投稿ペースが乱れてますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
銚子との演習の次の日。
天津風は海上で連装砲くんを操縦していた。演習の反省を生かしてもう少し高速機動を維持したいところだ。
「お、天津風やってるね〜」
「あら、北上じゃない。あなたも訓練かしら?」
「ん〜、まあそんな感じ。魚雷全門撃って命中があれだけってのはねえ」
「相手も海面に副砲とか撃ってたから信管が起動しちゃうのは仕方ないわ」
それにあの時の策の本当の狙いはおそらく叢雲の突撃するための隙を作ることだったはずだ。もともとあの魚雷ですべて落とせるとは思っていなかった。
「ねえ、天津風。ちょっと一戦やらない?」
「どうしてかしら?」
「いやーやっぱ勝負事にした方が燃えるかなってさ」
この人は毎度毎度その場のノリで……
そういうところはちょっぴり提督に似ている気がする。
「ならその勝負、受けて立つわ。お昼までで良ければ、だけど」
「おっけー。じゃあやろっか。模擬弾にしてある?」
「万が一の事故に備えて模擬弾にしといたから大丈夫。すぐにいけるわ」
「おおー。じゃあ、やろっかー」
間延びした声を残しているも北上の周りの空気が緊張感を持つ。
天津風も連装砲くんを自分の周りに呼び戻し、臨戦体勢にはいった。
すぅっと頭の中がクリアになり、目の前の相手以外が視界から消える。
「スリーカウントでスタート。それでいい?」
「ええ、構わないわ」
「ほんじゃ行くよ。3、2、1、スタート!」
天津風と北上。艦種も性格も全く違う2人が全力でぶつかり合った。
「疲れた……」
北上との勝負は結果からいうと引き分けだった。それはいいとして、割とお互いガチでやりあったので疲労が大きかった。そして何より……
(お腹空いた…)
艦娘だって空腹を感じる。艤装をつけていなければそこらへんにいるいたって普通の少女と変わらないからだ。
カロリーだって気にするし、スタイル(どことは言わないが)だって気にする乙女だ。でもそれ以前に空腹には耐えられない。
格納庫に艤装を戻して、てくてくと食堂へ向かう。今日のメニューを受け取ると適当な席に座って食べ始めた。
そういえば今日は提督見ないわね。また叢雲に捕まって執務三昧にされてるのかしら。だとしたらご愁傷様ね。
あの人はちょくちょく仕事を抜け出してはいろいろ遊んだりしている。
工廠で変なもの作っていたり(全自動流しそうめん機は一回使ったきり未だ使われていない)、芝生に寝転んで昼寝していたり、食堂でお菓子とか作ってたり、かと思えば屋内演習場で運動していたり。
その結果やるべき仕事が溜まり、その溜まりに溜まった仕事を無理やりやらせるべく叢雲が提督を捕獲し、執務室に閉じ込めやられるのだ。
なんとか毎回終わらせてはいるようだが普段からこまめにやっとけばいいのにと思わなくもない。
食事を終えてからは特にやることもなくぼんやりと埠頭あたりを散歩していた。海風が吹いていて気分がいい。
「いい風ね……。」
たなびく髪を押さえながら呟く。今日も平和だ。
この後は本当に暇である。館山はやるべき事などの縛りがあまりないので好きにできるがこういう時は時間を持て余してしまう。
(お茶にでもしようかしら)
そういえば食堂に美味しそうなお菓子があった気が……
小腹が空いたらにしよう。そう決めてそのままのんびりと散歩をすることにした。基地は結構広いのでぶらぶらしているだけでそれなりに時間は経つだろう。
しばらくは徒然なるままに風を感じながら歩き続けることにした。
「ああー、やっぱり甘いものはいいわ」
基地をぐるりと一周してから食堂に戻り、マドレーヌと紅茶を飲みながらまったりしていた。
ちなみにこのマドレーヌ、提督の手作りだったりする。ホントあの人なんでもできるわね。器用貧乏とかの部類に入る人な気がする。出来ないこととかあるのかしら?
でもそんなことばかりしてるから秘書艦の叢雲に怒られるのよね。
もきゅもきゅとマドレーヌを咀嚼して紅茶を一口。なんとも贅沢な一瞬のように感じる。
パタンと食堂のドアが開き矢矧が入ってくる。
「あら、矢矧じゃない」
「天津風。いいもの食べてるわね」
「厨房の中に置いてあったわよ。いくつか持ってきたら?」
「そうさせてもらおうかしら」
厨房の中に入っていくと、すぐに矢矧がマドレーヌとコーヒーをもって戻ってきた。
「天津風は紅茶派なのね」
「そういう矢矧はコーヒー派ね」
2人でクスクス笑いながらカップを傾ける。
コーヒーカップを見つめながら矢矧が話し始めた。
「ねえ、天津風。昨日の演習相手の艦娘たち、どう思った?」
「そうね…」
紅茶をもう一口啜る。唇を軽く湿らせてから答えを返す。
「なにかに取りつかれたような感じの必死さがあった気がする」
「…やっぱりそう思うわよね」
「何かあったの?」
矢矧が躊躇いながら口を開いていく。
「阿賀野姉の様子が変だなって思って」
天津風は無言で先を促した。
「私は提督に少し無理言って阿賀野姉と一対一でやらせてもらったのは知ってるわよね?その時に前会った時と違うなって」
「最後に会った時と比べて成長したとかじゃなくて?」
「違う。もっとこう……ダメね。うまく言葉に出来ない」
「でも何かおかしい気がするのね?」
「ええ、そうね」
正直なところ天津風自身も気にはなっていた。負けたくない気持ちはわかるがそれともまた違った異様な感覚。
「うーん、やっぱり言ってみるしかないんじゃないかしら」
「提督に?」
「そう。あの人ならなんとかしそうだしそらに私たちの相談ならちゃんとのってくれそうだし」
「……そうね。やっぱり相談してみるべきよね。ありがとう、天津風。ちょっとすっきりしたわ」
「いいわよ、それくらいね」
「じゃあ私はもう行くわ。提督探さないと」
カップを片付けて矢矧が食堂を去っていった。残された天津風は湯気が消えたティーカップをじっと見つめる。
今日1日、基地中を散策していたが提督の姿は一度も見なかった。一度も会わないというのはまずあり得ない。そして矢矧も口ぶりから会っていないようだし、朝食のときも昼食のときも食堂にはいなかった。
今日は出張で本部に行くなどという話も聞いていない。
(どこにいるのよ、あなたは)
少しだけ残っていた冷めた紅茶を飲み干して立ち上がった。
(もうちょっと探してみようかしら)
もし会えたら矢矧が探してると伝えてあげよう。そう思いながら食堂を出て行った。
結局その日、提督は見つからなかった。
いい風ね、が言わせたかっただけ。後悔はしていない。
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