今回ネタと真面目が入り混じる、そんな回です。
帆波は監査をどうすり抜けるのか?
それではご覧ください。
「おい、叢雲!」
執務室の前で待たせておいた叢雲に声をかける。
慌てた様子で叢雲が駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。今回ばかりは私のミスよ」
「そんなことは今更言ったってどうしようもねえ。それより監査の通知書見せてくれ」
走りながら渡された紙に目を通していく。
「これどこにあった?」
「紙の山の中よ。紛れ込んでたんだと思う」
「そっか。とにかく急ぐぞ。他はもう向かわせた」
2人で全力ダッシュ。正門に滑り込むと目の前に車が停まっていた。
やばっ。もう来てるじゃん。
峻の横に叢雲が立ち、その後ろに他の艦娘が整列する。
「てーとく、イムヤがまだ来ないでち」
「イムヤは来ねえよ。別の任務に当たらせてる」
ボソッとゴーヤが耳打ちしてくるのを小声で返す。
目の前の車から1人の銀髪の女性が降り、後部座席のドアをあける。
まだかなり若い長身な男が出てきた。
ダークブラウンの光彩を放つ目はキリッとつり上がり、黒髪を耳が隠れる程度まで伸ばしている。
「横須賀鎮守府所属、横須賀鎮守府司令長官の
「東雲中将の秘書艦を務めます、翔鶴型航空母艦、翔鶴です」
瑞鶴はヒヤヒヤしていた。監査が来るなんて聞いていない。
しかもきたのは中将、それも横須賀鎮守府のトップである。秘書艦が自分の姉だったのはホッとしたが、それを上回る緊張が場を占める。
「館山基地所属、館山基地司令及び帆波隊司令官、帆波峻少佐です」
「帆波少佐の秘書艦を務めます、吹雪型駆逐艦、叢雲です」
「帆波少佐、一人足りないようだが?」
「伊168は現在任務に当たっており外しております」
峻と東雲中将。比べてみるとだいぶ峻が小柄なのがわかる。東雲中将は恐らく180cmは超えているだろう巨漢だからか余計に小さく見えてしまう。
「さて、今回の件、お疲れと言っておこう」
「恐縮です」
「だがもう少しうまくやれんのか?事前に私に相談するなどあっただろう。その程度のことも考えられんのか?」
「横須賀の奥で漬物石のように引きこもって動かない中将どのには厳しい案件かと思いまして」
場の空気が凍りつく。
言い過ぎだ。瑞鶴の背中に嫌な汗が流れる。
「少佐風情がほざくな。だいたい出迎えごときにも遅刻するなど風紀がたるんどる」
「少々監査通知書の発見が遅れたので」
「それ見ろ。それがたるんどる証拠だ。ちゃんと毎日確認しないからそうなる」
「でしたら送りつけた日付の偽装などというねちっこい真似は辞めることをお勧めしますよ」
「なんだと?」
「この通知書、紙の質もサイズも演習申し込み書とは全く違います。こんなものがあるなら私が昨日確認した時点で気づかないわけがない。大方今日送られる演習申し込み書に紛れ込ませたのでしょう」
「……」
「大方こちらが普段確認しっかり確認していないことを知ってでしょうが、中将が随分と手の込んだ嫌がらせをなさるものですね、少佐風情とやらに」
峻は瑞鶴からは背中しかみえないので表情は見ることはできない。それでも頭の中には口角を上げ、挑発的に笑う顔が浮かんだ。
「言わせておけば……覚悟しているだろうな?」
「そちらこそただで済むとお思いで?」
峻と東雲中将が右の拳を握りしめゆっくりと距離を詰めていく。
ダメ!相手は上官よ!殴ったりしたらただじゃすまない!
瑞鶴は叫びたくともその場の空気に押されうまく言えず、口から空気が漏れるだけだ。他の艦娘たちも唖然として何も言えないでいる。
着実に距離が縮まり2人が同時に拳を振り上げた。
そしてその振り上げた拳を前に突き出し。
2人が互いの拳をガッと打ち付け合った。
「へっ?」
瑞鶴が素っ頓狂な声を上げた。
なに?これはどういう状況?
「ぷっ…くくく」
プルプルと東雲中将と峻が震え、笑い声が漏れる。
「ぷっはあ!久しぶりだな、
「ああ、いつぶりだよ、
2人が大声をあげて笑う。
瑞鶴たちが揃って頭の上にハテナマークが浮かんだ。
「いやあ、漬物石とは言ってくれるじゃねえか、”幻惑”の!」
「そっちこそ、らしくもねえ面倒な書類偽装なんてしやがって、”荒鷲”!」
「えーっと、提督さん?これはどういう状況なの?中将さんとはどういう関係?」
瑞鶴がおずおずと手を挙げて疑問をぶつける。
「あー、叢雲以外は知らねえか。紹介するぜ。
「おいおい、お前もけっこうな問題児だったろ、シュン。海上防衛大学の寮で持ち込み禁止品の闇市ひらいて小銭稼ぎしてたの忘れたとは言わせねえぞ」
「うるせえ、お前も購入しただろ。それに銀蠅で警報鳴らして追ってきた警邏隊の8人打ち倒して逃げたのはどこの誰だよ!」
「それはお前が途中で俺を置いて逃げたからだろうが!」
やいのやいのと喧しく言い合いをする2人の司令官を傍目に瑞鶴たちは顔を青ざめていた。
過去のやらかした物騒な出来事がポンポン出てきて思考が追いつかないというか追いつきたくない。
「ま、とりあえず執務室でよけりゃ来いよ。茶くらいなら出すぜ」
「ならお邪魔させてもらうわ。翔鶴、妹ちゃんと久しぶりにゆっくりしてきな。叢雲ちゃんに案内してもらってのんびりと羽を伸ばしてこい」
「わかりました、提督」
翔鶴が口元に手を当てて笑い声を抑えながら頷く。
「叢雲、食堂にでも案内してやれ。俺は旧交を温めてくるから」
「わかったわ。いってらっしゃい」
そうして2人の男は楽しそうに笑いながら去っていった。
「とりあえず食堂に行きましょうか」
叢雲の提案にコクコクと瑞鶴は頷くしかなかった。
「ほらよ、茶だ」
来客用ソファの前の机に湯呑みを2つ置き、将生の正面に俺もすわった。
「おー、サンキュ」
ズズッと茶を啜り飲む。よし、うまい。
「で、今日は監査という名目で来たみたいだが本件はなんだよ?」
「今回の件の顛末の報告だよ。軍内部では矢田情報漏洩事件とか呼ばれてるやつだ」
「ああ、それか。で、俺への対応はどうなった?」
「喜べ、たった今からお前の階級は中佐だ」
「はあー、中佐ねえ。海軍の管理不始末を公開したくないから口止めの出世じゃねえか」
「当たりだ。軍内部の人間が深海棲艦に情報流してたなんて海軍にしちゃ、恥以外なんでもねえよ。ついでにお前に褒賞金という名目で口止めの金まで来てるぜ。なんとびっくり1000万円だ」
にやっと口角を上げて将生が笑った。
「いらね。そんなどす黒い金もらったらむしろ後が怖いわ」
「だよなー。というわけで断っとくぜ」
将生が手に持っていた紙袋から小切手を取り出し署名欄に横線を引きて消した。
「これでよし、と。その後銚子に調査隊が入ってな、暴行とかの証拠とかも抑えられたんだが本人死んでちゃなんもできねーって話で終わった」
「まあそうなるわな。本当はどうやって深海棲艦と接触したかとかファーストコンタクトとか聞きたかったが死人に口なしだからな」
将生が胸ポケットからタバコの箱とオイルライターを取り出した。
「悪いが一本吸わせてもらっていいか?」
「構わねえよ」
スパァーっと紫煙を吐き出しながらタバコを吸うか?と言わんばかりに差し出してきたマサキの手を押しとどめる。
あんまし好きじゃねえんだよ、タバコ。
「あと、シュン。お前他に誰かに協力してもらったやつがいるだろ。あれだけの量一人で矢田を追い詰める証拠集めしたとは思えねえ」
ちっ。やっぱこいつにはバレるか。別に問題はねえけど。
「若狭のやつにちょこっとな」
「ああ、あいつか。元気そうだったか?」
「直接会ったわけじゃないからなんとも。声は元気そうだったぜ」
俺が潜伏して銚子を見張ってる間にデータを漁ってもらってた、これまた同期の友人がいる。まあデータを送ってもらっただけで顔はあわせてないが。
「そういやシュン、珍しくお前キレたらしいな」
あの銃抜いて脅しまくったやつか。正直やりすぎたかなとは思ってる。
「あー、あれだけはやるつもりなかったんだけどな」
「あの場にあの子たちがいなかったらお前打ってただろ?」
「打ってはいるんだけどな」
「そうじゃねえよ。殺してただろ?」
「……肯定したくはないがそうかもしれん」
しぶしぶ認めた。事実、あの場に矢矧たちがいたからギリギリ理性が保てていたのだ。
「話は陸奥とかにも聞いてる。別に責めようってんじゃねえよ。多分俺でも打ってた」
「
「しかもその後の身の振り方はお前より悪質だぜ。あの事件を利用して今の地位に就いたといっても過言じゃねえ」
自虐的な調子で将生が言いながら大げさに両腕を広げてみせる。
あの事件に当時巻き込まれたやつらは死んだか心に深い傷を負って生きてるのばっかりだ、と将生がぼやく。
「守らなくちゃならねえ市民を殺してまで生き延びるしかなかったからな、あの時は」
それでも今でも思い出す。自分が殺した瞬間を。引き金を引いたその時を。
「でも殺した負い目を背負う。そのせいで自殺したやつが何人いたことやら」
はあ、と2人してため息を吐いた。
少し間が空き、パンッと将生が手を叩いた。
「やめだやめ!こんな暗い話は!」
「そうだな。それにわざわざ翔鶴と叢雲を遠ざけてまでしたかった話があるんだろ?」
「……相変わらずそういう勘は鋭いんだよなあ」
苦り切った顔で見てくるがあんなんすぐわかるぞ。多分だが翔鶴と叢雲は確実に気づいてた。もしかしたら加賀や榛名も。
「で、なんなんだよ」
すっと将生が声をひそめる。
「今回の件、あくまで俺の勘だが矢田の裏で手を引いてるやつがいる」
「……根拠は?」
思わず眉間にしわを寄せる。
「矢田のやつは俺はそれなりには知ってる。昔は出世敵だった。だが深海棲艦と接触して情報を流すなんて小細工の出来るような人間じゃなかった」
確かに。カマをかけてからの矢田の動きはかなり単調だった。他にも手は打ってあったが(正門にトラップ仕掛けたり)それこそ全て使わずに済んでしまった。
「続けてくれ」
「それを暗に教えてやらせた奴がいる可能性がある。恐らく目的は──」
「海軍の転覆ってことか」
こくりと将生が頷いた。
「それとは別件だが深海棲艦の動きにも気をつけろ。今回で明らかになったがやつらは知能の低い破壊を求める生命体なんかじゃねえ」
「そうだな。初期の深海棲艦は突撃してくるだけだったらしいが、今回は人間と手を組んできた。確実に進化してる」
重苦しい空気が執務室を満たし、風が窓を揺らす音以外が消える。
「ま、伝えたいことはそんなもんだ。そろそろ俺は帰るわ。あんま横須賀を空けとくと仕事が溜まっちまう」
「もう帰っちまうのかよ。このあと陸奥とゴーヤの歓迎会があるんだ。一杯やってきゃいいじゃねえか」
「そうしたいとこだが中将がいたら好きに騒げんだろ。さっさと退散するさ」
苦笑する将生を見て思う。中将とは伊達じゃないな。そこまでの苦労もきっと多かっただろう。
「じゃあ翔鶴を迎えに行くとするか。少佐……おっと中佐、食堂まで案内してくれたまえ」
「へえへえかしこまりましたよ、中将どの?」
将生とふざけあい、バカ笑いしながら食堂へ向かう。
そういや、そろそろイムヤが帰ってくるんじゃないか?
一方そのころ。
瑞鶴たちは食堂で談笑していた。休憩を言い渡された翔鶴もいる。
「翔鶴ねえ!久しぶり!」
「ええ、瑞鶴。久しぶりね」
翔鶴に瑞鶴が飛びつき翔鶴が暖かく抱きとめた。
「でも知らなかったよ。翔鶴ねえが横須賀のトップの補佐やってるなんて」
「あんまり言うことでもないかと思って。瑞鶴も元気そうでよかったわ」
ふんわりとした柔らかい微笑みを翔鶴が浮かべ、瑞鶴が嬉しそうに目を細める。
「姉妹仲がいいわね、二人とも」
叢雲が机に肘を突きながらからかう調子を含めて言う。
「あら、吹雪ちゃんが叢雲は元気だといいなって心配してたわよ。あなたのところもいいと思うけど?」
思わぬ翔鶴からの言葉をうけて少しプイッと顔を叢雲が背けて、それを見た艦娘たちの笑い声で食堂が満たされる。
「そういえばさっきの中将さんと提督さんの言ってたあれは何?ワシとかなんとか…」
「”幻惑”の帆波と”荒鷲”の東雲ね」
まだ顔を背けたままの叢雲に瑞鶴がピッと指差した。
「そうそれ!なんなの、それ?」
矢矧や天津風や北上、夕張に陸奥にゴーヤに榛名に鈴谷が興味津々といった様子で近づき、加賀ですら気づかれないように(バレバレだが)耳をそばだてている。
「”幻惑”の帆波。あの手この手で相手を惑わして手のひらで転がすような戦法を使うことからついたあいつの二つ名みたいなもんね」
「へえー!じゃあ中将さんは?」
「”荒鷲”の東雲。攻めて攻めて攻め抜く、まるで荒々しく猛る鷲のような戦い方をするところからついたあの人の二つ名よ」
それぞれの由来を叢雲と翔鶴が説明するたびにほほー、とかおおー、とかの感嘆の声があがる。
「あ、でもさー。叢雲のその口ぶりだと東雲さんと提督の関係知ってたんだよねー」
「そうよ。翔鶴とも知り合いだし。さっきは笑いを堪えるのに必死だったわ」
「私も……ちょっとお腹が苦しかったかしら」
「二人ともひどーい。鈴谷的にはここで二人がどこで提督たちに出会ったのか細かく説明するべきだと思うんだけどなー」
「いいですね!ぜひとも聞いてみたいです!」
まったりとした北上の言葉が鈴谷、榛名とつながり、爆弾に成長してしまいどうしたものかと叢雲が考える。
できれば言いたくない。というかあの頃の私はこう、尖ってたというか荒れていたというか……
「えっとあれは海上防衛大学に訓練生の訓練で叢雲ちゃんと派遣されたときに────」
「ちょっと翔鶴ストーップ!」
止める。何としてもこの流れを!
「そういう話は、ほらあれよ。また今度の機会にしましょう。ね?」
「えっ?でももう……」
翔鶴の肩を掴んで話させることを止めたがそのの目線を辿って絶望した。
そこには目をキラキラと輝かせた仲間たち。彼女たちは無言で言っている。
話せ。さあ話すのだ!と。
「えっと、ええっと……」
「その話はとっとけよ。もっと盛り上がるときにするべきだ」
「そうだな。俺と翔鶴のファーストコンタクトでもあるしなー」
食堂に東雲中将とあいつが入ってきながら会話の流れを止めてくれた。
グッジョブ!今度仕事サボったときの制裁は少し甘めにしてあげるわ。
「将生がもう帰るって言うからさ、翔鶴迎えに来た」
「ってわけだ。翔鶴、横須賀へ帰るぞー」
「はい、わかりました。じゃあ瑞鶴、元気でね。また会いましょう。皆さん、これからも瑞鶴のこと、よろしくお願いします」
ペコッと一礼して翔鶴が東雲中将の側へ走り寄る。
「じゃあなシュン。見送りはいらねえから」
「そうか、助かる。またいつでも来いよ、マサキ」
「暇があったらそうするわ」
ひらひらと手を振って翔鶴を伴った東雲中将が食堂を後にしていった。
「さて、お前ら。さっきイムヤから特別任務から帰投したと連絡があった。この意味がわかるよな?」
東雲中将が出て行って静かになったはずの食堂がざわざわし始める。
あれね。あれをやるのよね。
「総員、スタンバイだ。館山基地限定作戦、オペレーション名”ウェルカム”の始動だ!」
ガタガタっと陸奥とゴーヤを除く全員が一斉に立ち上がり敬礼をした。
「えっと……これ、何かしら?」
「ゴーヤもわかんないよ……」
怪訝な顔をする2人へあいつが頭を掻きながら説明する。
「あー、端的に言うとだな」
「「端的にいうと?」」
「お前ら2人の歓迎会だ」
経つこと2時間。日が傾き、夕焼けが紅く染める食堂を慌ただしく艦娘たちが走り回る。
「はい、そこ机かためて!」
叢雲の指示で食堂が着々と宴会場仕様へと変化していく。
机をかためておいて、料理がいつ来てもいいように備え、”館山へようこそ!”と書かれた垂れ幕を付ける。
「何か私たちに手伝えることある?」
「2人は今日のメインだから座って待ってて」
陸奥とゴーヤがおずおずと聞きに来るが歓迎される側に手伝わせるわけにはいかない。
「ここはこんなことまでしてくれるのね……」
「してあげるっていうよりただ騒ぎたいだけよ」
「それでも歓迎してくれるのは嬉しいよ!」
これが恒例行事なのよ。何かあるたびに宴会。特に今回は2人も新しく入ったし、作戦も成功したからね。
『今すぐ厨房にこい!飯ができた!』
「了解よ。手の空いてる者は厨房行って!」
鈴谷や榛名がぱたぱたと食堂を出て、隣の厨房へ走っていった。
「基地内無線こんなことに使っていいの…?」
「基地司令サマがこの宴会の企画者よ。だめだったとしても握りつぶすわよ」
「職権乱用でち……」
「誰も被害受けてないからいいでしょ」
咎める声を涼しい顔でスルーした。それくらいスルーできなくてあいつの秘書艦は務まらない。
机に魚の塩焼きや刺身やらなんやらが並べられ、飲み物が次々と運び込まれていく。ビュッフェ形式で、好きな物を好きな量食べるのがここの宴会である。
食堂のドアを開けてあいつが入ってきた。手には既に飲み物が握られている。
「あー、全員飲み物は行き渡ったか?あんま長くやるとブーイング飛んできそうだから手短にいくぜ」
待ってましたとばかりに目線が壇上に立つ司令官に向かう。
「陸奥とゴーヤが新しくうちに入ります!これからもよろしく!今回の件、みんなよく頑張ってくれた!それと俺が中佐になりました!以上、かんぱい!」
「「「かんぱい!」」」
一斉にグラスを掲げて唱和した。
って少ぉーし待ちなさい。
「ちょっと!いつの間に出世したのよ!聞いてないわよ、私は!」
「ついさっきだ!マサキのやつが教えてくれた」
はっはっはー!と笑う。まあ別に喜ばしいことではあるんだけどね。
「とにかく、飲め!騒げ!食らえ!」
宴会はまだ始まったばかりだ。
皿に適当に刺身を盛って日本酒を片手にぶらつく。
この魚はイムヤの獲ってきたものだ。さっき言っていた特別任務とは宴会の食材調達だ。ちょこっと艤装つけて潜って、網で魚とか貝とか獲ってくるだけのお仕事だが、イムヤは喜んでやってくれる。
一応上に目をつけられないために練習航海とかの適当な名目は付けてあるけどな。
おっと、話したかったやつらがいた。
「おっす。陸奥、ゴーヤ、楽しんでくれてるか?」
「ええ、こんな素敵な会を開いてもらって本当に嬉しいわ」
「ふぉんとうにふぁりかほうでひ」
「……ゴーヤ、とりあえずその口に詰め込んだもん飲み込め」
ゴーヤがムグムグと口を動かしぷっくりと膨らんだ頬袋が元に戻った。
「ぷはあ。美味しいでち」
「そいつはよかったよ。腕を振るった甲斐があったもんだ」
「これ全部作ったのもしかして提督、あなたなの?」
陸奥が驚きながらしげしげと自分の皿の上に乗った料理を見る。
「おう、まあな」
「この鯛のなますも?」
「いえす」
「この小アジの南蛮漬けも?」
「おふこーす」
「………」
日本酒を煽りながら刺身を一口。うまいもん食いながら酒を飲むなんて最高の贅沢だと思うんだ、俺は。
「今日は俺の気分的に和食なんだ」
「なんていうか…提督は一体……」
「陸奥さん、気にしたら負けでち」
もぐもぐと混ぜご飯をゴーヤが咀嚼しながら陸奥に告げた。
実際陸奥もうまかったのか煮付けを摘んでいる。
「”おもしろき ことのなき世を おもしろく”ってな」
個人的に気に入っている句を口ずさむ。
陸奥が飲み物を飲みながらピクリと反応した。
「高杉晋作ね。司令官から急に革命家にでもなりたくなったの?」
「そうじゃなくて、お前たちの世界は面白くなりそうか?」
「……ええ、漠然とそんな感じはするわ」
「今は最高に楽しいよ?」
「なら俺の革命ってやつは成功だよ」
「カッコつけなの?」
「うるせー!」
くいっと日本酒を呑み、ぼんやりと辺りを見渡す。
酔った瑞鶴が歌い始め、榛名がくすくすと笑う。それを見た加賀が呆れたようにため息をつき、鈴谷やイムヤが囃し立てる。明石と夕張が飲み比べをし、北上がそれをジャッジする。矢矧と天津風が料理をパクつき、叢雲が一人のんびりと手酌で呑む。
自由で楽しくてそして温かい。
「ここが俺の居場所で俺の家族だよ」
「そう、すこし気になってたのだけど」
矢矧があらかた食べて満足したのか俺の言葉に反応して寄ってきた。
「家族って随分大袈裟な物言いよね。あ、別に嫌なわけじゃないわよ」
「提督はイムヤたちのこと大好きにゃのよ〜」
「イムヤ、飲みすぎ。俺にしなだれ掛かるな。しかもスク水で。犯罪臭がヤベエ」
ふにゃふにゃしたイムヤが背中に抱きついてくる。やめろ、なんか色々まずい絵になってるから。ていうかなんで着替えてねえんだこいつ。
結構声が出てたのか気づくとぞろぞろとみんなが集まって来ている。今の話題に興味津々の様子だ。
ところで叢雲、俺を犯罪者をみる目つきで見るな。冤罪だ。
「でも提督にはご両親もいるでしょう?」
加賀が立ち続けるのは疲れるのか正座しながら聞いてくる。
「あれ?俺って親がいないって言わなかったっけ?」
ついー、と叢雲に視線をやると蔑んだ目つきをようやくやめてくれる。
「知らないわ。初耳よ?」
叢雲も知らないってことはマジで言ってねぇか。ま、別に隠すほどのものでもないし話してもいっか。
「もしかして深海棲艦に……」
「違う違う。母親は生まれてからすぐに病死して、父親は6歳くらいだっけか、そのくらいの時に事故死だ」
「「「………」」」
「もう20年近く前の話だ。そんな気にしちゃいねえよ。だから静かになるなよ。お前らが聞いたんだろ」
せっかくの宴会でしんみりしてんじゃねえよ。まあ俺の昔話がきっかけなんだが。
「それにさっき言ったみたいにお前らのことは家族みたいなもんだと勝手に思ってる。だから────」
「「「かかれーー!」」」
「ちょ!まっ──」
鈴谷と天津風とイムヤに飛びかかられ、もみくちゃにされ、ふにふにと柔らかい感触がいたるところに触れる。
「やめっ!苦しっ!やめろ!おい、聞いてんのか!」
「あははは!家族に命令なんて出来ないよーだ!」
鈴谷の小生意気な声が聞こえる。完全におもちゃ扱いされ遊ばれているがどこか温かみを感じる。
「提督しゃんくらえー!」
「待て、瑞鶴!酒瓶振り回しながら近づくな!割とマジで危ない!」
酔っぱらった瑞鶴を加賀が手刀で黙らせ、俺はのしかかる鈴谷を転倒させ、イムヤをゴーヤへ軽く投げとばし、天津風を転がらせる。
喧しく騒ぐ夜が更けていく。
遡ることすこし前。
「なあ、翔鶴。久しぶりに会えた瑞鶴ちゃんはどうだった?」
「元気そうでよかったです」
横須賀へ向かう車の中で将生と翔鶴が寛ぎながら揺られていた。
中将の乗る車はさすがというか、柔らかなソファがあり、ミニバーまで付いているリムジンだった。
「あそこの基地、どう思ったよ?」
「とても仲がいいと思いました。問題を起こした艦娘が複数いる基地だなんて誰も思わないくらいに」
「だよな。そこらへんはシュンの腕というか人望というかそういうのなんだろうけどな」
あそこには全員でないとはいえ、問題を起こして各部隊を転々としていた者が数名いるのだ。それでも気にならないレベルできちんと回っているのはいいことだ。
「ま、シュン自体も問題児だからな。気持ちもわかるんだろ」
「それに失礼な言い方ですけど、あんまり卒業した時の成績良くありませんでしたよね、中佐は」
確かにトップではなかった。中の下、といったところか。
「あいつはだいぶ手を抜いてたからな。本気出せば主席くらい余裕で取れただろうに」
「でしたね。あの実力があってその成績だからおかしいとは思いましたけど」
くすくすと翔鶴が口に手を当てて、笑う。
「心配いりませんよ。中佐は強い方です」
「そうだな。それに不備のある仕事は俺が隠蔽してやってるしな」
翔鶴と一緒に朗らかに笑いながらミニバーからミネラルウォーターを取り出し、グラスに注いだ。
彼には懸念していることがあった。
これは深海棲艦と人類との生き残りをかけた戦争だ。だれも死なさないなどということは、この地位になったからこそ余計に思ってしまうが無理だ。それぐらいの規模の戦争なのだ。そして峻はその無理を通そうとしている。
もし。
もしも仮に誰か一人でも沈んだら。
たぶんあいつは壊れる。
嫌な予感を振り払うように注いだミネラルウォーターを一気に飲み干した。
新キャラ登場!
横須賀鎮守府のトップの東雲将生さんです。
そして名前だけ出てきた人もいましたね。
さりげなく帆波の過去が明かされたりと、いろんな要素いっぱいの話でした。