「加賀め……私をパシリにしてぇぇ!」
瑞鶴が恨み言を吐きながら大量のファイルを病室へ運搬していた。
確かに提督さんは休んだ方がいいと思う。ゆっくり寝とくって決めてくれたのは嬉しい。
でもなんで私が運ぶハメになってんのよ!
「提督さん!持ってきたわよ!」
「おー、瑞鶴お疲れー。悪いなー」
「絶対思ってないわよね⁉︎ねえ⁉︎」
パラパラと本をめくって読みながら適当に労われても。でもそんなおふざけができる程度には回復したのかな。
その証拠に本に隠れていた顔は死人のような表情じゃなくていつもの快活な顔にもどっている。
「で、何持ってきたんだ?」
「よくわかんないけど最近の深海棲艦の活動についてだって」
「なんか特徴的な動き方でもしてるのか?」
「そうみたい。近々大規模な侵攻をしてくるんじゃないかってウワサよ」
「ふーん。ま、そこに置いといてくれ。すぐに目を通しとく」
顎をしゃくって示した机の上にドサっと加賀に渡されたファイルを置き、食事の盆を下げる。きれいに食べつくされてるのを見ると食欲も戻ったみたいだ。
ってちょっと待って。
「私は提督さんのお世話がかりじゃなぁぁい!」
「うおっ!急にどうした瑞鶴!」
びっくりしたのか手に持っていた本を落として目を丸くして私を見ていた。でも言わせてもらうけど。
「お盆下げて必要な書類運んでこの前は着替え持って行かされてなんなのよ、もう!」
「いや、加賀にそこらへんは言ってほしいんだが」
「加賀は私以外に使いっ走り頼んでないからここで愚痴って憂さ晴らししたいのよーー!」
「まぁ、お前ら昔は相当険悪だったけど今はほら、仲良くなったじゃん。そんで加賀としても頼みやすいんだろ」
「むぅー。わかってはいるけど納得はできない!」
プクっと頬を膨らませて拗ねる。そんな私をみて提督さんがケラケラと愉快そうに笑う。
「でもその原因は俺なんだよな。瑞鶴、迷惑かけて悪い────ぶごぉっ!」
「それ以上は言っちゃダメだよ」
手近にあったファイルで提督さんの頭を叩くと潰れたような声を出して頭を押さえた。
「仲間なんだし家族ならそんなんで遠慮してちゃダメ。もっと頼ってよ」
「お、おぅ」
あ、これ多分提督さん照れてる。基本この人はポーカーフェイスができる人間だし、今も表情はさっきと変わらないけどなんていうか雰囲気?がそんな感じ。
まあそれなりに付き合いのある人しかわかんないと思うし、今は駆け引きとかしてないってのもあるとは思うけど。
「おい、瑞鶴。なに1人でニヤニヤわらってんだよ?」
「んー?なんでもなーい」
「ヘンな奴だな」
不審そうに首を傾げる提督さんを横目に病室を立ち去った。
もう大丈夫。あんなに元気そうで表情豊かならきっと。
精神的に参ってたみたいだけど持ち直した。そのせいで傷ついた体もきっと癒えていく。
ならあの人は立ち上がる。絶対に。
そんな根拠のないことを瑞鶴は確信を持って言えた。
「確かに瑞鶴の言う通り、深海棲艦の奴ら変わった動きをしやがるな」
この前の時の一斉攻勢の時の動き方も統率がとれていたが、それとは違う。
明確な囮とキッチリとした追撃。さらには挟み撃ちなどを狙って行っている。
明らかに進化している。それも物理的な強さではなく頭脳的な強さに。
つまり元々は知性のない凶暴な獣だったものが知性を獲得し、あまつさえ戦略までも使うようになったということだ。
厄介に成長していきやがる。今までの戦法が通じなくなるのも時間の問題だろうな。
パラリとページをめくって次に移る。今度は他の部隊の戦闘記録のようだ。
主力に攻撃をかけるも実は囮で誘い込まれて挟撃。なかなか考えて深海棲艦も動いてるな。
次の記録も艦娘側の敗北だった。
追撃したが本隊に待ち構えられていてやられたらしい。
次も敗北。次も次も。
こりゃ本格的に厄介だな。幸い撃沈がいないのが唯一の救いといったところか。
待てよ。
これだけ手酷くやられて沈んだ数が0だと?
深海棲艦の方にはほぼ被害がなく、こちらはボコボコ。そんな状態で誰も沈んでいないなんてありえるのか?
そしてこの手口というか作戦、どこか違和感を感じる。
ページを次々とめくっていくとあまり分厚くないファイルはあっという間に最後まで見終わってしまった。
どこか釈然としないしこりのようなものが胸の中に残る。
この感じは一体なんだ?
疑問を解決するために通信を執務室につないだ。
「加賀か?悪いんだがここ最近の交戦記録持ってきてもらってもいいか?」
『ええ、わかりました。瑞鶴にすぐに持って行かせます』
「あんまりこき使ってやるなよ?」
『それは私が決めることよ。持ってきてほしい交戦記録の範囲は?』
「そうだな、3日前からの小競り合いのもので」
『了解しました。では』
まだ判断を下すには情報が足りなさすぎる。だから集める。
判断材料が足りないなら増やせばいい。わからないなら徹底的に突き詰めてわかるまで考えればいい。
さしあたっては資料の閲覧といったところか。紙の資料とデバイスによるホロウィンドウ上に出力される電子の情報。全てを隅から隅まで見てやろう。
提督から資料を送ってくれ、と言われた。
そのため、加賀は執務室で書棚から必要と思われるファイルを抜粋していった。
これと、これと……これも一応渡しておいた方がいいかしら。
いきなり萎れたり元気になったり本当に忙しい人ね。
それに付き合わされるこちらの苦労も察して欲しいものです。
まぁ、ずっと落ち込んでいるのを見せられるよりははるかにマシなのだけど。
「瑞鶴、仕事よ」
「ねぇ、いいかげん他の人に交代しない?」
ぐったりと椅子にもたれて座り込む瑞鶴にファイルを渡して無理やり立たせた。
「いいから早く持っていきなさい」
「……なら次に外に出るときにご飯おごって」
外……ね。
艦娘たちは街を歩き、遊ぶことはもちろんできる。むしろここの提督はそれを推奨しているまである。戦闘ばっかじゃ飽きるし存分に遊んで来い、というのはあの提督の言葉だ。まあ断りますけど。
「先日あのようなことがあったばかりで空母が2人とも外すのは戦力的にあまりよくないわ」
「すぐにとは言わないからー。提督さんも立ち直ったからもう少し後なら大丈夫だって!」
「……前向きに検討しておくわ」
「それ絶対行かないやつじゃん!」
「いいからさっさと行きなさい」
ほーい、と気のなさそうな声を残して瑞鶴がファイルを抱えた。
悪いとは思っているのだけど頼みやすいのよ。
おそらく提督にとって気になるなにかを見つけてそれを調べたくてファイルを持ってきて欲しがったのでしょう。
いい兆候ね。
これで提督の鬱のような状態は改善していくでしょう。あと2、3日寝ていれば体の方も完治するはず。
そして提督さえ司令官を無事に勤められればこの部隊は解隊されずに済む。
まぁ、提督が復帰するまでは私が基地司令代理といったところでしょうか。
しっかりと任を果たさなくてはいけませんね。
語り手で加賀ってあんまりやってなくね?
そんなわけで今回は加賀さんに締めていただきました。