ついに大詰めです。
第1章的なやつが。
それでは参りましょう!
なぜだ?矢田には自分の基地に攻め込ませるほどのことをするメリットはない。 なら誰が?
ドォンと砲撃音がとどろく。今度はさっきまでいた船着場が吹き飛び船の残骸が宙を舞う。
「危なかった……」
「ちょっと提督!あなたこれも予想してたとか言わないでしょうね⁉︎」
「残念だが矢矧、これは完全に想定外の想定外だ!」
埠頭を5人が走り、1人が引きずられる。
まただ。完全に基地を破壊するつもりで攻撃してきている。執務室に駆け込み、矢田の手を後ろで縛り転がしておく。爆発音が聞こえた。またどこか吹っ飛んだのだろう。
「嫌だ……。嫌でち。いやだいやだいやだ」
「落ち着け、ゴーヤ!」
まずい。まだPTSDから完全に立ち直れていない。
「イムヤ!ゴーヤを!」
「わかったわ!」
イムヤがゴーヤの側に駆け寄り宥めにかかる。
考えろ。なにが目的だ。矢田はなにを狙ってここを襲わせてる?ぐるぐると様々な思考が頭の中を巡り、ありえないものを切り捨てていく。
ああ、そうか。
これは矢田の指示じゃない。
深海棲艦の口封じだ。深海棲艦の情報を握ってる矢田を野放しにするつもりはないのだろう。あれはあくまで取引であって矢田の一方的な関係ではないならありえる。矢田は出世のために他の艦隊が潰されて欲しく、深海棲艦は楽に撃破ができる。
だが叢雲たちに侵攻艦隊が撃破されて撤退した時点で関係は終了したと見なされて即刻攻撃にきたのだろう。
ただこのまま黙ってやられてるわけにもいかない。
「陸奥、出てくれるか?」
強制力は決してない。彼女は自分の指揮下にいる人間ではないから。現状出られる艦娘は彼女ぐらいしかいない。ここの基地の他の艦娘は眠っていて出られないだろう。だから頼むしかない。
「……あなたは私を出してどうするの?」
「でき得る限り時間を稼ぐ。ここの基地の人間を全員避難させるくらいはほしい。基地は最悪放棄する」
「それで私が沈んだとしても?」
空気が凍った。陸奥はこう暗に告げている。
”あなたも私を使い潰す気?”
けれどその問いに対する答えは簡単だ。
「沈ませねえよ」
「えっ……?」
「ていうか沈まれると困るんだよ。職員などの避難の時間を稼ぎたいのに沈まれたらダメだろ」
「…………」
「それに麻酔煙幕で眠ったままの艦娘たちも安全な場所まで運ばなきゃならねえ。だから頼む」
陸奥に向かって峻が頭を下げた。ただ真っ直ぐに頭を下げ続けた。
「……承ったわ。あなたの指揮下で出撃する」
「ありがとう、陸奥。あと基地のパス知ってるか?」
「ええ。そこの机の引き出しの中にあるメモよ。私は格納庫にいくから」
執務室のドアを開けて陸奥が出て行った。
「最悪だな、俺は」
「どういうことよ?」
ドアが閉まり、陸奥がいなくなったことを確認してからポツリと自嘲的に呟く峻に矢矧が問いかけた。
「陸奥の仲間を思う気持ちを利用して戦場へ向かわせたんだよ、俺は。なにが避難させたいからだよ、まったく」
「提督は戦う理由を陸奥に与えただけよ。でも結局は理由があっても戦うかどうか決めるのは本人次第なのよ」
「そうかねえ」
「ええ。だから今私も戦いたいのよ。なんとかできない?」
矢矧は自分の艤装を館山に置いてきてしまっている。イムヤも同じだが、仮にあったとしてもゴーヤの側から離せないから出せないが。
「艤装がないのに出すのはキツイな」
「そう……やっぱりそうよね…」
いや、待て。もしかしたらいけるかもしれない。
「矢矧、やっぱりさっきの撤回。格納庫へ向かってくれ」
「でも艤装はないのよ?」
「なんとかなるかもしれん。少し厳しいがやってみる」
矢矧に近づき耳打ちするとだんだんと驚いた表情に矢矧が変わり、そして顔が引き締まる。
「わかったわ。やってみましょう」
「ああ、頼んだ。イムヤ、ゴーヤを連れて避難しろ。ついでに周りの人間に艦娘たち運んでもらってくれ。言うこと聞かんなら俺の少佐権限を使ってくれて構わん」
自分も指揮を執りつつやらなければならないことが出てきた。矢田は……面倒くさいからこのまま転がしとくか。
「さて、もう一踏ん張りだ。行くぞ!」
格納庫に駆け込み、もどかしい気持ちで生体認証を待ち、急いで艤装を装着する。
『陸奥、俺だ。悪いな、こんなことさせちまって』
「私はあの子たちを守りたい。だからいいのよ」
正直完全には信用しきれていない。
もちろん死んでしまったと思っていたゴーヤを助けて保護してくれていたことには感謝してる。
それでもどこか信じきれない。自分を殺さなかった時の言葉が本当のものか疑ってしまう。信じたいと思っているのに、脳裏に矢田の顔がちらつきそれを邪魔する。
「戦艦陸奥、出撃するわ!」
頭を振って余計な考えを追い出し海へ飛び出した。
基地はすでに結構な数の砲弾をあびてコンクリートが大きく抉れ幾つかの建物が炎上したり、吹き飛んだりしている。
『陸奥、敵の勢力を教えてくれ!』
「了解。戦艦2、重巡2、軽巡2よ」
『了解だ。回避行動開始。合間を縫って砲撃だ。あくまで今回の目的は時間稼ぎだ。相手を無理に沈める必要はない。とにかく生き残れ』
「了解よ」
主砲の狙いをつけてぶっ放す。当たりはしないものの重巡クラスの側と戦艦クラスの側に大きな水柱があがった。
すると今度は自分の後ろに着弾。深海棲艦の狙いがこちらに向いた。
『第二主砲の操作もらうぞ』
第二主砲が自分の意思とは関係なく動き、接近しようとした重巡の目の前に着弾し、後ろに下がっていく。
陸奥が飛んでくる砲弾をなんとか避けようとするが低速艦のため避けきれず完全に無傷とはいかない。
軽巡程度の弾ならなんともないけど戦艦クラスや重巡だとさすがにノーダメージとはいかない。
ガシュっと命中した区画がダメージコントロールにより切り離される。
「全砲門、開け!」
敵の砲撃が止んだ一瞬をついて斉射。大量の砲撃が敵に降り注ぐ。
『敵の軽巡一隻の反応消失。重巡が小破。なんとかこのまま持ってくれよ』
祈るような声が通信で聞こえる。接近しようとした残り一隻の軽巡が副砲と機銃の掃射に牽制されて引き下がっていく。
この人は艤装への介入をちょくちょくする人なのね。しかもアシストがうまい。いくら戦艦といえど、魚雷の直撃はただではすまない。だから相手は接近して確実に魚雷を当てたいし、こちらは何としても近づけたくない。
そして破れかぶれだろうか。軽巡が引き下がりながら魚雷を撃ってきていた。
「このッ!」
水面に向けて副砲を撃ち、魚雷を防ごうとしたところで他からの砲弾が接近する魚雷に当たり爆発した。
「軽巡矢矧、遅れながらも到着よ!」
矢矧が主砲を構えながら陸奥の隣に並んだ。
待って。矢矧がなんでここにいられるの?
「あなたは艤装がないはずでしょう!」
確かに矢矧の艤装は館山に置いてきてしまっている。でも。
「私の艤装はなくても阿賀野姉の艤装はあるのよ。そして私たちは同型艦よ」
陸奥が絶句した。
まさか艤装を同型艦だからと言って使いまわしたの?個人個人で設定されている駆動式プログラムのズレがあって普通ならまともに使用なんてできないはずよ。
『陸奥、苦しいのは変わらんがとにかく2人目だ。残念だがこれ以上はもう出せるやつはいないけどな』
「なんで矢矧が阿賀野の艤装を使用できるのよ?」
『お前が時間稼いでくれてる間に駆動式プログラム弄って明石に転送してもらった矢矧のものに変えた。基地のパスは戦術コンピュータに接続するために必要だったんだが、こんなとこでもロック解除に使えたな』
私のアシストをしながらこの短時間で駆動式プログラムを書き換えたというの、この人は。ありえない。でも現に矢矧は私の隣で砲撃をしている。
『まあ、付け焼き刃なことは否めないけどな。同型艦の艤装とはいえ細部が異なるからそこで多少影響出ちまうし。ないよりマシってやつだ』
「アシストしながらプログラムの書き換えも同時にやってたっていうの?」
『まあな。司令官兼技術士官を舐めんなよ』
おどけた声で言っているが、2つのことを同時に処理するというのはどれだけ大変なことなのだろうか。しかも両方ともわずかなズレも許されない緻密さが要求されるものだ。
もし砲撃が少しでもズレたら自分は深海棲艦の攻撃をまともにくらっていたかもしれないし、もし駆動式プログラムが少しでもズレていたら矢矧は今隣で直立姿勢すらとれないだろう。
『悪いがまだがんばってくれ。重要物資の運び出しと避難はもう少し時間がかかる』
「了解よ。なんとかしてみせるわ」
『助かるぜ、矢矧。なんとか持ち堪えてくれ』
指揮を執りながらも峻はあちこちを奔走していた。目の前に浮かぶホロウィンドウで戦況を確認しながら各所へ向かう。
まずは無事な資材倉庫からの資材の搬出の指示出し。
次に格納庫での艤装の持ち出しとその他の装備類と重要機材の搬出指示。
それらをするたびにまた各所へ通信を送り、輸送車の手配をする。
かと思えば避難勧告を出し、眠った阿賀野たちを運び出していた。
そして指示を出しなら陸奥と矢矧の指揮を執っていた。
くそったれ。手が回りきらねぇ。
現状は2隻でギリギリ抑え込んで基地への砲撃を防いでいるが崩れるのは時間の問題だ。阿賀野たちを叩き起こしても麻酔を吸った直後に出すのはあまり得策じゃあねえ。
矢矧の艤装に介入し、副砲を撃ち、重巡に手傷を負わせる。陸奥の機銃に介入して迫りくる魚雷を爆破処理し、次を撃とうとする軽巡に牽制をかける。
やはり矢矧の動きがあまりよくない。
無理やり阿賀野の艤装を動かしているから当たり前といえば当たり前だが。
陸奥も着実にダメージを蓄積してしまっている。
「陸奥!チャーリー、距離650、戦艦クラスだ。撃てぇ!」
ホロウィンドウが戦艦に命中し、最低でも中破のダメージを与えたことを示した。
さすが当時ビックセブンと言われただけはある火力だ。
『提督、ごめんなさい。もうかなり限界よ。私も陸奥も中破レベルのダメージがきてる』
陸奥は主砲が2つなくなり、機銃と副砲もほぼなくなっている。矢矧も矢矧で航行速度が低下してしまっている。
ここらが引き際だな。
「了解。2人とも引け。よくやってくれた。基地は放棄する」
『待って!海上に新たな複数の反応あり!これは……空母ヲ級2隻を含む機動部隊よ!』
陸奥の慌てた声を聞き、瞬間思考が止まりかけた。
空母だと?やつらもしかしてここら一帯を更地にするつもりか!そこまでして矢田を消しに来るのか。
だとしたら避難勧告を出す範囲を広げなくてはいけない。もともと沿岸部には一般人はほとんどいないが軍関係の業者ならそれなりにいる。
『これで引くことは出来なくなったわね』
「……だな」
『安心して、少佐。出ると決めた時から覚悟は決めてるわ』
『私もよ、提督。阿賀野姉の艤装を借りるなんて無茶してるわけだから仕方ないといえば仕方ないし』
ヲ級から艦載機が次々と大空に向かって飛び立っていく。ははっ。万事休す、だな。
「でもな、お前たちを沈める気なんざさらさらねえぞ。なんとしても乗り切ってやる!」
『はっ!それくらいやってもらわなきゃこっちが困るわ』
深海棲艦の艦載機が撃ち落とされた。乱れた編成に零戦が突っ込み、鉛弾により穴を穿たれ落ちていく。
あの艦載機は。
見覚えどころではない。自分が調整し、自分がメンテナンスしている艦載機を忘れるわけがない。
この声は。
知らないわけがない。なぜなら──
『帆波隊旗艦叢雲、及び随伴艦、現着よ!』
自分がいつも一緒にふざけた言い合いをしている秘書艦だからだ。
すごい。
その一言しか陸奥には出なかった。
帆波隊が全員ついた瞬間、戦況は一気にひっくり返ってしまったのだ。
放たれた深海棲艦の艦載機の群れを加賀と瑞鶴の操る零戦が食い破り。
接近を試みた軽巡が叢雲の刀に斬り裂かれ。
それらの隙をついて砲撃しようとした戦艦が榛名の砲撃に見舞われ、北上の魚雷に晒される。
回り込もうとすれば鈴谷、天津風、夕張の3隻が進路を塞ぐ。
放たれた敵の魚雷は峻がそれぞれの艤装とリンクし爆破させられる。
下がっても空母の爆撃と戦艦の砲撃にやられ、かといって進めば刀の錆になるか魚雷の餌食になる。
出した艦載機は瞬く間に落とされ、撃ち出した魚雷はすべて爆破され、はさみ打ちにしようとしても回りこませてはくれない。
圧倒的だった。誰かの生まれた隙を他の誰かがカバーし、カバーする事によって生まれてしまう隙をまた他の誰かがカバーする。
見事な連携としか言いようがない。この前の演習は全く本気でなかったのか。
『陸奥、矢矧。2人とも今のうちに引け。入渠施設は吹っ飛んじまったが軽い応急手当くらいなら俺でもできる』
峻の言葉に唖然としていた陸奥が我を取り戻した。
「了解。今すぐに戻るわ」
行きましょうと矢矧とともに基地にできる限りのスピードを出して戻る。矢矧が周囲を見渡していると海上に走る物を見つけた。
「提督!モーターボートが船着場から出てってるわ!」
『なに⁉︎矢矧、誰が乗ってるか見えるか?』
「ちょっと待って。拡大してみる。あれは……矢田大佐⁈なんであんなところに?」
『あいつは手を縛って執務室に転がしといたはずなんだが……まさか切って逃げ出したのか?』
モーターボートくらいなら船着場を直撃した砲弾の被害を偶然受けなかったのかもしれない。
『アホか!深海棲艦は矢田を消しに来てるのにわざわざ自分からノコノコと出てってどうする?死ぬぞ!』
「はぁっはぁっはぁっ」
矢田は海上をモーターボートで進んでいた。深海棲艦の方に。
帆波峻とか言ったな、あの若造が。よくも私をここまで辱めおって。絶対に許さん!
だが今は復讐は出来ない。だから深海棲艦と手を組む!深海棲艦の指揮を私が執り、世界の王になる!
フヒッと変な息が口から漏れる。
見ていろよ。必ず復讐してやる。泣いて許しを請ってもボロボロになるまで痛めつけて殺してやる。伊58も陸奥もあの生意気な軽巡も若造の艦隊もすべてだ!
『おい、矢田!死にてえのか!今すぐ戻れ!』
「黙れ!私は深海棲艦の王になるのだ!」
『アホ!深海棲艦はてめえを狙って来てるんだぞ!』
「騙そうとしてもムダだ!あれは私を迎えるセレモニーなのだよ!」
『とうとう頭までイカれたか!お前は──』
ガンと通信機を殴り叩き割った。うるさい。この男は私が深海棲艦の王になることを恐れているのだ。復讐されるのが怖いからあのような嘘をつくのだ。
モーターボートのスピードを上げて深海棲艦の目の前に躍り出た。
「さあ、早く私を助けろ!私を連れて貴様らの基地へ連れて行け!早く!」
突如目の前に現れたモーターボートへゆっくりとタ級が振り向く。
早く。早くしろ!早く!
何かわからない言語をタ級が呟き通信らしきものが切れた。
まだか。まだなのか!
そしてタ級の砲塔が真っ直ぐこちらに向けられた。
「な……何を……?何をするつも──」
続きの言葉は出なかった。
目の前が閃光に染まり爆音が鳴り響く。
矢田の体はモーターボートごと吹き飛んだ。
ずいぶんと後味悪いですが今回はここまでです。
追い詰められた人間の狂う様がうまくかけていることを祈ります。
ご要望などありましたら教えていただけると幸いです。
それではまた。