帆波さん、働きましょうよ…
↑ならそう書け
館山基地の朝は遅い。
本来ならば6時に総員起こしをかけ、集合した後に朝の体操、そして点呼という規則が存在するはずだが館山基地にはそれがない。
なぜかというと峻が以前言った、
「6時に総員起こしとか俺が眠いし、面倒臭い」
という鶴の一声?的な言葉により朝の点呼は8時の朝食の時間に同時にすることが決まり、体操はしなくなり、結果ここにおいては軍規の一つが消し飛んだのだ。
確かに朝早く起きる者は減ったが、それでも朝早く起きる者は少ないもののいるのだった。
太陽が昇り、海が朝日を反射してキラキラと輝く。埠頭にたったったと軽快な足音が響いていた。いつもは髪留めだけの長い黒髪を結び、ジョギングをする彼女は戦艦”榛名”の艦娘だ。
「ふぅ。あと一周っ!」
「おはよう。精が出るわね榛名。……くぁ」
ペースを落とすことなく走る榛名に後ろから走ってきた叢雲があくびを嚙み殺しながら併走する。こちらも髪をくくりあげポニーテールのような髪型になっていた。
「おはようございます、叢雲ちゃん。なんだか眠たそうですね」
「この前深海棲艦の水雷戦隊が哨戒線に引っかかってうちが迎撃したじゃない」
「ああ、ありましたね。大した戦闘ではなかったはずですけど」
「ええ、それは問題ないのよ。問題はあいつが報告書のまとめの提出期限をぶっちぎって横須賀から早く出せってせっつかれたから昨日遅くまで書類まとめてたのよ」
もう一つあくびを嚙み殺しながら顔をしかめる。
「あはは……それは…なんというかお疲れ様です」
「まったくよ。あいつもちょっとはやりなさいっての!」
「帆波少佐はやらなかったんですか?」
「工廠で艤装弄ったり、なんか開発したりしてるわ。承認判渡されてるから私だけでできるからいいけど」
「少佐にとても信用されているんですね、叢雲ちゃんは」
承認判を託すというのは基地のほぼすべてを託したのと等しい。判一つですべてが基地司令のお墨付きとなるからだ。
「ただ、押し付けられてるだけなんじゃない?」
「だとしても信頼してなければそんなこと出来ませんよ。以前に言ってましたよ、『あいつならすべて任せても問題ない。なんたってとびきり優秀で最高に頼れる俺の右腕だ』って」
「………………ふぅーん。そう」
素っ気ない態度を取りながらも耳が赤いのを榛名は見逃さなかったが、ここでは言わないことにした。
(後で少佐を軽くからかいながらも少しは仕事するよう言っておきましょう)
峻は実は似たような内容なら言ったことはあるが、ここまでは言ったことはない。実は榛名がすこし創作を加えて誇張しているが叢雲はそっぽを向いていて気づいていないようだ。
大げさに言っていることをおくびにも出さないでニコニコしている榛名は、実は結構いい性格しているのかもしれなかった。
「はい、承認判よ!報告書は横須賀に今朝送っといたわ!」
朝食後に執務室で峻の机に判子を力強く叩きつける。
「いい、今後はちゃんと報告書の提出期限を見ること!あと私に全部やらせるな!」
人差し指で峻の顔をビシッと指差す。
「悪いな、叢雲。艤装の新しいプログラムを明石と組んでたらすっかり忘れちまってて」
対する峻は手刀を切りながら平身低頭で謝罪をしていた。
「本当にわかってるんでしょうね⁉︎」
「いや、今回はマジで悪かった。全部押し付けるつもりはなかったんだ」
「ふん!どうだか」
ヤバい。完全に怒っていらっしゃる秘書艦どのをどう宥めるか思案を巡らす。
「あー叢雲さんや、叢雲さんや」
「………なによ」
「なんか奢るから許してください」
結論。土下座。
「あんたにプライドって言葉はないの⁈」
「だってお前ガチで怒ってるじゃん!それにいくら頼れるからとはいえ全部やらせちまった俺が悪いし」
床に額を擦り付け詫びを請う。
「あんたねぇ…はあ。ま、いいわ、もう」
今朝、榛名に言われたことを『頼れる』のひとことで思い出してしまい、ニヨニヨしているのを頭を下げたままの峻に見られなかったのは僥倖だったと叢雲は密かに思っていたが、そんな内心に峻は気がつくことはなかった。
「あ、もうその芝居くさい土下座やめて。見てるこっちが恥ずかしいから」
「あらま。名俳優の道はまだ遠いな」
軽口を叩きつつ立ち上がり、軍服をはたき埃を払う。
「大根役者は引っ込んでなさい」
「手厳しいツッコミをどうも」
そう言うと執務室に2人の笑い声が響いた。
ひとしきり笑うと叢雲がふと真面目な口調にかわる。
「あ、そうそう。一週間後に演習の申し込み来てたの確認したでしょうね」
「えっ、そんなの知らな…ちょ、待て!酸素魚雷を取りに行こうとするな!確認する!確認するから!待てって!いえ、待ってください!」
冷たい表情で艤装を取りに行こうとする叢雲にわめき声の主がもう一度全力の土下座を敢行していた。
今日も館山基地は平和だった────
とはいかなかった。
「ふんふんふーん」
伊168ことイムヤが鼻歌まじりに基地の近海で潜っていた。水中なのでトレードマークのアホ毛は鳴りを潜め、長い髪がゆらゆらと海中に揺らめく。潜っているのは特に任務などではなく、暇つぶしだ。艤装の貸し出し許可が必要なので練習航海という名目は取っているが。
「ここは気楽でいいわ〜。トップが緩いからこういう融通も効きやすいし」
のんびりと海底を泳ぎ海草や魚たちを眺める。
深海棲艦の出現で漁業関連は大打撃を受けたが、そのおかげで海の環境が良くなっているというのはなんという皮肉だろうか。
「ちょっと外海に出すぎたかしら。そろそろ────ん?」
ソナーが反応。海上になにかしらの物体、それも自然物ではないものが浮かんでいることを示す。
途端にイムヤののんびりとした雰囲気が替わり、目に警戒の色が宿る。
「さっきから動きがない。漂流してる?」
警戒しながらゆっくりと浮上。徐々に対象物が視界に入ってくる。
「あれは…まずい!急いで基地に連絡しないと!」
漂流していたなにかを確認し、ぎょっと目を見開く。浮上速度を上げ急いで海上に飛び出した。
漂流していたそれは人間だった。
傷だらけで意識がない、今にも力尽きそうな少女だった。
少し話が動き始めます。
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