叢雲を抱えたまま、人工島の内側に峻は転がり込んだ。内部に入ったと認識した瞬間、義足のブースターを逆噴射して制動をかける。
だが止まりきることはできなかった。勢いを殺すため、身を捻って叢雲の後頭部を胸元で抱え込むように保護すると床を転がることで顔面から壁に突っ込む激突を回避した。
それでも床を転がる際に背中は強打したのだが。
「ってぇ……」
「ずいぶんとダイナミックで情熱的な突入ね」
もごもごと塞がれたような声が胸元あたりから聞こえた。そういえば叢雲を庇ったままだったと思い出して腕を解くと、叢雲も峻にしがみついていた腕を離した。
「ダイナミックだったのは勘弁してくれ。情熱的は……わざとじゃない」
「知ってる。ま、私を置いていかなかったことは評価しておくわ」
「いや、別にお前は突破口さえ開けてくれればよかったんだからな?」
「いやよ、そんなの」
当初の計画に叢雲が着いてくる予定はまったくなかったのだが、叢雲が着いてくるといって聞かず、峻としてもどうせこうなったら引き下がるわけがなく、無理してでも乗り込んでくることが簡単に予想できたので了承した。もちろん、残りたいと叢雲が言えばそうするつもりだったが。
そもそも普通に侵入口に高速艇を乗り付けてそこから悠々と内部に侵入するつもりだったのだ。早期に気がついた深海棲艦が高速艇に向けて砲撃なんてしてこなければ、その通りに進むはずだったのに邪魔が入ったせいで叢雲を抱え込んでブースターで突撃、なんて無謀極まるものになってしまった。
「とりあえず、よ。ここがあの島の中なのよね」
「みたいだな」
叢雲の問いに答えながら右脚の義足を放熱させる。全開で吹かせすぎたせいでかなり熱を持っていた。ガスの残量も底を尽きた。蹴りの威力や高めの跳躍目的ならばそこまで大きな消費にならないのだが、人ふたりを飛ばすとなるとさすがに消費も馬鹿にならない量だ。
「よっ……と」
空になったカードリッジを排出して新しいものを義足に挿入。手元に残るカードリッジはあとひとつだけ。それでも小出しに使っていけば十分に持つはずだ。
「艤装はここに置いていくわね。弾が残ってたら持ってくとこだけど、ぜんぶ使い切っちゃったから」
「いいんじゃないか。弾がないならただの重荷だ。動きを阻害するのは目に見えてるから置いていってもいいだろ」
重々しい音と共に叢雲の艤装が外されて床に安置される。重荷から解放されたことを喜ぶかのように叢雲が肩を回す。
そして艤装の側に添えるように置いてあった叢雲の愛刀である断雨を持ち上げた。
「これだけは持って行くわ。艤装なしでもこれ1本さえあれば戦えるから」
「そうか」
叢雲の腕は十分すぎるくらい承知している。それに荒事なしで片付くほど優しい案件で済まないことも。
「念のため確認だ。ここから先は何が起こるかわからない。命の保証もなければ帰れる保証もない。殺し合いになる公算の方が高いだろうな。留まれば引き返せる。それでも……」
「行くわよ」
最後まで言い切ることさえさせてくれずに叢雲が遮る。初めから否定の答えは存在していないと言わんばかりに。
「あんたは理由を見つけた。私にだって理由がある。しなくちゃいけないことじゃなくて、したいことがある。だから止まらないし、引き返すつもりもないわ」
「ならいい。さて、前置きが長くなりすぎたな。そろそろ進軍と行こうか」
素早く峻の右手が腰のコンバットナイフを握り、左手がCz75を掴み取る。叢雲がじっと峻の左手に視線を注いだ。
「それ、やっぱり使うのね」
「手に馴染んじまってるからなぁ。変にこだわりを持ち続けるってわけじゃないんだが、やっぱりこういう時はつい、な」
「ま、いいけど。あんたがそれでいいなら」
納得したのかしていないのかよくわからないが、叢雲はさらに峻の銃であるCz75について触れようとはしなかった。
「さて今度こそ行くか」
「どこへよ。場所とかわかってないんでしょ」
「当たりをつけて探す」
「途方もない方法ね……」
「ところがどっこい、そうでもないさ」
適当に峻は右か左かだけを決めるとあとはずんずん進んでいく。叢雲が隣に並んで常に追随した。
「何か基準でもあるの? 道を知ってるとか」
「知るわけないだろ。初めてだよ、こんなとこ。まあ、例のナノデバイスは大事なもんだろうし、あれだけ火力を集中させれば外壁を駆逐艦だけで壊せなくないことは証明されたんだ。それをこの人工島の主が知らないわけがない。なら大事なもんは中心の方に置くだろ」
「なるほどね。意外に考えてるじゃない」
「意外は余計だ。あのロケットもどきが頭を覗かせた場所も中心付近だった。ならそこら辺にあるだろ」
ナビでもしてもらいたいものだが、若狭の言っていた通りで通信状況は最悪。外部と繋ぐことは絶望的だ。もしかしたらどこかに遮断するための妨害電波のような仕組みがあり、それを破壊するなりしてやればいいのかもしれないが、それを見つけられるまでは難しいだろう。
「なあ、叢雲」
「なに?」
「一番、大切なものを建物の中に置くとしたらどこに置く?」
「……自分の側か中心」
「じゃあ、その大切なものの周囲はどうする?」
「警備を固め……ああ、そういうこと」
曲がり角で峻が手をかざして叢雲を制止させた意図を察したようだ。
曲がり角の向こう側はこれでもかというくらいに配置された人形兵。だが肌が白すぎる。そしてところによっては体の部位が異形な様相を呈している。
さしずめ人形兵深海棲艦エディション、といったところだろうか。武器を持っている、というよりも体が武器になっていると言った方が事物を的確に捉えている。
「なんだかいっぱいいるわね。選り取りみどりじゃないの」
「そんなお手軽ビュッフェ感覚で言われてもな……ま、やるしかないか」
「わかりやすくていいじゃない。これを倒せばその先に目的地があるって」
叢雲が腰定めに構えた鞘を左手で固定して右手は柄を握りしめる。
「ちょっと右に避けて」
「右に……? どうしてだよ」
「あんたの左目、見えないでしょ」
叢雲の言う通り、峻の左目は視力と言えるものを完全に消失している。だからずっと右目だけですべてカバーリンクしている。さっきの突入も使ったのは片目のみだ。
「預けるぞ」
「何を今更 」
途切れた左の視界に叢雲は収まりきらない。けれど青みがかった銀髪は確かにそこにあった。
「いくぞ」
ひそめていた声を張り上げて峻と叢雲が踊りかかった。手近な深海棲艦型の人形兵に飛び掛ると叢雲が左側の人形兵を一刀両断し、右側にいた腕に鎌のような刃を持った人形兵の斬激をコンバットナイフで受け止めた峻は人形兵の右の眼球に銃口をあてがうと引き金を引いて撃ち殺す。
峻がブースターを噴射してナイフで別の固体の喉元を抉りつつ、腕に鎌持ちの死体を蹴りつけて、その刃で貫かせる。片足が上がっている峻の背後から襲い掛かった個体を叢雲は横薙ぎに斬り払うと、峻が振り返ることなく叢雲を狙っていた人形兵を撃ち抜いた。
相手の回避能力はクーデターの時に地下の工場で戦った人形兵とあまり変わらない。最初の数体は完全に意表をついたのでうまくいったが、それ以降は一撃で仕留めていくことが難しくなっていく。
「増援きてるわよ!」
「ああ、知ってる!」
怒鳴り声の報告に怒鳴り声の返答。そうでもしなければ騒音で伝わらない可能性がある。火花を散らしながら叢雲が剣戟を受け止めて下がり、峻も空中から飛びかかる人形兵をブースターで高々と跳躍して蹴り飛ばすと下がった。
「囲まれたわね」
「だな」
さらに2人とも互いに数歩ずつ下がるとトン、と背中が触れ合った。焦る様子はなく、むしろ飄々とすらした調子で淡々と会話する。
「めんどうね。ただでさえ鬱陶しいのが体そのものを武器にして襲ってくるって」
「まったくだ……きっついなあ、おい!」
振り下ろされる凶刃を右手のコンバットナイフで受け止めて、ブースターを吹かした義足の蹴りを叩き込む。同じように叢雲も刀で攻撃を受けると蹴りを入れて周囲の敵を巻き込みつつ、押しやった。
「蹴散らすぞ、叢雲」
「ええ」
武器を構えなおす。そして同時に踏み込んだ。触れ合っていた背中が離れていくが、託したものは消えていない。
投擲物が飛んでくる。奥にいる個体が体表に生えた鋭利な物体を飛ばしたと認識した瞬間に、峻が動いた。叢雲は峻の左腕が跳ね上がったことを確認すると早々に意識から排除したかのように顔を背けた。
投擲物に向けてCz75の狙いをつけるとトリガーを引いていく。峻と叢雲のいる場所に投擲物が降り注ぐ前にそのすべてを狙い撃って弾く。
二度に分かれて飛ばされた投擲物の第二波が空を舞う。2発まで撃ってCz75には一発のみが装填されている状態にすると、峻はCz75の付け根にあるボタンを親指で押し込んでマガジンを排出させた。すばやく腰元のポーチにある換えのマガジンを半ばまで挿入すると小指で最後まで押し上げる。
この間、一秒未満。
リロードが完了すると第二波を尽く撃ち落す。そして峻の隙を埋めるように叢雲が異形の兵隊を斬り裂いていく。再び遠距離攻撃を仕掛けられてはことだと、峻は肉壁のごとく連なる兵たちの間を割るように銃弾が進み、棘状の投擲物を放っていた個体の眼球を貫き脳髄をはちゃめちゃに掻き乱す。
「久しぶりだな、このリロードのやり方も」
いつぶりだろうか。思い出したくないから封じた技術を掘り起こしたのは。今まで加減していたわけではない。ただ昔を否応なく彷彿とさせるものを無意識下で嫌って極限まで使わないようにしていただけ。
なりふり構っていられなくなった。自分の持てるすべてを引き出さざるを得ない状況になっているから。
それは異形の兵隊たちのせいではない。もちろん厄介であることは認めるが、今まで通りでも通用する相手であることもまた事実。
原因は叢雲だった。
叢雲の燃えるような赤に近いオレンジの瞳が訴えかけてくる。この程度か、と。まだ私は着いていけるぞ、と。
そして実際に叢雲は着いてくるのだ。峻のしようとする行動を先読みし、そのフォローを先回りして打つ。逆もまた然りで、叢雲のフォローに峻が回ることもあるのだが、そのすべてが絶対に峻が動けるタイミングに合わせてある。
参ったな、と呟かされる。元々、かなりのものだとは思っていた。だがこれは想像以上だ。ここまでやりやすい戦闘は初めてだった。
片目が見えない。そのハンディは常に周囲を見渡し、使えるものは使い続けることで補ってきた。例えばそれは音であったり、風の流れであったり、そして武器の表面に映ったものであったりする。
だがそれより頼れる『目』が左にいる。
どころか『目』なんて範疇を軽々と飛び越えている。もはや半身といっても差し支えないレベルだ。
だから、というわけではない。けれど失うようなつもりもない。
「ふっ!」
峻が右手のナイフを投げる。叢雲の首を狩ろうとしていた人形兵の胸の中心に投擲されたナイフが刺さる。まったく同じタイミングで峻の真横を刀が通過し、背後の人形兵の腹部に突き刺さった。
ぐらり、とよろけた人形兵に刺さっている刀の柄を峻が握る。まだ光が目に残っている。まだ動いてくる。
振り返りざまに腹部から胸、そして顎にかけて半月状に斬り割く。ほとんど同時に叢雲も峻がナイフを投げつけた人形兵に相対すると、刺さっているナイフの柄を握る。手首を捻って深く胸部を抉りつけると真横に一の文字を刻みつけた。
「さあ、次だ! 来るなら来やがれ!」
果たして意味が通じたかどうか。けれど峻に向かって突っ込んできた個体を一刀の元に斬って捨てると、峻は笑った。
叢雲の中には不思議な高揚感があった。楽しい、といっては不謹慎。それでもこの状況を心地よいと感じている自分がいる。
命のやり取りが楽しいわけじゃない。殺し合いなんてまっぴらごめん被りたい。
心地よいのは隣に立つことが出来ている事実そのものだ。
ずっと峻の後ろにいた。峻が先を進み、道を拓く。そして叢雲は拓いてもらった道を辿るのみ。せいぜいが峻の背中を軽く押すことくらいだ。
押して、引っ張ってもらって。別に指摘されるような問題があるわけではない。
それでも叢雲は嫌だった。
引っ張ってもらうだけではただすべてを押し付けていることと同じ。自分で考えることをせず、相手に依存しているだけとしか思えなかった。
でも、今は隣だ。確かに隣に立って並んでいる。
「ようやく……ようやく辿り着いた」
満足感を滲ませながら小さく呟く。託したものがあり、託されたものがある。背負ったそれの重みはすんなりと馴染んだ。
「時間もないことだし、そろそろ勝たせてもらうわよ」
「時間をかけても旨みはなさそうだし、なっ!」
語尾をはね上げつつ、峻が叢雲の刀を振るう。膝付近を切り崩しにかかると、袈裟懸けの一撃。意外と様になっているじゃない、と叢雲はこっそり思いながら叢雲は人形兵の懐に潜り込むと峻のナイフで首を描き切る。
人形兵は首の血管を切ったにも関わらず、まだ生きて叢雲を殺さんとする。だが次の行動が許される前に峻がCz75で額に穴を穿った。
「っ! あんた!」
叢雲が叫びつつ、峻のもとに駆けていく。言葉という形にされた警告に峻が動きは止めないまでも、周囲を確認した。
叢雲が見つけたのは跳躍体勢に入っていた人形兵たちだった。上からの攻撃は対応が面倒だ。だから警告を送って対策のために駆け寄った。
「しっかり乗れ!」
叢雲が跳ね上がると蹴りを構えていた峻の義足に飛び乗る。タイミングのずれもなく、そのままブースターを吹かせて峻は叢雲を空中へ蹴り上げた。
跳躍してきた人形兵のうち一体に刀が突き立った。叢雲を空中へ蹴り上げた直後に再びブースターを使って崩れた姿勢を修正した峻が投げたのだ。しっかりと柄を掴むと刺さっている個体から引き抜きつつ斬り払い、体を縦に捻りながら別の個体に斬りつける。勢いをそのままに天井に足をつけるとばねのごとく天井から飛び出すと、最後の一体を首元から胸部にかけて深く斬りつけた。再び体を捻って体勢を整えると姿勢を低くしながら着地する。
瞬間、叢雲に人形兵がわっと群がった。しかし近づくことすら叶わず峻がことごとく眼球を撃ち抜いてその命を刈り取っていく。
叢雲もただ黙って見ている訳ではない。全身を使って速度をつけると、床がビリビリと震えるような踏み込み。峻の真横まで一息に到達。峻の背後を突こうとしていた人形兵に向けて腕をめいっぱい伸ばすと鋭い突きを繰り出した。
人形兵の首に刀を刺したまま、手首のスナップを使って峻のコンバットナイフを最小限の動きで投げる。放物線を描くナイフは峻の頭上を越えて峻の手元へ。受け取った峻は突き出された槍の軌道をナイフで逸らすと義足のブースターを作動させた蹴りを放つ。人形兵の体が霞むように吹き飛び、轟音と共に壁へ激突した。
「そろそろ数も減ってきたわね」
「さっさと片付けるか。時間の無駄だ」
初めの頃と比べて随分と隙間の空いた人形兵を前にして峻と叢雲が不敵に笑う。掃討という形容は生優しすぎる。もはやそれは蹂躙と呼ぶに相応しい。
こんにちは、プレリュードです。
もううだうだしていられる時間は終わってしまいましたね。残念です……もっとだらけていたかったのですが、なかなか思う通りにはいきません。
今年もよろしくお願いします!