世の作家さんは大変だなーとか思いました。
とにかくそれでは行きましょう。
演習終了後に峻は矢田大佐と2人で顔を合わせていた。
さすがにちゃんと挨拶もせずに帰るのはアレだからだが、正直なところ気まずい。今すぐ帰って工廠で艤装いじりするか昼寝してたいが、そうもいかないので会話を始めた。
「本日はありがとうございました」
「………うむ、こちらこそだ」
ここまで露骨にムッスリとした挨拶もなかなかない。礼節くらいは持って欲しいものだ。
「今日の演習の報告書を後日、そうですね、3日後には持ってきます」
「ああ、了解した」
さて、そろそろ世間話軽くして退散するとするか。
「最近深海棲艦の動きが活発だそうですね」
「そうだな、先日も確かどこかの部隊がやられていたはずだが」
「お互い気をつけましょう。ここは激戦区の太平洋に面してます。いつ襲われるかわからないので」
「ふん、そうか」
「ええ、ですので」
ぐいっと体を近づけて矢田大佐のみが僅かに聞こえるくらいの声をだす。
「夜は特にお気をつけを。ないとは思われますがお一人で海に出られることなどくれぐれも無きように」
露骨に不機嫌そうな表情がいきなりうって変わり、顔が青くなるがすぐに元のムスッとした顔に戻った。
「………ああ、そうだな。忠告感謝する」
「いえいえ、それでは3日後こちらに参ります。その時にまたお話し致しましょう。では」
くるりと背を向けて銚子の執務室を出て行った。
さて、正門あたりに叢雲たちを待たせてるはずだ。さっさと合流して館山に帰るとしようか。
「ねぇ、ちょっと」
「えっと、確か陸奥、だったな」
「ええ、長門型戦艦二番艦陸奥です。ここの秘書艦も務めています」
ピシッとした敬礼と共に名前を名乗られるならこちらもそれ相応の返答をしなくてはな。
「館山基地所属、館山基地司令及び帆波隊司令官、帆波峻だ」
「先程の演習、ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそだ。瑞鶴をやったのはお前だろ。あの撃ち方は面白かった。いい腕してるじゃないか」
「え、えっと…ありがとうございます」
「わざわざ挨拶に来てくれるとは悪いね」
「いえ、呼びつけるような真似をしたのはこちらですので」
「気にしないでくれ。こっちの反省点もさらえていい演習だった。他の子たちにもよろしく言っといてくれ。じゃ」
「……ええ、お疲れ様でした」
陸奥の見送りを受けながら銚子基地を後にした。
「結局何もなかったわね」
「まあ今の所は、な」
「引っかかる言い方するのね」
館山基地に戻ってからは各自解散し、執務室に峻と叢雲の2人がいた。
「別に今日あそこで特になにかしようとは思ってなかったんだよ。おっと、そこ危ないぜ」
「ちょっ…ああもう、次突入。へえ、以外ね。なにかやらかすんじゃないかと思って演習でも余力を残しといたんだけど」
「まだその段階じゃないんだよ。…やべっ、そこの部隊退けー」
「また逃げる…。まだその段階じゃないってことはなにかやらかす予定はあるのね?」
「やらんに越したことはないんだけどな。…はいそこに来たらドーン」
「くっ…あ、ああ……また負けた…。でも何かしらはやるんでしょ」
「たぶんな」
「あの、何やってるんですか?」
ドアの方を振り向くと、榛名が困惑した顔で立っていた。
「何って…ゲーム?」
だよな、と私に聞かれても。ゲームであってるのかしら?
「軍のシュミレーター使って何やってるか聞いたつもりなんですけどね」
「あ、それかよ。シュミレーターってうまく改ぞ……げふんげふん、うまく使うと幅がめちゃ広い対戦ストラテジーゲームになるんだぜ」
「それが?」
「それでお互いシュミレーター内の架空の軍隊操って対戦してたってことよ」
はあ、と榛名が大げさにため息をついた。
「帆波少佐、働いてください。叢雲ちゃんも一緒になって遊んでないでください」
「演習で指揮してて俺が疲れたから今日の仕事は終わりだ」
「また変な理屈を…」
「こういう時はこいつに何言っても聞きゃしないわよ」
「叢雲ちゃんも諦めないでくださいよ…」
「久々に本気で指揮とったからな、結構疲れてんだよ」
「「それは嘘」」
思わず榛名と声がかぶってしまった。
あんたの本気があの程度ってそんなわけないじゃない。
「そんなわけで今日は働かないと決めたから叢雲とゲームという名の指揮訓練してんだよ」
実際のところ、こいつがシュミレーターを改造したのは私たちに指揮官としての見方を学ばせるためだ。常に目の前のことだけではなく広い視野を持てるようにさせたいらしい。
「そうですか。ならもういいです。たぶん言っても今日は仕事しないんでしょうし」
榛名が執務室を出て行った。なんで来たのか用件言わなかったけどいいのかしら。まあなんとなく寄っただけかもしれない。
「で、なんで私をゲームに誘ったのよ」
「だからさっき言ったじゃん。俺の指揮の訓練だって」
「それは建前でしょ。本件を聞いてるのよ」
やっぱ気づかれてたかーとか言うあたりやっぱりなにかあるのね。
急に今までのおちゃらけた顔を改めて真面目な顔になる。
「しばらく基地を空ける。その間に俺がいるフリをしといてほしい」
「これも前の引っかかってることってのの延長なのかしら?」
「まあそうだな。読みが外れなければ魚はこっから2日間の間に掛かるはずだ。掛かるまで竿を見張っておきたい」
「了承したわ。承認判ちょうだい」
「悪いな。承認判はこれだ。あと基地のマスターパスも渡しとく」
判子を机に置き、館山基地全てのロックを解除できるパスコードを教えてもらった。
「あと、今日の演習についての報告書も作っといてくれないか?」
「任せなさい。筆跡はうまく真似とくわ」
「押し付けるみたいで悪いな」
「毎度の話でしょ。ほらさっさと行きなさい」
それにそう思うなら日頃から仕事をサボらないでほしいものだ。毎回後始末に追われて苦労するこっちの身にもなってほしい。
「じゃ、ちょっくら行ってくる」
「ええ、いってらっしゃい」
自室で手早く軍服から私服に着替えて、なにかいろいろカバンに詰め込むと館山を後にしていった。
「さて、適当に片付けとくとしますか」
記憶の新しいうちに演習報告書は書いておいた方がベストだろう。
シュミレーターを片付けて机の上にスペースを確保。演習報告書に記入事項を書き込んでいく。そして最後にあいつの筆跡を真似てサインする。
よし、次。
峻は叢雲に基地を任せてからカバンを引っさげて、いたって普通の若者のような格好で基地を出た。
念のため言うと峻は二十代なので若者と言ってもいいレベルだ。
「とりあえず竿を見張るための準備をするとしようか」
餌は投げた。あとはウキが沈む瞬間を待つだけだ。
その瞬間を拝むためにやるべきことを頭の中でピックアップし、優先順位を付けていく。
(助けてって言われて何もしないわけにゃいかねえからな)
信号が渡っている途中で点滅し始め、わらわらと人が小走りに横断歩道を渡っていく。
赤に変わると峻の姿はもう無くなり、ただ夕焼けが雑踏を朱色に染めていた。
一方銚子基地では。
「貴様らが不甲斐ないせいで私が恥をかいたんだぞ、馬鹿者どもが!」
矢田大佐は荒れていた。
「少佐ごときの艦隊になにをしとるか!これではあの若造に旨いところをやっただけではないか!」
「しかし相手は相当な手練れかと──」
「うるさい!」
陸奥が一喝されて黙りこくった。天城や瑞鳳たちは俯いてなにも言えなくなっている。
「ええい、どうしてくれる!私のキャリアを!」
誰もなにも言おうとはしない。できない。
「空母2隻おって制空権をとれんとはどういうことだ!」
天城と瑞鳳がビクッと怯えた様子を見せる。
「そして陸奥、最後のあれはなんだ!情けなく投降なんぞしよって!」
「あそこからの逆転は不可能です。なので────」
「知るか!なんとかしてみせろ!」
めちゃくちゃだ。
うちと館山の帆波少佐となにが違うのだろう。なんでこうなるのだろう。それとも向こうも本当はこうなんだろうか。
わからない。でもきっとこういうものなんだろう。そうに違いない。どこもこうなんだ。
はい、演習終了後でした。
館山と銚子の雰囲気が違いすぎる。
ダークな空気は書いてる方も鬱になりますね。
感想、要望などはお気軽にどうぞ。それでは。