艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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第一章 帆波隊出撃編
提督は着任してました


 千葉県房総半島南端館山市。

 そこには駐屯地を改築した日本海軍の館山基地があった。

 

 温かな陽射しが窓から差し込み執務室にいる1人の小柄な男を照らしだし、影になっていた顔が光を浴びる。彼が少佐であることをしめす肩章のついた軍服を椅子に掛け、カッターシャツの第2ボタンまで開けたラフな姿で、4本足の椅子を2本足でギッコギッコと揺らしながら新聞紙を読んでいる。

 

 彼の名前は帆波(ほなみ)(しゅん)。ここ、館山基地の基地司令であり、館山基地所属艦隊の司令官でもある。

 ぎしっ、ぎしっと椅子の軋む音にコンコンと執務室のドアがノックされる音が混ざった。

 

「ん、どうぞー」

 

「入るわよ」

 

 ガチャリとドアを開け、執務室に一人の少女が入ってくる。

 青みがかった銀髪に燃えるような赤に近いオレンジの瞳。控えめにいっても美人な彼女だが厳密には人ではない。

 吹雪型駆逐艦”叢雲”。そう、彼女は艦娘である。

 

「また仕事サボってるの。大概にしなさいよ」

 

「優秀な秘書艦どのがやってくれないかなーと思いまして」

 

 新聞紙から顔をあげると黒の短髪と明るい茶色の瞳に悪戯っぽい笑いを浮かべた表情が叢雲の目に入った。

 

「バカ言ってないでさっさとやって頂戴」

 

 やれやれと言わんばかりにため息を溢し、叢雲が秘書艦用の椅子に座る。毎度のことだとはいえ、いい加減にしろと思わなくもない。

 

「で、なんか面白いニュースはあった?」

 

 ギシギシ揺らしていた椅子をもとに戻し、ようやくペンを手に取り書類と格闘を始めた峻を目の端に監視をすることを忘れない。働けと言っておいて、話を振るのはよくないかもしれない。だが、なにか話していないと眠くなってしまいそうなくらい陽気すぎる天気なのだ。

 

「面白くはねぇなあ。欧州で北海油田に深海棲艦が侵攻。辛くも撃退するも大損害とか、アメリカが第4次ハワイ侵攻艦隊を派遣するも道中でヤツらの攻撃を受けてまた撤退したとか、日本軍がウェーク島の深海棲艦に攻撃を仕掛けるものの固定砲台にやられて撤退とかそんなんばっかだ」

 

 カリカリとペンを動かす手は止めずに峻がさっきまで読んでいた新聞の一面の内容をつまらなさそうにざっと告げていく。

 

「深海棲艦ネタ以外はどうかしら」

 

「国際テロ組織が鎮静化したのは深海棲艦のおかげだとのたまう社説とか?」

 

「却下。もっと明るいヤツで」

 

 峻がすっと肩を竦める。今時に明るいニュースなんてそうそう転がっているものかと思いつつ、流し読みしていたページをめくる。

 

「明るい、ねぇ。動物園で象が子供産んだってぐらいしかなかったかな」

 

「果てしなくどうでもいいわね」

 

 叢雲にバッサリと一刀両断にされ、ぐはっと芝居っ気たっぷりに机に峻が突っ伏す。だがそれくらいしか見つからなかったのだ。あとはせいぜい、いつもの5分クッキングコーナーくらいのものだったのだ。

 

「ま、とにかく海上交通路(シーレーン)が完全に戻らねぇ限り明るいニュースなんてそうそう出やしねぇよ」

 

 突っ伏した姿勢からすくっと上体を起こし峻が背中を反らせて伸びをする。ぐぐっと、反った背骨が鳴った。深海棲艦が海に跳梁跋扈するこのご時世に、先行きの明るいニュースなどそうそう起きはしないのだ。

 

「はい、そこ。手を止めない」

 

「目敏めざといな、ちくしょう」

 

「こっちもそれなりにあんたのお守りやってんのよ」

 

 面白くなさそうに、だがしっかりと釘をさすことは忘れない叢雲。相変わらずその手は止めていない。対照的にさりげなくサボろうとしていた企みを看破され悔しそうな峻はまた仕方なくペンを手に取った。カリカリと紙にペンを走らせる音が再び部屋を支配する。厳格な秘書艦どのは簡単にサボりを許してくれない。

 ふわ、と峻があくびを咬み殺す。叢雲の視線が鋭くなったので、また睨まれる前に峻はペンを走らせたほうが良さそうだ。

 

 と、次の瞬間基地の警報が激しくなり始めた。

 

「叢雲、スクランブル発動。第2種戦闘配備だ。急げ!」

 

 さっきまでのダラけた態度とは打って変わり、峻が機敏に指示を出しはじめる。スクランブル。つまり敵襲だ。だらけている暇などない。

 

「了解」

 

 それだけ言うとパタパタと足音を立てて叢雲が走り去っていった。それ以上の問答は不要だった。続けてもただ無為に時間を食っていくだけ。それはただの無駄というものだろう。

 

「さて、敵はどのくらいかな」

 

 峻が執務室から司令室に駆け込みつつ首にヘッドホンのような形のデバイスを装着する。

 

 人間は脳からの電気信号を神経で伝達し、体の各部位を動かしている。

 この”コネクトデバイス”と呼ばれる装置は、神経が伝達する脳の電気信号を読み取ることができるのだ。

 これを使うことにより、人間は電子的に制御可能なものをすべて脳でのコントロールを可能にした。そのため用途は多岐にわたる。たとえば、遠方からの通信機として利用するなどだ。口をきかずとも脳からの発声命令の電気信号を、自動的に言語に変換しやりとりするので機密性も高い。また、五感の共有をすることで、映像なども周りの人間に見せることなく、しかも記憶に残っていれば閲覧することができるのもウリである。

通信を飛ばしてきたのは横須賀だった。ここ、館山基地は横須賀鎮守府の支部にあたる。

 

『館山基地、了解』

 

 通信が終わり、横須賀とのラインを切る。

 さて誰をだそうか、と峻が独りごちながら格納庫との連絡をとるために、再びコネクトデバイスから通信を飛ばした。

 

 

「聞こえるか、叢雲。報告を」

 

『クリアよ。艤装出力を30%で固定。セーフティを1番から5番まで解除。いつでもいけるわ。……ってあんたも見れるでしょう?』

 

「まあな。ただちゃんと確認した方がいいだろう」

 

 艤装にもコネクトデバイスと同様のものが内蔵されている。つまり出力だけに限らず、セーフティがかけられている状況などを離れた峻が閲覧することも可能だ。それに限らず、砲撃の管制や艤装装着者との視界、音声共有も可能なのだ。

 見えていないわけがないでしょ、という叢雲の言葉に峻は苦笑いを禁じえなかった。

 

「他も聞こえてるな? 深海棲艦の艦隊を迎撃するのはうちになった」

 

『詳細を』

 

 凛とした声で通信機越しにハンガーから女性が峻に問いかけた。この声は加賀だ。迎撃、ということは本土に近いところまで深海棲艦が接近しているということだが、さすがの貫禄というべきか冷静だ。

 

「接近してきているのは軽巡クラス2、駆逐クラス4だ。はぐれだとは思うが偵察の可能性もある。早期に叩いとく方がいい」

 

『なるほど』

 

『編成を教えてちょうだい。あんたは誰を出すつもりなの?』

 

 確認された敵艦隊は6。十分に館山にいる戦力で対応できる数と戦力だった。

 峻は頭の中で館山に所属する艦娘すべてをリストアップしていく。駆逐艦に吹雪型の叢雲と陽炎型の天津風。軽巡に夕張と矢矧。航巡に鈴谷、雷巡に北上。そして空母に加賀と瑞鶴。そして戦艦の榛名と潜水艦の伊168がいる。

 いくらなんでも戦艦や空母を出すほどではないだろう。潜水艦は相手が対潜攻撃のできる艦種の深海棲艦がいる以上は得策とはいえない。

 

「叢雲、旗艦を頼む。以下は夕張と矢矧、天津風……あとは鈴谷だな。他は待機だ」

 

『提督さん、私の出番はー?』

 

「駄々をこねるなよ、瑞鶴。だから待機なんだ」

 

 声のみだが、瑞鶴が口を尖らせている様子がありありと想像されて峻は口元に笑みが浮かべた。だが瑞鶴の望みに答えることはできそうになかった。

 万が一、背後に協力な深海棲艦が待機していないとは限らない。その時に備えて他の艦娘がいつでも出られるようにと考えた上で待機判断だ。

 

「いけるか、叢雲」

 

『どのみちやるしかないでしょ。まだそこまで接近してないけど放置するわけにもいかないんだから』

 

「いいか、はぐれと油断はするなよ。バックにやばいのがいないとも限らないんだからな」

 

 もし控えていたとしても、誰一人として沈ませるようなことは絶対にさせないが。

 


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