艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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四つ目と五つ目の封筒の中身が明らかになりました。
タイトルからわかるように次は一つ目の封筒です。

それでまいりましょう。



一つ目は

「ふ、ふふふふふ」

 

不気味に矢田大佐が笑う。

 

「そうだよ、確かに私は深海棲艦に情報を渡して襲わせた」

 

「なんでよ!なんでそんなことを!」

 

「口を慎め、軽巡風情が!」

 

「なんですって!この────」

 

「矢矧!」

 

峻が一喝すると矢矧が大人しく引き下がる。頼むからまだ大人しくしててくれ。

 

「なんで、か。そんなもの理由は1つだ」

 

出世だよ。と矢田大佐が顔に笑いを浮かべながら言った。

 

「他が消えれば自然と出世はしやすくなる。だから襲わせた」

 

大方そんな理由だろうとは思っていたが聞いてみると想像以上に胸糞悪いものだな。

たださっさと投降して拘束させてくれるわけではなさそうだ。

 

 

「さて、帆波少佐。君は私をどうするつもりかな?」

 

「拘束して本部に引き渡すつもりです」

 

「そうか。困ったな。私は捕まるわけにはいかんのだ。黙っておいてはくれんかね?金ならいくらでも積もう」

 

「お断りします。私はそのようなものを求めているわけではないので」

 

「そうかね。黙っておいてはくれない、と」

 

「端的にいえばそうなります」

 

話は決裂した。俺は金はいらないし、他の何をされてもこの事態を報告するのを黙っている気はない。一方矢田は何を積んでもいいから黙っていてほしい。

話は平行線だ。もともと交わる可能性など皆無なのだから。

 

 

「……少佐、ある仮定の話を聞く気はないかね?」

 

「仮定、ですか」

 

用心深く答える。

矢田が口角をあげてニヤリと笑う。

 

「例えば、たった今少佐の基地に深海棲艦が攻め込んで基地が壊滅したとしたら?もし君がここに来ずに基地と運命を共にしたら?そういう仮定は面白くないかね?」

 

「…………」

 

「それって……まさか!」

 

「そこの軽巡は気づいたようだが?まああくまでも仮定だよ、少佐」

 

矢田が邪悪に笑った。そしてタイミングよく、矢田に通信がきた。

 

「ふむ、ほうほう。そうかね。ご苦労」

 

首のデバイスのスイッチを切り、にんまりとこちらを見てきた。

 

「たった今きた情報だ。深海棲艦の侵攻艦隊が接近しているそうだ。目標は館山基地と推測されている。いやはや残念だ」

 

演技くさく矢田が額に手を当てて残念がる。

 

 

峻は無表情で胸ポケットから手帳を取り出して何かを書きつけるとそのページを破り二つ折りにした後に、後ろに控えている矢矧に手渡した。

 

「矢田大佐、一言電文を送らせていただきたいのですがよろしいですか?」

 

「最後の言葉くらいは残させてやろうか。好きにしたまえ」

 

確認をとると矢矧の方を見て矢矧の肩に手を乗せた。

 

「矢矧、今渡したメモに書いてある内容を一言一句違わず館山に送ってくれ」

 

「提督!あなたは……」

 

「矢矧。いいから行け。大丈夫だ」

 

何か言おうとする矢矧を遮って穏やかな顔で送り出す。何か言いたげな顔をしながら矢矧が執務室から出て行った。

 

「指揮はとらせんよ」

 

もはやこの男は隠す気もない。指揮が執れないか。構うものか。

 

「お話をしながら指揮を執るような失礼をするつもりはありませんよ」

 

「そうかね。ご立派な志だ」

 

そう言って矢田はせせら笑った。

 

「命乞い、というわけではありませんがせめて彼女たちの戦いが終わるまでここにいさせてもらいたいのですが」

 

「その程度の時間はやろう。私は情け深いのでね」

 

どの口がそんなことを言えるのか。矢田は基地を潰して証拠のコピーを抹消し、かつ峻と矢矧も殺すことで完全な口封じを図っているのに、だ。

 

 

「陸奥、お茶を入れてもらってもいいか?」

 

「え、ええ。わかりました」

 

さっきまで空気だった陸奥にお茶を入れてもらうように頼む。陸奥は唐突に話しかけられて戸惑いを隠せていない。お茶が入るのを待つ間に来客用のソファにふわっと腰掛けた。

 

「最後の晩餐ならぬ最後の茶か。せいぜい楽しみたまえ」

 

「なにを勘違いなさっているか、私には分かりかねますが」

 

「……どういうことだね?」

 

「茶を頼んだのは喉が渇いたからですよ。そもそも私に死ぬ気はありません」

 

「……」

 

眉をひそめて怪訝そうな表情を矢田が浮かべた。

 

「あいつらは勝ちますから」

 

さらりと峻が言った。目の前に湯呑みがコトリと置かれると陸奥に微笑みかけながら礼を述べた。

 

「ふふ、はははは!少佐、侵攻艦隊の規模を知っているかね?戦艦と空母を複数含んだ艦隊だ!貴様ら如きの数で勝つことなどできない!不可能だ!」

 

「そうですかね。なら言わせてもらいますが」

 

峻はこれまでの丁寧な仮面を剥ぎ取り、どすの利いた低い声を出した。

 

 

「あまり俺の仲間を舐めるなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「阿賀野姉、ありがとう。助かったわ」

 

「ううん。大したことじゃないよ」

 

矢矧は電文を頼まれたあとどこに送信機があるのかわからず困っていたところを姉である阿賀野に案内してもらいなんとか送信機のある部屋まで来れた。

 

(でも内容あれだけでいいのかしら?)

 

峻から渡されたメモにはたった4文字しか書かれていなかった。これから攻め込まれるのにそれだけで足りるのだろうか。

 

でもそれだけで足りると思ったからこれだけしか提督は書かなかったのよ、きっと。

そう思い直して文を入力して館山基地に送信した。

 

 

その背後に阿賀野が忍び寄る。

 

「ごめんね、矢矧」

 

阿賀野が隠し持っていたスタンガンが矢矧に振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基地に警報が鳴り響く。深海棲艦の侵攻艦隊がここ、館山に向かってきているからだ。

 

「叢雲ちゃん、矢矧ちゃんから緊急電文が来ました!」

 

執務室でいつもならあいつが座っているはずの椅子に座っていると榛名が駆け込んできた。

 

「内容は何?」

 

「えっと、ん?『天地崩落』です。どういう意図でしょうか、これは」

 

天地崩落。つまりそういうことね。

 

「榛名、出撃準備を。他の今出られる艦娘全員にも通達!急いで!」

 

「すみません。叢雲ちゃんにその権限はないのでは……」

 

「平時ならね。でも今ならある。艦娘運用条例、わかるわよね?」

 

艦娘運用条例。世界で定められた艦娘運用に関するルールである。

 

 

・艦娘は対深海棲艦用の兵器である。

・艦娘の個人の利益のための戦闘行為を禁ず。

・艦娘は司令官の命令を遵守すること。

・艦娘は人民を守護すること。

・艦娘は上記に反しない限り自らの保全を優先すること。

・艦娘は司令官が不在、または指揮能力喪失と判断される場合に限り旗艦が戦闘指揮を執る。

・艦娘は上官の許可が出た場合、自らの身を脅かす人間への発砲を許可する。

 

この7つの条項に基づき艦娘は世界で運用されている。

 

 

「現在あいつは館山に居ない。電文を送ってきたところをみると指揮も執れない」

 

「まさか!」

 

「私は帆波隊第一艦隊旗艦として現時点における帆波峻は指揮能力を喪失と判断する」

 

わずかな沈黙。榛名が顔を上げて覚悟の決まった目になる。

 

「わかりました。叢雲司令官、出撃準備に入ります!」

 

「もちろん私も出るわ。行くわよ!」

 

2人が廊下を走り、格納庫へ向かう。

他の艦娘たちも向かっているはずだ。

 

 

「叢雲ちゃん、あの電文の意図は何だったんですか?」

 

ふと思い出したように榛名が聞いてきた。

 

「ああ、あれ?榛名、杞憂って故事知ってる?」

 

「ええっと中国の杞の国の人たちが天地が崩れ落ちることを心配したっていうことからできた言葉ですよね」

 

「正解。そして天地が崩落した、つまり杞憂で済まなくなった。そういうことよ」

 

「少佐の杞憂、ですか」

 

 

昨日渡された封筒の中に書いてあったのだ。

”明日深海棲艦の侵攻艦隊がうちに襲撃してくる可能性がある。ないとは思いたいが警戒しておいてくれ”

と。

 

残念ながら予感は当たったみたいね。深海棲艦は来たわよ。

 

 

格納庫に入り、艤装を装着し、一斉に通信で全員に通達する。

 

「敵艦隊の規模は不明!でも結構な数揃えてきてるみたい。何としても基地を守り抜くわよ!」

 

『『『了解!』』』

 

 

日頃あいつとシュミレーターで戦っているから指揮官としてもそれなりにはやれるはず。

それにああ言われたら、ね。

 

 

叢雲に渡された封筒には2枚紙が入っていた。1枚目には侵攻艦隊の可能性について。そして最後の紙にはたった一言だけ書かれていた。

 

 

”任せた”

 

 

上等よ。やってやろうじゃないの。

 




徐々に話が進み始めるっ……
叢雲と帆波さんの信頼がうまくかけてるかどうか…


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