前回の封筒の残り2つの中身がついに明かされる!
そんな話です。個人的には話が一気に動き始めると思います。
早朝の6時。
峻は自室で軍服を着ていた。
しっかりとシャツのボタンを閉め、その他の装備を付ける。
支給されている外套を羽織り自室を出たところで呼び止められた。
「提督」
「矢矧か。なんだ、こんな朝っぱらから」
心中で舌打ちをする。できれば誰にも気づかれないうちにここを出たかった。
「珍しく早起きなのね」
「まあな。悪いが急いでるんでな。もう行くぜ」
「待って」
背を向け行こうとした峻に矢矧が制止をかけた。
「銚子に行くんでしょう?」
「……だとしたらどうする?」
「私も連れてって」
矢矧の唐突な頼みに眉をひそめる。
何も言わない峻に焦れたのか矢矧が語り始めた。
「この前の演習、阿賀野姉の様子がおかしかったの。どこか怯えてるっていうかそんな感じね。私は阿賀野姉のことは好きよ。だって姉妹だもの。だからなんとかしたい。そして提督、あなたは銚子基地に対して何かしようとしてる。違う?」
「……間違ってはいないな」
「何をしようとしてるかまではわからない。けどそれが阿賀野姉のためになるなら協力したいし、もし阿賀野姉が傷つくなら止めたい」
制服のスカートをぎゅっと握りしめながら真っ直ぐ見つめてきた。
「だから連れてって。お願いします!」
ばっ、と勢いよく頭を矢矧が下げた。
あの矢矧が頭を下げる、か。ここまでされたら連れていくしかなくなるだろうが。ただできれば置いていきたいんだがな。念のため一回突っ撥ねとくか。
「危ない目に合うかもしれねえぞ」
「それでもお願い!」
こりゃ梃子でも動かんな。
1人くらいいた方が何かと楽だろうと無理やり自分を納得させる。
「しゃあねえな。矢矧、じゃあ工廠でこのメモに書いてあるもん明石から受け取って来い。5分以内でな」
胸ポケットから手帳を取り出して書きつけるとそのページを引きちぎり矢矧に渡した。
ぱあっと矢矧の顔が明るくなる。
「ありがとう提督!すぐに戻ってくる!」
どうなっても知らねえからな、全くよ。
峻と矢矧が向かったのは矢矧の予想通り銚子基地だった。
早くに出たおかげでまだ昼前だ。
峻の一歩後ろを矢矧が歩く。
こういった秘書艦のような役はたいてい叢雲がやっているのであまり慣れない。
ただ今回はそんなことで駄々をこねている場合ではないのだ。
提督が何を考えて何をしようとしているか。その結果、阿賀野姉が傷つくようなことが起きないか見張りたい。
私情しかない理由をこの人は許可してくれた。ならこれ以上私情を挟むのは止めておきたかった。
コンコンと峻が銚子の執務室のドアをノックする。
「入りたまえ」
「失礼致します」
ドアを開けて提督を先に入れてから自分も入室し、大きな音を立てないように慎重にドアを閉めた。
執務室には矢田大佐と秘書艦の陸奥がいた。矢田大佐は執務机の椅子に座っており、陸奥はその横に立っていた。
「先日の演習についての報告書を持ってまいりました。こちらです」
矢田大佐に峻がしっかりと封のされた封筒を手渡した。
「ふむ、ご苦労」
「いえ、恐縮です」
うちの提督、普段あんなに適当なのにちゃんとした態度や話し方もできるのね…。
ちょっと失礼なことを考えたせいでこみ上げた笑いをなんとか無表情で抑えた。
「で、今日はそれだけかね?」
「いえ、むしろ矢田大佐が何かおっしゃることがあるのではと思っているのですが」
「何の話かわからんな」
「そうですか。では単刀直入に言わせていただきます」
すぅ、と息を吸って吐き出した。
「深夜にお一人で海に出られていることについて伺いたいのですが」
「なんのことかね。私は夜もここに──」
「下手な嘘はやめてください。今のうちに正直に言っていただければ、自分が上に口を利いて多少の温情をもらうこともできます」
「……何が狙いだ」
今までのどこか上からな話し方を止めて急にドスの効いた低い声に矢田大佐が変わった。
「金か?地位か?」
「いいえ。そのような物のためではありません」
きっぱりと断った。まあこの状況でお金!って答えたりしたらドン引きだけどね。
「矢田大佐、正直におっしゃってください。できれば自分の口から言われた方がよろしいかと。これが最後のチャンスですから」
提督、あなたはいったい何を知っているの?何を矢田大佐に言わせようとしているの?
シン、と執務室が静まり返る。ゆっくりと矢田大佐が口を開いた。
「わけがわからん。私が君に何を言うべきなのかね?」
よくわからない。けれど提督の目論見が外れたのはわかった。
だめだったか。できれば自白が欲しかったが仕方ない。
「それでは私の口から言わせていただきます」
息を大きく吸って一息に言ってしまう。もう温情なんてくれてやんねえからな。
「深海棲艦と内通している件について伺いたいのですが」
執務室がシン、と静まり返った。
「はっはっは!」
矢田大佐が声をあげて笑う。
「いきなり何を言い出すかと思えば!私が深海棲艦と内通している?冗談も大概にしたまえ!」
「そうですね。確かに冗談であってほしかったものです」
5つあった封筒は、1つ目は叢雲に、2つ目は明石に、3つ目はイムヤに、そして4つ目はさっき提出した報告書が入っていた。最後の1つは俺が今持っている。
最後の封筒から一枚の写真を出し、机の上に滑らせた。
その写真を見ると矢田大佐の顔が驚きに変わる。
「これでもまだシラを切りますか?」
その写真には小型船にのった矢田大佐と、そしてその船の正面の水上に立つ真っ白な髪の深海棲艦の姿があった。
「よくできた合成写真だな」
驚きを顔に貼り付けたまま矢田大佐があくまでも違うと否定する。
「この封筒のなかには他の証拠もありますが?深海棲艦と接触している動画も。音は掠れて完全に聞き取れはしませんが正確な時間もわかります」
なんのために演習が終わって館山にかえってからすぐに姿を消したと思っている。
約2日間ずっと銚子基地を見張っていたのだ。
”お前が深海棲艦と通じていることを知ってるぞ”
とカマをかけたらすぐに動くと読んだからな。読み通りすぐに深海棲艦と接触してくれた。それを俺はドローンを使って映像を撮影しておいた、というわけだ。
そもそも俺がここまで動くきっかけとなったのはゴーヤの話だ。
あの時、ゴーヤが病室で俺に話した事実はそれぐらい衝撃的だった。
「ゴーヤは見捨てられたの」
「どういうことだ?」
「正確に言うなら口封じに殺されかけた、かな」
「……………」
「ゴーヤは見ちゃったの。矢田大佐が…」
「矢田大佐が?」
「夜に小型の船で沖の方に出て行ってね。変だなって思って艤装を着けてこっそり後をつけたの。そしたら深海棲艦と話をしてるところを見たでち」
「なんだって⁈」
「次はあそこの艦隊を襲ってくれって。これがそこの艦隊の編成と装備、基本的な陣形だからっていって何か渡してた」
情報漏洩どころの騒ぎじゃなくなってきたぞ、これは。
「次の日止めようと思って矢田大佐に言いに行ったら1人で出撃させられてそれで………」
「沈ませて口封じをしようとしたってことか……」
「死に物狂いで逃げて、でも途中で直撃弾をくらって意識がなくなって……。後は知ってる通り、拾われて助けてもらえた」
「なんてこった!矢田大佐は深海棲艦と通じてるのかよ!これを基地の艦娘たちは……?」
「知らないよ、きっと。知ってても言えないよ。また殴られるかもって常に怯えてるから」
ゴーヤはまだ配属になったばっかりだったから言えたけどね、と付け加えた。
「あそこの艦娘たちは脅されてる。だから言えないの」
そういうことでち。とその胸糞悪い話をゴーヤは締めた。
「ある人物が教えてくれました。矢田大佐、あなたが深海棲艦と接触して情報を渡し、友軍を襲わせていると!そのレポートもこの中に入ってます」
「………」
「まだシラを切りますか?」
証拠は最初から全部揃っている。ここでシラを切っても問題なく拘束はできる。ただできれば自分で罪を認めてほしかったが。
証拠の入った封筒を矢田の机にぶちまける。中から次々と出てくる写真やレコーダーなどの数々。
「館山基地にはコピーがあるのでこれらは差し上げましょう」
今度こそ執務室が完全に静かになる。
後ろで矢矧が狼狽えているのがわかるがほっとくことにした。
「チェックメイトです。矢田大佐」
俺の声だけが執務室に響いた。
帆波さんにチェックメイトって言わせたかっただけの回でした。
ゴーヤの伏線?っぽいのはここに繋げたかったんです。
それではまた次回にお会いしましょう。