艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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こんにちわプレリュードです。
久しぶりの連日更新です!ゴールデンウィークで少し筆が進んだのが原因でしょう。みなさんはどこかへ遊びに行ったりしましたか?
私はどこにも行きませんでした。遊びたい……

気を取り直していざ参ります。



信頼と依存は紙一重

 

ハグッと皿に盛られた料理を口に詰め込み、グイッとお酒を飲む。嚥下したらまた詰め込んでそして飲み込む。

いわゆるやけ食いだ。

 

「おい、叢雲。そんながっつくと化粧が崩れるぞ。せっかく翔鶴にしてもらったんだろ?」

 

あんたもついさっき、なるほどこういう味付けが……とか言いながらパクついてたじゃない。それに私はウェークにいた時に大して美味しいもの食べれてないのよ。帰ってきてからも精密検査で決まったものしか食べさせてもらえなかったし。それにどうせ食べても出撃すれば燃焼するから問題ないし!

 

「いいのよ、そんなのは!それよりさっきの若狭少佐の言い方は何よ!もう!」

 

あーもう、腹がたつ!こいつに止められなければ数発拳を叩き込んでやったところよ!

 

「いや、若狭はお人好しだぜ。あの場でかなり貴重な情報をくれたしな」

 

「どういうことよ!あそこで得られたことなんて若狭少佐があんたの周辺を調べてるって事実だけじゃない!」

 

「いや、そんだけじゃないんだが……。ここじゃまずい。ちょっとテラスに行くぞ」

 

手を引かれて手近な人のいないテラスに連れて行かれる。お酒で火照った体にひんやりとした風があたり心地がいい。

あいつが欄干に体をもたれさせるのにならって私もすぐ隣の欄干に体を預けた。

 

「若狭はさっき、()()()()()()()()って言った。自分の一人称の僕とは言わずな。つまり……」

 

「少佐は上からの命令であんたの身辺を調べてるってこと……?」

 

「そういうこと。こっからは完全な推測なんだが、若狭は上が俺を疑ってると知って俺の調査を自分が担当するように進言したんだと思う。そうじゃなきゃ、俺は今頃は書類偽装とかでとっくに左遷されてる」

 

冷たい風にあたったせいか、血が上っていた頭が冷静になってくれたおかげで理解できた。

確かにこいつはウェーク島の戦いにおいて戦闘記録を改竄してるし、私の消失(ロスト)の記録をなかったことにするなどと、割と危ない橋も渡っている。渡らせてしまっている。

 

「少佐が庇ってくれてるのはわかったわ。でもそもそも上層部はなんであんたを疑ってるのよ?そんなことやる動機があんたにはないじゃない」

 

「ところがそうとも言えない。メリットなら生まれちまったんだ。矢田情報漏洩事件で俺は中佐に出世してるだろ。しかもあの時、蹴ったとはいえ口止めとして結構な額の金が提示されてる。出世と金。動機という意味じゃ充分すぎる」

 

峻はくだらなさそうな表情を浮かべるとさらに欄干にもたれ、星がわずかに輝く空を見上げた。

 

「でもあんたはそんなこと望んでなんか────」

「俺を知ってるお前ならそれが言えるかもな。だが客観的に見てみろ。まったく俺のことを知らない赤の他人が本当にそう思えるか?」

 

「………」

 

私はこいつのことを全て知ってるとは言わない。けどそれなりの付き合いではあるからこいつがそういうことを望んでないことがわかってる。

でも完全な他人が見たら?

認めたくはないけど、こいつが出世とお金のために矢田を利用したと言われてもおかしくはない。

 

「そういうこと。それに普通なら容疑者に”シャーマン”の情報渡すかよ。そんなことはないって思ってるから若狭は打ち明けたんだろ」

 

「それ大丈夫なの?少佐的に」

 

いくら身内とはいえ情報漏洩だ。バレたらあまりいい展開になるとはとても思えない。

 

「大丈夫じゃないなぁ。でもそのリスクを犯すだけの価値があったんだろ。何を期待して俺に告げたのかまでは知らんがなんかあるんだろ」

 

「適当ねえ」

 

まあな、と退屈そうに言う。

 

「これ、他の奴らには言うなよ。余計な不安を背負わせたくない」

 

上を向いていた頭を戻すと、声が真剣味を帯びた。その目は真っ直ぐに私を見つめてくる。

 

「……わかってる。心の中に止めるだけにするわ」

 

「頼むぜ」

 

「でもなんでそんなことを私に教えてくれたの?」

 

「それも若狭の一言だな。最後にあいつが言った言葉、覚えてるか?」

 

「えっと……顔と名前があらゆるところに知られたってやつ?」

 

「そうそれ。あの時、”君たち”って若狭は言った。つまり俺だけじゃなくてお前も顔と名前が広まったってことだ。なら知っといた方がいい。持ってる情報は多いに越したことはないからな」

 

そう言うと峻はもたれていた体を起こしパンッと手を打った。

 

「さて、会場に戻るとするか。今夜は遅くなるって加賀には言っといたし夕食はここで済ませるつもりだからな」

 

「うわ、ドケチ!」

 

「帰ってから作れってか⁉︎んなことやってられっか!そんならお前が作れよ」

 

「嫌よ、なんであんたのためにご飯作らなきゃいけないのよ!」

 

「人には作れっつっといて随分な扱いだな!」

 

ぎゃあぎゃあと言い合いをしながらも並んでテラスを後にする。

 

楽しい。

やっぱりここに帰ってこれてよかった。

 

恥ずかしくて言えない言葉をそっと胸にしまい込んで彼女は日常へと足を踏み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

式典場からすぐ近くの海軍本部の防諜課のビルの一室で若狭と私はホロウィンドウに映し出される情報に目を走らせる。配置された者たちからリアルタイムで送られてくる情報をこうして精査するのが今回の仕事だ。

どこに間諜が紛れ込んでいるかわからない。もしかしたらこの会場に紛れ込んで情報を抜き取ろうとする輩がいるかもしれないのだ。

まあ、そんな気配は今のところは一向に見えないのだがな。

それはいい。だが一つ、どうしても気になることがあるのだ。しなくてもいいのに潜り込んでまで帆波大佐に若狭が言った内容だ。

 

「よかったのか?あんなやり方で」

 

「なんだい?長月は不満かい?」

 

ニコリと笑いながら若狭がウィンクする。その言い方は卑怯だ。言おうとした言葉を飲み込ませてしまう。

 

「帆波にならあれで伝わるさ。だいたい矢田を裏で誘導してた人物がいたって言っただけであそこまでの推測ができる時点で問題ない」

 

あの少ない情報でピタリと上層部が大佐を疑っている理由を当ててみせたあの推理力はハンパじゃない。だからこそ、上に目をつけられかけている、という若狭の忠告は確かに届いたはずだ。

だが私が心配してるのはそっちじゃない。

 

「”シャーマン”の情報、あんなにあっさり渡してしまってよかったのか?」

 

あれは防諜課が今まさに追っている対象だ。それをああも簡単に渡してしまって若狭の立場は大丈夫なのだろうか。あれだって情報漏洩にあたってしまうのに。

 

「長月、周り大丈夫かい?」

 

「ん、問題ない。廊下に人はいないぞ」

 

手元のホロウィンドウの映像を廊下の監視カメラに接続して切り替えるが辺りに人はまったくいない。

 

(むし)の方も問題ないね?」

 

「この部屋は入室時に確認済みだし、他に仕掛けられている様子もない。そもそもここに仕掛けることなど無理な話だ」

 

虫とは盗聴器の隠語だ。そもそもこのビルに浸入して仕掛けることは不可能だ。国防の一端を担っているだけあってセキュリティはそんじょそこらの物とは格が違う。

 

「うん、普通ならね。でも確かに仕掛けられてはいないみたいだし大丈夫か。長月、ここからの話はあくまで僕の推測に過ぎない。だから話半分で聞いてほしいし、下手に信じるようはことはしちゃダメだよ?」

 

「ああ、わかった。吹聴もしないさ」

 

若狭が少し私との間を詰めて声を潜める。それに合わせて私の声も少しトーンが落ちる。

 

「”シャーマン”だけどね、僕は海軍の事情に通じている人間、それもそれなりの地位の人間だと睨んでる」

 

「なんだって⁉︎」

 

「しっ!長月、声が大きいよ」

 

「!……すまない」

 

だが驚かずにはいられないだろう。若狭の推測が正しければ海軍の中に海軍転覆を狙っている裏切り者がいるのだ。

そしてそれだけじゃない。若狭の推測には恐ろしい可能性が内包されているのだ。

 

「若狭、つまりそれは……その………」

 

つい言い淀む。この内容はデリケート過ぎるのだ。おし黙ってしまった私の頭を若狭がくしゃくしゃっと撫でた。

 

「やっぱり長月は賢くて優しくて可愛らしい女の子だよ」

 

「なっ!バ、バカなことを言うな!」

 

慈愛に満ちた目で若狭に見つめられ頬が紅潮するのを感じた。こうやって若狭はいつも私のペースを崩してくる。いい加減にしてほしいものだ。こちらの心臓がもたないではないか。

 

「長月が気づいた通りさ。僕は帆波を疑ってるわけじゃない。確かにその通りさ。だって()()()()を疑ってるわけじゃないんだから。日本海軍においてそれなりに地位がある人間なら全部疑ってるんだよ」

 

「それは……つまり………」

 

「そう。帆波峻、東雲将生、それ以外の軍属の僕の友人、お世話になった上司。それら全員、誰が”シャーマン”だって不思議じゃないんだ」

 

どこか遠くを見るような目をしながら若狭はのっぺりとした声で言った。

 

「若狭は……辛くないのか?」

 

「………こういう仕事だからね、仕方ないさ。さあ、会場の監視を再開しよう」

 

それにもう慣れた、と無感情に言うと若狭がホロウィンドウとのにらめっこに戻った。

 

「……難儀な仕事だな」

 

「本当に長月の言う通りだよ」

 

でもその仕事に私は望んで足を踏み入れた。感情を殺さなければ出来ないこの仕事に。別に後悔はしていない。

だが……時々寂しくなる。若狭は周りを疑うことに躊躇いがなさすぎる。感情を殺すことをなんとも思っていないようにさえみえる。でもそれはあんまりじゃないか。信じた者を疑わなくてはいけない。わかっているさ。だがそう簡単に割り切れるものじゃない。

 

だからせめて私だけは若狭の味方であり続けよう。

 

そう長月は心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表彰式の翌日、俺は執務室で新聞を広げた。どれくらいの話の規模になっているか確認しておきたかったからだ。

 

「あー、やっぱ一面に載るよなー」

 

「あんだけ派手にやればそうなるわよ」

 

ちょこんと机の端に行儀悪く腰掛けた叢雲が新聞を覗き込もうと首を伸ばし、前に赤い紐で括られた髪がぴょこぴょことゆれる。

さすがに昨日のドレス姿ではなくて制服姿だ。ただ、なにか心境の変化でもあったのか服が変わった。まえのワンピースのようなタイプからチューブトップのような服に黒のインナーという装いに変化している。かなり伸びた髪は本人によると切るのが面倒だったとかで毛先を軽く切り揃える程度にされ、ぱっつんだった前髪はシャギーを入れていた。

 

「やっぱりそう思う?だからとは言え随分と大袈裟に書かれたもんだけどな」

 

「見せなさいよ」

 

ほらよ、と新聞を机に広げて見やすくしてやる。そこにはデカデカとした大見出しが書かれていた。

 

 

 

──不落の泊地、落つ!”幻惑”と”姫薙ぎ”の活躍!──

 

深海棲艦に占領されていたウェーク島を先日、日本海軍が奪還したと政府から発表があった。今作戦において驚きなのは人類初の領土奪還だけではない。なんとたった2艦隊でその5倍近くの戦力を保有するウェーク島を攻略したという事実である。その手腕を振るった帆波峻大佐とその秘書艦である駆逐艦、叢雲による泊地棲姫の撃破は人類の反抗の狼煙となるだろう。また………

 

 

「……なに、これ?」

 

「ウェーク島の戦闘の記事だな。まぁよくもここまで誇張されたもんだ」

 

実際のところはただこいつを救出しにいっただけなんだけどな。とにかく、目を通した限りではまずい情報は出回ってないな。

現在、ウェーク島は日本海軍が占領下に置いている。深海棲艦が奪還しようと攻撃を仕掛けてきた場合に備えて、いくらか部隊を配置してあるようだ。

アメリカから多少の抗議はあったものの、アメリカ自体が本土以外を抑えておくほどの余裕がないので話は流れたようだ。

 

「ねぇ、この”幻惑”はあんたのことよね?じゃあこの”姫薙ぎ(ひめなぎ)”っていうのは?」

 

「お前の二つ名だろ。泊地棲姫を倒した、つまり姫級を薙ぎ倒したから”姫薙ぎ(ひめなぎ)”。わかりやすくていいんじゃね?」

 

二つ名というのは大抵はメディアか周りの人間が勝手につける。例えば夜戦狂い(ナイトホリック)とかがある。ほかにも悪夢(ナイトメア)やら黒豹(くろひょう)やらとそれなりに二つ名を持つ艦娘もいる。たまにネタな奴も存在するが。確か榛名の姉に殺人料理(ダークマター)って言われてるのがいた気がする。

 

若狭が言ってた君たちってのはこれか。叢雲に二つ名がつく。それは名前も顔も大きく知れ渡ることになる。

 

「ふぅん”姫薙ぎ”、ねぇ。ま、悪くはないしありがたくもらっとこうかしら」

 

「そうしとけ。それに俺の”幻惑”よりかっこいいんじゃねえか」

 

たぶん元ネタは天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)からだな。別名草薙の剣(くさなぎのつるぎ)とも呼ばれるところから取ったんだろう。

 

「そう?私はあんたの”幻惑”って響き、キライじゃないわよ?」

 

「そいつはどうも」

 

すっと肩をすくめて軽く笑う。

 

「そういや、いつかの約束は果たしたぜ」

 

「なんの約束?」

 

「おいおい、言った本人が忘れてんじゃねえよ。新しい装備が欲しいって言ってたやつだ。だいぶ大盤振る舞いになったがな」

 

艤装の装備がご所望のところを艤装丸ごと新調したんだからな。あれは自分でもいい仕事したと思う。

 

「ああ、あれね。本当に助かったわ。あの艤装があったから私はみんなを守れた。ありがと」

 

「……なん…………だ、と?」

 

「……どうしたのよ?」

 

衝撃が走った。こいつが素直に礼を言う?これは夢なのか?いや、手の甲をつねってみたが痛い。ということは夢じゃない。

 

「あ、明日の天気は雹と霰が降るぞー!」

 

「なによ、失礼ね!人がお礼を言ったのにその態度は!そもそもお礼の一つや二つくらい言ったことあるじゃない!」

 

ムキー!と怒る叢雲を笑い飛ばして宥めると、まだむすっとしている姿を傍目に立ち上がり執務室のドアへ向かう。

 

「どこ行くのよ?」

 

「工廠にな。この前の戦闘で傷ついた艤装を明石に直してもらってるんだがまだ完全には終わってないらしい。モルガナの整備を完璧にできるのは俺ぐらいしかいないしな。だからちょっと助太刀に行ってくる」

 

「………はぁ。執務はやっとくから行ってらっしゃい」

 

「別にのんびりしててもいいぜ?」

 

「嫌よ。私は秘書艦よ?あんたのお守りが私の仕事なの。これくらいは慣れっこよ。だから無理やりやらせてるとか重荷になってるかもとかの心配はいらないからさっさと行きなさい」

 

「…そうか。()りぃな」

 

叢雲が攫われたあの日からずっと思ってた。もしかしたら俺のせいで負担をかけすぎてたんじゃないかと。

でも叢雲には見透かされてた。俺もまだまだってことかね。

 

「違うでしょ。謝るんじゃなくていつもみたいに言えばいいのよ」

 

「…!あぁ、そうだな。叢雲、あとは任せた」

 

「ええ、任されたわ。行ってらっしゃい」

 

ドアノブに手をかけ執務室を出て工廠へ向かう峻。

執務机に座るとペンを握り書類にペンを走らせていく叢雲。

信頼という言葉がこの2人にはよく似合うのだろう。

 

感情的に動き戦うのは軍人としてはバツ印が何重にもついてしまうぐらい愚かしいことだ。

だがそれでいいと俺は思う。

俺はそもそも軍人である前に人間でありたいんだ。

 

 

 

信頼。しかしそれは言い換えてしまうと依存に姿を変えてしまう魔性の物だ。

だからこの2人は強く硬く、そして信じられないくらいに脆い。

峻は知らない。いや、知っていて目を背けているのかもしれない。だが目を背けているのなら知らないのと同じだ。

 

本当に知っているなら最善の手はわかっているはずだ。峻が一刻も早く叢雲の指揮から外れる。信頼が依存に変わってしまう前に。

変わってしまえば取り返しがつかない事態が起こり得るのだから。





帆波峻と若狭陽太。
似ているようで対極な存在である2人の対称性が強く浮き彫りになった話でした。
そして気づいた方が多いとは思いますが叢雲がゲームでいう改二に衣装チェンジしています。プレリュード自身は改ニのグラの方が叢雲は好みです。
二つ名は艦これをやってる方なら誰がどれかわかりますよね?結構ストレートにつけたつもりです。

あとものすごい今更ですがこの世界ではドロップという概念はガン無視です。過去の話をざっくり読み返してたら後書きで言い忘れたのに気づいたので一応。

感想、ご要望はお気軽に。お待ちしております。

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