艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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最終章 ラプソディ・イン・ハワイ
始動


 

 どうして俺はここに座っているのだろう。

 

 どうして俺はここまで来たのだろう。

 

 どうして俺は逃げなかったのだろう。

 

「誰に聞いてんだよ、俺は」

 

 司令室で峻がこっそり自身へと毒づく。司令室に誰もいないわけではない。だがその問いかけに納得する答えを返してくれる人間がいるわけでもない。

 

「シュン、もう間もなく始まるぞ」

 

「わかってる」

 

 だから問題なんだと言葉では発することなく言い捨てる。東雲に当たったところで何も生産的ではないことくらいはわかっている。だからこそ口にはしない。

 

 理由。たったその一語が峻の中でささくれのように引っかかり続けていた。

 

 あんたには理由がない。叢雲の言った通りだ。言われるまでまったく気づかなかったが、自分の意志で重要な局面を決定したことなんて今まで1度でもあっただろうか。

 

 殊勝な人間じゃない。まったくもって耳に痛い。確かに世界のため、なんて曖昧なもののために立ち上がることは難しそうだ。さんざん贖罪のためと言っておきながら都合がよすぎる話だが、現実として思うように動けないのだから事実と認めるしかない。

 

《敵艦隊との接触予測時刻までもうまもなくです。総員、警戒を》

 

 事務的なアナウンスが無機質に流れるが、峻の耳を撫でるだけに留まりどこかへ去っていく。何かしなくてはいけない。そんな漠然とした感覚だけが気持ち悪いくらいにわだかまる。

 

 もう叢雲たちは海へ出ている頃だろう。それはわかっている。それなのに未だリンクすら繋ぐことすらできすにいる。

 

 情けない。ここにきてまだ何もできないのだから。

 

「シュン……おい? おい! 聞いてんのか?」

 

「ああ、悪い。ちょっとぼんやりしてた」

 

「しっかりしてくれよ。作戦の確認しようって時に」

 

「確認? なにかあったか?」

 

 無理矢理に東雲の発言によって黄昏ていた思考が現実に引き戻された。一旦は渦巻く思考を脇へと追いやり、何でもないような風体を取り繕う。

 

「大まかなことを言えば、ハワイの深海棲艦をぶっ飛ばして噂のナノマシンを拡散しようとしている設備を制圧する。お前の仕事はナノマシン拡散設備の制圧だ」

 

「そういや乗り込んでこいって言われてたっけな」

 

「人形兵も防備隊としているだろうからな。あれとの戦闘に関して経験のあるお前を投入したいんだろ」

 

「だが例のナノマシン拡散設備とやらどこにあるかわからないだろ。それも見つけてこいとか言わないだろうな」

 

 あるかどうかもわからないものをあるから壊してこいと言われても困る。その探索すら含まれるというのは勘弁願いたいものだ。

 

 などと言っている最中に、またしても先までの問いかけが顔を覗かせた。戦えるわけがないことくらいわかっているんだろう、と。

 

 そんな峻の内心など知る由もなく東雲は淀みのない手つきでホロウィンドウを操作すると、峻に向かってスライドさせて送った。

 

「ついさっきハワイ本島を捉えた映像だ」

 

「島にはなにもないな」

 

「解析させたが地下がある可能性はないそうだ。島そのものに拡散設備がある可能性は皆無といっていいらしい」

 

「おい、じゃあ俺は何をすればいいんだ。目標もなしに行けと言うのはなしにしてくれ」

 

「安心しろ。特定は終わってる。これを見ろ。確認されている深海棲艦側の戦力を捉えた映像だ」

 

 スライドされてきたホロウィンドウを取り込んでこちらのデバイスで出力させる。

 

「なんだこれ」

 

 顔を不審さに顰めながらホロウィンドウを睨む。大小さまざまなサイズの深海棲艦が蔓延っているのはいい。その中で、深海棲艦が守るようにサイズ感が飛び抜けて大きな建造物があった。

 

「島、なのか?」

 

「島は島でも人工島だ。詳しい構造は解析中だからなんとも言えん。フロートなのか、それとも埋め立てなのか」

 

「だいたい予想はついた。この中に行ってこいってわけか」

 

 ハワイ本島には施設はない。となればこの建造物の中にナノマシンを拡散させる設備があると考えるのが妥当だろう。

 

「入口がないが、どっから入らせるつもりだ?」

 

「わからねえ。最悪の場合、破壊して侵入しても構わん。そこはお前の現場判断だ」

 

 要は投げっぱなしだろう、と毒づきかけるがぐっと飲み込む。八つ当たりをしたところで何もならないことすら忘れたのかと自分を戒める。

 

「突入準備とか大丈夫か?」

 

「だいたい終わってる。こいつの修理もあと少しだ」

 

 作業台に硬質な音を響かせながらワイヤーガンが姿を現す。どこからともなく出てきた工具がその周囲を取り巻くように置かれる。

 

「それ、使えんのか?」

 

「使えるようにするんだよ」

 

 茶番劇だ、と自身に向けて内心で言い捨てる。命令だから仕方ない。そんな言い訳じみた逃げ口上を並べ立てていることは理解していた。

 

 だからここで修理を始めたことも気を紛らわすためだ。なにか手を動かしていれば余計なことを考えずに済む。

 

 しかし、修理箇所といってもさほど仰々しいものにはならない。刺されかけた峻の盾になっただけなので、歪んだ部位を交換してやればいいだけだ。結局、狙っていたよりもはるかに短時間で片付いてしまい、今度こそ手持ち無沙汰になった。

 

「……」

 

 沈黙のままに首のデバイスをいじる。立ち上がったホロウィンドウを操作して最後の表示ボタンを躊躇いがちにタップした。

 

 一瞬のロード時間。それを経ると峻が指揮していることになっている部隊の様子が映し出された。

 

 指揮官は峻。だが今は実質的に指揮権を叢雲が握っている。それはミッドウェー攻略戦からであり、そして未だに返還されていない。峻自身が返還を求めなかった。

 

 つまり直接的にどうこうすることはできない。映像を開いたところで見守ることくらいが関の山だ。

 

 どうせ何もできやしない。そんなことはわかりきっている。理由と呼べるものは見つからなかった。

 

 だからこそ、せめて見届けるくらいはしよう。叢雲に任せっきりにしてしまったからこそ最後まで。峻にはその義務がある。

 

 もう間もなく開戦の狼煙が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 経済速度を保って前進。鞘を握った左手が汗ばんでいるのか妙に滑りやすい。

 

 緊張しているの、と叢雲は自分自身に向けて問いかける。当然でしょ、と答えは返った。背負っているものは大きい。部隊のすべての命と峻。

 

 世界なんてどうだっていい。だがこれらだけは譲れない。

 

《敵艦隊、発見!》

 

 どこぞの隊から報告が流れ込む。つまり接敵までもうまもなくだ。あと数分もしないうちに勝っても負けてもすべての終わりになるであろう戦いが始まる。

 

「総員、戦闘配備。目標、前方敵深海棲艦艦た……」

 

 艦隊、と言い掛けた叢雲の言葉を遮るようにアラートが喧しく鳴り響く。何のことかと思いながら手元の電探を操作した。

 

 それだけで何が起きているのか察するには十分あまりある行為だった。

 

 いきなり電探に表示されていた深海棲艦を示す点の数が増えたのだ。しかし増えた数は10や20ではない。

 

 そう、ざっと元いた深海棲艦の2倍ほど。

 

「エイプリルフールには早すぎるわよ……」

 

 口元を歪めて叢雲は毒を吐いた。何かの悪い冗談のようにしか見えない。だがどれだけ疑ったところでこれが現実なのだ。

 

「どこから湧いてきたんでしょうか」

 

 榛名が目を凝らしながら発生元を探す。叢雲も根源は気になったが、それよりもこの数の対応を考えることの方が先決だ。

 

 事前にハワイ本島を防衛する深海棲艦の勢力を予想はしていた。そしてその予想が裏切られる前提でいかにして部隊を回していくか組み立てた。

 

 だが増えた深海棲艦の数は叢雲の裏切られるという予想をはるかに超えたものだった。

 

 増えた深海棲艦が有象無象な程度であるのならばさしたる問題にはならなかった。簡単に落とせてしまうくらいならば増えたところで爆撃なり艦砲射撃なりで掃討してしまえばいい。

 

 最大の問題は増えた深海棲艦の多くが戦艦級や空母級、そして姫級であったことだ。

 

「『姫薙』の面目躍如ですよ、叢雲ちゃん」

 

「冗談がきついわよ、榛名。さすがいあの数は想定外よ」

 

「さながら百『姫』夜行じゃない……ホント、どうするのよ」

 

 焦り気味に瑞鶴が一種、壮観ともいえる光景を前に弱気な言葉を漏らす。正直に言うのであれば叢雲とてかなり参ってはいた。ハワイ本島攻略戦は想定していた敵勢力が上回っても互角に交戦できるように戦力を整えている。

 

 つまるところ想定された戦力通りであればこちらの優勢。それを上回っていたとしても互角に持ち込むことができるようになっているはずなのだ。

 

 しかしこの増援の量は想定外だった。互角もギリギリ、むしろ劣勢に天秤は傾いてすらいる。それは付け焼刃とはいえ戦術の勉強をした叢雲でなくともわかる事実。

 

「ああ、もう……これをどうしろってのよ。制空も厳しいわよ!」

 

「五月蝿いわ、五航戦」

 

「ええ、ええ一航戦サマは余裕ですね!」

 

 瑞鶴がやけっぱちに加賀へ言い返す。澄ました顔で瑞鶴の皮肉った軽口をさらりと流しつつ、加賀が弓引く準備を始めた。

 

「泣き言を言わない。これしき五航戦なら付いて来て見せなさい」

 

「……っとに勝手なのよね」

 

「なにか?」

 

「ああもう、やりますよ! やってみせればいいんでしょ!」

 

 加賀に倣って瑞鶴も弓を引くと隣に並ぶ。加賀がふっと鼻を鳴らすような音を出すとその瞳が鋭く細められてはるか前方に蠢く敵空母郡を見据えた。

 

「制空は私たちで抑えます。でも援護は期待しないでおいて頂戴」

 

「できるかぎりは抑えるけど、多少は攻撃隊が通っちゃうと思う」

 

「了解よ。できるだけ漸減して」

 

 善処はするが、完全なエアカバーを保証することはできない。つまりはそういうことだろう。ないよりはマシ、くらいまで割り切って考えた方がいいのかもしれない。

 

「叢雲、やばいかもしれないわ」

 

「矢矧、報告は正確にお願い」

 

「じゃあ正面を見てみなさい」

 

 矢矧の言うことに従って叢雲は正面を見据えた。ちょうど接近する艦隊があることを電探が報せてきていた。だからこそ、その敵をきちんとその目で確認したかった。

 

 けれど確認しない方がよかったかもしれないと後になってから叢雲は後悔した。

 

「姫級12の連合艦隊って……」

 

「ほら、『姫薙』の叢雲ちゃん?」

 

「二度目を言っても答えは変わらないわよ」

 

 苦りきった顔を叢雲が作る。あれをひとりでやれと言われたらさすがにお手上げだ。そもそもミッドウェーにおいても叢雲の姫級単独撃破は一体のみであって、残りは共同撃破ばかり。加えて共同撃破と言っても叢雲は体勢を崩したのみであって、とどめを刺したわけではない。

 

 叢雲としては大仰すぎる二つ名は迷惑ですらあるのだが、自分で名乗ったものではなく、他称である以上、訂正したところで打ち消されはしないだろう。

 

 そして現実は大仰な二つ名があったところで何も事態の打開には役立たない。打開を手助けしてくれるのは自分の腕っ節と頭だけだ。

 

「攻撃来るわよ。各員、散開!」

 

 遠方の光が視界に入った瞬間に叢雲が叫ぶ。光の速度を砲弾の速度が上回ることはない。であれば砲撃の際に発生する炎の光の方が叢雲たちのところへ先に到達するため、砲撃されたことはわかる。

 

 だが砲撃の着弾地点まではわからない。なので散開の指示を出すことで精一杯だ。

 

 体のバネを使って叢雲は大きく前方へ。視界の端で部隊のメンバーが各々の方法で散開していく姿を捉える。直後に砲弾が着弾することによって屹立した水柱で覆われて見えなくなった。

 

「被害報告!」

 

「私の艤装に砲弾の欠片がくい込んだことを除けば無傷よ」

 

 なら正面の敵姫級艦隊に砲撃、と矢矧に向かって叢雲は指示を飛ばそうとした。しかし声を形にする直前に、またしても砲撃の光が目に飛び込み、回避を余儀なくされた。

 

 回避した先でも落ち着く間すら与えられず、すぐに回避行動。幾度もそんなことが繰り返されてからようやく気がついた。

 

 狙われている。それも叢雲だけを徹底的に。回避をせざるを得ない叢雲は指示を飛ばそうにも余裕が無い。つまり完全に行動を封じ込められ、主導権を奪われていた。

 

 自分が回避することだけで手一杯。そのため反撃はおろか指揮にすら手が回らない。

 

「邪魔を……」

 

 立て直したいが、その猶予すらも与えてもらえずに叢雲がもどかしさから悪態をつく。リーパーシステムを使いたいところだが、それを起動するための時間も与えてもらえない。

 

 前後左右にステップ。合間を縫って砲撃を返してはみるが、所詮は駆逐艦の砲撃だ。当たった様子はあれども有効打とはいかない。

 

「近づけさえできれば……!」

 

 リーパーシステムを使ってしまおうかと考えたが直後に却下。打開ができたとしてもタイミングが早期すぎる。使った直後に艤装が著しい性能低下を訴えてくるため、長期戦にもつれ込むであろう今回の戦いには向いていない。

 

 今すぐにでも部隊指揮に戻らなくてはならない。わかっているはずなのに、姫級たちの砲撃は叢雲を釘付けにし続けた。

 

「叢雲ちゃん!」

 

 砲撃の爆音で聞こえるはずはない。それでも叢雲は榛名の鋭い警告の色を孕んだ声を確かに聞いた。

 

 そして直後、その警告の意味を理解した。

 

 無秩序に見えた砲撃は追い込み漁だったのだ。叢雲の回避する方向は誘導され、確実に捉えられる網目へ少しずつ足を踏み入れていたのだ。四方は囲まれ、砲門が叢雲を向いていく。気づいた時には網目は逃れようのないものになっていた。

 

「網に囚われた魚かしら、私は」

 

 軽口を叩いてはみるが、強がりだと自分でもわかる。クロスファイアをされてはさすがに厳しいものがある。死角となる後方を前方も対処しながら回避することは至難の技だ。

 

「仕留メタ」

 

 ニタリ、と姫級のうち1体が嗤う。叢雲は納めていた刀身をすらっと抜いた。

 

 死ぬわけにはいかない。だから速攻で前方の姫級たちを殺して後方からの着弾を回避する。それしか思いつかなかった。

 

 それが成功するはずのないやり方であると知りながら、その他の選択肢はなかった。

 

 前方を睨んで思いっきり踏み出そうとする。砲撃はもう数秒の猶予もなく為されるだろう。これではどうあっても背中を撃たれる。

 

「やっぱり後ろは──」

 

《そのまま行け!》

 

 振り返りかけた時、聞き覚えのある声と共に艤装の主砲が自らの手を離れて操作される感覚が走る。

 

 懐かしい。本当に懐かしい感覚だ。けれどそれに浸る余裕はない。

 

 駆け出すと同時に艤装にマウントされている砲門がすべて開いた。それらの砲弾は叢雲の後方へ。ただ真っ直ぐと飛んでいく。

 

 背中は、撃たれなかった。

 

 振り返らずに直進。いちばん近くにいた姫級に斬りかかった。斜めの刀傷がくっきりと姫級の胴体に刻まれる。そこで止まることなく叢雲は今しがた斬った姫級に飛び掛ると足場にして、もう一方の姫級に斬りつける。斬撃の軌道をなぞるようにして青白いぬめりのある液体が糸を引く。

 

「おそいのよ、バカ」

 

《……悪い》

 

 峻が小さく詫びる。叢雲はふっと表情を緩めた。

 

「時間がないから手短にするわよ。やれるわね?」

 

《ああ》

 

 本当に手短な返答。だがそれだけで十分すぎた。

 

「任せるわよ」

 

《任せてくれ》

 

 峻の声に確かな力が宿っているのを叢雲は感じた。口角を吊り上げてちょっと笑う。抜き身の愛刀『断雨』を姫級の艦隊に向けて突きつけた。

 

「さっきまでの『私』とは思わないことね」

 

 止んだ砲撃の隙間を突いて叢雲が姫級たちに堂々と宣告する。さっきまでとは違う。ただ為されるがままに網へと追い込まれている魚ではない。

 

「ここから先は『私たち』よ」

 

 そして魚だったものは網を食い破る。

 




こんにちは、プレリュードです!

ついに最終章です。ついにですよ、ついに。これまでのタイトル規則からがっつり外れましたがそれもそれということで、どうかここはひとつ。もう2年めに突入しそうな勢いですが、そこまではいかないうちに完結させたいところです。

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