しい? 人をおちょくって喜ぶなんていい性格になったじゃない。

さっき私も喜んでたって? それはそれ、これはこれよ。うだうだ言うんじゃないの、まったく。理不尽って言うけど世の中は理不尽なことの方が多いわよ。知らないわけないわよね?

あー、もう! わかった話すわよ! あの頃の私はかるーく荒れてたからあんまり人に言いたくなかったのに! 今まさに荒れてる、ってうるさいわね。原因つくっといて何言ってんのよ。誰の影響なんだか、まったく……

 

えーっと? じゃあ話しましょうか。既に前振りが長いけどもう少しだけ待ってちょうだい。

これは矢田事件の6年前のこと。つまりあいつがまだ訓練生だった時のことで、トランペットもまだ起きていなかった頃の話よ。海大で起きた、あいつが『幻惑』の二つ名を得るきっかけとなる話。そういえば当時のあいつは21歳だったわね。ま、それは置いといて。

何してるのって深呼吸よ、深呼吸。さあ、覚悟は決めたわ。聞きたいんでしょ? まあ、そこに座りなさい。前書きも長かったけど、本編はもっと長くなるわよ。うん、じゃあ始めましょうか。

 

これはあいつと私の出会いの物語…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「演習訓練、だあ?」

 

海大の男子寮で峻が素っ頓狂な声を寝転がったベットの上であげた。それを聞いて相部屋の住人である東雲が頷く。

 

 

「そうだ。艦娘を実際に指揮して教官と演習だと」

 

「はー」

 

「はー、ってお前な。お前も出るんだぞ?」

 

「ああ、だろうな。ま、適当にやるさ」

 

やる気がなさそうな様子で寝転がったまま返事をする。事実、やる気がないのだ。

 

「お前な、艦娘の指揮を執らせてもらえる初めての機会だぞ? 同期の奴ら全員がテンションマックスなのによ」

 

「それで? お前は気づいてねえのかよ?」

 

ぴゅうっと東雲が口笛を吹いた。その様子を相変わらず興味なさげに峻は見続けている。

 

「確かに。この演習訓練は俺たちを負けさせる前提で組まれたもんだ。早いうちに敗北ってやつを味わわせておくためだな」

 

「わかってんじゃねえか。残念ながら俺はそんなことにわざわざ全力出すほど暇じゃねえんだ」

 

「まあまあ。知ってるよな、この演習訓練はチーム参加も許されてるってことを」

 

「もちろんぼっち参加も許されてるがな。なるほど、お前が俺に話を振ってきた理由がだいたいわかったよ」

 

「なら話が早い。帆波、俺のチームに入れ」

 

「却下だ」

 

そもそも負ける前提で挑む勝負など何が楽しいのだろうか。だったらいっそのこと1人で気ままにやって適当に流した方がいいに決まっている。

 

「つれないな。なかなか面白いメンツなんだがよ」

 

「面白い、ねえ」

 

「若狭陽太と常盤美姫の2人だ」

 

「成績上位者の2人じゃねえか。そこにお前がいるわけか。ハンモックナンバーでド真ん中付近をウロウロしてる俺なんかを引き入れようとする意図がわかんねえな」

 

峻が視線を東雲にやるとなにが面白いのかニヤニヤと愉快そうな笑みを浮かべていた。むっとした峻は寝返りをうって背中を向ける。

 

「そう邪険にすんなよ。お前を誘ったのには理由がある」

 

「……一応聞かせてもらおうか」

 

「気づいてたろ、この演習の本質に」

 

「それが?」

 

「今回の訓練、俺は勝ちに行くつもりだ。だが1人で挑んでも勝率は低い。だからといってこの演習の本質が読めない奴を引き入れても足を引っ張るだけだ。つまりわかってる奴だけをチームに呼んでる。で、お前はわかってたろ?」

 

「なーる。で、勝ちに行くってのは本気なんだろうな?」

 

「もちろん。ただ決められた結果を受け入れるだけなんてつまらなくないか?」

 

僅かに思考を巡らせる。だが自分1人で挑むのと、成績上位者とチームを組んで挑戦した場合、どちらの方が勝率が高いかなどわかりきった話だ。

 

「ま、勝つ気があるなら参加するのもやぶさかじゃねえな」

 

「そいつは上々。ところでもう一つ知ってるか?」

 

「何を?」

 

「これ、勝ったチームには教官のポケットマネーで高級ホテルビュッフェ奢りだって────」

「よし、絶対勝つぞ!! たとえ何が行く手を阻もうとも!」

 

目にも止まらぬ素早い動きでベットから飛び上がり、拳を天に向かって突き上げる峻を見て、「現金なヤツ」と言いたげなジト目で東雲がため息をついた。

だが敢えて言おう。欲望に忠実で何が悪い……と。

 

「さあて、やると決めたならやりますかねっと。ちょっくら出てくる。見回りが来たらよろしく」

 

「どこいくんだよ?」

 

部屋を出ていこうとする峻に東雲が疑問符を投げかける。だが峻がそれに答える事はなく、姿を消した。

 

 

 

 

 

そして演習訓練の日。

 

「案の定だな」

 

「まあわかってた話だ」

 

モニターを見ながら峻と東雲は納得するように頷いていた。訓練生のチームが教官の艦隊にことごとく返り討ちに合い、意気消沈しながら帰還していく。

 

「教官たち勝たせる気ゼロじゃねえか。艦種でそもそも向こうにハンデがある時点で厳しすぎるだろ」

 

「だな。こりゃ急遽作戦会議を開いた方がいいか?」

 

「んー、アタシは構わないよ」

 

「僕も異論はないね。それが有意義なものになるなら」

 

いつの間にか後ろに現れていた若狭と常盤に、好都合だと東雲が集めて端に寄った。

 

「どうする? ぶっちゃけ艦娘はある程度なら選べるみたいだが、そんなに数が豊富なわけじゃなさそうだ」

 

「僕も話は聞いてみたけど教官たちの艦隊、かなり全力の編成らしいよ」

 

「あちゃー。(たのし)いことになりそうだねー」

 

1名だけ言っていることがおかしい気がしなくもないが、スルーが暗黙の了解となっているため無視。状況を冷静に分析していく。

指揮できる艦娘に自由度は期待出来ない。教官たちの艦隊はかなり力が入っていて、戦力は明らかにこちらが不利だ。

 

「おい帆波。お前は何か案はないか?」

 

「勝てる手段か? あるっちゃあるぜ」

 

「あー、やっぱないよなーってはあ!? あんのかよ!」

 

ひとり無言を貫いていた峻にアイデアがあるとは思ってなかったらしい。東雲が目を剥いた。

 

「ただ幾つか確認したいことがある。若狭、ルールをもう一回教えてくれ」

 

「ルールっていってもね。チームについてのルールはあったけどそういうことじゃないんだよね?」

 

「ああ。今回の演習ルールだ」

 

今回、の部分に力を込めて峻が言った。チームについてのルールはどうでもいい。もうこれで通れた時点でこれ以上の確認は不要だ。

 

「演習のルールかい? 物凄く手短にあるだけだよ。『仮定敵艦隊をいかなる手段を用いても撃破せよ』ってね。要は教官の艦隊をすべて大破判定に持ち込めばこっちの勝ちってことさ。もちろんペイント弾を使用することって明記されてるけど」

 

「もう一つ聞くぞ。それ以外のルールはないんだな?」

 

「ないね」

 

端的な若狭の答えに峻が右の口角を吊り上げてニヤリと笑う。

 

「おい、何か考えがあるのか?」

 

「まあな。ただ艦娘を選んでからにしよう。それによって多少の修正が必要だ。それに、ほれ」

 

ブサーが待合室に響いた。前のチームが終了した合図だ。モニターに敗北の文字が現れた後に自分たちの名前が表示された。

 

「お呼びだ。行こうぜ」

 

「俺がチームリーダーなんだが……ま、いいか」

 

待合室を4人が出て廊下を歩くと、既に終了した一団が前方から肩を落として歩いてきた。

 

「どうだった……って聞くのはあれか」

 

「おう、帆波か。ああ、まったく。ボコボコにされたよ。教官もガチで来すぎだっての」

 

「ちなみにオススメの艦娘とかいるか?」

 

「ん? そうだな、オススメってのはいないが……あ、あの駆逐艦はやめた方がいいぜ」

 

「? どんなのだ?」

 

「左の壁際にいる吹雪型さ。あれだけはやめとけ。ま、選ぼうとしてもその前に向こうが拒否すると思うけどな」

 

「へえ……サンキューな」

 

「おう。お前らも頑張れよ!」

 

ヘラヘラと笑いながら去っていく同期たちを見送りながら歩みを進める。どうやら相当厳しいらしい。彼らの順位もそれなりのものだったはずだが、それがボコボコにされたということはどれほどの難易度か察してしかるべしだ。

 

「東雲、前へ」

 

目的地である教室の前に立っていた教官により、メンバーの確認。リーダーの東雲が代表として呼ばれて何かの問答をした後に、教官が4人に向かい合った。

 

「この部屋の中に艦娘が待っている。好きに選んで合計6隻編成までで艦隊を組むように」

 

「「「「わかりました」」」」

 

「それでは健闘を祈る」

 

部屋の戸をゆっくりと押し開けて部屋の中に入ると、そこにはまだ艤装を装着していない少女たちがいた。話し声が一瞬だけ止んで視線がこちらに向くが、すぐに互いのおしゃべりへと戻っていく。

 

早々に選んで退室していく3人を前に峻は悩んでいた。正直なところ、勝利にはあまりこだわっていない。だからこそ、適当に艦娘は選ぶつもりだった。その時、なんとなくさっき同期の奴らが言っていた例の吹雪型とやらが気になり、左の壁際にいる艦娘にふと目をやった。

 

青みがかった銀髪を持つ少女の燃えるような赤に近いオレンジの瞳には、期待も不満もなかった。

そこにはただ諦めの色が滲んだ闘志があった。

 

峻がゆっくりとその少女に歩み寄る。目の前に立たれた少女が目線を上げて合わせた。

 

「特型駆逐艦の吹雪型5番艦『叢雲』。あってるな?」

 

「……そうよ。わかったら私の前からさっさと消えて」

 

「へえ、なかなかこいつは」

 

「うっさいわね。さっさと消えなさい。目障りなのよ」

 

少女が真っ向から峻を睨みつける。だが立ち去ることなく目の前を塞ぐ峻に対して次第に少女は興味を失ったように目を伏せようとした。

 

「一つ教えろ。この演習、どう思う?」

 

「気持ち悪いわね」

 

「いいね。最高だ!」

 

「頭でも飛んでんじゃない? さっさと死ぬことをオススメするわよ」

 

「くく、いやわりぃわりぃ」

 

ツボにはまったのか腹を捩って笑う峻に対してゴミを見るような目で少女が睨む。

そしていきなり峻が少女の顔面に向けて拳を振るった。その拳を少女は何でもなさげに滑らかな動きで後方へといなすと、お返しに峻の顔を殴りつける。それを峻は体勢が崩れている状態にも関わらず、いとも容易く左手で受け止めた。

 

「もう一つ、気持ち悪いと思った理由は?」

 

「全員、勝つつもりがないことよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、峻の中で全てが固まった。さっきまでのだらけた雰囲気が霧散し、少女を正面から見据えた。

 

「お前に決めた。駆逐艦叢雲、ついてこい」

 

「はあ!? 冗談じゃないわよ! 私は負けてもいいとか考えてる奴に指揮なんてされたくない!」

 

「勘違いすんじゃねえ。ほらさっさとついて来い」

 

指名されたからには拒否権は彼女にない。隠すことなく舌打ちをして、「なんでこんなのに……」などとぼやきながら少女が歩み始める。

 

「おい、お前は何を諦めてるんだ?」

 

「……それを教える義理はないわよ」

 

素っ気なく返されてしまえば取り付く島もない。致し方なくもあるが。何もしていないのに認めろと言われても無理がある。

 

「そうか。じゃあ見せてやるよ。事前に宣言してやろう。この演習、俺たちが勝つ」

 

「戦力差も分からないバカとはね」

 

「言ってろ」

 

充てられた部屋に入ると東雲たちが待っていた。東雲が選んだのは正規空母『翔鶴』。若狭が駆逐艦『長月』。常盤が同じく駆逐艦『若葉』。

 

いける。峻は確信した。

 

「すまんが俺の作戦を聞いてくれ。この演習、負けるわけにはいかなくなった」

 

再び口角を吊り上げるあの挑発的な笑みを浮かべて峻が言った。

 

 

 

 

 

ミニモニターの中で叢雲が艤装を装着して海に滑り出す。横には長月と若葉が続いた。

 

『帆波、駆逐隊の出撃を確認した。翔鶴の偵察機も全機発艦済みだよ』

 

『帆波クンに頼まれたものも射出したよん。オールオーケーだ』

 

「おっしゃ! 偵察機の報告が来たら教えてくれ」

 

「くくく、ははは! 帆波、お前めちゃくちゃなこと考えるな!」

 

「褒め言葉として受け取っとくよ」

 

爆笑する東雲の隣では峻がのんびりとした様子で、だが指は忙しなくホロウィンドウを弾き続ける。初の実戦だ。せっかくならデータを取って今後の参考にしておきたい。

 

「あのー、私は出なくていいんですか?」

 

「あー、翔鶴は大丈夫。ちゃんと役割があるっていったろ? 気まずいのはわかるがとにかくありったけ偵察機だしてくれ」

 

「は、はあ……」

 

困惑する翔鶴を宥め、報告を待ち続ける。まずは第一段階。敵艦隊の発見だ。だがこれはそう大して時間はかからないだろう。

 

「! きました! 敵艦隊発見!」

 

「編成は?」

 

「戦艦1、空母2、重巡1、軽巡1、駆逐1です!」

 

「わかった。引き続き翔鶴は偵察機を飛ばし続けてくれ。手筈通りにな」

 

「了解です!」

 

第一段階は難なくクリア。だが次の第二段階までは少々時間がかかると峻は踏んでいた。()()()()()()()()()()()()

 

「さあ、まだまだこれからだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気に食わない。初めから人を小馬鹿にしたような態度で接してくるし、消えろと言ってもいなくなるどころか自分を指揮してみせると言い、戦場に引っ張り出した。どうせ自分を指揮することなど出来やしない。今まで司令官を名乗る人間がまともに自分を使えたことがあっただろうか。どうせ役立たずと罵られるのがオチだ。

 

『叢雲、聞こえてるな?』

 

「……」

 

『沈黙は肯定と取らせてもらうぞ。とはいえ別に大した指示は出さん』

 

「はあ!? 何のつもりよ!」

 

『出す指示はひとつだけだ。好きに暴れて来い。フォローはしてやる。以上だ』

 

ぶつん、と通信が途切れる。意味がわからない。指揮を執ると言っておきながら一切の手出しをせずに放任ときたものだ。まったくなにがしたいのだ。

そして。

この周りをすばしっこく動き回る薄い円盤状の物体はなんだ。

 

「敵航空隊、見ゆ!」

 

長月が叫んだ。対空装備もなし、直掩機もなしで艦載機の爆撃から逃れるのは不可能だ。

 

「これでは避けられないぞ」

 

若葉が状況にそぐわない落ち着いた声で警告。空母2隻ぶんとだけあってかなりの数が来るはずだ。

 

『さあ、初のお披露目だ! モルガナ起動!』

 

峻が叫ぶと叢雲たちの周りにいた円盤からそれぞれの姿とまったく同じホログラムが投影された。複数の叢雲に複数の長月、そして複数の若葉。

 

「なっ……これは何よ!」

 

『詳しい事情は省くが単純に言えば幻影だ。これで相手から的は絞られ辛くなったはずだ』

 

艦載機が襲来し、爆弾や魚雷を放つ。だが大量に生まれたホロの偽者に空母艦娘自身が混乱したのか、狙いに精細を欠いていた。囮のホロにはすり抜けられ、分散した攻撃を叢雲たちは易々と避けていく。対空砲火を続けながら叢雲は信じられない思いで自分と全く同じホロを見つめた。

 

「嘘……こんなことが…………」

 

『叢雲。そっちにいったぞ』

 

「っ!」

 

艦攻により放たれた魚雷が一条の航跡(ウェーキ)を残して叢雲に向かって突き進む。

しまった! ホロに意識を持っていかれていて避けられない!

 

『艤装のコントロール、一部もらうぜ』

 

機銃と爆雷投射機のコントロール権が持っていかれる感覚。直後に自分の意思とは関係なく機銃が魚雷に向かって撃ち込まれ、トドメとばかりに投げられた爆雷により魚雷の信管が起動し、叢雲に当たるまえに炸裂した。

 

『言ったろ? フォローはしてやるってな。そこ、着弾するぞ』

 

「……フン!」

 

叢雲がステップで着弾点から飛び退る。もう戦艦の射程範囲に入っているのだ。敵の第一次攻撃隊は帰ってくれたがこれから先は戦艦の、そして次第に重巡の射程に入り、遠距離からタコ殴りにされることになる。今は凌ぐことが出来てもいずれは限界が見えてくるはずだ。そう思っていたら、予想通りと言うべきか、少し離れたところで駆けていたホロを砲弾が突き抜けた。

確かにホロによって的を分散させ、当てさせないようにする手段は有効かもしれない。だが、そこから何もせずにいれば、いずれは限界を迎える。そして駆逐艦の射程は短く、戦艦や重巡と比べると大きく劣る。そのため、今現在、こちらは打つ手もなく、状況は最悪の方向へと傾きつつある。

 

あれは何も出来ずに追い詰められている癖に、どの口が勝ってみせるなどと言ったのだろうか。一瞬でも期待しかけた自分が愚かだった。

 

「ぐっ……」

 

『長月、ダメージコントロール。急いで』

 

「痛いな……」

 

『あははははっ! いいねー! もっともーっと撃ってこーい!』

 

長月を砲弾が掠めた。たったそれだけで小破判定にまで持っていかれてしまう。見れば若葉は中破判定にまでされている。何故か口元に笑みを浮かべているが、あまり深入りしたくないためスルーしておくことにする。

自分の現状を鑑みても、既に中破一歩手前の小破だ。次に攻撃隊が来襲したら凌ぎ切れるとは思えない。

 

『やりました! 目標、発見です!』

 

諦めかけたその時、翔鶴の声が響いた。それは反撃の号砲だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翔鶴が目標を見つけた。それが峻の作戦の肝となる部分だ。東雲と共にその目標に向けて走り、視界に収める。

 

「あの……本当にやるんですか?」

 

「ああ、やってくれ。大丈夫、もし何か言われたら俺たちに命令されましたとでも言ってくれ。いいよな?」

 

「俺に言ってるなら構わないぜ。帆波の作戦に俺は賛同したんだ。責任くらいは被るさ」

 

男2人がにやりと笑いながらゴーサインを出す。まだ翔鶴の躊躇いは消えていなかったが、強く押されてゆっくりと弓を引く。

 

「攻撃隊、発艦はじめ!」

 

艦爆隊が峻の指定した目標に向かって飛んでいく。そう、()()()()()()()()()()へと。

ペイントが司令部に降り注ぎ、指揮を執っていた教官がインクに染まった。更にダメ押しとばかりに峻と東雲の持つ小銃から吐き出されるペイント弾の餌食になる。

 

「食らえやああああ!」

 

「そらそらそらあ! インクに塗れろおおおおおっ!」

 

ひとしきりペイント弾をばらまいて、教官がピンクに染まったのを確認すると手に持った小銃を放り投げた。

 

「きっ、貴様ら何を……」

 

「いかなる手段を用いても敵艦隊を迎撃せよ、でしたね。常套手段では? 戦闘において、敵の司令部(あたま)を先に潰すのは」

 

「そういうことです。俺たちは一切ルールに反していませんよ?」

 

最高の、そして悪魔のような笑顔を浮かべた峻と東雲が教官を見下ろす。ルールにはペイント弾を使う事は明記されているが、小銃を使ってはいけないという文言は一言たりと書いていない。そして演習に参加しているの艦娘だけではない。司令官だって立派な演習参加者だ。攻撃してはいけないなんてルールは一切存在しない。

 

だから翔鶴により、偵察機マシマシで仮設司令部の位置を探ってもらい、教官を戦闘不能判定に持ち込ませる。叢雲たちには何とかしてその時間を稼いでもらう必要があったのだ。そのために、モルガナによって狙いを分散させて命中弾を減らし、回避率を上げていたのだ。

峻が司令部にある通信機に取り付き、首のコネクトデバイスに配線を繋ぐ。

 

「若狭、やってくれ!」

 

『了解だよ。30秒待って』

 

峻のデバイスを通じて若狭が司令卓の中枢部を制圧していく。きっかり30秒後に、教官サイドの艦隊に繋がったことを確認してからニヤッと笑い、口を開く。

 

「あっあー。君たちの司令部は占拠した。至急投降したまえ。繰り返す、投降したまえー」

 

『なっ……どういうことだ!』

 

「どういうことも何もそういうことでーす。で、降参してくんない?」

 

『何を言う! この長門、途中で投降するなどということはせん!』

 

「あー、やっぱそうなるよね。おし、東雲、やっちゃってくれ」

 

「おっ、なら存分にやらせてもらうか!」

 

東雲が空母の発艦させた攻撃隊のコントロール権を司令部のパスを使用して奪取。全ての艦載機が発艦させた彼女たち自身に襲いかかる。同時に峻が長門の主砲のコントロール権をこれまた無理やり制御下に。一斉射撃を無防備に背中を晒していた重巡と駆逐艦の艦娘へと叩きつける。

 

「はーっはっはー! 愉悦ッ! 圧倒的愉悦ッ!」

 

完全に入ってはいけないスイッチの入ってしまった峻が高らかに叫ぶ。ついさっきまでは無傷だったはずの教官艦隊は既に空母2隻に重巡、駆逐艦が大破判定にまで追い込まれていた。彼女たちは味方だったはずの者から攻撃を受けて、浮き足立っていた。

 

『くっ、卑怯な!』

 

「卑怯上等! 何とでも言え! よかったな。もしこれが実戦だったら全滅だぜ?」

 

ぼそっと東雲が「こんな実戦あってたまるか」と呟いた気がしたがきっと気のせいだ。そうに違いない。

 

「撃て撃て撃てぇ!」

 

今度は軽巡の主砲を操り、長門に向かって砲撃する。その合間を縫うように東雲が駆る攻撃隊が爆撃していく。だが決め手に欠ける。駆逐艦の火力などたかが知れているし、空母を撃破した攻撃隊はもう大して爆弾が残っていない。そしてこの軽巡は利口なことに、長門たちの装備のコントロール権が奪われたと分かると魚雷を素早く海中投棄していた。

 

「厄介だな。削り切れるか?」

 

「心配性だな、東雲。問題ない。こんだけやればそろそろ来るはずだ」

 

「何が……ああ! なるほどな」

 

東雲が何かに納得すると同時に長門に向けて砲撃していた軽巡に突如、大破判定が下る。撃った人物は青みがかった銀髪を揺らしながら魚雷発射管を長門に向けて狙いを定めた。

 

『沈め!』

 

圧搾空気が解放されて放たれた全ての魚雷が長門に向かい、海を割って猛進する。水柱が連続して高々と上がり、長門に命中したことを示した。

 

「まだだ! 中破で耐えやがった!」

 

手元のホロウィンドウを覗くと、叢雲の魚雷発射管は『Empty』の表示を叩き返してきた。これでは叢雲の攻撃に期待出来ない。

だが止まることなく、叢雲は長門へと突撃。滑るように近づくと振りぬかれた長門の拳をするりとかわして、鳩尾に右肘をめり込ませた。怯む長門の腕をつかみ、梃子の原理で長門をひっくり返す。

 

『落ちろ!』

 

「はっはっは。確かに叢雲は魚雷の残段数がゼロだ。けど……」

 

したり顔で峻が呟く。それと同時にざあっと海上に新しい影が現れた。そのふたつの影は魚雷発射管を倒れた長門に向けて一斉に発射する。

 

「けど長月と若葉はまだ一発も撃ってないもんな」

 

放たれた魚雷が長門に刺さった。水柱どころかペイント柱があがり、最後まで残り続けた長門にもついに大破判定が下った。これで教官艦隊は全艦、大破判定が下りたことになる。

 

「つまり俺たちの勝ちだ。状況終了。総員帰投だ。さて、教官どの?」

 

コネクトデバイスに繋がっていた配線を抜いてカラフルな教官を見下ろす。もはや純粋とすら言える欲望丸出しの笑顔。または殴りたい笑顔とも言う。

 

「高級ホテルビュッフェ、()()8()()がゴチになりまーすっ」

 

「待て! 8人!? 4人じゃなくてか!?」

 

「あっれれー? おっかしいなぁ。俺たちと艦娘たち合わせたら8人ですよねえ? それに? 艦娘には奢らないなんて一言たりと言ってませんでしたし? んじゃ、この訓練終わったら呼んでくださいねー。それじゃっ!」

 

呆然としている教官を放置して、ひらひらと手を振りながら峻が意気揚々とペイントまみれにした司令部を去っていく。その横に東雲がならび、翔鶴が申し訳なさそうに一礼するとその後に続く。

 

「シュン、お前やるじゃねえか」

 

「そいつはどうも……っておよ? 呼び方変わってるぜ?」

 

「別にいいだろ? お前とは仲良くやれそうだからな。相部屋だしよ」

 

「ほう? ま、そういうことならこれからもよろしくな、マサキ」

 

ともかく若狭たちと合流して、この訓練が終わるまで勝利の余韻に浸りながら待つとしよう。同期たちが勝てなかった中で自分たちだけ勝てた優越感はなかなかのものだ。

 

悠々と引き上げていると、目の前に少女が立ち塞がった。オレンジの瞳がキッと峻を見据えている。

 

「……シュン、先行くぞ」

 

「わかった」

 

「翔鶴、ほら」

 

何かを感じ取った東雲が翔鶴を伴って叢雲と峻を残し、戻っていく。その影が消えるまで待ってからおもむろに峻が互いの距離を詰めた。

 

「演習お疲れさん。悪かったな、乗ってないのに引っ張り出しちまってよ」

 

「最後の雷撃」

 

「あ?」

 

「最後の雷撃、全弾撃ってそのうち半分当たればいいとこで私は撃った。なのに命中率は8割を超える事態。一体何をした?」

 

峻が感心したように口笛を吹いて手を叩く。叢雲はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「俺が演算補助に入ってただけだ。最初に言ったろ? フォローはしてやるってな。それに……」

 

「それに?」

 

「始めに拳を交わしたときに気づいたよ。お前は手練だ。完全に近接特化タイプのな。動きが滑らかなのはすり足を使ってるんだろ? 重心移動もうまかったしな。そして海上での対空砲火を見て、砲撃の腕にまだ甘さが残ることもわかった。それでも勝つつもりなら選択肢はギリギリまで接近した上で雷撃するしかないよな? そこまでわかってりゃ魚雷発射体勢前に演算式構築しとくくらいは訳無い」

 

「たったあれだけの動きでそこまで……」

 

「真剣に相手を見ようとするなら十分過ぎるほどだったよ。ま、そこまでわかれば何が得意で何を狙いにして動くかの予想が大まかにつけられる。あとは好きに暴れさせて、苦手な範囲のヘルプや意識外からの攻撃の警告さえすれば問題ねえ。特にお前の場合は地がしっかりと固まってたから余計に、な」

 

峻の冷静すぎるまでの分析を受けて叢雲が押し黙った。もう言う事はないのだろうと判断した峻が片足を前へと踏み出す。

 

「あんたが初めてよ。ここまで上手く私を使ったのは」

 

「使う? 違うな。俺がやったのはただお前が持つ本来の実力を引き出す手助けをしただけだ」

 

「っ……」

 

「ほら、行くぞ。俺は早くビュッフェにありつきたいんだ。全員しっかり揃わなくちゃ締まらんだろ」

 

ポケットに手を突っ込むとまた歩き出す。その後方で距離を開けながら叢雲もゆっくりとその後に続く。

 

「ねえ、なんで私を選んだの?」

 

「あの待機してた艦娘たちは俺たちが入ってきた時にも一瞥しただけでそこからはまたおしゃべりが再開してた。真剣に俺たちを値踏みしてたのはお前くらいなもんだ。近くに行ってから気づいたよ。こいつだけは全力で勝ちに行きたがってるってな」

 

あの時点では負けてもいいどころか、手を抜いておこうと思っていた。作戦がある、などと言っておきながら最初告げようとしていたのは、モルガナで混乱させるだけさせて後は3人に投げるという、自分の負担を減らすためだけのものだった。だが真剣なこの少女を見て気が変わった。そこまでやる気ならとことん付き合ってやろう。そんな覚悟があのときに胸の中で固まった。

無茶苦茶ではあったが、あの作戦が出来上がったのは叢雲のおかげと言えるのだ。穴だらけな事は否定しないが。翔鶴が司令部を発見するのが遅れたら。叢雲たちがそこまで耐えきることかできなければ。仮設司令部が遠過ぎればだめとかなりの運要素があった。

 

「ま、終わりよければすべて良しってな」

 

「待ちなさい。終わりよければってどういうことよ!?」

 

「サア? ナンノコトヤラ……」

 

「ちょっ、説明しなさいよ!」

 

「だが断る!」

 

「逃げるなー!」

 

脱兎のごとく駆け出した峻を叢雲が追いかける。一見すると怒った様子の叢雲だが、もうその瞳に諦めはなく、光が宿っていた。

 

 

 

なお、ビュッフェなら出資は大したことないだろう、と慢心していた教官だが峻たちが競うように高い酒を開けまくったため財布、というか貯金が大破どころか轟沈して夜1人で枕を濡らしていたとか。

 

更に、翌年以降からは『司令部への襲撃を固く禁ず』というルールがしっかりと明記されるようになり、それと共にかつて教官の仮設司令部をペイント弾で襲撃して勝利したチームがいた、という伝説が海大に刻まれることとなった。

 

そしてもうひとつ、小さな変化があった。

嘘と真。真の中にある嘘と嘘の中にある真。ホログラムと実体が交錯し、現れては消える幻に敵は惑わされ、彼の手のひらの上で転がされる。その戦闘を見て誰かがこう言った。

 

『幻惑』の帆波、と。

 





さーて、書き終わった書き終わった。何文字かなあー
(ポチッ

>1万字オーバーやで

ファッ!?

一瞬目を疑いました、ええはい。分割しての投稿も考えたけどめんど……上手いところで区切れなかったんやで。
欧州編をほっぼりだして何やってんだって感じですがどうしても進水日記念がやりたかったんです! 許してつかあさい。なんでもしまかぜ。(するとは言ってない)

感想、評価などいつでもお待ちしております。それでは!

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