名前だけですけど。
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その後3日間、俺は安静にし続けようやく自由に動き回る許可をもらうことができた。
だがその3日間、何もせずにボケっと寝ていたわけではない。
加賀が瑞鶴を遣わせて持ってこさせたファイル、軍のデータバンク内の戦闘記録を細かいところまで徹底的に洗っていた。
そして次のデータを見るたびに、違和感は疑念へと変わっていった。
しかし焦るな。まだあくまで疑念だ。早計な判断を下すべきではない。
「加賀、頼みがある」
「なんでしょう?」
「ここ一ヶ月の我が軍の戦闘記録がほしい」
「まさか全てですか?」
恐々としているところ悪いんだがその通りだ。
「一ヶ月間にあった小競り合いも含めて全てほしいんだ」
「それだと余裕で1000件を超える数になりますが……」
だろうな。小さな戦いも含めると2000を超えたって不思議じゃない。
「無理にとは言わないが…」
「そうではありません。全てチェックするつもりなのかしら?」
「ああ、そうだが?」
「正気ですか?」
「いたって正気だ」
はぁ、と加賀がため息をついた。これは完全に呆れられてるな。仕方ないことではあるが。2000以上の記録を全てチェックしようとしている気違いにしか見えないだろう。
「わかりました。その代わりしばらく秘書の任を外れます」
ま、全部持ってきてもらうのに秘書艦と兼任でやるのはさすがの加賀でも無理があるだろうしな。
「頼んだ。別に誰かの手を借りてもいいから」
「そうですか。では適当な人に手助けを頼んでみます」
「見つけ次第、俺のデバイスに電子データにしてダイレクトに送ってくれ。すぐに確認したい」
「了解しました。それでは待っててください。少しずつ送っていきます」
「悪いな、助かる」
「問題ありません。ただ言わせてもらうならここまで見るに堪えないことには今後ならないでほしいものね」
資料室に下駄を鳴らして加賀が向かう。その後ろ姿を苦笑しながら俺は見送った。キッツイこと言ってくれる。でもそれぐらいの方が今の俺には気付けになって丁度いい。
しばらく経つとピロンという効果音が俺のデバイスにデータが送られてきたことを教えた。続けて電子音が鳴り、連続で送られてくるとまた沈黙した。
俺はひとまず送られてきた交戦記録を細かく見ていった。
小泉隊、日付は一ヶ月前。ギリギリの戦闘を続けて辛くも勝利。戦況は常にどっちつかずで傾き続けている。
これじゃない。次。
星野隊、日付は二週間前。被撃沈艦を一隻出してしまっている。白雲という駆逐艦だ。戦果は敗北。
これも違う。次。
酒崎隊、日付は一週間前。部隊全員が大破もしくは中破まで追い込まれている。幸い被撃沈艦はなし。もちろん敗北だ。
これはヒット。別のデータファイルに移しておき、次へ。
佐藤隊、3日前。戦果は敗北。こちらも被撃沈艦は0。
これもヒットだ。さっきのデータファイルへ叩き込み次へ。
次へ。
次。
次。
次。
また今日も徹夜か。懲りないね、俺も。
明石はテコテコと廊下を歩いていた。
彼女が珍しく工廠にいないのには訳がある。
基地において装備の開発、修理などの資材な使用における認可を出すのは基地司令、つまりここでは峻なのだが、問題の峻がぶっ倒れてしまったため、認可が下りず開発が滞っているのだ。
そのため明石の仕事は無く、認可をもらうために、執務室に向かい、復活した峻に許可をもらおうとしているわけだが。
別にこの許可、後付けでも問題ないのだ。
いや、厳密に言えば問題はある。だが基地司令と技術士官が一緒のため、本来ならば技術士官が基地司令に使用する資材量を申請し、許可された量の枠内で開発なり修理なりをする、という制限が一切ないのだ。
つまりぶっちゃけると許可をもらいに行くのは建前で、本音を言うと明石は心配で様子を見に行くためだった。
まぁ、上司ですし?それに技術士官としての腕は尊敬してますから。だから倒れられてそのままじゃ不安だから少しだけ様子見るだけですから!それにもう退院してから一日経ちましたし?もう夜の11時すぎてるからまだ起きてたら寝てもらうよう説得しなくちゃいけませんし!
と、誰に言っているかわからない言い訳を内心で繰り返し続けつつ歩いていると執務室のドアが見えてきた。
「さーて、提督は元気ですかねー?」
ドアの目の前に立ちノックしようと手を上げて。
「おっしゃぁぁぁあ!第一次ソート完了ぅぅぅう!」
執務室から聞こえた奇声に驚き、ビクッと身を縮めたため、上げた手が行き場を失っておろされた。
明らかに提督の声だが正直なところ今すぐ回れ右して帰ろうかな、と真剣に検討しかける。
「いえ、ここまで来て帰るわけには!」
勇気を出してノック。すぐに、来いやー!という謎のハイテンションな返事が返ってきた。
恐る恐るドアを開けて入り、驚いた。
まず部屋の散らかり具合。
いたるところに資料が散乱し、床がかなり隠れてしまっている。机の上も同様に散らかり放題になっている。
そしてその中でなにかの啓示でも受けたかのように立つ峻の姿。
はっきり言おう。
なにこれ?
え、これどういう状況なの?
なんで提督が両手挙げて煌々とした雰囲気を纏ってるの?
「よう、明石!どうした?」
「いえ、正直こっちのセリフなんですけど……。何してたんですか?」
「それより明石、今お前ヒマか?」
「あの……資材使用の認可を………」
「今度好き放題やらせてやるから!それより頼みがあるんだ!」
「はい?えっ、ちょっと!なんですか急に!」
いきなり肩を掴まないでください!顔が近い!恥ずかしい!
「こっちの資料、日付で分けてくれね?」
ドサッと書類の山が積まれていく。
これ全部?え、まじですか?
洒落にならない量なんですけど?
でも断ろうかと思って提督を見たらまた目の下にクマができている。
はぁ。この人はまた……
ようやく離れた峻を目の端に顔を明石が顔をパタパタと扇ぐ。
あの距離はさすがに近すぎますよ、もう。
「わかりました。やります。だから提督は寝ててください。まだ病み上がりなんですよ!」
「えー」
「えー、じゃありません!じゃなきゃやりませんよ!」
「わかった、わかった。寝てくるよ」
仕方なさげに提督がようやく仮眠室に行ってくれました。
ていうかまだ退院して間がないのにいきなり睡眠削るって何やってるんですか。今度はベットに縛り付けておくように言った方がいいかもしれませんね。
えっと、日付ごとに分類でしたっけ?
あんまりこういう事務仕事慣れてないんだけどなぁ。
そもそも私は工作艦ですし。メカいじりがお仕事なんですけど。
これは5日前、これは6日前、これは3日前、これは8日前っと。
うーん、日付に分けるだけなら私でも何とかなるか。にしても提督は何してたんだろう?
散らかってるものを見ていくと本当に多種多様だ。書類、なにかの処理を続けるパソコン、改造シミュレーター、恐らく峻本人にしかわからないんじゃないかと思えるくらい雑に書かれたメモ帳などなど。
……とりあえず言われたことだけしとこう。なにがしたいかさっぱりだし。
この量ならあと3時間程度粘れば分類は終わるでしょうし。
でも時間からして深夜2時は過ぎるんですよね……。はぁ………
「む……うにゃぅ………」
明石はゆっくりと目を開いた。
体を起こすと掛かっていた毛布がずり落ちる。
あれ……いつの間に私ベットに…?それにここ、私の部屋じゃない……?
ここは仮眠室かな?でもなんで……
ぐるりとあたりを見回すとソファの上で寝息を立てている峻を明石は見つけた。
どうやら分類作業中に寝落ちしてしまったところを運んで、仮眠室で寝かせておいてくれたらしい。
こそーっと執務室を覗くと分類は完全に終わっている。うわ、やばい。休ませようとしたのにむしろ迷惑かけちゃった。
寝落ちしてから私を運んでそれから残りを片付けたんだろうな。
ていうかよく見たらもう9時回ってるし!提督起こした方がいいかな……?
いや、心配ないみたい。仮眠室から物音がするから多分提督は起きた。
「ふわぁ……明石、おはよう」
「えぇ、おはようございます!」
ほら、起きてきた。
「すみません、昨日は寝ちゃって……」
「いや、あんだけやってくれただけで充分助かった。俺もゆっくり寝れたしな」
「そうですか!それはよかったです!」
心なしかクマも薄れた気がする。顔色もいいし、元気になっているようだ。それなら微力ながら頑張った甲斐があったというものだ。
「で、明石。このあとヒマ?」
「えーっと…暇……ではないです」
でもこれ以上事務仕事をするのは勘弁。さっきまで元気になってよかったとか言っといてそれ?と思うかもしれませんけど。
これはこれ、それはそれ、なんですよ。
「へー、そっかー。せっかく艤装工場に行こうかと思ってたんだけど──」
「たった今暇になりました!さぁ行きましょう!すぐ行きましょう!」
でも艤装工場の見学なんて楽しそうなイベントなら逃す手はないんですよ!
なんて言うか、工作艦の血がさわぐんですよ!ぐつぐつと!
「お、おう。じゃあ行こうか」
「行き先はどこの工場ですか!川中飛行機ですか?それとも────」
「明石、落ち着け!」
「あっ!しっ、失礼しましたぁ!でも気になるじゃないですか!どこなんです?」
「岩崎重工だよ」
なんと!かの世界トップの企業ですか。
公用車を運転するのは随分と久しぶりだ。目指すは岩崎重工の工場。
「提督、岩崎重工のどこの工場に行くんです?」
明石のやつ、さっきからテンション上がりすぎだろ。目がキラキラしてるとかいう領域超えてるぞ。
「艤装工場ってことは海軍本部の近くにある方じゃないですよね?なら──」
「待て待て!ちゃんと連れてくから大人しくしてろって。あとシートベルトちゃんとつけろ」
ようやく明石が大人しくシートベルトを締めた。助手席だから締めてないと警察に追いかけられるだろうが。
【海軍中佐、道路交通法違反で任意同行!】とか洒落にならん。
「今回行くのはさっき言った通り、艤装工場だ。本部の艤体工場じゃねえ」
艤装工場はあくまで装備を作るだけだ。日本において他にも艤装は生産している企業は多い。
例えば、さっき明石が名前を出した川中飛行機とかは艦載機など空母の艤装を専門に扱っている。
だが艤体、つまり艦娘の方においては岩崎重工が世界すべてのシェアを一社で受け持っている。
妖精が艦娘の人としての体を作るのだが、それをやっているのが軍本部の近くに建てられた工場、というわけだ。
まぁ、実際に作られているところを見たことは俺もないのだが。
どういう風に妖精が人の体を作るんだろうな。
話が逸れたが、唯一の艦娘の建造が可能なのは岩崎重工だけで、現状でている情報は妖精が作る、としかわかっておらず、妖精がどうやって作っているのかはまだ謎だ。
そして岩崎重工はそのまま艤装の開発もやっており、今回はその中の一つの工場にお邪魔させてもらうわけだ。
東京にはいるとようやく他の車がちらほらと見え始めた。沿岸部は一部を除いてほとんど人は住んでないからな。その代わり内陸部はかなりの人口密度だ。
ま、誰しもいつ空爆受けるかわからん沿岸部には住みたくはないよな。
しばらく車を走らせると工場が見えてきた。中に入るため、入り口でチェックを受ける。もし、情報抜き取られたりしたら大変だからだろう。
「連絡をした、帆波です」
「少々お待ちを。……帆波峻様ですね。お車をお預かりいたします」
丁寧な守衛に車のキーを渡し、明石を伴って中にはいる。
「帆波様、先に応接室にお向かいください。場所はそちらの扉をはいって右の廊下の奥でございます」
「はい、わかりました」
応接室?工場長室じゃなくてか?まぁ別にどっちでもいいが。それよりも、だ。
「明石、硬くなりすぎ」
「そりゃ硬くもなりますよ!天下の岩崎重工の工場ですよ!工作艦たる私にとってのメッカみたいなものですよ!」
「声がでかい!もう少し抑えろ!」
「あっ、はい。すみません……」
しょぼん、と明石が落ち込む。別に声抑えるなら喋るくらいはいいんだけどな。
コンコンと、応接室のドアをノックすると中からどうぞ、という落ち着いた声が聞こえる。
「失礼します」
「ようこそ、我が岩崎重工へ、帆波中佐」
目の前には切れ者らしいキリッとした目つきに、口髭が特徴的な男性。
嘘だろ!なんでこんな大物がいるんだよ!
「こんにちは、岩崎会長」
俺の声もどうしても驚きで震えてしまう。
「おや、私のことを知っているのかい?」
いや、知らん方が無理だろ。艦娘の艤体産業世界トップの企業の会長の名前を知らない軍人がどこにいるんだよ。
「もちろんです。本日はなぜこちらに?普段は本部にいらっしゃるかと……」
「司令官と技術士官を兼任するあなたが来ると聞いて会ってみたくてね」
それはそれは。なんというか変なところで顔が売れてるな、俺も。ところで明石が静かすぎないか。
「おい、明石。ご挨拶を……っておーい。どこに旅立ってる?」
「はっ、戻ってきました。いえ、一瞬夢かと」
「はっはっは。面白いお嬢さんだ。君は工作艦の明石くんだね?よかったら工場を見学してきたらどうだい?これは見学許可証だよ」
「えっ!本当にですか⁉︎でも……」
ちらっと俺も明石が見てきた。そんな子犬のような目で見なくとも。
それにしても見上げられなくとも目線が合うあたり俺も大概背が低いなぁ。
っとどうでもいい方向に思考が飛んでたな。
「ほら、ご好意に甘えてこい」
「提督!ありがとうございます!」
キャッホー、という歓声が聞こえそうな明石が工場へ向かって小走りしていった。
「うちの者が失礼しました」
「いやいや、元気そうな娘じゃないか」
いえ、あいつはただの機械オタクです。俺も人のことは言えねえけど。
「で、なんの用件かな?最終的に私に話が来る気がしたから先に来ておいたんだけど」
おっと、バレてたか。まぁ、基地司令がわざわざ工場まで来る必要はないから何かしら重大な用件だってことくらいは予想できるか。
「さすが世界一の企業のトップ。鋭いですね」
「よかったら完全な防音室に案内しようか?」
「お願いしてもよろしいでしょうか」
「うん、構わないよ。ではついてきてくれ」
岩崎満弥の背を追って歩き始める。
さぁ、ここからが交渉の始まりだ。気を引き締めて行こう。
無茶な要求をどう通し切れるか。それも相手はこの手の駆け引きが得意な商人だ。
相手にどうメリットを提示してそれが要求をのむことにより生じるデメリットより大きいと感じさせるか。それが取り引きである。
「いやー、面白かったです!」
車の助手席で足を思わずパタパタと上下に動かす。
目の前で装備が組み上がっていくのは壮観だった。
いろいろ学ぶこともあったし、非常に実入りがある見学だったなぁ。
事務仕事のお手伝いの報酬だとしたらとんでもないぐらい素晴らしいお返しでした。
「ま、楽しんでくれたならよかったさ」
「ええ、もう!早く開発とかやりたくてしょうがないですよ!」
「安心しな。すぐにやらせてやるから。具体的には明日」
「えらく急ですね!最高です!」
ああ、もう今すぐなにか作りたい!寝る間を惜しんで開発したい!
明日かー。夕張も呼んで工廠フル回転するしかない!
「後で作ってもらいたいリストは渡す。頼むぜ。次の作戦はそれらが要になってくるんだからな」
「ええ!明石にお任せください!」
その時、あまりのテンションに適当に聞き流していたのがまずかったのかもしれない。
私は後になってから次の作戦という提督の言葉の重さに気づくのだった。
その決意と覚悟の重さに。
冷静に見返すと明石の語りがないことに気づいてやってみました。
あとやってないのは……誰かいたっけ?
夕張「私ですよ!」
あ、メロンちゃん忘れてたわ。さーせん。
夕張「この人でなしー!」
……次回あたりやってあげよっと。